その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 俺は左手で影をつまもうとするが、その影は全く手ごたえがない。
「う~~」
 目を凝らして、なんどかチャレンジすると、その影を掴むことが出来た。
『イタイイタイ…… はなせよ、はなせ』
「ねぇ、何やってるの影山くん逃げようよ」
 中島さんは俺の背中の方に回り込んで服を引っ張っている。
「大丈夫ですよ。この霊、痛がってる」 
 腕からはがし終えると、つまんだ黒い影を林の方へ放り投げた。
『おぼえてろよ』
 黒い影はぶるっと震えたように見えた。そして、スッと上昇して消えて行った。
「なに?」
 中島さんが聞くので、俺は答えた。
「おぼえてろって、言ってました」
 それを聞いて、中島さんは急に俺の背中をひっぱった。
「ちょっとまって、何か言ってたの?」
「ずっとしゃべってたじゃないですか?」
「霊の言葉がわかるの? さっきの黒い霊は影山くんの親族や知りあい、じゃないよね」
 冗談だと思って、俺は笑った。
「まさか。霊に知り合いがいるわけないじゃないですか」
 中島さんは手を振る。
「違う違う。親族や知り合いじゃない霊の言葉がわかるんだとしたら……」
「えっ? もしかして普通はあれ、聞こえないんですか?」
 俺の袖を引っ張る中島さんの手が震えた。
「君、ちょっとヤバいかも」
「どういうことですか?」
「それは私もわからないけど……」
 俺はGLPを付けると、林の先に気配を感じた。さっき黒い影が逃げて行った方向だった。
『おら、今度はさっきみたいにはいかないぞ』
 木の幹から、スッと黒い影が現れた。
「えっ、また出た」
『若造じゃねぇか、こんなのにつままれたのか』
 屋敷側に生えている低木の陰から、透明な空気のゆがみのようなものが現れた。
『いや、まてまて、なんかこいつ見覚えが……』
 最初の黒い影の横に、かすかな炎の球が現れた。
 中島さんがそれに気づいた。
「ひ、ひの玉…… に、逃げよう。やっぱりはいっちゃ行けなかったんだよ」
「見覚えって、俺のこと知ってるのか?」
 俺が言うと、火の玉は木の幹に隠れた。
『ビビるなって。束になって襲えば』
『俺たちの』
『勝利だ』
『時計は俺のモンだ』
 あっという間に多数の黒い影現れ、周りを囲まれた。
 さっきの霊はなんとかつまんで投げることが出来たが、この数から、自分と中島さんを守れるとは思えない。
 周りを見回して、一番数が少ない方向を探す。
「(逃げますよ)」
 中島さんに小さい声で囁く。
 小さく中島さんがうなずく。
「(あっち!)」
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 現実なのか、夢なのか、思念波世界なのか……
 目を開いているのか閉じているのか、立っているのか横になっているのか。どこからくる感覚を信じていいのかわからなくなっている。
『亜夢……』
 アキナが呼びかける。
 アキナの顔がどんどん大きくなっていって、口を広げると亜夢の体を飲み込んでしまう。
 暗闇。
 そして水が流れる音がする。
 その間中、頭は上下左右に叩かれ、動かされ続けている。
 こんなに揺れていると、まともに立ち上がられない。
 亜夢は満たされた水で呼吸が出来なくなった。
『苦しぃ……』
 息を吐き切って、苦しくて死にそうだった。
 それでも体は息をしようとして、今度は水が鼻から口から入り込んでくる。
『死ぬ』
 金髪の少女が、手を差し伸べた。
 ハツエちゃん? ハツエちゃん、助けて。
 金髪の少女が分裂する。
 もう一人の少女は腕組みして言う。
『違うぞ』
『助けて、ハツエ』
『この手を掴むのよ』
『違うぞ。考え方を変えろ。概念を突き崩せ』
『助けてあげる』
『違うぞ。わかるだろう』
 手を差し伸べてくる天使のような少女と、腕組みをしてじっと見下ろしている少女。
 亜夢は手を伸ばして、少女の手を取ろうとする。
『違う!』
 手と手が触れ合う瞬間、亜夢は少女の手を叩いた。
 すると空間すべてを満たしていた水が、塵のように分解されていく。どこにも見えなかった水面が下がり、亜夢の顔がその水面の上に出る。
 天使のように見えた金髪の少女は、黒い霧に包まれた。
