あかねは朝練の為に早めに学校にきていた。体育館は各部活でシェアするので、午後取れない時に優先的に朝体育館が取れることになっていた。
 規定の時刻になるまで鍵を渡してもらえず、体育館に入れない決まりだった。体育館前まで来てから、開く時間にはまだ早いことに気付いてしまい、あかねは暇つぶしに体育館の周りを歩いてみることした。
 静かだ、と思った。常に日陰になるせいか、土に苔がついていて、早く歩くと滑りそうだった。あかねは、ちょっとした探検気分もあり、その土の上をゆっくりと歩いていった。
「あかね!」
 学校の外の壁と体育館で挟まれた細い場所を歩いていると、急に声を掛けられた。
「えっ!」
 びっくりして振り返ると、そこには山川道子がいた。
「何やってるの?」
「早く来ちゃったから、体育館の外ぐるっと回って見ようと思って」
「ミチは?」
「あかねを脅かしてやろうと思って」
 あかねはここで進むべきか、戻るべきか悩んだ。道子に、戻ろうか、と言えば一緒に戻ってくれそうな感じではある。
「もど……」
「面白そうだから、もっと行ってみようよ」
「えっ!?」
 道子がこの体育館の周りに何を求めているのか分からなかったが、とりあえず一人でなければそれなりに楽しいかもしれない、とあかねは思った。
「う、うん」
 二人になって、景色が変わるわけでもなかった。壁から放り込まれるのか、カラスや小動物が持ち込むのかわからなかったが、ゴミがあちこちに放置されていた。
「これ、拾おうか?」
「ゴミ袋もないし、今度にしよ」
 ゴミには感心がない感じだった。ゴミを見たのになにも対応しない、というのもなんか心に引っかかるものがあったが、トングとゴミ袋でも持ってればともかく、今の状況ではやめておいた方が無難そうではあった。
「へぇ、こうなってるんだ」
 ちょうど歩いているところが、体育用具室や、小さな小部屋の外側にあたり、普段見ない風景だけに、こんな風景なのか、と感じてしまうのだろう。
 道子が言った。
「この壁の向こうは何なんだろ?」
 あかねはジャンプして見えるか試してみた。体育館の壁を蹴って上がれば、少しは見えるかもしれない。
「いけるかも」
 あかねは下が苔で滑るので、体育館の壁を蹴ってジャンプすると、壁の外が見えた。
 その風景に見覚えがあった。
「あれ?」
「なんかあったの?」
 ただ、いつ見た風景なのか、思い出せないでいた。毎日見るようなものではないのだが…… どっかでみたような。
 道子も、同じように壁を蹴ってジャンプした。壁より高く上がって、壁の外を見てから落ちてきた。
「ああ、ここが体育館裏なんだ」
「知ってるの?」
「変なWiFiがあるって」
「ああ! ああ……」
 あかねは記憶が繋がるとともに、少し気分が落ち込んだ。
「あかね、どうしたの?」
「いや、別に」
 あかねは昨日そのWiFiにつないでしまって、『リンク』に変なメッセージが表示されたことを話した。
「それくらいいいじゃん」
「それくらいですめばね……」
「え? まだなんかあるの?」
「まだないけど。ちょっと怖くて」
「気にしすぎ。大丈夫だと思うけどな」
「ミチ、ありがとう」
 道子は笑って返した。
 あかねは、気を使ってくれる友人に感謝した。
「あれ?」
「なに」
「静かに。声が大きい」
 道子には何かが聞こえたらしく、その方向を指さした。
「あっちっぽい」
 二人は壁沿いにしばらく進むと、確かに何か声が聞こえてきた。
「え……これって」
「……」
 その声は…… その、あの声…… いやらしい声。
 あかねは、妙に興奮してしまう自分に気づく。
「アレだよね」
「コレ?」
「こんな声出るの?」
「し、知らないよ」
「って、この声……」
 道子が何か分かったようなそぶりをみせた。
 声の調子テンポがドンドン速くなり、ああ、気持ちイイことしてるんだなぁ、という感じだった。あまりに凄くて少し気持ちが引いた。窓には手が届きそうで、手が届けば懸垂で見えるかもしれなかったが、そうまでして覗こうとは思わなかった。
 道子が本当に小さい声で言った。
「やばいから、戻ろう」
 もと来た方を指さした。
 あかねは、前の方を見て言う。
「そっちに行った方が早いけど」
「ダメ。戻るよ」
「なんで?」
「いいから」
 あかねは道子が言うまま、静かに壁沿いに来たところを戻った。
 体育館の入り口に出ると、道子は言った。
「ヤバイよね。これ黙っとこうね」
「何か分かったの?」
「とにかく黙っとこうね」
 確かに、誰が、誰とエッチなことをしていたにしろ、場所が場所だけにヤバイだろう。生徒同士、生徒と教師、教師と教師。どんな組み合わせでも聞こえては行けない場所であることは間違いなかった。
 あかねは、スマフォに続いて、また面倒なことが舞い込んできた、と思った。