その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 胸のあたりの服は破け、片胸は肉もそげ、骨まで見えている。生きている人間であれば、到底、動くことは出来ない。
 その時、また、ギィ、と音がして、バシャーンとバネがはじけた。そして、また頭をぶつけた音がする。どこかのラックからもう一体出てきたのだ。
「えっと……」
 俺はGLPの竜頭をクルクルと回し、この前の『助逃壁』を選択した。そして竜頭を強く押し込む。
 腕時計型のGLPから投影されるように光の壁が出ていく。光の壁は死体のようなその人影にぶつかる。
「えっ?」
 壁の向こう側に、何らかの霊体が取り出され、目の前に残ったものは崩れ去ると思っていた。あるいは、目の前の死体がなくなり、光の壁の向こうに閉じ込められてしまう、それが俺の描いた結果だった。
「なんともないの?」
 そのカビ臭いであろう死体のような人影は、俺の問いかけにゆっくりと首を傾げた。
「え? 聞こえるの? 耳ないのに……」
 すると、死体は両手を上にあげた。
「がぁ~~」
 耳がない、ということで怒ったようだった。さすがにこの死体に襲われたら病気に掛かるどころでは済みそうにない。俺は反対方向に走って逃げた。
「えっ……」
 別の列からも、一体、そして今もバネがバシャーンとはじける音がして、ラックの扉が開く音がする。
「ゾンビ…… ゾンビの群れ」
 背筋に冷たいものが走るのを感じた。恐怖。もしかすると、このGLPの機能ではどうしようもないのかも、ということが頭をよぎる。東洋のものと西洋のもの、という決定的な違い。ということは、下手をすれば冴島さんも対応ができないかもしれない……
「と、とにかく電話してみよう」
 俺はサーバールームを端まで走り、出口のカードリーダーに入館証をかざした。
『ピッ、ピーピピピピ』
「えっ?」
 カードリーダーは非情にも赤いLEDを光らせ、俺の退室を拒んだ。
「どういうことだよ!」
 俺は監視カメラに向かって叫んだ。
「出してくれ! ゾンビが出たんだ!」
 もし俺の様子をみて、おかしいと思えば先輩が解錠してくれるだろう。解錠して扉を締めればゾンビはカードがないから外へは出れない。
「先輩! 開けてくれ!」
 監視カメラは音声を記録していないのは十分承知の上だった。とにかく目立って、先輩に気付いてもらわないといけない。カメラに向かって飛び跳ねる。死体が動き出している。サーバーラックから死体が出てきたんだ!
 飛び跳ねながらも、なんどかカードリーダーに入館証をかざしてみる。無常にも音は同じ。
 一番近いサーバーラックの列から出てきた動く死体が、俺を見つけて近づいてくる。
「開けてくれ……」
 暗すぎて分からないんだ、やっと気が付いた。俺はスマフォを取り出してLEDを点けた。カメラに映るように周囲を映すと、手を振った。
「開けてくれ! 先輩開けて」
 飛び跳ねながら俺は監視カメラをみていると、カメラについている監視中を示す赤いランプがフッと消えた。
「えっ……」
 みると、カードリーダーの電源LEDも消えている。
「そうか」
 俺は扉の取っ手をひねった。電源が来ていなければ、鍵があいているのではないかと思ったのだ。
「あかないの?」
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「えっと、OK、大丈夫。これも、これもよし」
 レポートに書き込むとラックの扉を閉める。また端まで戻って次のカードを当てる。解錠する。扉を開ける。チェックする。レポートに書き込む。また端まで戻る。
 カードを予め当ててしまえって? ラックの取っ手は一定時間無操作だと鍵がかかる。予めラックの扉を開け放しすると、扉を開放時間を監視されていて警告が出てしまう。つまり、このまま地道に一つ一つやるしかない、というワケだ。
 何度か繰り返しているうちに何をやっているのか、さっき見たサーバーのLEDが正常だったか、異常だったかも混乱してくる。目が回るような感覚だった。
 床の白い色と、サーバーラックの真っ黒いコントラストもそれに追い打ちをかけた。俺は機械になったように繰り返した。ラックを開く、LEDのチェック、ラックを閉じる、カードを操作する、ラックを開く……
 その時、パッと照明が消えた。
 緊急灯がついたが、サーバーから聞こえるファンの音は全く鳴り止んでいない。LEDも激しく点滅するものもあればずっと点いているものもあり、先輩が言っていたようにUPSがしっかり機能しているようだった。その一瞬の後、自家発電設備からの供給に替わった。天井の白色の蛍光灯が点き、壁についている自家発稼働中の表示灯が点灯していた。
「それにしても、停電が多すぎるぞ……」
 俺は持っていたPHSで監視室に電話をかけた。不明な事態が起こったら先輩の指示を仰ぐことになっていたのだ。
「……」
 PHSからの音から判断して、呼び出しはしているようなのだが、いつまで待っても先輩は出なかった。もう一度やる羽目になっているのだとしたら、次の時間帯の勤務の人に申し送ればいいのだろうか。とにかく今回の分はやらなければならないのは、間違いないのだから、停電状態でもいいから作業を進めよう。と、俺は思った。
 サーバーラックを二つほど進めた後、自家発稼働中から、さらに停電が起こった。
 また部屋が暗くなり、オレンジの非常灯がついた。今度は同時に、UPSが電圧低下を検出してバッテリー運用に切り替わったことを示す、音が鳴り始めた。
「自家発がぶっ壊れた?」
 俺の独り言は部屋中のUPSの音や、サーバーファンの音にかき消された。
