あかねと美沙は、準備室を抜け体育館に入り、舞台袖のあたりで靴を脱いだ。あかね達は、泥棒のようなマネをしているにも関わらず、体育館を土足で歩くような神経は持ち合わせていなかった。
 二人は靴を手で持ったまま体育館の中を歩き回った。舞台裏の、直にコンクリートが出ている床は、履物なしで歩くには冷たかった。
 パソコンをやまとに渡したままだったので、アンテナ状況の確認は、美沙のスマフォで行った。やっぱり準備室の反対側でないと電波が届かないようだった。
 あかねが言った。
「けど、やっぱり何もなかったよね?」
「放送室みたいのがあったと思うんだけど」
「電気をつけないと、暗くて分からないよ」
 美沙は上を向いて何か探していた。
「上だよね、きっと」
「放送室なんてあったっけ? それって職員室の隣じゃないの?」
「それは放送部とかが昼休みの番組とかをやるところね。体育館で音楽流したりするじゃん。そういう設備の部屋があるはず」
 あかねは周りを見回しながら言った。
「ここには、そのWiFi設備はないの?」
「電源はあるけど、何も刺さってないでしょ? 見る限りここにはないと思うよ」
 確かにこういう、何もないところに電子機器があったらなんだろう、ということになる。放送室のような電子機器の集まる場所ならポンとそこにあっても気づかないかも知れない、とあかねは思った。
 上を見ながら、あかねは言った。
「あるなら上だよね? どうやって上に上がるんだっけ?」
「そうなのよね。さっきからそれを探してるの。一度、放送部の友達と機材を置くのに付き合って入ったことがあったはずなんだけど……」
 美沙は何か思い出したようだった。
「そうか、ここから上がったんじゃないかも……」
「体育館の上側の窓沿いに通路があるけど、そっちから入るってこと?」
 あかねは体育館での練習を思い出した。
 小窓があるはずだが、そこに扉は無かったはずだ。
「違うと思うけど、一度体育館内から見てみる?」
 二人は舞台を抜けて体育館の中へ出た。
 靴下だけだと、体育館の床は良く滑った。
「……ほんとだ、あかねの言ったとおりだね」
「うーん。あの小窓の中の部屋なんだよね」
「アンテナからの推測ではね」
「げて……」
「え?」
 二人は顔を見合わせた。
「逃げて……」
「聞こえた?」
「うん」
 あかねは暗がりのせいで、どちらから声が聞こえてくるのかがわからなかった。
「誰かに見つかった?」
「だって、誰もいないでしょ? 私にはあかねしか見えないけど……」
「!」
 あかねは、放送室の小窓に人の顔のようなものが浮かび上がったのを見た。
「美沙、あれ」
「え?」
 美沙が振り返って、放送室の小窓をみるが、何も映っていなかった。
「いないじゃん」
 美沙があかねの方を向くと、再び放送室の小窓に顔のような影が見えた。
「ひっ……」
 あかねが指さすと、もう一度美沙は振り返った。やはりその影は消えてしまった。
「確かめよう。やっぱり。なんとしても」
 美沙は怒ったような口調で、あかねの手を取り、もう一度舞台袖の扉へ向かった。
「私怖いよ、もういいよ、やっぱりやめようよ」
「絶対誰かが脅かしてるんだよ」
 小声だったが本当に怒りを感じる口調だった。あかねはしばらく考えてから言った。
「人だったら、こっちが見つかって、とか騒ぎになったら余計にヤバイことになるんじゃない?」
「けど、相手も多分、今学校にいるのは不自然なんだから、私達だけが悪いわけじゃないよね」
「逆に人じゃなかったら、本当に呪われるんじゃない? だからどっちだったとしても分が悪いよ。やめようよ」
 そう言って、あかねは美沙を引っ張り返した。
「うーん」
 美沙は何か悩んでいるようだった。
「とりあえず、あそこの下に行ってみよう。それからもう一度考える」
 美沙はあかねの手を振り切って、舞台袖の扉に入って行った。あかねはしばらくそれを見ていたが、再び小窓から人影が見えたら怖いと思い、走って美沙の後を追った。
「あかね! ほら」
「階段だ」
「そうよ。誰かやっぱりいるんだわ」
「上がるの?」
「この階段は折り畳み出来るのね。ということは、やっぱり『人が下りた』ということよ。呪いなんかじゃないよ」
 美沙は階段を上がって行った。そして上がりきると放送室の扉があった。あかねも続いて上がると、美沙は、静かに、と口に指を当てるしぐさをした。
 美沙が放送室を開けると、そこは本当に真っ暗なだけだった。
 目が慣れてくると、放送用の機材、ツマミのいっぱいついたものや、スライダーがついた機械が見えてきた。しかし、電源の入っている機械はひとつも無かった。
 そして、重要なのは、人もいないということだった。
「やっぱり階段をおろして逃げたのよ」
「もしそうだったら、私達がこの下からいなくなって、ちょっと体育館内を見ていた間だよ? そんなに早くこの階段って下ろせるの?」
「う〜ん。階段の出し入れ方法も分からないし、そこは後で考える」
 あかねはWiFiの事を思い出した。
「あ、WiFiは?」
「そうか!」
 美沙は思い出したようにスマフォを取り出し、明かりを付けた。
「見た感じないね…… WiFiスポット自体もないけど。ほら」
 あかねは美沙のスマフォを見た。確かにWiFiの表示の中にさっきまであったBITCHが無くなっている。
「そんなのなくなるもんなの?」
「あかね、ヤバイかも。急いで出よう。準備室以外から出る方法ある?」