その日、薫は予備校の帰りに喫茶店に寄っていた。
 そこは真琴たちが良く行く喫茶店で、何時でも客がいなくい、さびれた店だった。店名が分からないから、『爺さん』の店と呼んでいた。
 一人だったので、店に入ると薫はカウンターに座った。
「アイスカフェオレをください」
「かしこまりました」
 しばらくすると、マスターから珍しく話しかけてきた。
「すみません。テレビを付けても良いでしょうか?」
 薫は突然の事だったので、驚いて返事をするのに、少し間をあけてしまった。
 マスターが困ったような顔になり、もう一度言った。
「すみません、やはりダメ…」
「いいですよ。思ってもいないタイミングで話しかけられたので、反応できなかっただけです」
 すると、マスターが笑顔を見せた。
「すみません。ありがとうございます」
 薫にとっては、その笑顔も驚きとなった。
 何しろ表情を変えない、クールな爺さんだという印象が強かった。
「聞いても良いですか? 何を見たいんですか?」
「…孫の出るテレビ番組があるので」
「へぇ、お孫さんが」
「そこの東堂本高校に通ってるんですけどね」
 薫は、これにどう答えるべきか悩んだ。そして、まだこっちが同じ高校に通っている、という情報を渡してしまうべきではない、と判断した。
「…」
「あっ、まっ、それで…モデル、というか、タレントみたいなこともやってるんですよ」
「へぇ! それでテレビに出られるんですね?」
 同じ学校でモデルとかタレントのようなことをやっていれば、すぐ判りそうなものだ。薫は、その手の噂を思い出してみたが、パっと浮ぶ名前はなかった。
「そうなんです。今回、初めてテレビに出るらしくて…」
 そうだろうな。見たいだろう、仕事中でも。こういうお爺さんは録画とかそういうの知らないだろうから、いや、録画という機能は知っていても、どうすればそれが使えるとか判らないだろうからな、薫はカウンターの中を覗き込みながら、そう思った。
「おまたせしました。アイスカフェオレになります」
 と言って、マスターはコースターをしいてグラスを置いた。
「あ、始まりましたよ」
 薫も同じ学校に通う生徒として、見たことがあるか興味があった。
 大抵の子は、仕事が忙しくなると、殆ど学校に来なくなってしまうのだ。来なくなれば自然と話題には上らなくなる、薫は自分が知らないのは、彼女がそういうタイプだからではないかと考えた。
 番組が始まって、司会のお笑いタレントとアシスタントの女子アナウンサーが話し始めた。
 音が小さいので、まともに聞こえるのは、おそらくマスターだけではないかと思った。
 薫は、番組タイトルを覚えると、自分の家のレコーダーへ予約できるサイトにアクセスして、録画の予約を入れた。これは、いつもは見ない番組であったが、この店は利用するので、マスターと話しをしたりするネタにもなる、と考えたのだ。
 番組は進んで、ずらっとモデル立って、ペアになって並んでいた。ペア毎に行き先を変えているらしい。
「どの娘(こ)です?」
「ああ…ええと。…難しいな。孫は私と同じで渋谷、渋谷涼子といいます。後ろから3番目のペアだったかな…」
 がんばって、画面に映る度に、この子です、と言ってくれるのだが、画面に長く滞っていない。
 なんとなく顔は判ったし、おそらく流れとしては後半にその孫のペアの順番がくるとはずだ、と薫は考え、
「マスター、多分後でじっくり映ると思いますよ」
 と言った。しっかり人気が出るようでないと、そんなに長映しにはならないものなんだ、とも思った。
「そうだと良いんですが」
 あんなにはっきりと映っていても、マスターは心配そうだった。確かに名の売れたタレントでなければ、最初のシーンには映っていても、まるごとカットされることもあるだろう。
「きっと大丈夫ですよ」
 と良いながら薫はスマフォで『しぶやりょうこ』を検索していた。所属事務所のプロフィールページとかが見つかり、薫は『渋谷涼子』であることを知った。既にそのプロフィールページには、今流れている番組の名前も書き込まれている。レギュラー、となっているから、さっき自分が無責任に『大丈夫などと』言ってしまったが、大丈夫ではないかと薫は思った。
 それにしても、この顔は見覚えがない。生年月日的には、同級生のはずなのに、と薫は考えた。学年は4クラスしかない。よっぽど学校に来ないか、メイクで大胆に変わってしまうタイプなのかもしれない。
 カフェオレを飲みながら、薫はせめて番組が終わるまでここで粘ろう、と思った。