その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 突然、美紅さんが抵抗をやめた。俺はすぐにひねり上げている手を放した。
「……なに? 今の何」
 俺は狭い通路で、冴島さんの横に立った。俺が来たせいで、中島さんが松岡さんの上に移動した。
「美紅とかいうあなたこそ何者なのよ。なぜ影山くんを必要としているの?」
「言うワケないだろう」
 冴島さんが突き出している手に力が入った。
「ほら、簡単なことから話しなさい。組織の名前は」
「トウデクア」
「なにそれ? 本当なの?」
「本当だ!」
 美紅さんの表情が歪んだ。
 言うはずのないことを、自分の口でしゃべっていることが悔しいのだろう。
「じゃあ、次。あなた達トウデクアの連中は、影山くんをどうしようとしてるの?」
「……」
 歯を食いしばって口を開かないようにしている。
 冴島さんは一度手を引いて、何かを押し出すように手を伸ばす。
「くっ…… わ我々の仲間に引き込んで、霊探しに協力してもらったり、隙あらばこいつの中の霊を抜き…… 畜生!」
 冴島さんの力に抵抗出来なくなったのか、美紅さんは跪き頭を垂れた。
「なるほど。影山くんを仲間に引き入れて、霊集めに協力させつつ、彼の中の霊を取り出そうってことなのね」
 俺の中の霊を取り出す。吐き気まではいかなかったが、腹のあたりが気持ち悪くなって、手でさすった。
「……さっき中島さんから、俺の中には複数の霊がいるって聞いたけど、そんなにいるんですか?」
「いるわ。こいつの中には金になりそうなやつがたくさん…… 畜生!」
 冴島さの術が入っているせいか、俺の言葉に美紅さんが答えた。言葉の最後に、まるでくしゃみをするように悪態?をつく。
「あのさ、影山くん、霊はお腹のなかに入るわけじゃないからお腹をさすっても変わらないわよ」
「……はあ。けどなんか気分悪くなっちゃって」
「今のあなたが維持出来ているのは、霊のおかげかもしれないのよ。それなのに、色香に迷ってホイホイついて行ったら、無理やり霊を剥がされて…… 風邪をひく程度じゃすまないわ。死ぬかもしれない」
「し、死ぬ……」
 そう聞いておれは震えた。
 しかしメリットもある。俺は思い出した。
「けど、俺の記憶は戻るんでしょう?」
「前言ったけど、除霊や霊を剥がすことで記憶が戻るとは限らない。後、警告しておくけど、あなたが今過去を知ってはいけないから霊が守ってくれているのかも。やっぱり、考えなしにやることは得策ではないのよ」
「……もうひと思いに|殺(や)ってくれ」
 美紅さんはうつむいたままそう言った。
 冴島さんが手を押さえつけるように下げた。
 すると、つぶれるように美紅さんは床に突っ伏した。
「何言ってるの。除霊士がそんなことしたら、冴島家はこの後三代まで免許停止よ。|殺(や)るわけないでしょ。影山くんにやらせるならするかもしれないけど」
「ちょっと待ってください。俺も殺しませんよ。もし俺がやっても、冴島さんの契約による指示のせいだから俺は無罪ですよね?」
 冴島さんがニヤリ、と笑って俺に向かって指を立てた。俺はゾッとした。
「私が命令した証拠はないもの。犯行動機は…… そうね。痴情のもつれってとこかしら」
「……」
「あっ!」
 中島さんが声を上げた。
 振り返ると美紅さんがロフトに掛かっている梯子を上っていく。
 冴島さんが慌てて追いかける。
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 二の腕が美紅さんの柔らかい胸にあたる。
「ね? そうでしょ?」
 美紅さんが俺の顔の前に手のひらを向け、すっと払うように動かす。
 もう一度同じことを言った。
「ね? そうでしょ?」
「中島さん。そういう訳だから。俺と美紅さんでイイことするから出てってくれないかな」
「なっ!」
 俺は中島さんの肩を押しながら、戸口の方へ押し出していく。
「待ってよ、外には屋敷から出た霊がいるかもしれないのよ。私を殺す気?」
「悪いけど、中島さん。美紅さんがああ言ってるし」
 美紅さんが急に顔色を変えた。
「霊が出ている? 屋敷から? あなたたち、あの屋敷に何かしたの」
 失言に気付いて慌てて中島さんは口に手を当てる。もう言ってしまったも同然だ。
 また美紅さんが俺の顔の前で手を動かす。
「屋敷で何をした?」
「……」
 言っちゃいけない、言わなきゃいけない、という感情がぶつかり合って、俺はただ固まっていた。
 するとカチャリ、と音がして扉が開いた。
「何やってるの、影山くん」
 後ろに松岡さんが立っている。
「ど、どうやって開けたんです」
「どうでもいいこと言わないで。そいつ、無断で霊を吸い込んで持ち去った女でしょ」
