中居寺町のファンシーショップでウィンドウショッピングをしている東堂本高校の女学生がいた。授業は終わっている時間だったかもしれないが、学校帰りにしては早すぎる時間だった。
 制服のリボンは二年の学年カラーで、髪は切りそろえたばかりのようなストレートなボブだった。名前は浜松たまち、だった。
「かわいい」
 先にキャラクターのついたボールペンを一つ手に取り、じっと見つめてから、元に返した。
 たまちは、自分が何故授業受けずに、ここにいるのかボンヤリとは知っていた。その『知らない自分』が単に授業をサボるだけでなく、何かと戦っていることも知っていた。
「あ、新しいケース出たんだ……」
 たまちは自分のスマフォのケースに、さっきのキャラクターが描かれた新作が出ているのを見付け、値札をみてまた戻した。
 そして、そのケースを見つめながら、このケースを付けていたら、また話しかけられるかな、とたまちは思った。考えているうち、昔の記憶がよみがえった。

 それは一学期のことだった。
 たまちはずっと新しい携帯を買ってもらえなかったのだが、二年になってようやく親が買い替えても良い、という許可をくれた。たまちには買い替えたい機種があった。世間で話題のスマフォ、という理由もあったが、実際のところそんな機能や性能が欲しい訳ではなかった。
 たまちが好きな子が使っているスマフォだからだった。
 買って、その日に今のケースを買った。
 黒い鳥のキャラクターで、カワイイケースだ。
 翌日、学校にそのスマフォを持って行った。教室で時間を確認するフリをして、その子の前でスマフォを取り出した。
「たまちさん、新しいスマフォですか?」
 その子が興味をもって、話しかけてくれた。たまちは最高の気分だった。
「そうなんです。昨日買ったんです。親を説得するのが大変でした」
「ケースカワイイですね」
「そうですか? このケース、中居寺のショップで見付けて買ったんです」
「え、もしかしてエフエフですか?」
「そ、そうです」
「まだ売ってた??」
「昨日の夕方でしたけど、まだありましたよ」
「買う!! 私も買う!! 私もこのケースしててもいい?」
「もちろんです!」
 最高に嬉しかった。
 その子と会話出来たこと。その子の笑顔を間近で見れたこと、スマフォを渡す時に触れた指先ですら喜びを感じていたはずだ。
「真琴! 今日中居寺のエフエフ行こう! スマフォのケース買うから!!」
 たまちを向いていたのは、その間だけだった。本当にそれだけの間は至福の時で、その後は至って普通で普通すぎて最悪な時間だった。
 翌日、学校に行くと、その子は教室でスマフォをいじっていた。昨日買いに行ったらしく、たまちと同じケースをつけていた。
 たまちはゆっくりとその子の脇を通り過ぎると、その子は声をかけてきた。
「浜松さん」
「なに? 北御堂さん」
「私、ケース買っちゃった。同じヤツ」
 薫は両手で背面を見せるように持って言った。
「あ、本当だ! 良かったね、まだあったの?」
 たまちは、笑顔になるのを抑え切れないようだった。私は本当に最高だった。お揃いのスマフォ、おそろいのケース。しかも、自分で合わせたのではなく、相手が合わせてくれたのだ。
「店の人に聞いたら、本当に最後だって。あんまり数作ってないらしいよ」
「じゃ、すごい貴重だね!」
「二人だけだね」
「そうかもね」
「ボクにも見せて」
「いいよ」
 薫は新野にスマフォを渡した。
 新野はスマフォとケースを眺めると薫に返した。
「ケースカワイイね。スマフォ、が簡単だったら使うんだけどな〜」
「スマフォは教えてあげるから買いなさいよ、機種もケースも私が選んであげるから」
 昨日に引き続いてこの女だ、と浜松は思った。私のその至福な時間が途切れる時は、かならずそこに『真琴』という名があった。私は『真琴』に敵意を抱くようになっていた。

「木村さん木村さん至急カウンターに」
 BGMに割り込んで、店員の呼び出しアナウンスが流れた時、浜松は我にかえった。自分の中にいる頭痛の主が、この敵意を利用しているだろう、ということは分かっていた。いや、利用しているのは、逆だろうか。たまちは自分がどうなってしまうか、ということに不安もあった。
 スマフォを見ると、もう家に帰っても母には怪しまれない時刻になっていた。浜松はそれ以上どこへもよらず、家路についた。