 そのUPSの音やファンの風切音に混じって、金属がこすれるような、不快なバイオリンの音色というか、とにっかく気持ちを逆撫でるような音が聞こえてくる。
「なんだよ」
 くらい空間に向かって俺はそういった。誰かが脅かそうとしている、そんな気さえする。聞こえてくる音にはそれほど意図的なものを感じていた。
 俺は音がする方を確認するために、サーバーの監視を中断して壁沿いを歩いて行く。
 次第に音が大きくなり、次のサーバー列か、と思った時、身体が震えた。
 そもそもサーバーを適正温度で稼働させるために、空調が強めに働いているのだが、その震えはその寒さを超えていた。そのサーバー列だけ、より低い冷気が流れ出しているようだ。
「なんだよ。なんなんだよ」
 勇気を振り絞って俺は声を出した。何か言わないと逃げ出してしまいそうだった。
 水蒸気が凝固し、白い煙となってもうもうと出ている。俺はそのサーバーラックの扉に近づくと、ギィ、と黒板に爪を立てたような音がし、その後にバネがはじけたようにバシャーンと音が鳴った。
「なんだよ!」
 すると、ゆっくりラックの扉が開いた。
「カード操作してないぞ。解錠するわけ……」
 真っ黒い人影がラックから出てくる。まずは上体が落ちるように跳び出し、頭を反対側のラックにぶつけた。
「うっ……」
 そして、ゆっくりと足が左、右、と出てくる。人影が、上体を立て直して俺の方を向いた。
 右目は抜け落ちていて、左目だけが瞬きもせずこちらを凝視している。何もかも黒い。いや腐ってカビが生えたような色をしている。おそらく、黒いのではなく、血の色だったのだ。
「ぞ、ゾンビ……」
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 アキナ達はドームスタジアムの大型搬入路に到着した。
 テロリスト達の姿はなかった。
「おかしい…… ここを利用しないなら、あれだけの大人数の人質をどうするつもりなんだ」
 アキナは人質の扱いを想像してゾッとした。
「周囲を調べろ。1分後にもう一度ここに集合だ」
 アキナは班の一人と一緒に行動した。
 フィールドに通じる大きな通路は全く人がいない。どうぞ使ってくださいと言わんばかりだ。
 通路の横にシャッターがあり、その脇の扉を進んだ。
 扉はシャッターの内側に通じていて、その通路ももぬけの空だった。大きな通路を使用しない意味。アキナは自然とそんなことを考えていた。全員を殺してしまうつもりなら、大型通路は返って使いにくい。かといって、ここから攻め込まれるわけだから、抑えないといけない場所なのだ。
「!」
 大きく手を動かしアキナを先導していた男が合図した。脇の扉から奥に入るようだった。
 アキナは男の後をついていく。
 入った先は人がすれ違うのがやっと、という幅の通路だった。
 こんな狭い通路にする意味があるのだろうか、とアキナは考えた。
「この通路の壁とか、天井とか、なんか慌ててつけられたような」
 男は立ち止まって、アキナが指摘した壁や天井を注視した。
「うん。確かに変だ」
 周りを見渡してから、無線を使う。
「B-5搬入路脇の通路ですが……」
「あっ!」
 そう声を上げると、アキナは床に伏せてしまった。



 亜夢はライトスタンド側のブルペンに入っていた人質集団を追跡した。
 あれだけの人数だ。宮下がいた集団くらいで分割されていて、その各々にコントロールして先導する超能力者がいるはずだ。一度に戦っては不利だが、宮下の集団だけ別の行動を取ったのに残りの集団は全く変化がないことから、もしかすると一人一人が独自の判断で行動している可能性もある。
 亜夢はブルペンへ入るための扉の前に立った。
 扉に手を当てて、思念波世界を覗き見る。
 周囲の人の気配はない。
 ゆっくりと開けて、音を立てないように中にはいる。
 野球用の投球練習場があり、周囲のいくつか通路と、それに通じる扉があった。人質たちは、もうここにはいない。どこの通路を通って、どこに向かって行ったのか。
 壁に手を当てながら、目で見る世界に注意をしながら、思念波世界を交互に観察して、どこへ向かったのかを探る。ブルペンの周りを半周ほどした時、前方の扉の方から、小さく声が聞こえた。
 亜夢は素早くその扉に近づき、手を当てる。
 その扉からは何度も開閉した思念波が見える。
 ここだ、と亜夢は思った。ここから先に移送車を用意して、人質を運ぶつもりなのだろうか。それとも単に密集させて御しやすくしようとしているのだろうか。
 扉を少しだけ開けて、その先を下から覗き見る。人の背中が見えた。さすがにこの通路にあの人数を通そうというのは無理があるのか。亜夢は後ろの人から順に|精神制御(マインドコントロール)を解いて助けてみようと考えた。おそらく超能力者はいくつかの分割はあるにせよ、統括する集団の真ん中あたりにいる。狭い場所にいるなら、全員と同時に戦うことはないだろう。
 後ろからそっと近づいて、亜夢は人質の頭に手を当てる。
 思念波世界に入り、空っぽな空間の真ん中にあるラジオのような機械を見つけた。
『?』
 ラジオは時折ノイズ交じりの音声で言った。
『次、進んで』
 亜夢はこれだ、と思った。美優の時は支配者の姿がどうどうと世界に存在していたが、行動だけを制御する時はこんなイメージなのだろうか。亜夢はアンテナ用の金属の棒が突き出たラジオという機械を取り上げ、床に叩きつけた。
 壊れるわけではなく、ラジオはブロックノイズで分解されるように掻き消えていく。
 境界のない空から、本人がその世界の中心に降りてきた。
『?』
『目が覚めたら、何もしゃべらず、後ろのブルペンを通って、三塁側ベンチの方向へ逃げて』
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