その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

 中谷が扉を閉めると、三人は急いでヘリから離れた。
 三人は小さくなっていくヘリに手を振っていた。
 翌朝、アキナは寮監に呼び出された。
 学校で美優と亜夢がしつこくたずねると、やっとアキナが口を開いた。
「子猫、つれてきちゃったの」
「え~」
 亜夢はアキナのホームセンターでの行動からこんな事じゃないか思っていた。
 やっぱりホームセンターに寄りたがったのは、子猫の為だったのだ。
「けど、個人で飼ったら両側に違反するからダメだって。だから寮監のところで飼ってもらうことになった……」
「そっか。けど、離れ離れにならなくてよかったね」
「うん」
 アキナは笑った。
 学校につくと、クラスの中で人だかりができていた。
 亜夢が一人の肩を叩いてたずねる。
「新しい転校生だって」
「へぇ」
 亜夢がそう言うと、さっと人が捌けて亜夢と転校生の目があった。
「!」
 転校生はイスラムの女性のようで、黒い布を頭からかぶり、目だけが見えていた。
 亜夢はイヤな予感がした。
 テロに加担していた宮下加奈、三崎京子が『マスター』と呼んでいた目だけを見せている人物…… もしかして……
「……ニカーブっていうらしいよ」
「えっ?」
 亜夢は何を言われたか分からなかった。
「あの頭から被っている布のこと。イスラムの女性は外に出るときはあんな恰好なんだって」
 突然、その転校生と目があった。
『よろしく』
 思念波(テレパシー)でそう言われた。亜夢が思念波世界を覗くと、やはりそのニカーブを付けた姿が現れた。
『……』
 返事をしないでいると、思念波世界からはじき出された。
 転校生は亜夢を、じっと見つめていた。
 この娘(こ)がマスターだとしたら……
 亜夢も転校生をいつまでも見つめ返していた。