 美紅さん清掃員の恰好をして、俺のバイト先に現れた。そして何度も吸引装置で霊を持ち去った。
「冴島。ちょうどいい。影山はこっちがもらっていくところだ」
「何言ってるの。契約があるからそんなことできないわ」
「契約書に恋愛の項目はない。私と影山は恋愛で契約しているのだ」
「えっ? どういうこと? 契約なんてし……」
 言いかけた瞬間、また胸を押し付けられた。変に気分が盛り上がってきて、俺は美紅さんの体を引き寄せた。
「こら、影山。どうでもいいが、にやけるな」
 中島さんが後ろに下がり、冴島さんが前に出てくる。
 中島さんは冴島さんの左下から、松岡さんは右のさらに下の方から、ちょこっとずつ顔を出している。狭い部屋の狭く短い通路に三人いること自体奇跡だ。
「契約書に恋愛の項目はないわ。けれど、さっきの様子だと、あなたも契約している訳ではないようね。ただ無理やりコントロールしようとしているだけ。ならば私の契約の方が強いはず」
 冴島さんが手を上げて俺の方にてをかざす。
「ほら、影山くん。こっちに来なさい」
 体が自然と冴島さんの方へ進んでいく。
「ダメよ」
 美紅さんが俺を捕まえて離さない。俺はそれでも強引に前に進む。
「その|娘(こ)から離れなさい」
 俺は美紅さんの肩をつかみ、腕を伸ばして体を引きなした。すがるように腕にしがみついてくるが、俺は美紅さんの手首をとって、ねじるように回す。
「痛い、痛いよ」
 俺はやめれなかった。
「痛い、やめて」
「ごめんなさい。何故か、やめれないんだ」
 痛がっている女性に無理やり暴力を続けている自分を何とかしたかった。
「美紅さん、離してください。お願い」
「!」
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「私、霊を集めていたのは知ってるでしょ? あれ、ある組織にやとわれて霊を集めていたの。けれど、もう抜けたいって言ったら、態度が豹変して」
「豹変して?」
「あたし、殺される。秘密を知ったものは生きて組織を抜けられないって!」
 すると、ガチャリと扉が開いた音がした。
「?」
 目の前の扉は開いていない。俺は中島さんを振り返るが、中島さんも分からず首を振る。
「うるせぇぞ、このアマ!」
「キャッ。止めてください!」
 俺は扉の外を覗き見た。
 組織の男かと思ったが、隣の部屋の住人が出てきていた。
 男は俺の部屋の扉を叩いてきた。
「こら、騒がしくするな。さっさと、この女を入れてやればいいだろうが! こっちは夜遅くまで働いて帰ってきたところなんだ。とにかく静かにしろ!」
 お前の声の方がよっぽどうるさい、とは言い返せなかった。
 俺は思い切って扉を開けた。
「話、聞くから中に入って」
 少しだけ開けた扉から、するっと美紅さんが入ってきた。
「最初っからそうしろ!」
 俺は隣人に頭を下げ、そっと扉を閉じた。
「良かった……」
 美紅さんが、ぶら下がるように俺の首の後ろに手を回してきた。
 胸を…… 胸をわざと当てて、体を動かしている、ように思えた。
「ね? 私が来て、良かったでしょ?」
 中島さんが冷たい視線を俺に送っていた。
「あの、|他人(ひと)がみてるのでやめてくれませんか」
「えっ?」
 美紅さんが後ろを振り返り、中島さんの存在を確認した。
「あっ、ごめんなさい。あちら、彼女さん?」
 中島さんは立ち上がって、睨みながらこっちに向かってくる。 
 俺は怖くなって手を振った。
「あの、あの……」
 俺を飛び越えて、美紅さんの方に近づいていく。
「どういうお知り合いかしら」
「どういう関係か説明するのは、あなたの方じゃない?」
 顔と顔が近づく。
 光の加減か、中島さんのメガネが光ったような気がした。
「彼にトンネルに連れ込まれて、胸を触られた……」
「えっ、俺、胸なんて触ってないじゃん? そっちが勝手に押し付けてき……」
「お兄ちゃん?」
 言った中島さん自身、口を手で抑え、ビックリしている。
 言い方と言うか、イントネーションのせいなのだろう。俺には聞き覚えのある別の人物の声に聞こえた。だが、それが具体的にこんな人物、というのは思い出せない。俺に妹とかがいたのか…… だめだ。家族というものの記憶がない。一年より以前の記憶がないのと一緒だ。
「……」
「妹さんか。な〜んだ。そういうこと」
 美紅さんは勝ち誇ったような顔をして、腰に手を当てた。
「妹さんはどんなに好きでも結婚できないのよ。いくら妹でも、お兄ちゃんの自由恋愛の権利を奪うことは出来ないのよ」
 何を言いたいのか不明だが、美紅さんが俺の腕を強く引っ張って引き寄せた。
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