 目だけが、亜夢の方を睨んでいる。
『ふん、この程度で逃げれると思うなよ』
 亜夢は水を飛び出して、高く宙を舞い、ひねりながら弧を描いて着地した。
 亜夢は頭を押さえながらも立ち上がり、通路をアキナの方へ進んでいった。
「この通路を渡り切れば……」
 進もうとする亜夢の足が震え始める。
「どうして? 動いてよ!」
 亜夢は自身の足を叩き、首をひねる。
「感覚がない……」
 再び襲ってくる強い頭痛。
 干渉波の何十倍もつよいものを流している、亜夢はそう思った。この壁、この床、この天井…… すべてが発信装置なのだ。
 かろうじて動く手を動かし、手首の内側を付けて指を開く。
「光球…… で……」
 手の平の中に光が集まり始める。
 突き出した手から放たれた光球が床を突き破る。
「!」
 亜夢は急に、体が軽くなるのを感じた。
「亜夢、勝負」
 亜夢は耳を疑った。
 アキナがものすごい形相で亜夢を睨みつけている。
「聞こえないなら、こっちから行く」
 アキナは足を肩幅ほどに自然に開き、腰をすこし落として、拳を引いた。
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「確かにそのあたりに表札があった気がします」
 記憶の中ではハッキリと読むことが出来ていた。そこには『影山』と書いてあった。
「私も解析機の映像を見た時はちゃんと書いてあったと思ったんだけどなぁ」
 中島さんは諦めたようにこちらを振り向いた。
「どう? 何か思い出すことは?」
 あの時、俺が解析機にかけられていた時、この奥の建物を見て恐怖を感じた。
 しかし今、実物を目の前にしているのに、何も感じない。怖さも、懐かしさも。
「何かピンときませんね。あの時見たものとも違うものなんじゃないかって、そんな気すらします」
「もしかして君は、あの事件の『影山』とは関係ないってこと?」
 一家失踪したのだとしたら、確かにここにたち、その家を見れば何か恐ろしくも感じるだろうし、懐かしい気持ちも出るだろう。けれど今は何もない。何も感じないのだ。俺の一家がそんな事件と無縁であれば、何も感じないとしても、それが普通だろう。逆に何か関係があるのに何もないのだとしたら、この場所が間違っているのだ。
「俺に聞かないでください」
「入ってみますか?」
「いくらなんでも、それ、不法侵入ですよね?」
「あなたの家なんだから、まったく問題にならない」
 いや、記憶がないんだって、俺はそう言いたかった。
 けれど、自分自身でその言葉を飲み込んでいた。入って確かめたい好奇心が勝っていたのだ。
「……」
「決まりね? いくわよ。周り見ててね」
 中島さんが、大きな門の横の扉に針金を差し込む。金属がこすれるような音が何度かすると、カチャリ、と軽い音がした。
「ごめんくださ〜い」
 軽い調子で中島さんが言う。そして扉を開けると、俺に続くように合図する。
「失礼します」
 俺もそう言って中に入った。
 外から見られないよう、門からまっすぐ伸びた道ではなく、庭の中を通る道を歩きながら、奥へと進む。
 庭の木々の陰に、こちらを追うような影が動いている、そんな気がした。
「何かいる……」
 中島さんが俺の視線の先を追う。
 木々や草の葉が不自然に動いた気がするが、気配は感じない。
「ちょっと、脅かさないでよ」
 中島さんはそう言うと、屋敷に向かって歩き出そう、として立ち止まった。
 何かバッグの中をごそごそと探している。
「あった。これ、渡しとけって言われてたんだ」
「GLPですか」
 解析機にかけられる時に、外せといわれて外したままだった。
 俺がそれを受け取ると、俺と中島さんの間に、急に黒い影が現れた。
『くれよ、それくれよ』
「きゃっ!」
 中島さんは飛び退いた。
 黒い影は俺のGLPを狙っているようで、俺の腕に絡みついてきた。
「影山くんなにそれ、霊?」
「詳しくはないですけど、きっとそうだと思います」
『くれよ、その時計くれよ』
 俺は振り払うように、でたらめに腕を振る。
 黒い影は、木々の葉や、地面に叩きつけられる。
『はなせよ、おれんだ』
 巻きついた黒い影が、俺の腕を絞り上げてきた。
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