薫はテントの中で横になっていた。
 強い日差しの時間帯は過ぎてはいたが、テントの中は暑かった。
 その横には真琴が寝ていた。
 薫は目をつぶってはいたが、寝ている訳ではなかった。とにかく、自然に真琴に抱きつきたい、という気持ちで溢れいていた。寝るどころではなかった。
 横になってどれくらい経ったか分からなかったが、意を決して寝返りのフリをしてみることにした。
 完全に抱きつくまではいかなくとも、なんとなく手が触れるのならOKなのではないか、と薫は勝手に判断した。そして、ゴロリと横に体を回転させ、真琴にしがみついてみた。
 すると、真琴も薫とは反対側にへ向けて体を横にした。手が触れなくなった薫は、目を開けて少し真琴に近づいて、あたかも抱きまくらにつかまるような自然さを『演出しつつ』抱きついた。
 真琴は鈍い反応ではあったが、暑苦しいという感じに薫の手を振り払い、そして体を離そうとした。
『待って……』
 と薫は思わず声に出しそうだった。
 無意識とは言え、求めているものに逃げられてしまうのは辛かった。
 そしてもう一度しがみつくように真琴の体を抱きしめた。絡めた足が、互いの汗で滑った。はさみ込もうとしては滑って、開いて少しずらしてまたはさもうとすると滑った。
 そうやってゆっくり足をと絡めながら、今度は軽く真琴の胸に置いた手を、感触を確かめるように軽く動かした。下着の感触以外の、柔らかな体の感触があった。
 いつの間にか、薫は真琴の上に重なるようにして寝ていた。そして直接肌に触れようとスカートとシャツの間に手を入れようとした。
 その時、スマフォが鳴った。
 設定してあげた時に聞いたことがある、真琴の着信音だった。
「んん?」
 薫は、自然を装い、敢えてゆっくりと体をどけた。
「鳴ってる。ボクのスマフォ?」
「ポッケにいれてるんじゃないの?」
「そうだっけ……」
 目を開けていない真琴は上体を起こすと、言われたようにポケットを探した。
 鳴り続けている音が大きくなった。
 軽く触れると、真琴は言った。
「もしもし?」
 何か小さな音が聞こえた。
「今日は気をつけろ」
 何か合成された音声が聞こえた。
「真琴、今日は気をつけろ」
 電話が切れた。
 正確には『リンク』の音声コールだった。『リンク』は友人通しなら電話のようなことが出来た。
「薫!」
 急に呼びつけられ、薫は飛び起きた。やりすぎて、バレてしまったのだろうか。
「キクちゃんから電話があった!」
「キクちゃんって……」
「今の、迫江(サコエ)・キクちゃんだよ! 絶対。間違いない!」
「なに言ってるの?」
「動画サイトとかで良くあるじゃん!」
 薫はようやく真琴の言っている意味が分かった。
 どうやら、歌声合成システムの『迫江キク』の声が電話の相手だった、ということだ。自分の声を知られなくないのか、それとも……
「真琴、ちょっと……」
 薫は立ち上がろうとしてめまいがした。
 ふらふらとして、おしりをついてしまった。
「『リンク』に『お祖父ちゃん』が、友達登録されてない?」
 真琴は言われたとおりに『リンク』の友達リストをみてみると、確かに『山本昭二』が登録されていた。
「されてる」
「じゃ、選択して、『音声通話』ってしてみて」
「うん…… あ、かかった」
 真琴は緊張した表情になった。
「なんじゃ、真琴。どうかしたか」
 真琴はスマフォを耳からはずし、ミュートボタンを押した。
「キクちゃんきた〜 ほらほら」
 スマフォを薫に聞かせようと渡してきた。薫はなんか拍子抜けした。クラクラしていた分、余計に力が抜けた気がする。
 薫はそれを受けとらず、
「それはお祖父ちゃんよ」
 と言って返した。
「え? どういうこと」
「『リンク』にメッセージが流せるなら、こういうことも出来るな、とは思っていたけど」
「家のパソコンが喋ってる、ってこと?」
「簡単に言えば、そういうこと」
 真琴は再び耳にスマフォをあてた。
「お祖父ちゃん? 誰に気をつけるの?」
「朝の娘だと思うが」
「大塚……さん?」
「名前は分からん。こっちも何か出来ないか考える」
「あ、もしもし」
「どうしたの?」
「切れちゃった」
 何故、キクちゃんなんだろう。男の声の方が怪しまれないのに、と薫は思った。こうやって真琴にまず疑われてしまっているではないか。
「おそらく大塚さんのことね。確証はもてないけど、用心した方がいい」
「……うん」
 あまり素直にはうなずけなかった。理由は大塚と手を触れていたからであった。果たして大塚の中にエントーシアンがいたとして、あそこで反応しなかったのは何故、ということになる。
「……」
 薫は自分が倍以上に警戒しないとまずい、と思った。この様子だと大塚が現れた時に、真琴は躊躇してしまうだろう。何かあった時に、自分が出なければならない場面もあるかもしれない。
「ここならあるじゃん!」
 校舎の裏手から声がした。
 佐々木ミキがサキと一緒にジュースの販売機を探しに戻ってきたのだった。
 その声で二人の間にあった重苦しい雰囲気が一気にかき消された。