自販機近くのベンチで、薫は自分の髪のリボンを結び直しながら、朝からのことを考えていた。
 いやらしい匂いがする−−要するに、同性愛者丸出し…… 涼子の言った事をストレートな表現にすればこうだ。真琴と薫の関係は、いやらしい、だから、そういうのに興味のある女子がこの車両に集っている、そういうことだ。
 薫は自らの中の性質を、隠すように努めていた。けれど、毎朝、真琴の手が腰に回ってきた瞬間、それを忘れてしまう。しかし、それの何がいけないことなのだろう、薫は半ば開きなおっていた。
 好き合った男女なら毎日一緒に登下校しているじゃないか。そんな二人が混んだ電車に乗れば肌は触れ合うし、きっと男の股間は自然と勃起しているに違いない。よっぽどその方が匂う。
 いやいや、そういう比較ではないのだ、と薫は思った。一つは男女は世間に認められた組み合わせだ、ということ。二つ目に、真琴と薫は好き合っているか確認出来ていないということだった。
 何度か真琴の気持ちを確かめる機会はあった。自分が怖くなって、それをしなかっただけだ。
 薫は自分の伸ばした髪を見つめながら、昔のことを思いだしていた。

 クラスの皆は『将来の自分』という内容で作文を書いてくることになった。小学校の卒業文集の為だった、と思う。
 学校帰りに、真琴が言い出した。
「ボクさ、お母さんが美容師でしょ? だから美容師になろうかと思うんだ」
「美容師、素敵ね」
「今ね、お母さんのおさがりのハサミをもらって、自分で自分の髪を切ったりしてるの」
 今思いだせば、相当いびつで、凸凹した髪型だったはずだ。薫は写真を見返した時に知った。しかし、当時はそんな事を考えたことも無かった。
「ふーん。右と左が逆になるから、難しくないの?」
「難しいよ。けどね、鏡に写ってるから右左逆だからこれがこうして、とか考えると難しいみたい。鏡の見たままを受け入れればいいんだって」
「お母さんが言ったの?」
「うん。お母さんも自分で自分の髪を切るのよ」
「すごいね」
「ボクもいっぱい髪を切れば、上手くなると思うんだ。けど、髪の毛って思ったより伸びなくて」
「真琴が美容師になったら、一番最初のお客様になるよ」
「薫が? いいよ、タダでやってあげる」
「違うの、お客さまがいいの。だってタダで切ってもらうなら、今でも出来るじゃない? 真琴が美容師になって、始めてプロとして髪を切る時、してもらうの」
「うん。わかった」
「どういう髪を切ってみたい?」
「短い髪は、さんざんやり飽きてるから…… 長い髪の人でやりたい」
「じゃあ、そうする。長い髪でお店にいくから。毎週末でも行くから」
 急に驚いたように真琴は言う。
「え、そんなことしたら、どんどん短くなっちゃうよ!?」
「うん。じゃあ、今からいっぱい髪を伸ばして長くしておくから」
 真琴は安心したように笑ってくれた。
 そういう話から始まって、次第に真琴の家庭の話になり、父親がいないから、自分が稼ぐしかないのだ、という事情を聞いてしまった。
「……そうなんだ。お父さんが。だからお金がないんだ」
「お父さんがいたら良かったんだけどね」
「お金だったら、うちの父に話してみるよ」
「そんなの悪いよ。無理だし。やめよう。そんなことで仲が悪くなったりするのやだよ」
「……そ、そうね」
 その場ではその話を止めたのだが、実際に薫は父母に相談していた。薫の母はまだ事業を始めていなかったが、父はいくつかの事業を拡大している最中で、あまり会うことが出来なかったのだが、この話はした記憶がある。
 しかし、結局、金銭援助はされなかったようだった。父は真琴のお父さんの名前を繰り返しつぶやいていたが、それが何を意味しているのかは分からなかった。
 真琴の家の経済的危機は、真琴の母が都内の美容室に引き抜かれたことで好転し始めたようで、いつしかお金がない、という話は二人の間ではされなくなっていた。
 そんな頃から、薫は真琴に特別な思いを抱いていた。けれど、その時は女性が好きだ、という訳ではなかった。真琴が好きなのであって、男性を恋愛や性行為の対象としてみれない訳ではなかったのだ。

 ガチャン、と音がして薫は現実に引き戻された。横の自販機で、スーツを着た会社員風の男が、缶コーヒーを買ったようだ。缶コーヒーを取り出すと、男は駅側にある喫煙所に歩いていった。
 薫は小学生の頃から膨らみ続けた真琴への想いを意識するとき、いつも思っていたことを口にした。
「二人が破局していないなら、お互いの思いはバランスしているはず」
 薫はいつもこの言葉を繰り返し自分に言い聞かせてきたのだった。
 気持ちが一方的でないから、仲良くやっていけてるはずなのだ。男と女、女と女でもそれは同じはず、もちろん、男と男という組み合わせもあるだろうけど……
 これ以上隠しておく訳にいかない。
 正直に気持ちを打ち明けてはっきりさせたい。
 薫は立ち上がって、学校へと向かった。