その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 通話を切ると、広げていた教科書とノートをしまって席を立った。
「ちょっと!」
 俺は呼び止められて、振り返った。
 やけに濃いメイクの女子だった。おかっぱ頭というぐらいのショートボブ。ビビッドな口紅に強い色のアイシャドー。大学でよく見かける娘(こ)だが、知り合いではなかった。
「キミ、最近引っ越した?」
 この人に話しかけられることはない、と思っているため、自分自身を指でさして問い正した。
「俺?」
 その女子は手を広げた。 
「他に誰が?」
「……ああ、引っ越したよ」
「ふーん……」
 しばらく立って、次の会話を待っていたが、何も言われず、素敵なハプニングも起こらなかった。わざとどこに引っ越したとか、そういうことを言わずにいたのだが、聞き返してくることもなかった。
 なんだろう。俺に興味があるんじゃないのか、と思った俺は、首をかしげてから言った。
「他にないの?」
「引っ越したか確認したかっただけよ。それ以外は別に」
「別に?」
「ない! ないって言ってる!」
 そう言うと、バチッと教科書を机に叩きつけ、席に座った。
 音にビビって周りを見回すが、この教室は次の時間は空きになるようで、もうほどんど他に生徒はいなかった。
「な、なんだよ……」
「じゃあね」
「じゃあな」
 また一瞬ではあるが、モテ期のようなものを期待した俺が間違っていた。
 どうして愛やら恋やらはいつまで経っても始まらんのだろうか。容姿には難があるのは分かるが、性格とかにも問題があるのだろうか。さまざま自問自答しながら、川原についた。
「野球場ってどこだ?」
「ちょうどいいところだった」
 振り返ると、冴島さんが立っていた。どこで着替えたのかスーツではなく、ベージュのサファリジャケットを着て、しっかりしたブーツを履いている。
 前方にいつもの黒塗りの車が、土煙を巻き上げながら進んでいく。
「こんなところで何を勉強するんですか?」
「実地訓練ね。なにか戦う手段を教えておいた方がいいかも、と思ったの」
 俺は川の近くへ下りていく途中、話し始めた。
「このまえの式神の話、続きを言ってませんでしたよね」
「えっ、なに、続きって?」
 あまりの驚きように、俺は言わない方がいいのか、と思って口を閉じた。
「……」
「ねぇ? どういうこと。続きがあるのね?」
「いえ……」
 冴島さんは立ち止まって、俺の顔の方に手をかざした。
「ほら、話しなさい。事によってはすぐにバイト先のコンビニに行かないといけないかもしれない」
「作った式神が三、四メートルの大きさの『やっこさん』になって、『ヴォォォーーー』とか言って。俺は霊弾を撃ったんだけど何の役にも立たなかったんです。そこに赤ジャケの男が現れて、式神を燃やしてしまった」
「……何故、その前には連絡をいれてくれてたのに、その後は連絡を入れなかった?」
 俺は探すように空を見上げた。
「えっと、次の休憩時間って、深夜でしたので」
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 と店長の声がした、と思ったら店長は店の奥へ引っ込んでしまう。
 『やっこさん』の頭のような部分が、ぱっくりと割れた。
「くち?」
 上村さんを食べよう、いや、飲み込もうというのだろうか。
「もう一回!」
 俺はもう一度、手で銃のような形をつくって、霊弾を打つ準備をした。
 さっきも、しっかり撃てているはずだ。狙う場所が間違っているだけだ、と俺は思った。
 で…… どこを狙う?
