終業式を迎えるまでの間、真琴と薫はやるべきことが多く、日々忙しかった。薫は放課後に水泳の補習があったり、それがない日は引き続いて護身術もならった。公民館が借りれない時は、生徒会の名前を借りて、畳のある特殊教室を利用した。学校でやる場合でも、メラニーは立場上保護者なので、学校へも特別な手続きなく入れたのだった。
 そんなことをやりながら、生徒会合宿という不思議なイベントの為にスマフォの充電器やら着替え、シュラフやらランタンやらのキャンプ用語を交えた話が二人の間で交わされた。それらを選んだり買ったりしながら、終業式の日への期待や不安が膨らんでいった。
「本当に終業式の一日は何をするつもりだろう? 一度も帰らないって、なんかすごいことを期待していいのかな?」
「いやぁ、そんなことはないと思うよ。副会長が、宿題もってきとけ、って言ってたし。暇つぶしを沢山持ってきておいた方が良いわね」
「ボクも薫も部活しなかったもんね。だからこういう合宿みたいの始めてだよ。薫はそういうのしたことある?」
「私もこういう『部活』っぽいお泊りはしたことないな」
 実際、生徒会として二人はほとんど活動していない。だが、生徒会の一員としてこれから活動をするには、生徒会イベントに参加していかないといけない、という建前らしかった。
「テントっていくつ用意してるのかな?」
「佐藤副会長が持ってくるっていってたけど。男1人、女5人だからね。5人寝れるテントって結構大きくないかな?」
「普通のテント2つに、佐藤さんようのテント、って感じかな」
 二人は数日の間、そんな話で盛り上がっていた。
 そして終業式の朝を迎えた。
 二人とも大荷物を背負って、朝早く中居寺の駅に来ていた。
「真琴!」
「早いね薫、私さ、結局出る前にも色々荷物入れ替えちゃって……予定よりだいぶ遅れちゃったよ」
 ふと気づくと、薫の横に大塚が立っていた。大塚は二人の格好をみて、何か考えたようだった。
「新野、早いじゃん。いつだったかここで会った時以来だね」
 薫はワザと真琴と親しげに話している、と感じた。
「おはよう大塚さん。今日は、この前言ってた『朝早い電車』に乗るよ」
「それより何なの? 山登りにでもいくの?」
 確かに大きな荷物を背負っていると、登山なのか、と思う。ただ、服は軽装だし、靴も革靴なのだが、山を連想させるには十分な格好だった。
「合宿なの」
「?」
「部活じゃないんだ。生徒会の合宿」
「へー大変だね。どこの山にいくの?」
「あ、だから山じゃなくて……」
「それに、新野って生徒会だったっけ?」
 真琴は少し面倒くさくなった。
 それに気付いたのか、薫が割って入った。
「山じゃなくて、学校に泊まるのよ。キャンプみたいにね。それが生徒会の合宿。私と二人で生徒会のお手伝いをしているの。だから呼ばれた、というわけよ」
「……君が北御堂、だっけ」
 分かってて確認しに来ている、と薫は思った。何か突っかってくるのは、大塚は真琴と仲良くなりたい、のだろうか。
「真琴と同じクラスの北御堂薫です。よろしくお願いしますね」
 と右手を差し出した。大塚は軽く手先に触れるように握ってきて握手した。
「こちらこそよろしく。私は大塚美沙」
 直後、薫はスマフォの振動を感じた。
「大荷物で大変だよ」
「何か持ってやるよ」
「いいよ、薫に悪いし」
「薫の分も持ってやるよ」
 いきなり下の名前で呼び捨てにしてきたことに、いらだちを覚えた。
「あ、でも、もう電車来たね。じゃあ、網棚に載せるのを手伝って?」
「いいよ、手伝ってあげる」
 入線してきた電車に乗り込むと、座席の上の網棚に荷物を載せた。確かに一つ背の高い大塚の方が、薫よりは楽に作業が出来た。
「ありがとう」
