真琴は泳いだり、浮き輪で浮かんだりしながら、砂浜での時間を過ごした。徐々に日差しも強くなってきて、それにつれて人も多くなってきた。
 大胆な水着の女の子もやってきているし、家族で遊びに来ている人もいた。
 小さな子供が、初めて海と波というものにたわむれる様子は、かわいらしくて、心が穏やかになるような気がした。
 お昼にはまだ早かったが、真琴は母にご飯を食べることを提案した。母もお腹が減っていたのか、特に文句もなく同意してくれた。
 海の家をみつけると、母と一緒に入ることにした。
 中には、取材なのか、カメラや照明、その先には女の子が二人並んで話していた。その一団を遠巻きに回避しながら歩いて、席を決めた。テーブルにはメニューが無かったので、とりあえず壁に書いてあるお品書きを読んでいた。
「真琴?」
「何、注文決まったの?」
「そうじゃなくて、テレビの撮影やってるね」
「映画かもしれないでしょ」
「スタッフの人のTシャツがテレビ局の番組のものだったから、絶対テレビよ」
「T シャツとは関係ないと思うけど。それで注文決まった?」
「あんた興味ないの?」
「何に?」
 真琴は店員が全員、撮影の方ばかり気にしていて、こちらに気が付かないこといイライラしていた。
「あれ……気になってはいるのね」
 真琴はこっちを向きそうになった店員に手を上げて合図した。
「二人とも美人ね〜 うちのお店にも芸能関係の人くるけど、やっぱりその世界の人はオーラがあるわ」
「メニューあったらください」
 真琴はようやくやって来た店員に言った。
「後、お水ください」
「あんたも、少し工夫すればあのくらい美人に見えるとは思うけどね。まぁ、そもそも目指さないと思うけど」
「なんで急にそんなこと。それより…」
 母は話しを遮って続けた。
「ああいう娘達っていうのは、野望があるのよ。欲望というか。それが体から発せされてるというか、それをまとっているのよ」
「注文するから選んでよ」
「……少しは聞いてよ」
「後でね」
「ふん、もういいわ。で、あんた何頼むことにしたの?」
「ブラック焼きそば」
「そう。それならあんたの後で一口頂戴。じゃあ、私は違うやつのにしてスペシャルドライカレー」
 真琴は店員を探して手を上げて合図しようとした時、撮影している集団から視線を感じた。
 店員を探すのやめ、誰がこっちをみているのかを確認していると、撮影している人が動いた瞬間、目があった。
 ワンピースを着た、ソバージュのようにウェーブがかかった髪の娘だった。
 こちらと目が合っても、その娘は、視線をそらす気配が無かった。真琴は怖くなってきて、視線をそらそうとしたが、もっと強い不安感が湧き上がってきてそれが出来なかった。
 スタッフがその娘に話しかけたのか、相手が目線をそらし、真琴は救われたように感じた。
「どうしたの?」
「よくわからない……」
「あんまり動かないから、私が注文しといたよ」
 真琴は恐る恐る、撮影している連中の方をみてワンピースの娘を確認した。ちらちら、と視線が合うのだが、さっきのようにじっと見つめることはなかったし、何かの危険を感じることもなかった。
 さっき感じたあれが母の言う、芸能人オーラなのだろうか、と真琴は考えた。魅力的な人物になりたいという野望は、人にそういう力を与えるのだろうか。
 じっとその娘をみているうち、真琴は、何かこの娘を知ってるような、見たことがあるような気がしてきた。ついさっき、初めて見たばかりだというのに、印象が強烈過ぎたせいか、酷く過去から知っている娘だと錯覚したのかもしれない。
 そう、母の言う通りテレビに出ている娘だとしたら、何かのCMなどで記憶に刷り込まれているとか、役者の名前を覚えるほどの役ではないがドラマとかで見ていたとか……
「さっきからどうしたの?」
「!」
「すみません。店の人からちょうど『ブラック焼きそば』と『スペシャルドライカレー』が注文されたと聞いて。それ、お客さまのご注文ですか?」
「はい、そうですけど」
「撮影させて頂いていいですか?」
「食べてるところと、一言感想を言っていただければと」
「いいですよ」
「ありがとうございます。キミドリテレビの日昼グルメって番組でして」
 母が相談もなしに答えてしまった。
 美味しくなかったらどうしよう、そんなに気のきいたコメント言えないよ、と真琴は思った。
「このブラック焼きそばって、この地域の特別なイカスミを…」
 真琴はテレビ局の人が食べ物の説明するの聞いて、こうやって感想を誘導しているのだ、と考えた。
 特別な素材、昔からこの地域で愛された、とか言えば、不味い、とか、焼きそばにイカスミは合わない、とかは言えない。昔から食べている、と言われれば、素朴な味ですね、とかなんか懐かしい、とか言わなければいけない雰囲気になる。
 作る側の店員も近くにいるから、不味い、食えん、とは絶対に言えない。どうかんがえても無難な答え以外は出てこない仕組みになっているんだ、と。
「…というのが、スペシャルドライカレーなんだそうですよ」
「へぇ、面白いですね」
 母は素直に全部話しを聞いてしまったんだろうか、と真琴は思った。