真琴は早朝に頭痛になり、目が覚めた。学校に行く時間でもない、テレビがある訳でもないので、しばらくするとそのまま寝てしまった。
 その夢の中でヒカリに出会った。
 ヒカリは真琴と同じ学年カラーのリボンの制服を着た女の子だった。
 真琴はたずねた。
「ヒカリ、【鍵穴】のことなんだけど」
 ただ真っ白な世界に、急に椅子が二つ置かれた。真琴は座り、ヒカリも正面に座った。
「ボクが【鍵穴】のエントーシアンを倒してしまうでしょ? その後、その【鍵穴】は使われないの?」
 ヒカリは手を振った。
「使われない」
「それは何故?」
「他のエントーシアンにはその【鍵穴】が使えないからだ」
「一人に一つしかないっていうこと?」
「そうだ」
 少し考えて、真琴は言った。
「じゃあ、その【鍵穴】の意識はもう二度と体を持たない、っていうこと?」
「そういうことになる」
「……それはボクにとっての死、と同じことじゃないの?」
 真琴はどうしてこれを質問したのか、自分でも分かっていなかった。
 以前から考えていたことのなかで、すこしずつ気づいてきたことだった。
「……わからない。真琴の死は、どうなることだい?」
「この肉体が動かなくなることだよ。何も見えない、聞けない、触れない。それだけじゃなくて、何も考えられなくなること」
「それが、死?」
「うん」
「脳のアンテナに受信されなくなった精神、というところだろうか。だとすれば【鍵穴】に入りこんだエントーシアンからしてみれば、真琴の言う、死と同じだ」
「ボクは人を殺したってこと?」
 真琴は最初は良く分かっていないまま発言したのだが、自分で言ってから、その言葉の重みで苦しくなってきた。
「人を殺したのと同じこと」
 繰り返して言うと自分のしてきたことを思い出し、結果相手がどうなったのかを考えた。光もなく何も見えない、肉体もなく呼吸も出来ない、脳もなく思考も出来ない、ただ闇の広がる世界に溺れていくように。
 真琴の敵は死んでいったのだ。
「真琴、ひとつ言っておくよ」
 ヒカリは膝にてをおいて言った。
「やらなければ、かわりにやられていたのは真琴だ。ボクも真琴たちの世界のことを少し知っている。何も食べずに生きていけないんだよ、生きることは、他の何かを踏みにじっているんだ。だから気に病むことはない。肉を食べるために豚を殺したと同じことだ」
 真琴は自分が少し震えていることに気付いた。
「そして、エントーシアンは【鍵穴】を奪ってしまえば、次のエントーシアンへの目印を作るだろう」
 真琴は耳を塞いだ。
「目印に向かって、一気に複数の【鍵穴】へエントーシアンがやってくる。この世界は別人格に奪われてしまうだろう」
 真琴は自分の膝を叩いて言った。
「それでも、テロと戦っていると思え、と言われても。人を殺したのと変わりはないんだね?」
「その理屈でいえば」
 困ったような表情だった。
「正直、もっと人ではない感覚なんだよ。だってろくに肉体を動かせてないし記憶は【鍵穴】の人の借り物だし、本当に寄生しようとしているだけなんだよ」
「じゃあヒカリは死んでいいの?」
 前髪が掛かって片目でしかヒカリを見れなかったが、自分の力いっぱいに睨みつけた。
「やだケド。ま、でも、そういう意味ではボクは半ば死んでるのさ。肉体はないしね。真琴が気持ちいいことをしている間も、全く感覚も考えも出来ない時空間にいたのさ。今ここにいるからその間に『何もなかった』という事実が確認出来るだけだ。その瞬間は死んでいるのさ」
 真琴は記憶の中の触れられてはいけない出来事に、ヒカリが干渉してきたのを感じた。ヒカリの怒りを買ったのだろうか。
 だめだ、これ以上ヒカリをやりあってはいけない。早く逃げないと……
 白く何もないだけの空間は暗闇と変わり、真琴だけがどこからか照らされていた。
「ずるいぞ真琴…… 本当に我々のことを真剣に考える気はあるのか」
「いや!」
 両手で頭を抱え、そのまま全ての明かりが消えた。
 闇、その後、記憶も思考すらとまった。
 呼吸はしているのだろうか。
 心臓は鼓動しているだろうか。
 生きているのだろうか。