新野真琴は、中居寺駅のホームの三番目の柱のあたりにいた。ただ、目的の電車がくるまでは、まだ2時間も前だった。
 真琴は昨日の薫がとった言動を、母と話し合った。母はお祖父さんの研究を真琴にも薫にも話していない状態であれを見せたことを後悔していた。
 あれを単純にAIとみている学者もいるし、そうではなくて脳組織のアンテナ的な機能を模したものだ、という解釈もある、ということ。それを理解出来る人間はまだお祖父ちゃんと行方不明の父しかいないらしい。
 結局、そういうことはどうでもいい、と真琴は思った。薫のように危険物だと判断するのが、一般的には間違っていない、ということが、真琴と母はすぐには判らなかったことが悔しかった。普通の人やこういう技術の理解がある人、人によってお祖父ちゃんの残したものが、敵にも味方にも見えるのだ、ということだ。
 そして、薫も真琴もお互いがそれをどう思っているか、わかり合わないままああいう言動をしてしまったこと……
 薫の顔を思い出して涙がこみ上げてきた。真琴は上を向いて泣かないように我慢した。
「新野、どうした?」
 どん、と肩を叩いてきた為に、我慢していた涙が頬を伝って落ちた。
「泣いてんのか…… すまん」
 ボヤけて見えなかったが、聞き覚えのある声だった。ハンカチで目を抑えて顔を上げると、それが大塚美沙だと判った。
「ううん、別にいいんだ」
「なんかあったんだ」
「まあね」
「そうだよな。そういうことあるよな。仕方ないよ。なかなか判り合えないんだよ。全部言わないとな。考えていることを声出して。そんな気がするよ」
 何故突然こんなことを言ってくるのか判らなかった。真琴は混乱した。
「何を言ってるの?」
「いや、一般論だよ。一般論。結構見た感じで言ってくる人いるじゃん」
「う、うん」
「私が不良だと決めつけてものをいってくるんだよ」
「そうだね」
 真琴は実は私もそんな風に思ってたよ…… と思いながら、そう答えていた。
「私、不良はヤダよ。格好はそんな風にみえるかもしれないけどさ。本当に不良とかって呼ばれてたって、本当に犯罪とか悪いことしている人なんていないんだ。同じ集団のごくごく一部がしてれば、全体をそう言う風に言われちゃう」
 すごく真剣な瞳で見つめてくるな、と真琴は思った。なぜ突然こんな本気を見せられているのかは理解出来なかったが。
「同じ学校の生徒だから馬鹿なんだろう、と思われるのと一緒だね」
「そうなんだよ。同じ制服を着ていたって、色んな人間がいる。だから、そんなことを気にするべきじゃない」
「うん。ボクもそう思う」
 大塚美沙は、右手を出して握手を求めてきた。真琴は戸惑いながら、右手を出した。出したか出していないか、少し曖昧な距離に手を出していたが、美沙が真琴の手を取りにくるような形で握手をした。
 真琴はなんとなく、頭痛が起こりはしないか、と思った。それは、美沙表情が何かを試しているかのように見えたせいだった。しかし、真琴の中のヒカリも現れないし、他に変わったことも何もなく、そのまま握手は終わった。
「良かった。きみに分かってもらえて」
 美沙は明るい笑顔を見せた。
「さあ、電車が来た。新野、一緒に学校に行こうか」
「いや、ボク、薫を待ってるんだ」
「薫…… ああ、あの子。なんとなく判るよ、あの子、新野の親友? なの?」
「親友…… だよ。そう親友」
「そう……」
 大塚の瞳に暗い影が映った、ように思えた。真琴には良く判らなかったが、とにかく黒く、マイナスなイメージのなにか。
「じゃあね。先に学校に行ってるよ。早い列車は空いていて気持ちいいよ。新野も今度乗ってみるべきだ」
 笑顔でそう言って列車に乗り込んだ。
 そして真琴の方を見ないようする為か、ホームと反対側を向く席に座った。
 少しだけ気まずい時間が流れた後、電車は出発した。