真琴、薫、涼子の順でお祖父さんの店に入っていった。涼子が入った後、少しこちらを見てか、いつもは落ち着き払ったマスターが、驚いたような声を出した。
「いら、いラッしゃいませ」
 プッ、と薫は笑う直前で踏みとどまった。
「お祖父ちゃん、今のかっこ悪い」
 涼子が言うと、マスターは照れたように慌ててグラスを拭き始めた。
「あそこに行こう」
 涼子がさした場所は真琴達がいつも座る奥の席だった。
 薫が座るとすぐに涼子がその隣に入ってしまったせいで、真琴はいつもの場所をとられてしまって、二人の正面に座った。
 席に座ると、涼子は疲れたような顔をして、メガネを外し、足を組んだ。
「朝の事、覚えてる?」
 薫はうなずいた。
 真琴は小さい声で言った。
「なんとなく」
「そう。まぁ、いいわ。まずはオーダーしてよ。おごるから」
「え、いいよ、そんなつもりないし」
「いいから。ほら」
 カウンター裏でマスターが手だけ出して丸を形作っていた。
「え! すみません! ごちそうさまです」
「まだおごってないから。とにかくオーダー決めて」
 三人がマスターにオーダーを告げると、しばらくしてコーヒーとケーキがテーブルに並べられた。
「お祖父ちゃん、悪いんだけど」
「判ってるよ」
 涼子がそういうと、マスターは奥の扉を開けて、店の外に出た。
「聞かれたらイヤでしょ」
 真琴はまた薫がうなずいたのを見た。
 何か極力声を出したくないように思える。朝といい、今日は何か特別な感じがする、と真琴は思った。
「とりあえず、私からみたあなた達のことを言うわ。いいのかな? 準備出来てる?」
「その話長い? さきにボク、ケーキ食べてもいい?」
「天然でいいこたえだわ。食べたいんだったら先に食べちゃって」
 真琴はケーキを食べ始めた。
 薫も同じように少し口に運んだところで、フォークを置いた。コーヒーも余り口をつけていないようだった。
 涼子は何も入れずにアイスティーを半分ぐらいのみ、真琴の顔をじっとみていた。
 真琴は自分がケーキを食べる最中に誰も口をきかないので、すこし緊張してケーキをつまらせた。
「大丈夫、真琴」
「お水もってくるね」
 涼子がカウンターの方に行ってコップに水をいれてくれた。
 とにかく二人に見つめられたまま、無言な時間がつづいた。
 雰囲気にのまれたように、真琴はケーキをさっさと食べ終わり、コーヒーを口にした。
「ごめんね。食べ終わったから」
「うん」
「私は、薫がきちんと真琴に話すべきだと思う」
 涼子がいきなり始めた。
「薫は真琴のことを思ってるの。それはもう誰がみてもそうなのよ」
 薫は視線を落としている。
「うん。ボクもそう思うよ」
「違う。ボクもそう思う、で済む強さじゃないの。強さ、が正しい言葉かは、わからないけど。もしかしたら、質といった方がいいのかも」
 涼子は怒ったように言った。
「薫は真琴に気持ちを分かって欲しいとおもってる、はず」
「分かってるよ」
「だから違うの」
 涼子も視線を落とした。
「全部を言葉でいわないと分からない人もいる、ということなのね」
 涼子は真琴の目を見た。
「たとえば。たとえば私は、女の子が好きなの。多くの女性が男の人を好きになったりするのと同じ感情で、女の人をみているの。わかるかしら?」
「え?」
「これはあくまで私の話…… 真琴を薫の話ではないけれど。だから薫は正直に真琴に話して欲しい」
「……」
 涼子が薫の方を見て、何かを促しているようだった。
 真琴は涼子が女の子を好きだ、ということにショックを受けた。そういえばあの温泉地の近くの海岸で一緒にテレビの撮影をしていた時、初めて友だちになった感じの人と雰囲気が違った。まるで薫と一緒にいるような、そんな感じ……
「!」
 真琴は薫の顔を見た。
 薫も真琴の目を見ていた。
「私も。私も私の話をするわ。真琴に言ってしまうのが怖かったけど。今言うべきなのか、もっと大切にしていたかったけど」
 真琴は涼子が言いたかったことがなんとなく分かってしまった。しかしそれをにわかに信じることは出来なかった。
 涼子自身が言った、女性を愛する、という性質でさえ、まだよく理解できていないのに。
「真琴、私は真琴が好き。涼子が言った言葉を借りれば、女子が男子を好きになったりするのと同じ感情を、真琴にもっているの」
「そ、それは」
「私は真琴がいろいろと、そういうことについて知らないことが多いな、とは思っていたの」
 ボクがオクテ、ということ?
「けれど、それは良いことの半面、悪い人に騙されてしまう可能性もあるのかな、とか思ってた」
 薫は目の前のコーヒーに手を掛け、そしてまた手を膝に戻した。
「だから、真琴にそういう考えや、感情が育っていない段階で、私が真琴に告白してしまったり、真琴と関係してはいけないと思っていたの」
 真琴は何を言われてるのかを考えてはいるが、混乱してきていた。
「ちょっとまって。ボクがこどもだから、そういう話をしなかったってこと?」
「……」
 涼子は腕組みし、目を伏せて黙っている。
 薫は困ったように眉を歪めている。
「そうかも知れない。あまりエッチなことを人前で話たくない、と思ってる。けど」
「けど?」
 涼子は目を開けてそういった。
「けど、授業だってあるんだし、そういう関係があるんだ、ってことは知ってるよ」
「授業か……」
「授業では正常な組み合わせは」
「ごめん、例が悪かった。とにかく、ボクだって!」
 真琴はもう自分が何を言っているのか、何を表現して良いのか分からなくなっていた。熱くなってただわめきだしそうだった。
 そんな中で、ただひとつハッキリしていることもあった。薫が好きだということ。単純に友だちのレベルではない感情があるということ。それが具体的に性的接触を欲していたのかまではわからない。自分が男性が好きなのか女性でないとだめなのか、そういうことを超越して薫と一緒にいたい気持ちがあった。
 ちゃんと前が見えないな、と思って瞬きをしたら、涙がこぼれた。
「真琴、ごめん。もっと早くこの思いを伝えるべきだったね」
 薫の瞳にも涙がたまっている、ように見えた。