真琴は露天風呂の端で、外をみていた。実際の意識は後ろの風呂側へ向いていたが、顔をそちらに向ける訳にはいかなかった。涼子に知られてしまうからだった。
 真琴は、外気が思ったより涼しくなってきたことに救われていた。もし室内だったら早々にのぼせてしまいそうだったが、露天であったので頭はすずしく、体があたたかな状態を保てた。
 ときおり、外の風景を見たくて近くまでくる客がいたが、真琴のいるところは端だったので、それ以上よってくるものもなく、話しかけてくるおばさんもいなかった。
 かなり時間がたったと思って、少し後ろを振り返った時、涼子と有美が露天風呂へのドアを開けた。
「やっぱり外は気持ちいいね」
「川側なの? 海見える方じゃないんだ」
「う〜ん。でも、この場所から海の方向だったら、きっと覗かれ放題だよ」
「それもそうか」
 二人はとりとめもない話しをしながら、湯につかった。
 真琴は意識して、普段とは違う振る舞いをしようとした。そして、髪型からバレないようにタオルを頭に巻いた。
「なんか、殆ど明日に撮影まわしちゃったけど、大丈夫かなぁ…」
「大丈夫じゃん。気にし過ぎだよ」
「私はゆっくり、じっくり撮影したいですよ……」
「そう? あたしは、スケジュール詰ってると、この業界だなぁ、って思うけどな」
「さすがですね……」
「さあ、あがろうか。冷えたビール…って、高校生だから涼子は飲めないな」
「あがりますか…」
 真琴はそれを聞いてチャンスだ、と考えた。
 湯から上る音がして、内と露天を隔てている扉の音がした。
 少しずつ左右に視線と意識を広げ、確認した。
 露天風呂には、真琴以外誰もいなくなった。
 お湯に潜るように低い姿勢をとり、ドアから内風呂を覗くと、有美が脱衣所の方へ出ていくのが見えた。
 もうしばらくの辛抱だ、真琴は思った。このまま二人が出ていき、さっきの話の通りビールだ夕飯だ、となったら、真琴を探し出してどうこうする時間はないだろう。その間に、逃げてしまえばいい。
 真琴はまた端の方へ戻った。
 安心したせいか、真琴は少し寝てしまっていた。
 慎重に周りを確認するが、露天の方に入っている人はいなかった。
 ドア越しに内風呂を確認してから、中に入ったが、客は誰もいなかった。
 真琴は体を軽くシャワーで流すと、体を拭って脱衣所に戻った。
 やはり客がいない。
 まさか深夜になるまで寝てしまったか、と思い掛けてあった時計で確認したがまだホテルの夕食の時間帯だった。
 イヤな予感がする。
 脱衣所のトイレの明かりがついているのに気付き、そこを意識しながらもう一度浴場に戻ろうと後退りした。
「んぐっ!」
 あっ、と思う間に、タオルが首に巻きついて締め上げられていた。
「こっちは、フロントでしっかり見付けてたのよ」
 真琴はタオルを両手を差し込んで引っぱろうとした。
「だから、ホテルの部屋に行こうとする有美を、無理にさそって、足湯から露天風呂まで連れていくことにしたの」
 ときよりキツく締めてくるが、息が出来なくなるほどではなかった。
「二人で行けばあなたが油断すると思って」
 真琴はタオルを引っぱれば、倒せると考えて、体重をかけて前へ引っ張った。
「あんたバカ?」
 力の差がありすぎる、真琴は思った。あれだけ引っぱったのに…
「ここじゃ目立つから! こっち来いよ!」
 首を引っぱられながら浴場に戻されると、真琴はサウナ室へと連れて行かれた。
 涼子は段の上に上り、真琴を吊り上げるように締め始めた。
 苦しさに真琴が背伸びをしようとするところを、涼子が蹴ってきた。
「さっさと逝っちまいな」
 再び、蹴って転ばせようとしてきた。
 真琴は首のタオルを手で抑えながら、隙をみて手を離し、蹴り込んでくる涼子の足を取って転ばせようと試みた。
「な、なんでボクをころそうと」
「お前が邪魔だからだよ」
 動きが止ったすきに、真琴は片腕を涼子の足に巻き付けた。
「だ、から、なんで」
「ふん、今に頭痛で判るだろう」
 その瞬間、ヒカリが何か言ったように感じた。しかし、すぐに真琴は苦しくなり、ヒカリの姿は消えてしまった。
「多少接触されたって、命を絶ってしまえば」
 ヒカリ、なんとかこの娘の力を抑えて、と真琴は祈った。足に絡めた片腕にも、もう力が入らなった。
「し、死にな! よ…」
 涼子の声が、何か苦しげに変った。
 何者かが、涼子の腹に一撃を加えたのだ。
「真琴!」
 もうろうとしながらも、その声が薫のものであることが判った。
「ふっくぅ……」
 もう一度薫が拳を打ち出すと、涼子は苦しそうに咳込んだ。そして真琴の背中に寄り掛るように倒れてくると、首に巻き付いていたタオルが外れた。
「お前は…」
 涼子は何かを言いかけた。
「くぅ、離せ!」
「真琴、駄目よ、絶対離してはダメ!」
 真琴も、息苦しさの代りに、激しい頭痛が襲ってきていた。
「ここでは無理だから、ジャグジーのところまで行くわよ」
 薫と真琴で両脇から涼子を担いで歩き、そのままジャグジーに座らせた。
 薫は、真琴と涼子の腕を絡ませて、接触が続くようにした。
「真琴、絶対に体を離してはダメよ」
 それを最後に、急速に真琴の意識は遠くなっていった。