「ボス」
 上村さんが、そう言った。俺に言ったのか? 上村さんの視線は全く違うところを見ている。
 俺はその視線を追うと、男が一人立っている。
 どうやらそいつが『ボス』らしい。
 真っ赤なジャケットに赤いシャツ。なぜそんな組み合わせなのか分からないが、男はジャケットの内ポケットからウイスキーを入れる金属のボトルを取り出して、一口あおった。
「世話の焼けるやつだ」
 ボスと呼ばれた赤ジャケのお琴は、両手を広げて目をつぶり、胸の前で手を合わせた。
 合わせた手の平をゆっくりと広げると同時に、目を開ける。
 手のひらの間に赤い光が見えた。
「焼き尽くせ」
 言った瞬間、赤い光は生き物のように宙を走り『やっこさん』の腕のぐるっと回った。
 回った腕に火が付き、黒焦げになると、上村さんごと腕が落ちてくる。
 赤ジャケの男は上村さんを抱きとめ、そっと駐車場に下ろした。
「……」
「ヴォォォォーーーー」
 三度目の咆哮。
 それは断末魔の叫びだった。
 赤い光が『やっこさん』の身体のあちこちを走り回り、触れた部分が燃え始めていた。
 あっという間に全身に火が回り、黒く焦げた紙がヒラヒラと舞って、落ちてきていた。
「すげぇ」
 気が付くと、赤ジャケのボスと上村さんの姿は見えなくなっていた。
「……」
 色々なことが一度に起こって整理がつかなかった。
 未熟なうちに式神を扱うと危険なこと。俺にも霊弾は撃てるが、威力が低いこと。上村さんという女性はどうやら、美紅さんと同じ類の者であること。そのボスである赤ジャケの男が赤い光を操れること。
 そのボスに、見逃されて助かったこと……
「ほら」
 声のした方に振り返ると、店長が箒とチリトリを差し出していた。
「駐車場をよごすんじゃないよ。まったく」



 仮眠を取って、コンビニから直接大学へ向かった。
 大学の授業が終わると、スマフォに着信があった。
「もしもし」
『ちょっと仕事が空いたけど、除霊士の勉強する気ある?』
 体は疲れていたが、不思議とやる気はあった。
「はい、よろこんで。いくつか確認したいこととかもありますし……」
『なに、確認したいことって…… なんか嫌な感じがするけど。まあ、いいわ。そこの大学から川原の方に行ったところに野球のグランドあったでしょ? そこに行くから』
「はい」
『野球場は待ち合わせに使うだけよ。千本ノックとかじゃないからね?』
「はい」
『ノリが悪いわね』
「……す、すみません」
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 女性は誰に向かってか、言った。
「あの、外、外に大きな『やっこさん』が」
 『やっこさん』という言葉が、すんなり頭の中で映像に構築されなかった。
 レジに隠れて、スマフォで『やっこさん』を検索する。『やっこさん』というのは『奴』つまり江戸時代の武家の中間(ちゅうげん)のことらしい。余計にわからない。
 検索結果を、画像、に切り替えてみる。
 なにやら人の顔がいっぱい出てくる。『やっこ』が愛称なのだろう。これのどこが江戸時代の中間(ちゅうげん)だというのだ。
 ふと、画像のなかで折り紙の『やっこさん』が表示されていて、俺は急に重大なことを思い出した。
 上村という女が言っている『やっこさん』とは、|俺(・・)|が(・)|作った(・・・)|式神だ(・・・・・)。
「まずい!」
 カウンターを飛び越え、コンビニの外へ出た。そして、畑の方を見る。
「……デカくなっている」
 さっき手の平から飛び立っていった式神は、俺の手の平に収まるほどの大きさだったが、今はバスケットボール選手が肩車しているほど、三、四メートルというところだろうか。
「なんで……」
 呆然としてしまった俺を、上村という女性がつっつく。
「あれ、あなたが作ったの?」
「えっ? いや、違……」
「……」
 上村さんが俺を疑うように見つめる。
「違います」
 折り紙の形の巨大な『やっこさん』が畑で、天に向かって叫んだ。
「ヴォォォ----」
 低く、唸るような声。俺は恐怖のせいか、背筋に寒気が走った。
「えっ?」
 『やっこさん』が何かを見つけたように、こっちに向かってやってくる。
 ゆっくりと、一歩一歩進んでくる。
「どうするの?」
「……」
 俺は畑の方へ進み出た。
 霊力で動いているなら、俺の霊力で破壊できるのではないか。
 撃ったことはなかったが、見よう見まねで霊弾を試してみようと思った。
 手でハンドガンのような形を作り、人差し指を『やっこさん』に向けた。
「……いけっ!」
 指先から何か光るものが走って、『やっこさん』の中心を貫いた。
「やった」
 俺は確信をもってそう言ったが『やっこさん』は全く変わらず、こっちに迫ってくる。
「ヴォォォォーー」
 再びの咆哮。
 立ち止まったかと思うと、急に怒り狂ったようなスピードでこっちに走ってくる。
 駐車場の下あたりで、ジャンプする。
 高く飛び上がった奴が、コンビニの駐車場に着地する。
 俺はバックステップして、十分な距離を保つ。
 『やっこさん』が降りた場所が、軽くひび割れてへこんでいる。
「助けて……」
「えっ?」
 折り紙の『やっこさん』の太い手が、上村さんを持ち上げている。
「助けてよ!」
「何を……」
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