真琴は中居寺の駅で、電車を待っていた。やがて、おさげとメガネの涼子がやって来て、隣でスマフォをいじりはじめた。
 真琴は改札側をずっと見ていたが、待っている者は現れなかった。
 涼子がしびれを切らして声を出した。
「薫、こないね」
「そうだね」
 真琴は涼子に答えているのではなく、改札を通るかもしれない薫に意識が向かっていた。
「連絡あった?」
「ないんだ」
「真琴、もう電車来たよ、乗ろうよ」
 真琴は手を引かれた。
 後ろに並んでいた人々が、真琴と涼子をおいて乗り込んでしまい、もはや扉際に、バレボールのブロッカーのようにして立たなければ乗れない状態になっていた。
 それでも真琴は動かなかった。
「……」
「こないよ、そういう日もあるよ」
 列車が出発するベルが鳴った。
「遅刻するよ! 学校でまとう」
 真琴も学校に行かなければいけない、という意識はあった。だから涼子に腕をひかれるままに電車に乗った。戸口の上を手で押さえ、つま先立ちのようにつっぱらなければ、再び扉の外へ出てしまいそうだった。
 ここしばらくは、こんなにギリギリになってから、この満員電車に乗ったことはなかった。
 隣の涼子も満員の乗客の中、苦戦している。
 何度か笛がなり、扉がしまりかけては開き、開く度に、視線は駅のホームにいるかもしれない薫の影を探すのだが、とうとう現れなかった。
 電車は出発した。
 涼子はようやく閉まった扉に寄りかかり、ほっとしたようだった。昨日の別れ際の不可解な薫の状態、そして今日は現れない…… 何かあったのか、今どうしているのか。本当に不安になった。
「薫……」
 そのため息のような言葉に、涼子は言った。
「状況分からないけど…… 本人に電話すりゃいいじゃん」
 涼子は窓の外を見ながら言った。
「ただそれだけで解決するでしょ」
 真琴は涼子の方を向いた。
 そう、ただそれだけのことを、こんなにグダグダ悩まなくても良かった。堂本駅についたら、電話してみよう。
 真琴はうなずいた。
「そういえば」
「何?」
「昨日は」
「ん?」
「どうだったの?」
「いや…… 別に」
「(おそらくね。昨日の出来事って言葉に、周りじゅう聞き耳たててる)」
 真琴は急いで周りを見渡すと、さっと目線をそらす者、スマフォや教科書を持ち直す者、目があってしまう者、等々、生徒らしき者がこちらを気にしているようだった。
「いや、本当に別に」
「それだったら薫は今日来たんじゃないかな?」
「え?」
「何かやらかしちゃったんじゃない?」
「そんなことないよ。絶対。だって薫だって気持ち」
 涼子の口元がニヤっと動いた。
「分かったわ。楽しい時を過ごしたのね。それならそれでいいじゃない。なのに今日は来ない。そんなに激しかったのかしら」
「ま、まぁ…」
 涼子は目をまるくした。
「!」
 一斉に視線が集まった気がした。
 口に手を当てて余計無い言葉を聞かれないようにしたが、怖くて周りは見れなかった。
「(涼子、聞こえた?)」
「(聞こえたもなにも、って感じね)」
 涼子が電車の揺れに合わせて体を寄せてきた。
「(私も感じさせてほしいわ)」
「(な、なに言ってるのよ)」
 真琴は頭がぼーっとする感じがした。
「本当に真琴をからかうのは面白いわね」
 涼子はそういって真琴のほおを指でつついた。
 電車はそのまま堂本の駅についた。
 駅を降りると、自販機のベンチで真琴は薫に電話をかけた。
 あれ? と真琴は思った。かけ間違えることはない。かけ間違えるとしたら、自分が選び間違えているのだ。もう一度、スマフォの電話帳を開いて、薫を選ぶ。
「おかしいよ」
「どうしたの、はやくしてよ」
「この電話は現在つかわれておりません、ってなる」
「え?」
 涼子は何か考えたように黙り込んでから、
「電話の契約って、そんなに早く契約って破棄出来るのかな? なんか薫のことだから、何かイタズラしてるんじゃない?」
 いや、そんなこっちを心配させるだけのようなイタズラをするだろうか。真琴は涼子の言葉は一部信じられて、一部は信じられなかった。
 薫のようにディジタルが得意な人は、こんなふうに電話の契約を破棄することが出来るのかもしれない、ということだ。だが、薫はイタズラでこんなことはしない、それは信じられないことだった。
「じゃ、私、メラニーにかけてみるわ」
「?」
 真琴は聞き間違えたかと思ったが、涼子は誰かに電話している。
「メラニー? ちょっと聞きたいんだけどさ、薫、どうかした?」
 涼子は一足飛びに友だちエリアに入ってしまう。そうでない場合がどんな感じなのかは知らないのだが。
「え、あ…… 本当? うん。分かった」
 通話が切れたようだった。
「なんつーか。薫の父親から連絡があったんだって。で、しばらくメラニーがいる、あの家には戻らないんだって」
「え?」
「それ以上はわからないんだって。学校にはどう連絡したらいいのか、とかも指示がないって」
「……」
 真琴は混乱していた。
 昨日の帰り際と同じ状況だった。
 薫のことがまったくわからなくなってしまった。そして、それに対して、自分がどうしていいのかも。
「とにかく、今は学校に行こう」
 涼子は真琴の手を引いてベンチから立たせると、さらに学校の方へと引っ張った。
「進学する気が少しでもあるなら、遅刻してはいけない。遅刻は内申に響くよ!」
 なきそうになりながら、涼子が引っ張るちからに助けられ、真琴は学校へと向かった。