涼子は何やらノートに三列の表を書いて、中身を次々に埋めていった。どうやら、これから始める実験の為の内容のようだった。書き終えると、薫の家の居間に全員を集め、涼子は話し始めた。
「真琴の人をコントロールする能力がどれくらいの時間、どれくらいの強度でかかるのかを試させていただきます」
「?」
 真琴も含め、全員が何のことを言っているのか分からない感じだった。
「ごめんなさい。ボクが話すね」
 真琴は立ち上がって、涼子を座らせた。
「薫が話していたか、話をしていなかったのか分からないけど、ボクと薫である敵と戦っていました」
 真琴は今の内容を普通に受け止めるということは、ある程度話が通っていたのだと考えた。
「敵と戦う為に、今回、ボクが他人をコントロールする技を使う必要があります」
 真剣に聞いているようだった。
「今日は皆さんに、その技の練習台になって欲しいということです」
「え? 私も、ですか」
「おもしろそうだな」
「コントロールされている間、意識はあるんですか?」
 真琴は一つ一つ答えた。
「フランシーヌ、あなたにも協力してほしいです」
「ロズリーヌ、面白かったかどうか、ぜひ後で感想をきかせてください」
「メラニー、意識があるかどうかは判りません。見た感じだと、コントロール前後の記憶はないみたいです」
 涼子は立ち上がっていった。
「どんなことをされると元に戻るのかも知りたい。もしかしたらちょっと変なこともするかもしれないけど……」
 もしかしたら変なこと? 少しひっかかる表現ではあったが、確かに想定外のことが発生する可能性はある。
「了解してくれるかな?」
 全員がうなずいた。
「じゃ、真琴は準備して。フランシーヌには、これ、ロズリーヌにはこれ、メラニーにはこれって感じで順番にやるよ」
「なんかこんな細かい指定があるけど、コントロール自体が出来るかどうか、わからないんだよ?」
「意識的にどこまでコントロール出来るか試さないと。コントロールの精度を試すのよ。だから出来る限り、ここに書いてある通りになるよう努力することが必要なの」
 真琴はフランシーヌの後頭部に手をあて、涼子の書いたノートを内容を読んだ。
『服を脱いで服を着るの繰り返しをさせる』と書いてある。
「涼子、ちょっと」
 ノートを閉じて涼子を廊下に呼び出した。
「何これ、なんで服を脱ぐの、こんなの関係ないじゃん」
「意識があるなら拒むでしょ?」
「意識がないからコントロールされてるんでしょ?」
「わからないから実験するのよ。なんとなく普通の行動をやらせるなら、意識が残ってて抵抗している、とか分からないじゃない」
「もう少しまともな内容にできなかったの?」
「じゃあ、真琴はどんなことなら意識で抵抗すると思うのさ」
 真琴はなんとなく言い負かされてしまった。変な内容であることは確かだが、今からまた内容を考えていたのでは時間がもったいない。
「今日のところは従うけど」
「何よ、その言い方」
「……」
 二人は居間に戻った。涼子はコントロール下におかれている時間を図る為、スマフォのストップウォッチアプリを動かした。
「やってみるね」
 フランシーヌの背後に立ち、後頭部に手をあてて指示内容を強く思った。気がつくと頭痛が起こり、おそらくヒカリが手の感触からフランシーヌのコントロールする為に脳にアクセスしていると思われた。
「……」
 フランシーヌは立ち上がって、居間を出て行ってしまった。
 真琴には、成功したか失敗したかが分からなかった。
 涼子は言った。
「終わった? じゃあ、次、ロズリーヌ」
 真琴はロズリーヌの列の一行目の内容を読んだ。『一分もも上げして、二分休憩、一分もも上げして二分休憩、繰り返し』
「まったく、何がしたいのか……」
 ソファーに座っているロズリーヌの背後に立ち、後頭部に触れると、再び頭痛が強くなった。頭の中ではノートに書いてあることを指示するように強く、何度もはんすうしていた。
「ぁゔぁっ」
 背中を丸めたような格好で立ち上がると、その場で走るようにもも上げを始めた。ただ、足はほとんど上がっていない。
「浜松さんがしたコントロールも同じだった。なんか運動能力が著しく低下しているような感じ」
「やっぱり精神的に抵抗されているからなのかもね。じゃ、次、メラニー」
 真琴はメラニーのところに書いてある内容を読もうと思った時、涼子がさえぎった。
「真琴、ノート閉じて」
「え? うん」
 どうやらメラニーが後ろを振り返ろうとしていたようだ。
「メラニー、あなたが内容をみてしまったらコントロールの度合いが分からなくなるじゃない」
「……だとしても、内容が変かどうか確認する必要があるわ」
 メラニーは涼子に噛み付いた。
「そう、そんなことを言うの?」
 何やら思わせぶりな言い方だった。
「それじゃあ、あのことは……」
 メラニーは涼子の口に手を当てた。
 涼子の目が笑うと、メラニーはゆっくりとソファーに腰を下ろした。
「従います」
 真琴は少し変なことを思った。
 この家いるせいなのか、涼子とメラニーの様子をみたからなのかは分からなかった。
 本当に、何故そう感じるのか理由は分からなかったが、涼子が薫の位置にいるような気がした。涼子が薫とすり替わったような感覚に、真琴はゾッとした。
「……真琴さん。どうぞ」
 メラニーに言われて真琴は考えを中断した。今は自分がコントロールした時の結果を計測しなければいけないのだ。
「やるよ。前を向いていて」
 真琴は涼子の書いた指示を読みながら触れている手にも意識を集中した。
「ゔゔぉん」
 気がつくとメラニーはコントロール下に入っていた。コントロールといっても、最初の指示に従う自動機械のようなもので、後からコントロールすることは出来ない…… 最初の作戦が失敗だったら? もう次のコマンドを入れるチャンスはないのか。真琴はソファーに手をついて、うつむいていた。
「涼子! 触れていればもしかして」
 そう、ひらめいた。もう一度触れて、コマンドを入れ直せるのかも。真琴は涼子を探した。
「ゔゔぉん!」
 そこには、しゃがんでいるメラニーと、その頭をなでている涼子がいた。
 そうだ! さっきそんなことが書いてあった。トイプードル。
「涼子!」
「聞こえてるよ。続きは?」
「もう一度、触れれば、コントロールを変更出来るのかな?」
「そうね。なんか出来そうな気がするね。フランシーヌの確認が出来てないから、真琴がフランシーヌの確認をするついでにやってみてよ。その時は、次の行の指示でいいから」
 うなずくと真琴はフランシーヌを探して、居間を出た。