あかねは、家に帰ってお弁当を受け取ったのだが、何かもう家の外に出たくなくなっていた。また、さっきのおじさんが駅前をウロウロしてたりしたら、と思うと怖かったのだ。けれど、もう塾が始まるまでそんなに時間がない。
「姉貴、どうした?」
 中学生の弟が、様子をみかねてか、声をかけてきた。
 この『姉貴』だが、弟が小学校を卒業すると同じ頃『お姉ちゃん』からアップグレードしたのだ。中学でそういう呼び方が流行っているか、お姉ちゃんと呼ぶと格好悪いと思ったのか、そんなとこなんだろう。
「なんでもないよ」
「……」
 何か言いたげな表情だった。
 しばらくして、弟が部屋に戻ろうとした時に、あかねは考えを改めた。
「あ、やっぱりなんでもなくない」
「やっぱりね」
「どういうことよ」
「何かある感じだったんだよ。姉貴が困ってる時はすぐ判るよ」
 弟は自慢げに語った。
「で、何すればいい」
「塾の行き帰り付き合ってよ」
「え? なんだよそれ」
 もっと弟の興味を引くような言い方にするべきだ、とあかねは思った。
「お姉ちゃんさ、さっきヤバイ人に絡まれたんだよ。だから護衛をして。ボディーガードね。ぴったり近くに居なくてもいいから」
「ああ、いいよ。いくら出す?」
 またゲームか何か買ったのか。金欠か、そうか、どうりでこっちの様子を良くみている訳だ。
「行き、帰りで500円」
「じゃあ、行きだけ」
「ダメ、行き帰り」
「それなら千円」
「たった五分、行き帰りで10分だよ」
「けど、おねぇちゃんヤバイんでしょ?」
 あ、いい間違えた、とあかねは、指摘したかったが、ぐっとこらえた。今日だけ、こんなことは今日だけだ、と思いなら、あかねは決断した。
「分かった、出すから」

 弟は嫌がったが、弟を前に歩かせ、その真後ろをついていくことにした。最初に提案したように距離を置かれてしまうと、威嚇的な意味がない。ああいう輩が寄ってこないことが一番肝心で、対処はやっぱりヤバくなってからの話しになる。男の人が付いていると、たとえそれが頼りなく思える弟であっても、社会的には違うのだ、とあかねは思った。
「ちょっと、引っ張るなよ」
「ちゃっちゃか先に行かないでよ」
「バスケ部だろ?」
「歩くのはバスケ関係ないでしょ」
 塾に近づくと、偶然美沙を見つけた。
 あかねが呼びかけると振り返った。
「え? あれ? あかね?」
「あ? 弟よ、弟のやまと」
「え? やまとくん、なの?」
 弟は会釈をした。
「彼氏、なのかとおもっちゃった。お久しぶり。覚えてるかな?」
 弟は頷いた。
「どうしてやまとくんといるの?」
「塾まで送ってもらうの」
「え?」
「話しは後で」
 取り敢えず塾に入ってしまえば、セキュリティが確保される。駅前の雑踏の中では、どこにあのおじさんがいるか分からない。さっきカバンで押したことで絡んでくるかもしれない。
 美沙とあかねは弟のやまとの後ろに並んで歩いた。何事もなく塾につくと、あかねはやまとに言った。
「帰りもよろしくね」
「ああ」
 美沙はそれを見て、言った。
「頼もしいね」
 やまとの顔が少し赤くなった気がした。
 その赤い顔を見て、あかねは『金の為だもんな』と言うのを止めた。弟は格好つけたい年頃なのだ。
 やまとが帰ると、美沙が言った。
「わざわざ弟くんと一緒に塾にくる事情ってなに?」
「……」
 結構同じ学校の人も出入りしている塾で、神林の件を話すのはどうか、とあかねは考えた。
「ごめん。帰りまたバクバク寄ってかない? 待ってるから」
「うん。私はいいけど、待つの大変じゃない?」
「弟もいるし。平気よ。じゃ、帰りにバクバクで」
 手を振って別れると、二人はそれぞれの教室へ入っていった。