「ありがとう、は荷物を下ろした時に言ってよ。何か載せただけじゃ、なんか、意地悪したみたいだし」
 変わったことを言う娘だな、と真琴は思った。確かに言ってることは間違ってないのだが。
 その後、三人はとりとめもないことを話して電車で堂本の駅についた。約束どおりに大塚は網棚から荷物を下ろしてくれた。真琴は改めて、ありがとう、と言い、大塚は笑った。駅から校舎までは薫と真琴ばかりが喋って、大塚はあまり口を開くことは無かった。
 そして隣の教室の前で大塚と別れた。
 薫と真琴は、生徒会室に荷物を置きにそのまま校舎の端まで行った。生徒会室は鍵が掛かるので、全員が置いた後、終業式までは鍵をかけておくことになる。
「あ、鍵を職員室から借りてくるんだったかな?」
「佐藤さんが居ると思うけど……」
 薫は全く疑いもなくそう言った。
「こんな早くに?」
「毎朝早いみたいよ。何回か聞いたことがあるの」
 しばらく歩くと、生徒会室についた。
 明かりがついており、誰かいるようだった。
「ほんとだ」
「おはようございます」
 薫は扉を開けてそう言うと、佐藤充がちらっと振り返り、
「おはよう。はやいですね」
 と言うとすぐ机に向き直った。オレンジ色の問題集と、チラシの裏にメモ書きがたくさんしてあった。
「受験勉強……ですか?」
 どうやら何か考えているらしく、反応が無かったが、しばらくして
「そうです。君たちもそろそろ準備はしてるんでしょ?」
「ごめんなさい。集中しているところを邪魔してしまって。そうですね、ボンヤリとは考えているんですけど、まだ具体的なことはしてないんですよね」
「荷物を置いて教室戻りますが……あの、鍵をお願いします」
「大丈夫ですよ。私はいつもギリギリまでここにいますから」
「失礼します」
 と二人が言うと、佐藤は戸口の方をちらっとみて微笑み、シャープペンを持った方の手で軽く手を振った。
 完璧な副会長だ、と薫は思った。
 真琴もそう思ったらしく、
「完璧だね。完璧すぎるよ」
 と言った。
「そうね。完璧な先輩って感じだよね」
「うん。朝早く来て生徒会室で勉強。後輩が帰る時には笑顔、成績も上位だって聞くし」
「でも、最初は生徒会はイヤだったんだって。推薦されそうになって、すごく嫌がっていたとか聞いた」
「ボクはその話知らないな」
「実は、京町さんが会長に立候補するって聞いて突然、副会長に立候補したんだって」
「ちょっとまって……二人ってひょっとして」
「真琴、あの京町さんをみて付き合ってるとか、そんなこと思う?」
「いや、ボクあんまり京町さん見たことないんで……」
「今日、明日、と見てれはイヤでも判るよ……」
「ふうん」
 二人は教室につくと、薫が自分の席に付き、真琴は薫の机に寄りかかって喋っていた。
 会話が途切れた時、薫は中居寺で自分のスマフォが振動したことを思い出し、取り出して確認した。
 すると『リンク』に山本昭二からのメッセージが来ている、と通知されていた。真琴の家での一件以降、一切薫の『リンク』にメッセージは出てこなかったのだ。慌てて『リンク』を開いてみるとこんなメッセージがあった。
『その女に気をつけろ』
 メッセージのタイムスタンプは確かに二人で中居寺のホームにいた時と一致する。大塚の事なのか、しかし過去の二人と比較しても何か不自然な言動はなかったが……
「どうした、薫」
「うん……先入観を与えても悪いから、これ見て」
 といってスマフォの『リンク』をそのまま見せた。おそらく、真琴もこの時刻を見れば、お祖父ちゃんが誰を危険、と言ったのか判断すると考えた。
「ボクには、すぐに信じることは出来ない…… けど、そうだよね。注意する」
 真琴は真剣な表情でうなずいた。
 薫はその感じを見て、ほっとした。
 しばらくすると、校内放送が流れて終業式の為に校庭に集められた。