真琴はそっと部屋のドアを開け、ホテルの廊下に出た。絨毯敷であったので、あまり気をつけなくても足音がたったりしない。
 何気なくエレベータホールについてしまい、真琴はエレベータを使うべきか考えた。エレベータがフロアに止まる音を聞いて、慌ててフロアの案内図を見た。
 エレベータが開いた時には、真琴は非常用の階段を降りていた。
 ほぼ従業員しか使わない為か、各おどり場に少量のリネン類が積んであった。目が回るほど階段を下りると、真琴はフロアへの扉をそっと開けた。
 フロアにはおみやげものを売る場所があって、そこに老夫婦やおばさんが数人買い物をしていた。
 とりあえず、渋谷涼子はいない、と判断して真琴は扉をすり抜けた。重い鉄板の扉だったので、注意して扉を閉めると、周りを見ながら早足で出口に向かった。
 外の景色はだいぶ暗くなっていて、よく見えなくなってきていた。そうして外に気を取られていたせいで、誰かにぶつかってしまった。
 真琴は完全に尻もちをついてしまったが、相手は何事もなかったかのように立っていた。服装から、ホテルの従業員のようだった。
「お客様、大丈夫ですか」
 真琴がその従業員の顔をみると、どこかで見た顔だと思った。
 手を引いてもらって立ち上がる時には、それが誰かを思い出していた。
「ラ、ラッシュガード……」
 真琴の声が大きかったためか、その従業員の影から、もう一人、細身の男が出て来て言った。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「私がお客様とぶつかってしまって」
 真琴が勝手にぶつかったのに、さも自分が悪かった風に言った。
「大変失礼しました。お怪我はございませんか」
 細身の男は支配人かそれなりの職なのだろう、謝り方や身のこなしが違った。真琴は、それよりラッシュガードの男がマトモに口を聞いているのに驚いた。
「どうかしましたか」
「この人、昼間……」
「ええ、昼間は休んでおりまして、この夕方から、昼間の者と交代し勤務しております」
 細身の男が説明した。
 聞きたいことはそうではないのだが、真琴はさすがに『あなたは昼間、ボクを襲ったよね』とは言えなかった。
 真琴が呆然としていると、細身の男は、
「ご気分がすぐれないのでしたら、ラウンジの方で休まれますか」
 と言って、方向を指し示した。
 真琴は導かれるまま、ラウンジの方へ歩きだしたが、そこに女性の姿を見つけた。
 それは渋谷涼子だった。
「あ、あの、すみません。大丈夫です。ごめんなさい」
「あ、お客様!」
 真琴は踵を返して、エレベータホールを抜け、大きな階段を下りた。
 エステと書かれた部屋があったり、マッサージ機が並んでいた。とにかく、自分が先に相手を発見出来るような物陰を探した。
 小さなのれんが掛かっている、足湯のコーナーがあった。
 真琴が見る限りそこが最適に思えた。そこに腰掛け、のれんごしに廊下側を監視することにした。幸い、他には足湯には人はおらず、足湯につからなくても不審には思われないだろう、と思った。
 真琴はもう一度、考えを整理した。
 このホテルの従業員は間違いなく、昼間に真琴を襲ったラッシュガードの男だった。真っ先に白衣の男にやられ、泡を吹いて倒れたはずだ。
 推測だが、同様の方法でやられた他の男達も、無事なのだろう、と真琴は思った。これで殺人の共犯にされることはない、という意味の安心はあったが、一方でホテルの中に自分を襲った人間がいると思うと、ゾッとする思いもあった。
 真琴は、いつ、ここを離れていいのか、どこかで判断をつけなければならなかった。
「さっきみたらさ〜 足湯があるんだって」
「ここ下りた辺りだよ」
 涼子の声だった。
 時間的に、部屋に行った感じではない、そのままフロントからここに来たのだ。真琴はすぐに足湯のコーナーを出ると、フロントとは逆方向に向かった。
 行く先には大浴場と設備室しかなかった。設備室のドアにはロックが掛かっていた。
「なにあれ、足湯って狭いよね、もう少し雰囲気も作ってあるのかとおもったけど〜」
 声が聞こえる。
「お風呂行こう、せっかく温泉来たんだし」
 有美が涼子を風呂に誘っている。
 このままでは、向こうも手が出せないが、こちらも逃げることが出来ない。真琴は、大浴場へ入ってやり過ごすことを考えた。ここにいることがわかっていなければ、探されることはない。いつまでも風呂に居るわけにはいかないから、相手も戻るだろう、その時に抜け出せばいい、そんな風に考えた。
 とにかく素早く着ていたものを脱ぎ、見つからぬようにロッカーを利用し、風呂場へと入った。室内と露天があったが、露天側の方が岩があって隠れやすそうだった。
 けっして振り向かなければ、気づくことはないだろう。
 真琴は手早く体を洗って奥の露天風呂へ向かった。振り替えると、涼子と有美は脱衣所に入ったばかりのようだった。