その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 美優は怖くて手腕をちぢ込めてしまって、腕で寄せられた胸が、水着の胸元を押し広げてしまう。まるで、意思を持って進んでいるかのように、ヤドカリは、その隙間へ進み入る。
「いやぁ! どこはいるのよ、奈々、取って取って」  
『ぶぅぅぅぅぅっ!』
「?」
 奈々は何者かの声を聴いた気がして、美優にまたがったままあちこちを見回す。
「奈々、早く早く!」
「今誰かの声というか、視線というか……」
「ヤドカリが、痛いから、取って」
 奈々は見えない気配を無視して、美優の水着に手を入れる。
「やっ……」
『おおっ』
「あれ?」
「あん……」
『おおおおっ!』
「これ?」
「違う!!」
『ああっ!』
「いたいた…… ちょっと待って」
 奈々はヤドカリを捕まえて、慎重に水着の中から取り出す。
 そして、何を思ったのか、ヤドカリをしげしげと眺めた後、大声を浴びせかけた。
「こら! ノゾキをするな!」
『!』
 そして寄せる波に、そっとヤドカリを戻した。
 立ち上がって美優は水着を整えながら言う。
「奈々、急にどうしたの? ヤドカリにそんなこと言ったって無駄でしょ」
「いや、なんとなく……」
 奈々はヤドカリを返した海を見つめている。



『なかなか勘の鋭い子じゃの』
 金髪のハツエが振り返って言った。
 亜夢の目尻は下がりきっていた。
『ええ、堪能しました……』
 そう言っている口元がだらしなくなっている。
『何をいっておるのじゃ? あの奈々という子の話をしておるんじゃ』
 亜夢は緩んでいる顔を手で押さえて戻そうとしている。
『ヤドカリを通して見ているのに気づかれたってことですか?』 
 ハツエは顎に手を当てた。
『そうじゃ。おぬしのヤドカリの視覚を借りる技が未熟だったとは言え、二人ともうっすら気づいておった。非科学的潜在力を使う素質は十分にあるの』
『美優も、ですか』
『ああ、奈々のようにではなく、ほんのすこし疑った程度じゃったが』
『……』
『おぬしもげんきがでたようじゃから、ちょっとここから出ようかの』
 大きくてツルツルした岩に腰掛けている亜夢。その正面に金髪のハツエが立っていて、ハツエが亜夢の両頬を手でなでていた。
「気がついた? おねえちゃん」
 目の前にいるハツエに驚き、体を少し引いてしまう。
 亜夢はハツエの手をどけると言った。
「今のは、夢?」
『さっきいったろう。おぬしの思考のなかじゃと』
「そうでした」
『三キロ程先のヤドカリの視覚を借りたのも真実のおぬしのちからじゃ』
「わたし、今までこんなことしたことなかったのに……」
『おぬしが自分自身のこころの中にリミッターを設けているだけじゃ。元々あれくらいのことはできたのじゃぞ』
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「チッ」
 女の子は舌打ちした。
 ようやく足が動き始めた。以前の〈転送者〉との戦いで、一体に対してこんなに消耗した記憶がない。おそらく賢いだけではなく、スピードやパワーも違うのだろう。
 ここには誰も助けに来ない。鬼塚刑事も、新庄先生ももう私の味方ではないからだ。私は『〈転送者〉を破壊した』のではなく、『北島アリスを殺した』と思われている。
 目の前の〈転送者〉は倒せるかもしれない、がその後に四体…… とこの女の子とも戦わなければならないのだ。
「逃げよう」
 少なくとも、この場で戦い続けることは出来ない。死しか見えない戦いに挑む時ではない。
 天井が高ければ翼を使えるが、大きい〈転送者〉も自由に動けてしまう。私は低い通路へ逃げることを選択した。
「逃げる気?」
 〈転送者〉は頭すれすれの通路を這うように移動してくる。腕と足を使った高速移動をしようとすると、天井に頭がついてしまうのだ。
「どきなさい」
 女の子が〈転送者〉の脇をすり抜けて私を追ってくる。彼女も早く走るために上体を屈めているため、本来のスピードは出ていない。
 階段や曲がり角をうまく使って、距離をかせぐ。
 E体は空港のカメラに映るだろうから、きっと軍がやってくる。
「いくら逃げても無駄よ。出てきなさい」
 そう言って出ていくヤツがいるものか。私は体を低くし、通路に置いてある椅子やテーブルの影に隠れて移動していく。
「それとも、そのうち軍がやってくる、とか思ってるのかしら?」
「?」
 こっちの場所は分かっていないはずだ。
