「それはお父さん、可哀想だね」
 あかねは、みくの父の話を聞き同情した。
「わからないよね! あかねに分かる訳ないよね! 何『可哀想』とか上から目線なの?」
 神林は、急にキレた。
「……ごめん、でも、みく辛いよね」
「いいの! 違うの! 同情してほしくないの!」
 キレたと同時に泣きそうな表情でもあった。
 そんなみくに対し、あかねは言葉が出なかった。
「最悪なのは『痴漢』とか言っちゃうバカ女なの」
 神林はキッと正面を睨みつけたまま歩いている。すれ違う人がびっくりしたような目で見ていた。あかねは、すれ違う人と顔を合わせないように下を見るようにして歩いた。
「だから、川西なんか関係ないの」
 あかねの方を向かずに、歩きながら言った。
「私の気持ちとして悲劇を繰り返したくない」
「川西に家族いたっけ」
「奥さんや子供がいないとしても、親兄弟や親戚はいるでしょう。全部親族に痴漢が出たってなって大騒ぎになるわよ」
 いや、『痴漢』は、みくのお父さんがかけられた嫌疑であって、川西は『セクハラ』なんだよ、と思い、あかねはみくの相手をするのに疲れてきた。
 みくは言った。
「私、意見を書いてくるから。ちゃんとそれを投票にかけてね」
「私がやらなきゃいけないのは、意見のまとめだから、そういう意見が多かったらってことになるけど……」
 あかねと神林はもう駅までの坂を登りきっていた。
 駅に近づいたせいか、人通りも多くなっていた。
 それなのに、というか。
 あえてここで、なのか。
 みくは泣きだした。
 あかねの前で。しかも大声を上げて。
「ちょっと、どうしたの、みく」
 買い物で行き交うおばさん達、家路を急ぐサラリーマン、店頭の品を並べなおすドラッグストアの店員、様々な人々がこっちを見た。
「泣かないで、意見として一人からしか出されていないものを、投票にかける訳にはいかないのよ」
 神林はしゃがみ込んで泣き続けた。短いスカートから下着が見えた。
 あかねはそれに気がつくと、慌てて自分のバッグをみくの前に置いて、周りの人から見られないようにした。それから傍にしゃがんで、みくの背中をさすった。
「みく一人の意見じゃないと思うから、きっと大丈夫だよ、ね?」
 神林は、あかねの言葉を聞いているのか怪しい状態だった。神林は、ずっと泣き続けている。
「ね? 他にも同じ意見の子がいるよ、だから心配しないで」
「あれ? 君」
 不意に声をかけられた。見上げると、サラリーマン風のおじさんだった。
 あかねは答えた。
「私ですか?」
「違うよ、そっちの子。どっかで見たことある……」
 急に泣き止んだかと思うと、神林は立ち上がって、あかねの背中を蹴った。
「わっ!」
 蹴られたあかねが、よろけながらおじさんに捕まろうとしたが、おじさんも予想外のことだったらしく、おしりをついて倒れた。
「すみません、おじさん」
 あかねはなんとか立ち上がったが、振り返るとすでに神林はどこかにいなくなっていた。
 あかねはおじさんに手を貸した。
 立ち上がるなり、おじさんは言った。
「よく見ると君もカワイイね。これからどう?」
 そしてニヤリ、と笑った。
 あかねは、ゾッとして、カバンを持ち上げるなり、それでおじさんを押した。そして反対方向へとにかく走った。
 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
 声には出さなかったが、あかねはもうそれで頭がいっぱいになった。みくは何をしたの? なんであんなキモいおじさんに声かけられるの? とにかく、振り返らず、あかねは家に向かって走り続けた。