真琴は教室の扉を開けた。
 立ち上がって話しているような生徒、窓の外を見ているような男子、黒板をけしている女生徒……
 なんとなく『見かけ上は』普段のようだった。しかし、真琴が自席にディパックを置くまでに異変に気がついた。
 やっぱり声がしない。
 会話のような声は、日本語ではない。もちろん、外国語としてもなりたたないような、ただのうめき声のようなものだった。
 また仕掛けてきた、と真琴は思った。
 椅子には腰掛けず、辺りを見回すと、前後の扉の近くの生徒が立ち上がって、そこを塞ぐのが分かった。
 以前は、全員が後方の扉に固まってしまって、前の扉がガラ空きだったのに……
「誰なの!? 出てきなさい」
「ゔぁ」
 声がしたかと思うと、正面にいた男子生徒が腕を取ってきた。
 真琴はその腕の主の首後ろに手を回し、祈るように力を込めた。ヒカリ、お願い、と。
 ……しかし何も起こらなかった。
「やばい!」
 組み合った状態から、男子生徒の両手が真琴の首に回った。真琴もその子の後頭部は離していなかった。
「くっ、苦し……」
 男子生徒の力では負けてしまうはずだったが、半ば力が出し切れていない、という感じはしていた。この術のようなものをかけられた人の全てをコントロールしきれていないのだろう、と真琴は考えた。
「それなら!」
 もう一度、後頭部に回した手に意識を集中して、ヒカリの手助けを願った。ヒカリ、お願い、この子をコントロールしている奴を倒して!
 すると、首を締めていた手の力が抜けた。
「やった!」
 言ったそばから周りに満員電車のようにクラスメイトが囲ってきていた。
 もう誰の手がどこから出ているのか分からないほどになっていた。
 真琴は軽い頭痛を感じていた。
 それは同時にヒカリが活動している証だとも言えた。
 覚醒している間は直接会話は出来ないが、この状況を打破するのに会話はイラないはず、真琴は触れる者の後頭部に手を当て、そこから支配するものを取り除いた。
 真琴が倒した者は他の者に支えられ、支える為に徐々に後退した。真琴はその方向に体を動かすと、支えている者の首に手を回す。
 その支えている者も倒れていくので、ゆっくりと支えながら床に寝かす。その者や机が盾となっていた。再び近寄ってくる者を首から手を当て、倒す。
 そうやって繰り返している内、あっという間に半数以上が床に転がっていた。
「何故だ……」
 真琴は教壇の方から教室を振り返ると、ま反対にいた女生徒がそう言ったのを聞いた。
「浜松さん!?」
 浜松は髪を掻き上げながら、真琴を睨みつけた。
「何故私のコントロールを破れる?」
 真琴は、ほんの数分前の出来事を思い出していた……

 涼子に引かれながら学校の下駄箱に入ると、真琴は、どん、大きな塊にぶつかった。その拍子に尻もちをついてしまった。
 真琴は声をかけた。
『涼子〜』
 一瞬振り向いて、
『先に行ってるね! ちゃんと授業受けるんだよ!』
 というと階段を駆け上がっていってしまった。
『う、うん』
 視線を戻すと、そこには白衣を着た大きな男が立っていた。レスラーのような体型と、白衣の組み合わせは、海水浴場で数人の男に襲われた時、真琴を助けてくれた、あの男に違いなかった。
『え!』
 男は人差し指を立てて口の前につけた。
 静かに、という意味らしい。
 こんな大男がするしぐさではないな、と真琴は思った。
『エントーシアンがコントロールしているのだから、逆のことも出来る。頭、出来れば後頭部を手で抑えろ。そしてエントーシアン、お前の場合は“ヒカリ”がいる。接触して、その助けを借りれば、敵のコントロールを解くことが出来るはずだ』

 さっきの白衣の男の言葉を思い出し終えると、真琴は左手をあてた女子のコントロールを解きながら言った。
「簡単なことさ。エントーシアンがコントロールできるなら、その逆も出来る。ボクとヒカリでね」
 真琴は白衣の男に言われたことをそのまま言っていた。
「数ではまだ負けてないぞ」
 その時、学校のスピーカーから予鈴がなり始めた。
 真琴を捕まえようと近寄ってきていたクラスメイト達は、急に何かを思い出したように自分の席に戻って行った。
 倒れていた者も、目が覚めたように起き上がると自席に戻って行く。
「ちっ!」
 浜松は舌打ちした。
 これはどういうこと? と思いながらも、真琴は浜松を捕まえようとすると、浜松はそのまま教室を走り出てしまった。
 真琴はクラスメイトが自席に移動する動きに阻まれ、教室を出た時には浜松の行き先を見失っていた。