渋谷涼子は、レギュラー出演が決まったテレビ番組のロケに行く途中だった。有美と有美のマネージャーの三人で四人掛けボックス座席にいた。
 有美は涼子と同じでモデルで、同じ時期から、同じテレビ番組のレギュラーになった。マネージャーは、実際は有美だけを担当している訳ではない。有美の事務所の兼任マネージャーだった。
 涼子はノースリーブのワンピースを着ていたが、日除けと冷房避けの為に薄手のカーディガンを羽織っていた。有美はTシャツにデニムのショートパンツとやや露出の多い格好だった。
 夏休み中の為か、涼子たち以外にも観光客が多く乗っていた。
 涼子は窓から外の様子を見ながら言った。
「天気良いといいですね」
 有美はスマフォを操作してから、
「あ、台風のこと? まだまだ沖縄にも来てないから大丈夫じゃん」
 と言った。
「さっきアプリで降水確率確認したけど、今日は降らないわね」
 マネージャーもメガネを整えながら、冷静に答えた。
 涼子は口元で両手を合わせ、
「良かった。昨日テレビで天気予報見て、ちょっと心配だったんです」
「あれ? スマフォとか持ってないん?」
 有美はたずねた。
「持ってるんですけど。親に色んな設定されちゃって。自分で使える時間も、見れるサイトも限らてるんです。だから、あんまり使わないんですよ」
「え〜〜ダサ。あんたんとこの親どういう頭してんの?」
 有美は涼子を指さしながらそう言うと、
「今持ってきてんの?」
「はい。これです」
「うわ…… デフォのままじゃん。というか…」
「ロック掛かってるんで、ほとんど変えれないんです」
 有美は手慣れた手つきでアプリを立ち上げたり、設定画面を出そうと操作する、が……
「あ〜、酷いね、これ。こんな設定すら出来なくなってる」
 有美は続けていろいろと操作すると、今度は関心したように
「ここまで出来るんだね……関心しちゃうよ。よっぽどあんたのことが心配なんじゃん?」
 と言った。涼子は少し微笑んでから
「そうですね。それだけなら良いんですけど。逆に信用されていないんじゃないか、とか考えちゃうんですよね」
「そうだよね〜。そういう考えにもなるよね。だからパパさん考え変えた方がいいよ、って言ってやりなよ」
「はぁ…」
 それが言えたら苦労しない、涼子はそう思った。
 これだけスマフォに制限を掛けられているのは、涼子の父が心配性だからだ。
 心配性なだけではなく、神経症とも言えるような、細かいところまで気になってしまう性格だった。
 それを、自分は気配りが出来て繊細、と表現していて、他人の迷惑になっているとは思っていなかった。涼子はガラケーだった時には、全くこだわりがなかった父に、スマフォを買ったと言ってしまったことを後悔した。
 列車が短いトンネルを何回か抜けると、退屈だった景色も変ってきた。
 太陽は顔を出していなかったが、雲も次第にはれてきていて、ロケ地に着く頃にはいい天気になりそうだ、と思った。
「そうだ。こんなものあるけど、食べる?」
 有美のマネージャーがそう言って、可愛らしい包みを開けると、色とりどりのマカロンがあった。
「かわいいですね。どこの店ですか?」
「あ、分かった。リュバン、だっけ?」
「そうそう、良く覚えてたね」
 マネージャーはひとつ取って涼子に手渡した。
「ありがとうございます」
「ほら、有美も」
「ありがと」
 マネージャーも自分の口に放り込んだ。
 軽くて甘い菓子を食べると、涼子は祖父の作るスイーツのことを思い出した。
「そのリュバンって、どこにあるんですか?」
「あれ、その店中居寺よ。学校近所なじゃなかったっけ? ここ評判良くて行列ができるんだよ」
「へぇ〜、中居寺だったんですか。今度行ってみようかな」
「うん、リュバンはおすすめするよ」
 有美もそう言った。
 一息つくと、それぞれが撮影に向けて支度を始めた。有美は露出しているところに日焼け止めを塗り始めた。
 涼子は三つ編みを一度解き、ウェーブの強さを確認して、再び三つ編みにした。そして席を立つと、車両にある手洗い所でヘアスプレーをかけた。
 後ろで見ていた有美が、
「パーマかければ良いのに」
「校則があるので……」
「え? けどしてる娘もいるでしょ?」
「確かにそうなんですけど。こういうお仕事している上に、普段の見た目が派手だと目をつけられてしまうんです」
 有美がうなずいてくれたので、涼子は少しホッとした。
「そうね。意地悪な人いるもんね〜」
「もう少しでつきますね」
「サクサク撮影が終わるといいね」
「早く終われば今日は泳げるかもしれませんね」
「いいね、それくらい早くおわるなら」
 二人は笑った。
 列車には停車駅のアナウンスが流れ始めた。そこが撮影の目的地だった。