薫は、残っていた上野やミキ、サキが真琴と大塚さんの接触が途切れないようにしていてくれたことに感謝の言葉を告げると、交代しますから、と言ってテントの中に入ろうとした。
「あぶない!」
 よろける薫を、上野が抱きとめた。
「どうした、フラフラしてるよ」
 上野は支えている間にも何度かよろけそうになった薫に言った。
「とにかく、水分とってあんたも横になりなよ」
 上野はペットボトルを差し出して、飲むように促した。薫はそれを力弱く口にし、キャップを閉めた。
「大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃない」
 上野は声のトーンを落として、言った。
「少し寝なさい」
 上野と一緒にテントに入ると、薫は並んで横になった。
「そう。横になってて、二人は私がみてるから」
 薫は仰向けに横になりながら、自分の無力さを感じ涙を流した。
「泣かない。まだ何も終わってないよ」
「その通りです。まだ真琴は戦っているのに……」
「とにかく休んで。今は私達もいるから」
 薫は上野達の言葉に思うことがあった。涙は止まらなかったが、涙の訳はちょっと前とは違っていた。



 真琴は、古本街の入り口から、いったいこの通りに何件の古本屋があって、はたしてそのどこに大塚がいるのだろうと思った。やみくもに一つ一つあたっていたのでは、夢の中とはいえ、時間がかかりすぎる。
「ヒカリ、なんかいい手はないかしら」
「右と左にわかれて、出入り口から全部覗けたらパス、見えない大きさの店舗だったら二人で当たろう」
「やっぱり総当りするしかないの?」
「大塚さん!」
 風景が歪んだ。
「もしかして?」
「反応しているんだろうね。じゃあ、申し少しマシなやり方にしよう」
「この風景の歪みを覚えておいて、歪みの大きなところから探そう」
「大塚さ〜ん!」
「大塚さん!!」
 二人は古本屋街を右と左に分かれて、大塚さんを連呼した。
「大塚さ〜ん!」
「おおつかさ〜ん!」
 真琴とヒカリが、それなりに大きなブロックノイズがでたところを指さすと、ほぼ一緒の地点だった。
 二人はそのエリアに戻って、より探しにくそうな大きな書店を選んだ。
「お・お・つ・か・さ〜〜ん!」
 ブルブルと音が出るのではないか、と思うくらい、空間が歪んだ。何故、夢はアナログなのにブロックノイズが出るのかは不明だが、おそらくここが一番大きい。
「ここが一番長居しやすいんだろうね。大きければ、興味のあるジャンルや本も多いし」
「入ろう」
 真琴はうなずいた。
 ヒカリとともに自動ドアを抜けて店内に入ると、本棚が二人を阻むように動き出した。細くなったその間をすり抜けようとすると、今度は本が滑りだしてきた。
「あぶない!」
 右の棚と左の棚から、相互に本が飛び出し、ぶつからないように反対の棚に収まった。ヒカリは真琴の制止を振り切って進もうとしたが、沢山の本が飛んできて、後ろに弾け飛んだ。
「大丈夫!?」
 ヒカリのほおをかすったらしく、肌が真っ赤になっていた。
「切れるような痛さじゃないんだけど…… 重いね」
「どうしよう」
 ヒカリを抱き起こし、
「私が囮になるから」
「オトリ?」
 真琴は右の書棚に張り付き、手足体、顔を使って本を抑え込んだ。飛び出そうとする本が沸騰する水の泡のようにグラグラと動きだし、真琴の体を揺らしていた。
「ヒカリ!」
 一方の書棚から飛び出せないせいか、もう一方の書棚からも本が飛び出せないようだった。左右の書棚の本は同期的に動くものらしい。
「分かった」
「けど、この先に進むには?」
「ボクも進むから」
「これってオトリじゃないよね」
「いいから、行くよ」
 真琴が左に進むと、今まで抑えられていた本が左右から飛び出して交換された。ヒカリも真琴と同じように進んで、その本をかわすことが出来た。
「大丈夫?」
「進むよ!」
 飛び出そうとする本に体中をボコボコと叩かれているような状態で、真琴の顔も赤くはれてきた。
「次は交代しよう!」
「ありがとう!」
 本が移動しようとする音が店内に鳴り響いていて、大きな声をださないと互いの声が聞こえなかった。
 そうやって、棚を3つ通過すると、二人は体中を打撲していた。本棚の低いところには本がなかった為、膝下には怪我はなかったがスカートで守られていないももの部分やほおは、赤く腫れあがって痕になっていた。
 たどりついた場所にはフロアを上がる為の階段があり、さらに店内の奥も見渡すことが出来た。奥には人影がないことから、階段を上がった別のフロアにいるのではないか、と真琴達は判断した。
「うん。ボクも上だと思う」
 真琴は歯をくいしばって階段を睨みつけた。