真琴が母からの連絡を受けて、旅行の荷物を持って1階に下りた。そして、マンションの来客用駐車場につくと、そこには『チンクエチェント』が止まっていた。
 夜中ではあったが、マンションの明かりで車のシルエットはしっかり分かった。
 母は車の外からぐるりと車体を眺めていたようだった。
「これがお友達の車なのね。軽かと思ったけど…… 意外と大きいじゃない」
「格好良いでしょ」
「車は良くわかんない」
「そっか。残念ね」
 母は真琴から半分荷物を受け取って、車のドアを開けた。後部座席に荷物を放ると、真琴から残りの鞄を受け取り、また車の中へいれた。
 運転席に乗り込むと、真琴は助手席に乗った。
「さあ、行くわよ。シートベルトしてね」
「あれ? このシートベルトなんかよく分からない」
「両肩から一つずつあるから両方をおろして、そうそう、ここで止めれば…」
 真琴はほとんど、母にシートベルトを止めてもらった。
「じゃ改めて出発!」
 するすると車は動きだしたが、母は頻繁にレバー操作をしているのを見て、真琴はたずねた。
「もしかしてマニュアル車」
「うん。マニュアル車じゃないと運転出来ないし」
「え? マニュアルは難しいんじゃないの?」
「慣れなのかしらね。マニュアルじゃないと怖い、という感じなのよ」
 確かに慣れているものを離れると不安になる、というのはこの前の経験でもそうだった。普通に夢の中で男の格好をして、バイクヒーローになるのが慣れっこになっていた。突然、自分そのものの姿で夢に放り出されてても、どうやって相手を救っていいか分からなかった。
 深夜のドライブは、まるで知らない街を走っているかのようだった。コンビニ以外はほとんど看板すら消灯していて、道から外れたところの建物の隙間や物陰はゾッとするほど暗かった。
 しかし逆に道やコンビニは明るすぎるほどだった。
 真琴は車というのは、薫に乗せてもらうくらいしか経験がなかったので、こんなに音が響いたり、路面の振動が伝わるのだ、とは思わなかった。
 まして運転席の横に座ることは無かったので、流れていく景色と音と加速で、少し気持ちが高ぶっていた。
 そうして景色が段々暗い方が多くなってくると、母は言った。
「何か飲み物のむ? 街でるとそんなにコンビニなくなるから、寄れなくなるよ」
「うん。そうだね」
「じゃ、次あったコンビニによるよ」
 真琴はうなずいた。
 高速道路に入ると、街中より車の数が多いのではないか、と思えた。もしかしたら、車が生き生きとして見えた、ということなのかもしれない。
「何時ぐらいにつくんだっけ?」
「このまままっすぐ行ったら夜明け前についちゃうよ。途中より道するから、今のうちに寝ときな」
 母はそう答えた。
 真琴は日中少しの間寝てしまった関係で、そんなに眠くはなかった。しかし、しばらくすると、高速道路での車の動きに慣れてしまったのか、気持ちが収まってきたのか、ウトウトと居眠りを始めた。
 ぐっすりと寝てしまった後、どれくらいたったか分からなかったが、真琴が気づくと高速道路から下りていた。
 殆ど灯りという灯りのない山道を走っていて、車は頻繁にカーブを曲がり、曲がるたびに身体がシートの縁に押し付けられた。
 真琴は、尋ねた。
「ここどこ?」
 タイヤが鳴るように音を立てている。
「えっと」
 母は素早くシフトレバーを動かしている。道が少しなだらかになって、見通しの良い直線に入ると、
「もうすぐ。景色の良いとこにつくから。そこで休憩しよ」
 またしばらく、エンジン音とタイヤがアスファルトに擦りつけられる音の世界が続けられた。
 母は笑っているわけではなかったが、なにか楽しそうだった。
 山を登りきり、少し下りかけたころ、道の横に、車の入れるスペースがあった。
 それが見えると、母は急にスピードを落とした。どうやらここで休憩するらしい。
 車を止めると、波の音が聞こえた。