 終わり

 
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「ありがとうございました」
 その時、派手な音の着信音がなって、橋口さんは手袋を外してスマフォを確認した。
「どうかしました?」
「注文していた鞭(むち)が入荷したみたいね」
 橋口さんが、ニヤリ、と笑った。
「ムチ?」
「黒い火狼(ほろう)に焼かれてしまったのよ。ムチがあれば今日だってこんなに遅くはならなかったし、逃した降霊師も捕まえられたかもしれないわね」
「そんなにすごいんですか」
 訝しげに俺を見てくる。
「勘違いしているかもしれないけど、もちろん、普通の|鞭(むち)じゃないわよ。呪術的な刻印がされている対霊体用の特殊|鞭(むち)なんだから」
「なるほど」
 カチャリ、とバイクのギアを変えると、クラッチを切ってハンドルを開け、ドルン、と大きな音を出した。
「じゃあね」
「おやすみなさい」
 俺は橋口さんが去っていくまでそこで手を振った。
 そして家に帰ると、寝間着にタオルをクビから掛けている冴島さんが迎えてくれた。
「お帰り」
「ただいま」
「……」
 俺がダイニングキッチンの方へ行くと、冴島さんがついてきた。
 椅子に座って、大きくため息をついた。
「お疲れのようね」
「ええ、少し疲れました」
「悪いけど、バイトが重なっちゃったの」
 俺は自分自身を指さした。
「俺のバイトが、ってことですか?」
 冴島さんが、首からかけていたタオルで自身の頭を少し拭った。
「当然でしょ。私はバイトする必要ないもん」
「重なるってことは、新しいバイトですね」
 今、俺は『ミラーズ』というアメリカン・パイレストランのバイトをしている。しかし、今日、追跡していた降霊師を逃してしまったため、近日中にこのバイトは終了せざるを得なかった。
「今度はコンビニね」
「コンビニ……」
 俺が疲れたような声でそう言ったせいか、冴島さんは食器棚のところに行ってカップを取り出そうとする。
「コーヒーのむ?」
「ありがとうございます。飲みます」
 冴島さんが豆をセットすると、コーヒーメーカーがうなりを上げて豆を粉砕し始めた。
「ミルクと砂糖は?」
「両方ください」
 テーブルに一通り準備すると、冴島さんが俺の正面にすわった。
 肘に顎をのせ、こっちを見ている。
「どうしたんですか?」
「コーヒーが入るのを待ってるのよ」
「バイトについて教えてくださいよ。今度はどんなことなんですか」
 冴島さんは話し始めない。
 しばらくすると、コーヒーの香りがしてきた。
 俺は、冴島さんの方は向いてはいたが、井村さんのことをずっと考えていた。
 力があればおっさんの魔の手から救えたに違いない。冴島さんや、橋口さんのように除霊能力を鍛えれば、俺だって井村さんを……
「コーヒー入ったわよ」
「ありがとうございます」
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 俺は駆け寄る。
 橋口さんがゆっくり近づいてきて、トレンチコートから|幣(ぬさ)を取り出すと、うつ伏せに倒れている男を祓う。
「多分、この人にはものすごい反動がくるわ」
「どういうことですか?」
 空を指差し、次に地面を指差す。
「憑いていた霊の力が強ければ強いほど、後遺症が残るわ。まるで空を飛んでいるような高揚感から泥沼を這うような感覚になるわけよ」
 俺は男に肩を貸して立ち上がらせる。
「降霊って、麻薬のようなものなんですね」
 自分で言っておきながら、俺はどうなるのだろう、と思う。
 俺の中にもいくつも霊がついている、と冴島さんが言っていた。
 記憶を封鎖している霊がいなくなって、記憶が戻ったとき、麻薬のように霊を欲しがっている俺がいるのだろうか。
「まあ、そんなところね。この男、昨日から何件か窃盗と傷害事件を起こしてるから、警察に連れて行って引き渡しましょう」
 橋口さんが近づいてきて、濡らしたタオルで俺の顔をぬぐった。
「?」
「気づいてないの? 顔、血だらけよ」
 橋口さんが見せたタオルを見て、顔の痛みが戻ってきた。



 暗い部屋の中で、真っ赤なジャケットの男がスキットルを口に運ぶ。
 ウイスキーの香りが部屋に広がる。
 部屋の中のソファーには、女が横になって寝ていた。女はウイスキーの香りに目が覚めたのか、姿勢を正して座り直した。女は長い髪に切れ長の瞳、白いキメの細かい肌。くびれと、出る所は出ているグラビア曲線の持ち主だった。
「すみません」
 赤いジャケットの男はその言葉に反応せず、じっと立ったままだった。
「私のせいで」
「もういい。今度はうまくやれよ」
 女の目が一重に変化して、大きく少し垂れ気味になった。唇も少し薄くなった。顔の輪郭も丸顔から、すこし細い感じに変わっていく。それだけ変っても、全体のバランスが保たれていて、美人には違いなかった。
「これなら見破られません」
 そう言う声も、さっきまでとは別人のようだった。
 男は突然女の正面に回り込み、女の眉間を指さした。
「外見はいい。お前の能力でいくらでも変えられるからな」
 男は次に自分のこめかみあたりを指さした。
「問題はお前の思考だ。気に入られ、取り入ろうとするのはいい。だが、気持ちを許してしまっていないか?」
「……」
「あんな降霊師に手玉に取られるというのは、お前から緊張感が抜けてしまったからだ」
「そんなことは……」
 女は頭を下げ、床を見つめる。
「あの男に対して油断することは今後二度とありません。次は必ず」
「ああ……」
 と言うと、男は目をつぶって腕を組んだ。
「次は頼むぞ」



 橋口さんがが運転するバイクで、送ってもらった。
「墓地の横は入りたくないから、ここで」
 橋口さんはそう言った。
 ここは冴島さんの家の近くの大通りだった。家は少し入って、墓地の裏手になる。
 俺はヘルメットを橋口さんに返し、頭を下げた。
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