真琴は天井を見ながら、ただただ薫のことだけを考えていた、さっきまでの時間を思い返していた。
 二人の制服はすべて脱いでベッドの端から下に落ちていたが、ふと、足に違和感を感じて、寝たまま足を天井に向けて上げてみると、足先には靴下が残っていた。
「真琴、どうしたの?」
「すっかり裸になっていたと思ってたけど」
 薫は真琴の視線の先を追った。
「ふふ」
 薫は上体を起し、真琴の足をとって靴下を脱がせた。そしてそのまま真琴の足の間に顔を滑らせてきた。頬があたり、ふとももにキスされ、次第に上がってきたその顔が、真琴のだいじなところをせめたてた。
 ついさっきまで真琴が同じように薫を喜ばせていたことと、同じことを薫にしてもらっているのだった。
 二人は初めてなのに、まるで何年もそうしてきたかのように、行為をつづけた。
 雨音と同じように激しくなったり、弱くなったりしながら、永遠とも思える時間をそうやって互いの体に触れあいながら過していた。
 しかし、何が合図だったわけでもなく、それは終わると、二人は強く抱きしめあい、やがてそれぞれ軽い眠りについていた。
 短かい針が数字を一つ跨いだころ、二人は目覚めた。
 いつしか、カーテン越しの明かりもなくなっていて、ろくに見えなかったが、薫と真琴は制服に着替えて、そうしてから部屋の明かりをつけた。
「……お腹空いた」
「ふふ」
「どうしたの、薫」
「なんか変な感じ」
「そうだね。ボクも変な感じ。なんで制服着てるんだろう? って」
「そっちが普通、でしょ?」
 二人は笑った。
 二人は部屋を出ると、エレベータで地上階へ向った。
「近くにイタリアン・レストランがあったはず。そこならそんなに濡れずに行けるよ」
「いいね」
 真琴は賛成して薫について歩いた。
 雨は止みかけていたが、まだ続いていた。
 レストランに入ると、天気のせいか客は二人だけだった。
 メニューをみて値段に驚いた真琴は、薫に言った。
「(値段的に無理だよ)」
「大丈夫。私がおごるよ」
「そんな、今日は払えないけど、今度払うよ。悪いよ」
「大丈夫だって」
「けど」
 薫が口に指を立てて声が大きいという仕草をした。
 真琴は言いかけたことがあったが、薫に受けいれてもらえないだろうと思ってやめてしまった。
 ここで食べるしかないなら、値段の事は忘れよう、と真琴は思った。
 二人は楽しく食事をすませ、店を出ると、雨は止んでいた。
 人通りの少ない道を進み、ホテルのビルの裏口側へ戻って来た時、真琴は急にスマフォで時間を確認した。
「あっ」
 こんな時間…… 母に連絡してない、今日、今日は母が食事を作る番なのに。
「薫、ごめん、ちょっと電話する」
 真琴は慌てて家に電話して母に謝った。
「薫、ボク、家に帰るね……」
 真琴はすぐに家に戻ることを告げて去ろうとしたが、薫の表情が妙に暗いことに気づいた。
「薫?」
 薫が急に抱きついてきた。
 そして泣いているような声になった。
「真琴、真琴……」
「どうしたの? 突然、変だよ、薫」
 薫は顔をあげると、目をつぶって唇を寄せてきた。
 真琴はそれに応え、薫を抱きしめた。
 ずいぶんと長い時が流れたような気がした。
 薫が突き放すように押してきたので、真琴も抱きしめていた腕の力を抜いた。薫は真琴から離れていき、目を伏せたまま壁に寄りかかった。
「そうだ、薫、ボク」
 薫は顔を上げないまま、手を振った。
「薫?」
「ちょっとめまいがするだけ……」
「大丈夫?」
「……」
 さよなら、という意味だろうか、なぜ言葉で言ってくれないんだ、と真琴は思った。何か悪いことを言っただろうか、食事のマナーがダメだった? 何か薫を傷つけるようなことをしたのか? それとも母を気にして家に帰ることが気に入らないのか?
 真琴は考えが混乱して足が動かなかった。
「……真琴は家に帰って」
「うん」
 それ以上言葉を口にすることが出来なかった。
 真琴はその言葉のまま家に帰る為に、ホテルのビルを抜けた。そして歩道を渡り、バスのロータリーへと歩き始めた。