その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

「早く乗れ」
 車に乗ると、扉を閉めた。
 動き出すと、鬼塚が言った。
「先生は、自ら実験をしようとしているんじゃないのか」
「父が…… ですか?」
「〈鳥の巣〉の外にあるアンテナを位置を、ほぼ特定できていて、それを探しに行かなかっただけ」
「どうして父がそんなことを」
 鬼塚は少し間をあけた。
「今話せることはそこまでだ。都心へ向かうぞ。仮眠をとっておけ」
「何があるんですか? 都心で私達は|力(ちから)を使えない。使ったら、パニックになってしまう」
「いいから寝てろ」
 鬼塚の横顔を見るが、これ以上何かを話してくれそうになかった。
 私は鬼塚の言葉に従って眠っていた。
 
 鬼塚に起こされたのは、地下の駐車場だった。
「どこですか?」
「白井先生の大学近くだよ」
 車を降りると、建物の入り口へと進む。
 警備員が立っていて、こちらを見ている。
 鬼塚が会釈をしてから警察であることを告げる。
「そちらは?」
「捜査協力者だ」
 入り口を開けてくれた。
 中に入ると、細い通路になっておりそこは、酢のような臭いが充満していた。
「な、なんなんですか?」
「生物の研究室の匂いだ」
 鬼塚がなぜこの臭いをそう表現したのかわからなかった。
「えっ、〈転送者〉は生物、なんですか?」
「お前の父親の研究だろう」
「ごめんなさい。父の仕事のこと、良く知らないの」
 エレベータでフロアを上がると、鬼塚は慣れたように研究室の扉を開ける。
「ここにヒントがあるはずだ」
「ここが父の研究室……」
 鬼塚はパソコンの類が持ち去られているのをみて悔しがる。
 机に貼ってある付箋を必死に読んでいる。
 私は、窓の方へ歩いて、そとの風景を見る。
「あっ、あれは百葉高校からも見えるわ」
「白井も探してく……」
 鬼塚はそこでいい止めてしまった。
 窓の外を見ながら、私の方に近づいてくると、言った。
「今言ったことは本当か?」
「ああ、あれのことですか。本当ですよ。一度校舎から見たことあります」
「あれだ。〈転送者〉のアンテナがあるとしたらあそこだ」
「えっ? あれって観光用のタワーじゃないんですか?」
「某システムダウン後に建設が始まった、観光兼デジタル放送用電波塔だよ」
 窓の外、そう遠くない距離に巨大なタワーが存在した。タワーの姿は、自らの航空障害灯が点滅でうっすらと形どられていた。
「〈扉〉支配者、達が仕掛けたということですか?」
「百葉高校の通学路とセントラル・データセンター、そしてあの〈巨大電波塔〉の位置関係を確かめられないか?」
 私は研究室の中を見て、キーボードを見つけ、自分のスマフォに接続した。
 学校の授業用のWebサーバーにつなぎ、地図のウェブサービスを利用して、セントラル・データセンター、〈巨大電波塔〉のから円を描くようにスクリプトを組んで実行する。
「こんなものでプログラムができるのか」
「本当だ、この位置なら、ちょうど通学路近辺に〈転送者〉を発生させることができる」
「……白井先生の狙いはなんだ? なぜ俺たちから逃げるようにいなくなったんだ」
「アンテナの位置を私に教えてしまったようなものだから?」
 鬼塚は黙って私のスマフォに表示された地図を眺めている。
 そして、指を滑らせて中心を〈鳥の巣〉のゲートにする。
「ここに〈転送者〉の発生場所を動かすには?」
 百葉高校の通学路あたりまで届くわけだから、セントラルデータセンターを中心とした円の範囲は届いている。

「これ、なんですか?」
「グラン・バットマンといいます。どうですか?」
「……えぇっ。無理そうです」
「そお? さっきの柔軟体操の様子をみているかぎり、これくらいできそうですけど。やってみましょう」
 亜夢は無理やり美優の近くに押し戻され、バーにつかまり足を跳ね上げる。
「な……」
 先生が近づいてくる。
「もう一度やってみてください」
 亜夢は顔をしかめながら、足を跳ね上げる。
「……もう一度」
 美優が笑う。
 亜夢がもう一度足をすばやく跳ね上げる。
「亜夢…… 殺気があるよ。これ格闘技じゃないんだから」
「!」
 先生が手のひらをポンと叩いた。
「そう。それが言いたかったんです。何か違う、と思ったんですが」
 亜夢の放課後は超能力を使って、上級生や同級生と組手のようなことをやっていた。どうしてもこういう動きに殺気が込められてしまうようだ。
「じゃ、こんどは足を上げて上体をつけてください」
 一瞬なら跳ね上がる足も、上げたまま状態を足に付けていくとなると痛みに負けて、超能力が使えない。
 先生は亜夢が『出来る子』だと思ったのか、しつこくフォローにくる。
「せ、先生。痛い! 痛い、イタイ、裂けまくります」
 一瞬驚いたような顔になり、場が凍り付いたかと思ったが、今度は急に笑い始めた。
「裂けるほど痛いかもしれませんが、裂け『まくる』っていうのは何なんでしょうかね」
 他の生徒もそれを聞いて笑い始めた。
「けど、これ裂けまくってます!」
 美優もお腹を押さえて笑った。
「面白い人ですね。けど、なんとか出来てますよ。うん、出来てます」
 先生はさらにバーレッスンを進めていく。
 亜夢も「無理です」と言いつつ、こなしてしまうために、他の生徒と同等に扱われてしまう。
「じゃあ、十分休憩にします」
 そう声がかかった時には、亜夢の全身から汗が吹き出ていた。
「きついよ、美優。バレエって、もっと可愛らしいものを想像してたよ」



