真琴はホテルのベッドで横になっていた。
 母は何も聞いてこなかった。
 真琴は体を起し、部屋の時計をみるとまだ夕方だった。
 カーテンを開けて、外の様子をみた。奥に海が見えた。手前には街があった。街路灯がつきはじめていた。景色からすると、このホテルは、少し高台にあるのだろう、と真琴は思った。
 そばにあった椅子に座り、頭の中で出来事を整理していた。
 だが、不可解なことが多すぎた。まず、男達はまともに日本語を話していなかった。確かに、あの場所は少し死角になっていたかもしれないが、明いうちから女性を襲う、男の心理も判らなかった。そして白衣の男がしたこと。頭を掴まれた男達は動かなくなったが、あれは死んだのか、という疑問。
 警察に通報した方が良かったのだろうか。
 その場合、倒れている男達の生き死にが問題になる。死んでいて、白衣の男のしたことが証明出来なかったら、真琴が殺したことになってしまう。
 真琴はこのことが何かニュースになっていないか、を確かめようと、スマフォでニュースを探した。
 いつもと違う場所にきているせいか、天気予報やニュースにもなじみのない地名が並んでいた。
 ネットにはなにもなかった。
 もし、あの人が殺してしまったのだとすると、あそこにまだ死体があって誰にも発見されていないだけ、という可能性がある。
 男達が麻薬などで朦朧として、言葉もまともにしゃべれなかったのだとしたら、それだけでも事件になっていても良い気がした。
 しかし、窓の外の風景も、ネットのニュースも、何もあの事件について言及していない。
 真琴は、自分が危ない目にあった現場にまだあの男達が死体として存在するのか確かめたかった。もしあった場合、自分は誰が犯人か目撃している……
 母は下のフロアにあるカフェでお茶をしている。現場に行きたい、と母に言うことを、と考えたが、母に言ってしまっては最初から警察に頼む、ということになりそうだった。警察に言うとなると、自分の被害の説明もしなければならない。それは真琴にはとても出来ないことに思えた。
 真琴はスマフォで薫に連絡した。
 薫は授業中らしく、電話に出ることが出来ませんというメッセージが返ってきた。そのまま『リンク』アプリに切り替えて、今日の出来事を書き込んだ。
 襲われそうになったこと、男達は倒れてしまったこと。けれど、それらしい事件になっていないこと。だから、死体なのか、確かめに行きたいが、怖くて行けないこと。
 真琴は送り終えると、スマフォに祈るように目を閉じてひたいをつけた。
「薫……」
 しばらくするとスマフォが震え始めた。
 画面には『非通知』と出ていた。
 薫ではない。
 真琴は少し悩んで、こちらからは話さず、聞くだけ聞いてやる、というつもりで応答した。
「あ、真琴? 今どこ?」
 渋谷涼子の声だった。
「……あれ、真琴?」
 声を出すか、決断出来なかった。
 通話は終了した。
 しばらくするとまたスマフォに着信がきた。やはり『非通知』だった。
 同じようなつもりで応答すると、渋谷涼子の声が聞こえた。
「真琴? どうしたの?」
「涼子、あのね」
「真琴? え、あれ? 無事だったんだ…」
 真琴は聞き間違えだと思った。
「何て言ったの?」
「無事だったんだね。って言ったんだよ」
「……ど、どういうこと」
「あはははは、どういうこと、って。私が仕掛けたから、知ってるってことだよ。あはははは……」
 その笑い声はまるで涼子とは別人のようだった。
「逆に、どうしてあんたが無事なのかが分からないけどね」
「……」
「私、あなたに消えてもらわないと困るのよ」
「涼子、今どこにいるの?」
「こっちも真琴のいる場所、聞きたいな。ホテルだよね。何号室?」
 真琴はとっさに通話を切った。
 そして、ここを直ぐ出ないとまずいと思った。何故、突然、涼子にこんなことをされるのか分からないが、この建物にいてはいつか襲われてしまう。
 外出出来るように着替えをし、履物も念のため持ってきていた運動靴に替えた。涼子は母のことも知っている。ボクがいない場合、母も危ない。
 真琴は電話かけていた。
「どうした、起きたの?」
「お母さん、逃げて。ここは危険なの、ボクと一緒にいると」
「それなら、お母さんと一緒に逃げよう」
「だめだよ、迷惑をかける訳いはいかない」
「私の50%はあんたの為なんだから」
 真琴は言葉につまった。
「……じゃあ、ボクの為に、ボクがいい、って言うまで、エンジンをかけて、車に隠れていて。車までは知られていないはずだから。変な男が来たら車で逃げて」
「わかった。あんたがそう言うなら、そうする。気をつけてね」
「うん。お願い」
 これでとりあえず、母が巻き込まれて危ない目に会うことはない、と真琴は考え、安心した。