道子は朝練が始まるまでの間、ずっと体育館の入り口で座っていた。
 体調でも悪いのか、と聞くとそうじゃない、と言った。
「わかるでしょ?」
 あかねには良く分からなかったが、例の体育館裏での出来事で、少々のぼせてしまったのだ、と解釈し、なんとなくうなずいて放っておいた。
 やがて部員が揃い、朝練が始まろうか、という時に道子はやってきて、なにか笑っているような表情をした。それが何を意味するのかは分からなかったが、ちょっと気味が悪かった。
 あかねは道子にたずねた。
「ミチ、なんでずっと入り口にいたの?」
「えっ、ああ」
 あかねは走りながら、道子をつっついた。
「本当に、なんでもないよ」
「教えてよ」
「なんでもないことだから」
「ソコ! うるさいぞ」
 先頭を走る橋本部長から注意を受けた。
 どうせ大したことでもないのだろう、と思い、あかねはそれ以上追求するのを止めた。
 ただでさえ、体育館でエッチしていた、であろう声の事があり、さらにミチから話を聞くと、話してはいけない事のレベルが数ランク上がってしまう気がしたからだった。
 あかね達が練習していると、顧問の川西がいつのまにか体育館に入っていて、レギュラー陣に何か指導していた。先生は学生時代からバスケをやっていたらしく、体育教師である為か、今でもバリバリに動けるし、テクニックもあった。
 もう一人の顧問は、体育館に顔を出すのが稀で、まったくバスケの指導という面ではなにも出来ない人だった。真剣にバスケに打ち込む部員からすると、多少セクハラがあっても、川西先生がやめると部活がどうなるんだろう、という危機感があるようだ。
 逆に、あかねのように、遠山美樹というカリスマ選手に惹かれて女バスに入ったような連中には、まったくもってただのセクハラ教師でしかなかった。
 そういえば上手くなろう、と思った時期があったな、とあかねは思い出した。
「どうしたの?」
 突然、町田さんが話かけてきた。
「ん、どうもしないよ」
「なんかぼーっとしてる」
「あ、ちょっとね。思い出していた」
「昨日、あのネットにつないだけど、スマフォなんともない?」
「それが『リンク』に変なメッセージ来たんだよ!!」
「マジ?」
 あかねは、驚きかたがなんか変だ、と思った。
「あの後さ。私もスマフォでつないじゃった」
「あ、そういえば、『リンク』を起動しっぱなしだと、変なメッセージくるって。起動してた?」
「してないと思うけど」
 あかねは少し考えてから言った。
「私の友達に詳しい人いるから、ちょっと話してみるね」
「ありがと」
 あかねは、朝のことを思いだし、昨日のWiFiがすぐそこの体育館外だということを思いだして、ちょっとチェックしてみようと思った。

 朝練が終わると、あかねはスマフォを取り出して、例のWiFi近くと思われる、体育館隅に行った。顧問の川西がめずらしく声をかけて来た。
「どうした岩波、彼氏からのメールか?」
「そういう発言もセクハラですよ!」
 あかね自身はそんな発言、大したことない、と思っているが、川西にとっては一大事のはずだ。
「あっ、すまん。悪かった」
 土下座をしようとしたのか、膝立ちになったので、あかねは慌てて言った。
「気にしてませんから。一人にしてください!」
 すっと立ち上がって、川西は体育準備室の方へ走っていった。
「まったく、クズ教師」
 あかねは聞こえないよう小声で言った。
 スマフォの設定画面を見ると、電波マークは非常に弱かったが、WiFiに例のBITCHが表示された。
「体育館内でも入るんだ……」
「あれ、あかね? どうしたの? 早く教室行こうよ」
 あかねは声の主が、神林みく、であることに少々驚いた。同じクラスだが、そんなに親しくはない。こんな場面で声をかけられるなんて。普段と違うことばかりで、あかねは少し面倒くさくなってきた。
「あ、うん。行く行く」
 美沙に全部話して、整理してもらおう、とあかねは思った。