真琴が浜松を捕まえようと教室を出た時には、すでにその姿は見えなくなっていた。
「逃げた? けど、逃げてどうする気?」
「新野さんはどうする気?」
 その問いかけに、一瞬、思考が停止してしまった。
 ゆっくり振り返ってみると、その声の主は担任の金田だった。
「えっ? どうしましょう? 教室に戻ろうかなと……」
「そうしてください」
 担任教師はそう言うと、メガネをつるを持ち、位置を整えた。
 真琴は後ろの扉から教室に戻った。
 クラスメイトは、まるで眠りから覚めたように、さきほどのことなど忘れてしまったかのように普通に振る舞っていた。
「起立。 気をつけ。 礼。 着席」
 日直が呪文を唱えるように流暢にそう言った。
 そのまま浜松を除いたクラスメイトはいつものように朝礼を始めた。
 金田は出席簿を開く前に言った。
「連絡があります。今日から、北御堂さんは休学となりました。では出欠をとります」
 真琴は今知らされた事実に混乱した。
 ボクには連絡ないのか、ということと、休学、という事実だった。今日だけでなく、しばらく学校に来ないつもりなのか、と真琴は思った。
 出欠を確認している途中だが、真琴はそれを遮った。
「すみません、先生。かおる、いえ、北御堂さんが休学とのことですが、本人から連絡があったのでしょうか?」
「いいえ、本人とはお話していませんが、お父様から連絡いただきました。あっ、休学理由については個人情報になりますので回答できませんよ」
 父親から、なのか。本人が誰かに拉致されているとか、そんなこともありうるのかな…… 真琴は休学という大事になれば父親から連絡がくるだろうということより、本人を誰も確認できていないことが怖かった。
 薫、今どこにいるの…… とにかく声を聞かせて。声でなくとも『リンク』でも構わないから……
「新野さん」
 前に座っている子が、振り返って机を軽く叩いた。
 なんだろう、と思ってようやくいま出欠の途中だと気付いた。
 担任の金田と視線があうと、もう一度呼ばれた。
「新野さん」
「はい」
「野上さん」
「はい」
「浜松さん」
 返事が無かった。
 そうだ浜松さんと戦わなければ、と真琴は思った。薫のこと、で大きな穴が開いたようになっているまま、戦って勝てるのか不安になった。
「浜松さん、欠席かしら? 誰か連絡もらってませんか?」
「……」
 浜松さんは、また同じ手をつかってくるだろう。直接触れてしまったらこちらが有利だからだ、クラスのメンバーでなくとも、こんな風に大勢をコントロールした状態で襲ってくるに違いない。
 例えば明日。
 やるとすれば朝一番に来て、直接浜松さんと対決してしまうことだが…… 接触して寝てしまうことを考えると、一人で対面するのは不利だ…… 誰か…… 薫……
 結局、薫なのだ、と真琴は思った。自分には薫が必要なのだ。
 真琴は机に突っ伏して泣いていた。
 どうしようも自分を制御できなくなっていた。
「どうしたの? 新野さん」
 聞こえていたが、真琴は返事をするだけの冷静さを失っていた。
「新野さん?」
「先生、おそらく、北御堂さんのことがショックだったんじゃないかと」
 真琴は担任が職員室に戻るまで、泣き止むことはなかった。