体育館の明かりのスイッチが入り、天井のライトが薄っすらと着いた。体育館は暗いままだったが、数秒経つと、ライトが完全に明るくなり、体育館全体が見渡せるようになった。
「誰かいるのか!」
 川西の声だった。
 あかねと美沙は、ギリギリのところで体育館から出ていた。
 体育館の脇の下部に細長く開く換気用の窓から出たのだった。通常は格子状に鉄線があって出られないのだが、修理予定の場所があり、そこには鉄格子がなかった。あかねは、たまたまその位置を知っていたのだ。
「美沙、なんで分かったの?」
 小さな声であかねはきいた。
二人は音を立てないようにやまとのいる場所へ移動している最中だった。
「分かったわけじゃないんだ。本当に勘。あそこの部屋から出たら絶対見つかる、ってそんな気がしてた」
 体育館の中から、川西が誰何している声がまだ聞こえる。
「ヤバイね」
「早く出ないと」
 二人は急いで準備室側にいるやまとと合流すると、体を低くして校内を走った。
 やまとと美沙の二人は息が切れて、何度も立ち止まった。学校に教師が残っている為、警備は入っていないらしく、侵入した扉はまだ開いていた。三人は音を立てないようにゆっくりと開け、そっと出た。
 出てから美沙は気がついたように言った。
「あ! ちょっとまって」
 美沙は扉に戻り、念の為、ハンカチでドアノブをクルリと拭き取った。
「いくらなんでも指紋なんて取らないよ」
「念の為」
 三人は学校から見えなくなる曲がり道まで、とにかく走った。
 美沙とあかねは、いつもの分かれ道に来て手を振って別れた。
 あかねとやまとも無事家に戻った。
「姉貴、今日のは高くつくぜ」
「何言ってんの、学校の生徒でもないあんたが入った方がよっぼど怒られんだから。これ以上払えっていうなら母さんに言いつける」
「……」
 母に言う、と言ったのが効いたようで、やまとは以降黙ってしまった。
「それより美沙に協力してあげてね」
 うなずくと自分の部屋に帰っていった。
 やまとの後ろ姿に、あかねは少し不安を感じた。
 あかねが学校につくと、クラスに女バスの連中が集まってきていた。あかねに気づいた町田が言った。
「あかね、意見書書いてきた」
 すると、後ろの集団から上条が町田の横に出て、言った。
「愛理のは、みくと一緒だから受け取らなくてもいいんだよ。あかね、こっちは川西反対派のやつだから。賛同する全員の名前も書いてる」
 今は、意見をまとめることであって、署名されても困るんだけど、とあかねは思った。まぁ、そんな署名の紙は無視するだけなのだが。
「う、うん」
「あかね、こっちも」
 町田ももう一度封筒を差し出し、受け取れとばかりに振った。
「うん、愛理。もちろん受け取るよ」
「けどさ、なんでこんなに集まってるの?」
「『リンク』で変なやつからメッセージ入って」
「?」
 あかねはまだ代わりのスマフォを持っていない。だから『リンク』で何かあっても全く分からないのだった。
 上条があかねに近づいて、耳元で言った。
「学校で言ったらだめだよ。『川西に触られ続けないと呪われて死ぬぞ』って書いてあったんだと」
「え?」
 え? とあかねは思った。呪われるとか、稚拙だし。なんかでも、あのWiFiといい、何故呪われる、なんて表現をするんだろう。それはそうとして、万一本当だとして、触れないと死ぬから、川西は、まんべんなく部員全員を被害者にしたのだろうか、とか、あかねは考えてしまった。
 今度は、町田が耳をかせとばかりに顔を近づけてきた。
「なに? 愛理」
「聞いたでしょ? 今のは川西先生処分派た仕掛けたのよ。こっちが、わざわざそんな小細工する必要ないじゃない」
 町田さんは親川西派なのだ、と改めて思ったが、確かにわざわざそんな事は書かないだろう。そんな事を書くのは、反対派にしろ賛成派にしろ、馬鹿だけだ。
 あかねは少しだけ、神林のことが頭に浮かんだ。
「まぁ、そうだよね」
 あかねは鞄を開けて、女バスの連中に言った。
「確かに意見書は預かったから」
 全員の視線が集まって、ちょっと緊張したが、あかねは二つの意見書をそのまま鞄にいれると、教室の中に入った。