 椅子と椅子の隙間から、馬の足を確認する。まだ、十分距離はある。
「出て来なさい。逃げるくらいなら、負けを認めて〈扉〉の支配者に従うのよ」
 カツ、カツ、と|蹄(ひづめ)の音が響く。
 視線が外れるのを確認して、影から影に動く。
「ん? こそこそと影から影に逃げ続けるのか」
 そろそろ、軍の監視に引っかかって出動がかかっても……
「隠れて逃げるって、やっぱり、軍が来ることを期待しているようね。それがどれだけ愚かなことか教えてあげる。絶望して、〈扉〉の支配者に服従するんだ」
「私は絶望なんかしない」
 そう言って、通路の奥を確認する。天井が低いせいで〈転送者〉はまだ追いつけないようだ。
「そう言うなら、軍が来ない理由を教えてやろう。軍が設置したカメラ映像の伝送装置には、ダミーで映像を流す装置をつけてある。奴らは何も映らない無人の映像をじっと確認し続けるだろう」
 下半身が馬である女の子は、腹を抱えて笑った。
「さあ、いい加減諦めて、我々の側に付け」
 まさか、軍が接続先が変わっても検出できないような仕組みでここの映像を監視しているはずはないだろう。もしそうだとしても、例えば昼夜同じ映像なら気付くはずだ。
 ただ、今軍が現れていないことから考えれば、少なくとも現時点ではその映像で騙されているのだ。
 時間を稼がなければ……
「あなた、さっき鴨川(かもがわ)美琴(みこと)って言ったわね」
「ああ、言ったが、それがどうした」
 私の声を聞いて、キョロキョロと首を振って探している。
 私はまた少し移動して、言う。
「なんでその名前を知っているの?」
「はぁ? お前こそなんでその名前にこだわる? お前は確か、白井(しろい)公子(きみこ)……」 
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『通常、目や視覚の仕組みが違うからの。儂ぐらい|非科学的潜在力(ちから)を極めれば造作もないことじゃが。どうじゃ。わしから|超能力(ちから)を学ぶ気になったか?』
 亜夢は小さくうなずいた。
『凄すぎます』



「あっ、ヤドカリだよ」
 奈々が砂浜の生き物を見つけて指さす。
「えっ、ヤドカニでしょ?」
「?」
 奈々は正しく聞こえていないようだった。
「綺麗な貝殻をお家にしてるね」
 奈々が四つん這いになってヤドカリの動きを追いかける。
「知ってる? 大きくなったらこの貝殻を捨てて、他の貝殻とかに入るんだよ」
 美優はちょっと返しに詰まった。
「し、知っているわよ。ヤドに住むカニだからヤドカニっていうんでしょ?」
「?」
 奈々はさっと手を砂に差し込むと、砂ごとヤドカリを救い上げた。
 美優の前に手を伸ばす。
「ほら? きれいだよね?」
「きゃっ」
 美優は身震いして後ずさりした。
「大丈夫だよ。ほら、よく見て」
 奈々が殻の側をつまんで持ち上げる。
「これは『カニ』じゃなくて、ヤドカリだから。カニじゃないから横にも進めるよ」
「……しってるわよ。ヤシガニとかと勘違いしただけよ」
「ほら。触ってみる?」
 奈々が一歩前に出ると、美優は海の側に一歩下がった。
「大丈夫。噛んだりしないから」
 また一歩出ると、美優は小さく飛び上がるように後ろに下がる。
 その時、また大きな波がきて二人の足元をすくう。
「きゃっ」
 美優が不意に倒れ込んできたせいで、奈々も一緒に転んでしまった。
 倒れた時に奈々が体をひねったせいで、奈々が手をついて美優の上にいた。
「あれ?」
 美優は手に引っかかっている布に気付いた。
「きゃあ」
『ぶっ!』
 奈々は美優が持っている布が、自分のビキニ(胸の部分)だと気づき、声を上げるとともに腕で胸を隠した。
「ん? 今、何か言った?」
「とにかく、美優。それ返して。ねぇ、返して」
 奈々はパッと美優の手からビキニを取り返す。
「重いよ」
「つけるまで待ってて」
 美優にまたがったまま奈々はビキニを付けなおしている。
「あれ? 奈々、ヤドカリは?」
「えっ? 転んだ時に投げちゃったかな」
 奈々が水着を着け終わった。
『もう終わり?』
 美優は何か叫ぶ声が聞こえたような気がした。
「?」
「どうしたの美優」
 美優はあちこちを見回すが、誰も見つからない。
「あっ、ヤドカリ、そこにいるよ!」
 ヤドカリは美優の首元に上がっていた。
 奈々が言うが、美優も気が付いたが触ることが出来ない。
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