その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

「燃えていた、と聞いて安心したけど、燃えてないんならかなりヤバかったわ。まさか成長するのを作っちゃうとはね。つーかさ、普通式神生きてるなら、作り出した本人が何か感じてもよさそうだけど?」
 俺は首を振った。
 本当に何も感じなかった。本当なら畑を進んで行って、偵察した結果を知りたかったのに。
「感じないのか…… だとすると本当に式神は禁止。完璧になるまでは作ろうとしちゃダメよ」
「はい」
 冴島さんは腰に手を当てて、首を傾げた。
「さらっと言ったけど、式神の話のなかで、霊弾を撃った、って言ったわね。この前は意識させるまで霊弾自体見えなかったのに……」
「でも。式神には全然効かなかったんです」
「それは状況によるし、どんな霊弾だったかにもよるけどね」
 ガラガラと音が聞こえてきた。
 振り返ると、松岡さんが車輪のついた大きなバッグを引っ張ってきた。
「なんですか? あれ」
「実は、ちょうど霊弾の撃ち方を教えようと思ってたの。松岡の持ってきている機械は場の霊圧を高めて霊弾を撃ちやすくするものよ」
「へぇ」
 よく野外で電気を使うときに使う機械や、空気を圧縮する機械とか、無骨さがそんな感じだった。
「とにかく水辺まで行くわよ」
 俺たちは水辺に行き、川下の方へ向いた。
「ほら、この方向なら川しかない」
「確かに…… けど先には自動車や電車の橋がかかってますけど」
「一キロは無いにしろ、相当の距離があるのよ。まずそれまでに水に入っちゃうわね。安心して撃っていいわ」
「はい」
 冴島さんは理屈の説明を始めた。周囲の霊圧を使って、取り込んだ霊力を弾丸のように射出する、というのが基本だ。霊力が弱くても、霊そのものを投げつけるような気持ちでも同じようなものが撃てる、ということだ。
「霊そのものを取り込んで撃つような場合は、その霊の性質も出てしまうから、性質が合わなければ何も効果がない、ということもある」
「電圧と電力と電子、って置き換えてもいいんですか? まあ、電子なら性質は一定だと思いますが」
「……ごめん、そういう例えは良くわからないの」
 冴島さんは川下の方を向いた。
「軽く撃ってみるから。松岡、場を作ってくれ」
 松岡さんが、紐を引っ張ってエンジンを回す。本当に発電機のようだった。
「まずはみて覚えるんだ」
 冴島さんも、簡単に『みて』というのだが、霊弾はそもそも霊視出来ないと出たのかすらわからないものなのだ。俺も除霊士の訓練を始めてからは、霊視が出来るようになったから、それなりには見えると思うのだが。
「はい」
 冴島さんの手の先から、白い、炎のようなモノが水面を飛んでいく。そして数十メートル先でスッと消えた。
 消えてから少し遅れて、川でポチャ、と魚が跳ねたような音がした。
「?」
「さあ、手の先から出すんだから、そこに意識を集中するの」
 冴島さんが俺の手を両手で包むように触れ、指先の方へ絞るように滑らす。
「あっ……」
「変な声をだすなら、セクハラで訴えるぞ」
「すみません。変な想像をしてしまって……」
 冴島さんは頭を下げて、ゆっくりと言った。
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 通話を切ると、広げていた教科書とノートをしまって席を立った。
「ちょっと!」
 俺は呼び止められて、振り返った。
 やけに濃いメイクの女子だった。おかっぱ頭というぐらいのショートボブ。ビビッドな口紅に強い色のアイシャドー。大学でよく見かける娘(こ)だが、知り合いではなかった。
「キミ、最近引っ越した?」
 この人に話しかけられることはない、と思っているため、自分自身を指でさして問い正した。
「俺?」
 その女子は手を広げた。 
「他に誰が?」
「……ああ、引っ越したよ」
「ふーん……」
 しばらく立って、次の会話を待っていたが、何も言われず、素敵なハプニングも起こらなかった。わざとどこに引っ越したとか、そういうことを言わずにいたのだが、聞き返してくることもなかった。
 なんだろう。俺に興味があるんじゃないのか、と思った俺は、首をかしげてから言った。
「他にないの?」
「引っ越したか確認したかっただけよ。それ以外は別に」
「別に?」
「ない! ないって言ってる!」
 そう言うと、バチッと教科書を机に叩きつけ、席に座った。
 音にビビって周りを見回すが、この教室は次の時間は空きになるようで、もうほどんど他に生徒はいなかった。
「な、なんだよ……」
「じゃあね」
「じゃあな」
 また一瞬ではあるが、モテ期のようなものを期待した俺が間違っていた。
