真琴と母は海水浴場が開くまで、夜中に着いた休憩所に車を止め、車中で仮眠した。小さな海岸で客は少なかったが、ゴミ一つない砂浜で海も綺麗だった。
 真琴は少し海に浸かろうと思ったが、薫と約束していたことを思い出した。
「お母さん、私のスマフォで写真撮って」
 出かける前に、設定しろだの、旅行先で写メしろだの、色々と言われていたことを思い出したのだった。
「へぇ。誰に送るの?」
「別に送らないよ」
「だったら『あんたのスマフォ』で撮ることないじゃん」
 真琴は正直に答えることにした。
「薫よ。薫が送ってくれって」
 母は顎に手をやり、何か考えている風だった。
「あの子が、どんな写真を要求しているの?」
「知らないよ」
「……まぁ、そうね。じゃ薫にどんな写真を送りたい?」
 あらためて、そう言われるとどんな写真を送ったら良いのだろう。水着の写真、と食べ物屋に入ったら、ソフトクリームだろうと全部撮れとか言ってたし。
「楽しそうにしている写真かな?」
「そう。それじゃ、楽しそうにして」
 真琴は思った。
 え、それだけ、そんな指示で楽しそうになんて出来ないよ。食べたり、遊んだりしている写真を送ってくれ、というのだから、きっと楽しそうにしている写真が欲しいんだと思ったけど。真琴は、母と二人しかいない状態でどうやって楽しげな写真を撮るか悩んでしまった。
「どうしたの? じっとしてても楽しそうじゃないよ」
「どうやったら楽しそうに見える?」
 スマフォを構えている母に尋ねた。
「そうねぇ……」
 私が主体となって、完璧な『リゾート写真』を撮らねば!、母は思った。
 母は、仲良く水を掛け合うことを考えて、水を掛けるようなしぐさをしてみせた。
「え?」
「いいからこんな風にやってみな」
 真琴は母を真似て『手の甲でハエを払うような』しぐさをした。
 何故伝わらないの! 世代が違うとでも言うの! 母は強烈に落ち込んだ。
「違う違う。……じゃ、もう少し海に入って」
 言われた通りに真琴が海へ進む。
「水をこっちに掛けるようにして」
「え、ダメだよ。スマフォは防水だけど、海水はアウトだって言ってた」
 母は頭を掻きながら、別の手を考えた。
「じゃあ、海から上がって水際を走ってみて」
 母の方へ真琴は走った。
「真琴? 笑ってみて」
「走ってるのに笑えないよ」
 確かに息が切れて、笑うどころではなさそうだ、と母は思った。
「あんた、がんばり過ぎなのよ!」
 母はスマフォを構えるのをやめた。
「それじゃ、最後ね。濡れていない方の砂のところまで来てよ」
「もう結構撮ったんじゃないの?」
「楽しそうではない写真ばかりなのよ」
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃない。お笑い芸人じゃないのよ」
 それはまた違う、と母は思った。お笑い芸人じゃないのよ、というセリフはどちらかというと私が笑わない真琴に対して言う言葉ではないか。
「意味分かって言ってる? いいわ、ここら辺で、ハイハイするみたいに四つん這いになって」
「え? 急にどうしたの?」
「やって」
 母は路線を変えてみることにした。
 真剣な顔しか撮れないなら、真剣な顔のままセクシーな格好をさせれば、笑いを取れるのでは、と考えたのだ。
「下向かないで、顔だけこっちむいて」
「苦しい」
 何枚か撮ると、それらを確認した。乳が重力にひっぱられ、胸が大きく写っていた。
 母はいい具合に胸が盛って写ったことに満足しつつも、欲を出して別のポーズにもチャレンジした。
「いいわよ。そのまま、右のタイソクを下にして横になって」
「やだよ。砂つくじゃん」
「払えばいいでしょ。はいっ、横になって」
「もういいでしょ。今までの中から何枚か送るから。スマフォ返して」
 グラビア作戦が読まれたのか、本当に砂が嫌でイライラしはじめていたのかは不明だったが、母の野望は潰えた。 
「返すけど、条件があるわ」
「え、なにそれ?」
「あんたが送る写真以外に、聖子セレクションも送ってよ」
「なにそれ?」
「私も何枚か写真をチョイスするから、それを別送させて、ってこと」
「別にいいけど」
 真琴と母は、場所取りしていたレジャーシートへ戻り、スマフォで写真を見ながら取捨していた。母がどうするか見ていると、真琴は海の前で呆然としている写真を1枚選択してメールしていた。
 母はやっぱり、と思った。
 これを選ぶだろう、と思ったやつを選んだ。もっともポーズも表情も平凡な写真だ、相手の印象に残らないような。
「じゃ、やっていい? メールの宛先とかだけ、先に確認してよ?」
「これでいいよ」
 母は奪うようにスマフォを取り、写真を選び始めた。スマフォの中から四つん這いの写真と、ムスッした表情で水を掛けている写真の2枚を選んで、メッセージを添えた。
『海水浴でキャッキャ、ウフフしてるところです』
 うん、間違いじゃない。母は思った。
「送信っと」
 スマフォを返すと、真琴は操作を始めた。どうやら今送った写真を確認したらしい。
「なんであんな写真送るの」
「そういうの送られるんじゃないか、って考えなかったの?」
「そんなこと考える訳ないでしょ」
 母は素直ないい子だ、と思った。