その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 高い山を全力で駆け抜けたような疲労感が私を襲った。
 何も考える余裕もないまま、私は意識を失っていた。

 目が覚めた時、そこはまだ学校の保健室だった。
 ついたての向こうには灯りがついていた。
 少しだけ見えるカーテンの外は真っ暗だった。
 ついたてに映る影がすこし動いた。
 長い髪、新庄先生だろうか。
「新庄先生」
 ついたての影が立ち上がる。
「新庄先生は寮の仕事があるから帰られたの」
 同時に、ついたてが動いて、金髪の女性が入ってきた。
「白井具合はどう?」
 私は混乱していた。
 この私の体の話を、オレーシャにしたのだろうか。
 それとも何も告げず、この状態を不審に思わず、看病してくれていたのだろうか。
 新庄先生でないのなら、ここは少々無理をしてでも、保健室を離れなければならない気がしていた。
「もう、だいじょうぶ」
 布団をめくって上体を起こそうとするが、体をひねったり、腕を後ろにつく、という簡単なことができなかった。
 筋肉痛? というより、意識が体に伝わらないような感じだった。
「無理しちゃだめ」
 オレーシャがふとんを掛けなおしてくれた。
 私のおでこに手をあて、何度か髪をなで上げるように動かした。
「心配しないでいいです。新庄から泊まってくれと頼まれましたから」
「……そんな、大丈夫です。帰れます」
「体も起こせないひとは帰れません。成田さんも今日は寮へ行くバスは止めました」
 オレーシャは、また私の髪を何度かかき上げた。
「だから落ち着いて寝ていればいいのです」
「先生は?」
「先生は仕事があります。ちょうどいいです」
 かけ布団を、ポンポン、と叩いた。
「白井さん、落ち着かないなら何かお話しましょうか」
 私は黙っていた。
「合宿。合宿楽しみじゃないですか? プールありますよ。ふふっ」
「……」
 合宿まで〈転送者〉に荒らされたら大変だ。そうでなくても、こんなペースで〈鳥の巣〉外にも〈転送者〉が現れたら合宿ができなくなってしまう。
「……水着」
「どうしましたか?」
「先生、水着は買いましたか?」
 先生は手を合わせて、ニッコリ微笑んだ。
「そうね。お店にはいってみたけど、まだ種類が少なくていいのがないのよ。もう少ししたらまた階に行こうかしら。白井も一緒に行きますか?」
 私はうなずく。
「合宿参加者に声をかけて、みんな一緒に行きましょう」
 楽しそうなオレーシャの顔を見ていると、私も少し元気が出てきた。
「笑った。よかった白井笑ってくれた」
 また頭を撫でられた。
「白井ぐっすり寝て。何も心配しなくていいから」
 そう言うとオレーシャは布団に入ってきた。
 体を温めてくれるかのように寄せ、布団を上から軽く、ポン、ポン、とゆっくりしたリズムで叩く。
 オレーシャの温もりと匂いに、張っていた気持ちがスッと軽くなるような気がした。
 ゆっくりまぶたを閉じると、オレーシャが言った。
「体を楽にして、ゆっくり休んで」
「……」
 私はオレーシャの体に顔をうずめるようにした。
 最初、びっくりしたように反応したが、やがてオレーシャは私を受け入れてくれた。
 暖かいからだに包まれながら、私は再び眠りについた。



 お母さん。
 お母さん。
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 加山のスマフォと清川のパトレコを接続する。
 パスワードの入力画面になったところで、加山は清川にスマフォごと渡す。
「ほら、パスワード入れろ」
「あの、おトイレいったりしたので、今は勘弁してください。署に戻った映像提出しますから」
「ダメだ」
 加山が清川をにらむ。
 清川は亜夢の顔をちらっと見やる。亜夢は祈るように手を合わせている。
 清川の視線に気づいたのか、加山が亜夢を見る。
「乱橋くん、もしかして君が清川くんに?」
「……」
 合わせていた手を、背中にまわして、亜夢はぎゅっと口を結び、加山の質問に答えない。
「清川、指を出せっ」
 加山はパッと清川の手を掴むと、スマフォに指を押し付けた。
「なっ……」
 指紋認証機能をつかったのだ。
「ここまでの映像はこっちで引き取らせてもらうぞ」
「プ、プライバシーの侵害……」
「映像は移動させて消しておくから大丈夫だ」
「……」
 清川が半べそをかいているをの見て、亜夢が抱きしめる。
「(こっちが先にコピーしてあるんですよね)」
 亜夢が清川の耳元で囁くと、清川は小さくうなずく。
 亜夢は清川の肩を抱きながら、加山の後ろを二人で歩いた。
 しばらく歩いていると中谷が追いついてきたが、何か雰囲気を感じ取ったように、静かに後ろをついてきた。
 パトカーを駐車しているところまで戻ってくると、加山が言った。
「今日の捜査はここまでだ。乱橋くんは今日からはホテルの方で宿泊になるから、昼食をとったら清川くんに付き添ってもらって、荷物をもってチェックインしなさい」
「……」
 亜夢はムッとしたまま答えないので、かわりに清川が返事をした。
「わかりました」
 中谷が住職のところへ挨拶して帰ってくると、パトカーは署へ向かって走り出した。
 署につくと、清川と亜夢は仮眠室においてある亜夢の荷物を取りに入った。
 チェックが終わると清川が亜夢をつついた。
「なんですか?」
「さみしいなぁ……」
「まだ捜査は打ち切られたわけじゃないから、明日も会えますよ」
「亜夢ちゃんの部屋に遊び行ってもいい?」
 そう言われて、何か考えているようだった。
「ごめんごめん。なんか変なこといっちゃったかな?」
「……すこしなら。いいですよ」
「うん、もちろんだよ。じゃあ、ちょっと帰りに寄るね」
「時間が分かったら先に知らせてください。お風呂入ってるかもしれないんで」
「わかった。じゃ、アカ教えといて」
 亜夢と清川はアカウントの交換をした。
 署を出ると、清川は警察署の通りの向かいにある、ビジネスホテルへ案内した。
 ロビーでの受け付けを手伝うと、部屋の前まで行った。
「ありがとうございました。今日はすこしゆっくりします」
「そうするといいわ。警察署で寝泊まりなんてゆっくりできなかったでしょうから、横になって疲れをとるといいわ」
 帰るかと思って扉を開けたまま待っていると、清川は立ち止まった。
「加山さんだけど、捜査のじゃまをしようとしているんじゃない、と思う」
「……」
「根拠はないけど。だから信じて捜査に協力してね」
「……」
 清川は軽く手を振ると、エレベータの方へ歩き始めた。
 亜夢は部屋の扉を閉め、荷物を置くと、靴を脱いでキャンセラーを付けたままベッドに横になった。
「はぁ……」
 天井を見つめているうち、亜夢は寝てしまった。
 