 どうして愛やら恋やらはいつまで経っても始まらんのだろうか。容姿には難があるのは分かるが、性格とかにも問題があるのだろうか。さまざま自問自答しながら、川原についた。
「野球場ってどこだ?」
「ちょうどいいところだった」
 振り返ると、冴島さんが立っていた。どこで着替えたのかスーツではなく、ベージュのサファリジャケットを着て、しっかりしたブーツを履いている。
 前方にいつもの黒塗りの車が、土煙を巻き上げながら進んでいく。
「こんなところで何を勉強するんですか?」
「実地訓練ね。なにか戦う手段を教えておいた方がいいかも、と思ったの」
 俺は川の近くへ下りていく途中、話し始めた。
「このまえの式神の話、続きを言ってませんでしたよね」
「えっ、なに、続きって?」
 あまりの驚きように、俺は言わない方がいいのか、と思って口を閉じた。
「……」
「ねぇ? どういうこと。続きがあるのね?」
「いえ……」
 冴島さんは立ち止まって、俺の顔の方に手をかざした。
「ほら、話しなさい。事によってはすぐにバイト先のコンビニに行かないといけないかもしれない」
「作った式神が三、四メートルの大きさの『やっこさん』になって、『ヴォォォーーー』とか言って。俺は霊弾を撃ったんだけど何の役にも立たなかったんです。そこに赤ジャケの男が現れて、式神を燃やしてしまった」
「……何故、その前には連絡をいれてくれてたのに、その後は連絡を入れなかった?」
 俺は探すように空を見上げた。
「えっと、次の休憩時間って、深夜でしたので」
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 と店長の声がした、と思ったら店長は店の奥へ引っ込んでしまう。
 『やっこさん』の頭のような部分が、ぱっくりと割れた。
「くち?」
 上村さんを食べよう、いや、飲み込もうというのだろうか。
「もう一回!」
 俺はもう一度、手で銃のような形をつくって、霊弾を打つ準備をした。
 さっきも、しっかり撃てているはずだ。狙う場所が間違っているだけだ、と俺は思った。
 で…… どこを狙う?
「ボス」
 上村さんが、そう言った。俺に言ったのか? 上村さんの視線は全く違うところを見ている。
 俺はその視線を追うと、男が一人立っている。
 どうやらそいつが『ボス』らしい。
 真っ赤なジャケットに赤いシャツ。なぜそんな組み合わせなのか分からないが、男はジャケットの内ポケットからウイスキーを入れる金属のボトルを取り出して、一口あおった。
「世話の焼けるやつだ」
 ボスと呼ばれた赤ジャケのお琴は、両手を広げて目をつぶり、胸の前で手を合わせた。
 合わせた手の平をゆっくりと広げると同時に、目を開ける。
 手のひらの間に赤い光が見えた。
「焼き尽くせ」
 言った瞬間、赤い光は生き物のように宙を走り『やっこさん』の腕のぐるっと回った。
 回った腕に火が付き、黒焦げになると、上村さんごと腕が落ちてくる。
 赤ジャケの男は上村さんを抱きとめ、そっと駐車場に下ろした。
「……」
「ヴォォォォーーーー」
 三度目の咆哮。
 それは断末魔の叫びだった。
 赤い光が『やっこさん』の身体のあちこちを走り回り、触れた部分が燃え始めていた。
 あっという間に全身に火が回り、黒く焦げた紙がヒラヒラと舞って、落ちてきていた。
「すげぇ」
 気が付くと、赤ジャケのボスと上村さんの姿は見えなくなっていた。
「……」
 色々なことが一度に起こって整理がつかなかった。
 未熟なうちに式神を扱うと危険なこと。俺にも霊弾は撃てるが、威力が低いこと。上村さんという女性はどうやら、美紅さんと同じ類の者であること。そのボスである赤ジャケの男が赤い光を操れること。
 そのボスに、見逃されて助かったこと……
「ほら」
 声のした方に振り返ると、店長が箒とチリトリを差し出していた。
「駐車場をよごすんじゃないよ。まったく」



 仮眠を取って、コンビニから直接大学へ向かった。
 大学の授業が終わると、スマフォに着信があった。
「もしもし」
『ちょっと仕事が空いたけど、除霊士の勉強する気ある?』
 体は疲れていたが、不思議とやる気はあった。
「はい、よろこんで。いくつか確認したいこととかもありますし……」
『なに、確認したいことって…… なんか嫌な感じがするけど。まあ、いいわ。そこの大学から川原の方に行ったところに野球のグランドあったでしょ? そこに行くから』
「はい」
『野球場は待ち合わせに使うだけよ。千本ノックとかじゃないからね?』
「はい」
『ノリが悪いわね』
「……す、すみません」
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