まずは旅行先の候補を出して、二人でスマフォを眺めながら、こっちだったら、このホテルにとまるとか、ここで何をするかを決めていった。
 大体のやることを決めた上で、行き先をどっちにするか考えた。
「うーん。でも、そっち遠いよね? 初日ほぼ移動日になるよね?」
「ああ、電車じゃいけないところは、車借りるよ」
「お母さん、免許もってたんだっけ?」
「あれ、知らなかったっけ? 持ってるよ。専門学校の時に取ったんだから」
「そうなんだ。初めて知った」
「だから、深夜に出れば多少移動時間は節約出来るよ」
「深夜に出発するのやだ」
「どうせなんだかんだ起きてるくせに。出発したら車の中で寝てればいいよ。」
 話しをしていると、『STAFF ONLY』のドアが開き、さっきカウンターに座っていたスーツの男が現れた。
 そして再びカウンターに座った。
 どうやらマスターも裏手にいたらしく、しばらくして同じ扉から出てきた。
「(ケーキをもってるわ)」
 ちょうど反対になる真琴に母は小声で伝えた。
 ケーキはそのスーツの男の前に置くと、マスターは再びカウンターの内側へ回った。ほどなく、ガラスの器具がカチャリと音を立てたので、どうやらコーヒーも入れるようだ。
「(なんなんだろうね)」
「(どうでもいいでしょ)」
 母は真琴に向き直って、言った。
「こころに正直になった方が楽よ。で、どうする? こっちで良い?」
「うん。車だけがちょっと不安だけど」
「大丈夫、貸してくれるって言ってるもん」
「お母さんの運転よ」
「……」
「私、お母さんの運転する車に乗ったことないんだもん。当然でしょ?」
 母は少し怒ったような顔になった。
「ちょー大丈夫だから」
 言うなり、アイスコーヒーを一気にすすってしまった。
「……いします」
 スーツの男が頭を下げている。
 カウンターの内側の方が低いので、その場所から頭を下げても、マスターの頭の上なのだが。
 声に反応して、母はまたそっちを向いた。
「お願いします。納品数が足りないんです…」
「最初の約束数だからね。それ以上は無理だよ。頼まれても今は変えられない」
 と答えたのは、マスターの声だった。
 やはりこの寂れた店で成り立っているのではなく、別の商売があるのだ。と聖子は思った。スーツから見ても、かなりの取り引きがある相手だ。その人物に対して、主導権をもって話をしているのがマスターだとしたら、その取り引きで、利益が上がっているに違いない。
「…で決定ね」
「? なんのこと?」
 母は聞いていないようだった。
「旅行の話でしょ。しっかりしてよ」
「OK。車の話をしておくね」
 電話を取り出すと、車を貸してくれる知り合いに話をしていた。
 直ぐに話はついたようだった。
「これで良しっと。じゃあ、後は分担して宿に電話しよう」
 二人は紙に書き出したホテルや旅館に電話をして、三泊分の宿の手配をした。
 既にアイスコーヒーを飲み終えていた母は、マスターの方を向いて追加の飲み物をオーダーをした。
「…後、ケーキとかありますか?」
「少々お待ちを」
 マスターが言ったかと思うと、何やら入れ物を持ってマスターが席の横まで来た。
「今日はこちらを御用意しております」
 以前、薫が買ってきたものや、初めてみるようなケーキもあった。
 内容を尋ねながら、一つを選ぶと
「真琴も食べる?」
「考えてなかったけど…… そのオレンジのやつ頂こうかしら」
「じゃあ、これを一つ」
「かしこまりました。今、お持ちいたしますので」
 スーツの男は、横目でその様子を見ているようだった。そして、何か、メモを取るようにスマフォに指を走らせていた。
 マスターが戻ってくると、注文したアイスコーヒーと、ケーキを二つテーブルに置いた。
 真琴はスマフォを使って、ケーキの写真を撮ろうとしたが、母がそれを制した。
「すみません。ケーキの写真撮っても良いかしら?」
「どうぞ」
 カウンターで姿は見えなかったが、そう返事が返ってきた。
 真琴はあらためて、スマフォでケーキの写真を撮った。
「ちゃんと言えるようになりましょうね」
「そうだね。反省だよ」
 と言う真琴の声はすこし小さくなってしまっていた。
 撮ったケーキの写真は『さて、今どこでしょうか?』という質問付きで『リンク』でシェアしていた。
 すぐに反応があったのは ミキ、サキで、ケーキの感じから、中居寺にある別の店だと思ったらしく、その店名を書いて『いいなぁ』という感じに書き込んで来た。
 しばらくすると薫も応答してくれた。薫は一発でこの店だと分かったようで、そう書き込んだ。真琴が『正解!』と応答すると、ミキサキはかなり驚いたようだった。
「そうだよね」
 真琴が言うと、母は
「どうしたの?」
 と尋ねた。真琴はケーキをフォークで示しながら、
「これの写真と、この店が結びつかない、ってこと」
 母はなんとなくうなずいたが、あまり興味もないようだった。
 二人はケーキを食べ終えると、支払いの為に立ち上がった。真琴からすると、急な感じに立ち上がったので、レジを見ると、支払いの為にスーツの男がいた。
 真琴は、母は何かスーツの男に興味がああるに違いない、と考えた。真琴も慌てて買い物袋やバッグをまとめて、立ち上がった。
「890円になります」
 スーツの男は、財布を開けて千円札を取り出し、渡し際に
「納品量についてもう一度考えていただけませんか」
 と言った。
 真琴の母は、さり気なく体を傾けて、スーツの男の胸元についている社章を見た。
 社名のロゴだと思われたが、それがどのくらい有名な会社なのか、とかは分からなかった。ということは、無名なのだろう、と母は思った。
「2080円になります」
 アイスコーヒー2杯に、アイスカフェオレが1杯、ケーキが二つ。概算でもまぁだとうか、と母は考えた。
「ごちそうさま」
 真琴は会釈をしたマスターを、横目で見ながら、母の後を追った。
 マスターは小柄だが、バランスが良くて余り背が低いことを感じさせない。しわも髭も単なる無精だからではなく、きっちり整えているように思えた。
 真琴は、マスターのことを冴えないお爺さんだと思っていたので、帰り際のそんな印象とは違っていた。もしかして、今日のスーツ男とのやり取りをみて、少し印象が変わったのかな、と思った。