 
 寝返りを打った時にキャンセラーが外れたのか、亜夢は酷い頭痛とともに目が覚めた。
「うわっ……」
 スマフォを見ると3時を回っていた。
 お腹が鳴って、昼を食べていないことに気付く。
 清川はまだ勤務だ。
 どこで何を食べるか全く思いつかなかったが、とにかくロビーに出て、鍵を預けると通りを歩き始めた。
 向かいから女子高生が固まって歩いてくる。
 短いスカート、無造作に下した髪、色はついていないが、ピカピカした唇。
 ヒカジョの連中とは違う、と亜夢は思った。
 その女子高生から視線を感じた。
 どの|娘(こ)が見ていたとはわからなかったが、すれ違いざま「ダサ」と言われた。
 亜夢が振り返ると、三人が横目でこっちを見ていた。

「ありがとう」
 あ…… ヤバイ……
 視界が白んできた。
 何も見えない……
 
 
 
 目覚めると、私は保健室のベッドに寝ていた。
 体が麻痺したように動かない。
 ついたての向こうから声がする。
「新庄、なんてことをしたんだ」
 大きい影…… この声は鬼塚刑事だろう。
「あんな数の〈転送者〉がいるなんて予測しろったって無理よ」
 細い影は新庄先生の声だ。
「そういうことじゃない。白井は病院には行けない、体の秘密がバレてしまうかもしれいからな。俺たちだってそうだ。それなのに…… なぜ無理をさせた」
「そんなこと言ったって、〈転送者〉を放置出来ない。無理をさせるな、というなら警察が早く来るべきよ」
「警察に〈転送者〉を倒す力はない。分かっているだろう」
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「白井に無理をさせるな、と言っているんだ」
「話にならない」
「さっき自分で言ってたじゃないか。寮の仕事を手伝わせるとか、無理をさせなければ白井が倒れることは無かった」
 二人の会話を聞いているのだが、内容を理解できなかった。
 天井が何度も何度も落ちてくるように見えた。
 頭がイカレテしまったのだろうか。
「俺たちのような立場の医者を探すか、秘密を守れる医者をさがすしかない。今回は白井だったが、俺もお前もいつ逆の立場になるか分からない。いつまでも健康でいるともかぎらない」
「そんなこと考えてもしょうがない。こんなキメラの体は普通の病気なんかしないわ。病気をする時は死ぬ時よ」
「バカ、そこに白井がいるんだぞ。聞こえる」
 落ちてくる天井と、何度も何度も枕の中へもぐりこんでいくような感覚が襲ってきた。目を閉じても、そんなグルグル回っているような感覚が全身に感じられる。
「医者ではないけど、私がみるしかないでしょう」
 ついたてが動くと、新庄先生の気配を感じた。
『聞こえる?』
 先生は直接心に話しかけてきた。
 布団のなかで手を握ってきた。
『この前から試しているやり方を試すわ』
 なんのことだろう。
 それより自分の体がベッドを突き抜けて落ちていくような感覚を止めてほしい。
 ずっと落下しているような気分だった。
 鬼塚の言葉が入ってきた。
『俺は帰る』
 手が離され、扉が開きしまった。
 そして内側から鍵をかけた音がした。
 ついたてが動く音がして、今度は新庄先生がベッドに入ってくるのが分かった。
『今までより段階を上げる必要があるわ』
 掛け布団がめくられ、私はものすごい寒気を感じた。
「さ、さむい」
「もう少し我慢して」
 うっすらと目を開けると、新庄先生が上着を、いや、肌着や下着類までも脱ぎ始めていた。
 脱いだと思うと、私の病衣をまくり上げ、下着を外した。
「な……」
「大丈夫。力を抜いて」
 裸の二人が、ベッドの上で体を重ねた。
 そして、新庄先生がゆっくりと布団を引っ張ると、私と先生は布団の中の暗闇で向き合っていた。

 唇が重なりあい、舌が絡みあうと、唾液が跳ねる音がした。
 体と体を擦り付けあう感覚に慣れてくると、先生は唇からあご、どのもと、首筋と、唇を移動させた。舌が通ったあとに、唾液の足跡を残していく。
 首筋から、胸へ下りてきたとき、私は小山を上り始めているような幻を見た。
 高熱でうかされているのか、それとも快楽で目を回しかけているのか、悪いものといいものが激しくまじりあい、交互に、時にまじりあうように襲ってきた。
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