浜松たまちは、何も意識していないかのように普通に教室に入ってくると、窓際の列を通り、自分の席に鞄を置いた。
「涼子、気をつけて」
「わかった」
「浜松さん」
 席について前を向いていた浜松は、真琴の声に振り向いた。
「浜松さん、ちょっといい?」
 全く意に介さないようにこちらを向いたまま黙って座っていた。
「こっちから行きましょう」
「うん」
 涼子に廊下側から回ってもらい、真琴は浜松が進んだ窓側の列から浜松に近づいていった。
「浜松さん。昨日、あなたの正体はバレたのよ?」
 こちらを見て座っているだけだった。
 真琴は更に歩を進めていった。
「浜松さんの中に、意識を乗っ取ろうとしてる精神体がいるのよ。それに乗っ取られたら、浜松さんの意識は死ぬのよ」
 真琴はそうやって説明しながら、浜松の意識にエントーシアンが上がってきているのかを確かめていた。
 もう体と腕を伸ばせば届く位置に来た。
 涼子は机三つ分のところまでで止まっていた。
「あなた本当に浜松さん?」
 その時、浜松の口がニヤリ、と笑った。
「今日も二対一じゃ、逃げるしかないね!」
 言うやいなや、跳ねるように飛びだして、涼子の腹に拳を入れた。
 体を曲げて倒れる涼子を飛び越して、真琴は浜松の後を追った。
 教室の扉を出る時、真琴は言った。
「ごめん! 捕まえたら連絡する!」
 真琴は浜松の姿を捉えながら、階段を下りていった。急ごうと一段、二段抜かして下るのだが、うまくいかずにバランスを崩してしまった。
 転びそうになりながらも、なんとか下りきると、浜松はすでに校舎を出ていくところだった。
 既に正面の扉は開いており、真琴は追いかけながら浜松の足元を見た。
 浜松はそのまま駅の方へと走っていくが、駅方向からも学生が歩いてくるのが見えた。真琴は叫んだ。
「その子を捕まえて!」
 その学生は、自分が呼ばれているとは思わずに、後ろを振り向くような仕草をして、真琴の言ったことを無視した。
 真琴は走りながら、門の警備員に向かって叫んだ。
「警備員さん、その子を捕まえて!」
 一つ前の声で様子見でボックスから出てきていた警備員が、逃げようとする浜松の腕を捕まえた。
「何かあったのかな?」
「ありがとうございます!」
 捕まえらえた浜松は、苦しそうにもがくが、女子生徒の力では男性警備員から逃れることは出来なかった。
「浜松さん、教室に戻ろうよ」
 浜松は、再び、ニヤリ、とした。
 真琴は浜松の手が、警備員の後頭部を抑えているのに気がついた。
「!」
 警備員は手を広げ、真琴の方へ向かって来た。
 警備員に捕まりそうになりながらも、真琴はすぐさま警備員の後頭部に触れ、浜松を捉えるようにコマンドを入れた。
 警備員もそのまま後ろを振り返って、浜松を追いかけ始めた。
 浜松はそのまま駅に入ろうとしたが、どうやらエントーシアンに定期というモノの存在が分からないらしく、自動改札が閉じてしまった。引き戻って別の改札を通ろうとすると、再び閉じて赤ランプがついた。真琴は無理やり通らないのが不思議だったが、どのみち今の時間帯は電車の本数が少ない為、駅に入ればただの袋小路だ。
 駅員が不審に思ったのか、浜松を制止しに出てくると、浜松は駅に入るのを諦めて、北側の公園へと通路を抜けて行った。
「まずい!」
 駅北側の公園は広さも木々のようすも、まるで森のようなところだった。逃げ込まれると、探すのに苦労するに違いないのだ。
 真琴も、警備員もそのまま通路を抜けて、浜松を追った。
 通路を抜けて、公園に入っていくところを見たが、真琴が公園の入り口についた時には、浜松を見失ってしまった。
 真琴は立ち止まって息を整えながら、周囲を見回すが、それらしい姿は見えない。
 警備員は何を追っているのか分からないが、とにかくまっすぐ走って行ってしまった。真琴も何度もその先を目を凝らしてみたが、浜松らしい姿も、人影すら見えなかった。
 途方にくれていると、後ろから声がした。真琴は振り返った。 
「真琴! ここだったの」
「涼子。逃げられた。まだ遠くには行けてないと思うんだけど」
「そう。ここを私と真琴だけで探すのは無理ね。誰かいないかしら」
「うーん」
 真琴は息が切れて何も考えられなかった。
「真琴がこんな調子なんだから、あっちもそれ以上に走れないはずよ。丁寧に探せば見つかるはずだわ」
「そうよ『リンク』で生徒会の子とか、友だちとか呼び出せないの?」
「ちょっと連絡してみる」
 真琴は周りが見やすいようにスマフォを高く持ち、時々、左右を見回しながら、『リンク』に『協力して欲しい』と状況を入力した。浜松の写真と公園にいること、駅に来てから授業が始まるまでの間だけでいいから、というような内容だった。
 涼子と真琴は、話し合って西方向、と東方向に別れて探すことにした。
「首とか頭とか気をつけてね」
「わかった」
 二人はそれぞれ、別方向の捜索を始めた。