 レッスンが終わり、亜夢は水を飲みに更衣室を出て行った。
 亜夢が使っていたロッカーは、きちんと閉まっておらず、中が見えていた。
 美優はふと、亜夢の外したヘッドホンを手に取った。
 スイッチを入れて頭に付ける。
「!」
 美優の表情が変わった。
 廊下の方で音がすると、美優は亜夢のロッカーにヘッドホンを素早く戻した。
「どうしたの?」
 美優の表情を見て、亜夢がたずねる。
「どうもしないわ」
「そ、そうならいいけど」
 二人は黙って帰る支度を終えた。
「今日の|夕食(ごはん)ってどこで食べるの?」
「この近くのイタリアン・レストラン」
 更衣室を出て、エレベータを使って降りた。
 二人はそのビルを出ると、街の人混みの中を歩き始めた。
 坂を上って小さな路地を入っていくと、緑白赤と横に並んだ旗が見える。
「あそこよ」
「わあ、なんか雰囲気あるね」
「そうでしょ? ここママの知り合いの人がやっているお店なの」
「なんかすごいね」
 美優が中に入り、亜夢も続いて入っていく。
 薄暗い感じで、高校生の二人で入るような店の雰囲気ではない。
 大人のデートに使うような雰囲気と、静かに溢れる高級感に亜夢は気圧されていた。
「こんなとこ、あたし来てもいいのかな」
「大丈夫よ、大騒ぎしに来たんじゃないんだし。お食事するところなんだから私達だって居ていいはずよ」
「あとさ、これ、つけてたらまずいかな」
 亜夢は右耳のあたりの、白いヘッドフォンを指さした。
「食べる時にはずせば…… いいんじゃない?」
「よかった」
 ウエイターが目の前に立ち止まり、一度後ろに戻る。そこで何か確認した後、再び二人の前に戻ってきた。
「美優様、こちらでございます」
「名前も告げてないのに、いきなり『美優様』だって」
「『美優』って名前で予約入れたから、しかたないじゃん」
 そこが聞きたいのではない、と亜夢は思った。さっき言っていたように知り合いのお店だから、顔で入れるのだ、と亜夢は思った。

「見つかってない。しかし、ウエスト・データセンターには他に車はなかった。先生を連れてる限り、そう遠くへはいけないはずだ」
 まさか父が連れ去られてしまうとは……
 もし自分が助けなけらばならない場合は、自分がもう父の知っている娘ではないことがバレてしまう。
 しかし、この〈鳥の巣〉内では、自分が探さなければ、父は永久に見つからないかもしれない。
「そういえば、これから向かう、ぶんしょっなんですか?」
「ああ、〈鳥の巣〉の中にある警察署のことだ」
「こっちの山咲さんのいるところ?」
「そうだ」
「遠いの?」
「遠くはない。ゲートの近くだ」
「そう」
 車は高速を降りて、ゲート近くにある砂倉署の分署に向かった。
 小さな建物だったが、窓や扉がないため、灰色の石板のように見える。
「ここも扉がないの?」
「あたりまえだ〈鳥の巣〉の中だぞ」
「けど、どうやって捕まえておくのよ?」
「手錠をして、建物のパイプにつなぐのさ」
 鬼塚が車を降りると、中から分署の警察官がやってきて偽山咲を捕まえて連れていく。
 ストレッチャーが運ばれてきて、オレーシャが乗せられる。
 本物の山咲は、鬼塚に頬を叩かれて目が覚める。
 私はオレーシャのことを聞いた。
「あの、先生をどこに連れていくんですか?」
「先生? このロシア女性のこと?」
「そうです」
 ストレッチャーの前にいた女性警官がこっちに向かって歩いてくる。
「簡単な検査をして〈鳥の巣〉の外の病院に運びます。心配しないで」
「お願いします」
 分署の方に行っている鬼塚が手招きする。
 私は会釈をしてから鬼塚の方へ走っていく。
「ちょっと確認してくれ」
 鬼塚が持っているタブレットに映像が映る。
 どこかの監視カメラのものだ。
「?」
「白井健先生…… に見えるが、間違いないか?」
「……たぶん。どこの監視カメラですか?」
「ゲートだよ。誰かに連れ去られたんじゃない。先生は自分でゲートの外に抜けた」
「なぜ?」
 タブレットを警官に渡すと、鬼塚が言う。
「君にはわかるんじゃないのか? ウエスト・データセンターで先生と何を話していた?」
「何って〈転送者〉が出る理屈を教えてもらっていました」
「……それだけ?」
「それだけです。百葉高校の通学路にだけでるのは、〈鳥の巣〉の外のアンテナが影響しているって」
 鬼塚は隣にいた警官と顔を見合わせる。
「それは本当か?」
「ええ。球を描いて説明してもらいました」
 警官が差し出したタブレットに指で絵を描く。
 絵は汚かったが理屈は伝わったようだ。
「まさか先生は実験しようとしているんじゃ」
「アンテナを特定するための実験?」
「偽山咲がやっていたことと同じこと、ですか?」
 私がそういうと、タブレットを持った警官はうなずいた。
「マズイな……」
 鬼塚は顎を指でなぞるように撫でた。
「なにがまずいんです?」
「いや。考えすぎだといいんだが。とにかく、先生を追いかけよう。一緒に来い」
「は、はい」
 鬼塚についていくと、ゲートの検査を優先的にパス出来た。
 ゲートの外の車に乗り換える時、ふとゲートを見上げた。
 これが本当に〈扉〉ではないと、いったい誰が決めたのだろう? と思い、寒気がした。

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