あかねは、美沙とあるいた青葉の店を、男に手を引かれながら歩いた。ショーケースを見ながら興奮気味に話すのは、美沙と同じだったが、聞き取りやすさが違った。あかねが、その男の声に慣れてないせいか、ほとんど何を話しているのかわからなかった。
「……わからないよね」
 その通りだ、と言おうと思ったが、少し迷った。
 美沙からの知識が、聞き取りにくさを補完していたから、なんとなくは分かっていたのだ。
「そんなことないけど」
「本当に?」
「そういう友達いるから」
「それは男の子だろ、それは彼氏じゃないの?」
「女の子だよ」
 男は目を開いたり細めたりして、あかねの言ったことが本当かウソかを判断しているようだった。そんな目でみても、本当のことは変わらないのに。
「ま、いいや。じゃ行こっか」
 あかねは男の後をついていった。
 ビルの谷間に、本当に申し訳程度の公園があり、小さなベンチがあった。さらに奥に祠があり、どうやらそのせいでこの小さな土地を潰せなかったようだった。
「お散歩の時は良くここにくるんだ」
 男は言った。
「そして膝枕とかしてもらうんだけど。いい?」
「え?」
「そういや、値段聞かなかったけど、膝枕は、いくら?」
「え?」
「膝枕だよ。オプションだよ」
 あかねはなんと答えてよいかわからかった。最初にビルで会った時から、あかねが、そういう仕事の女の子だと思われているのだ。
「まぁいいや、お散歩代とコミコミで払うよ」
 いきなり男はベンチで横になり、あかねの膝、というか腿に頭をのせてきた。
「!」
 声を出しては失礼だ、という気持ちがあかねの声を抑えつけた。
「あのさ。今から話すこと、引かないで聞いてもらえる?」
「え、ええ」
 あかねはドキドキしながらそう答えた。
「あのさ。こういうお散歩している娘(こ)の中でさ、お金さえだせば、色んなことさせてくれる子もいるじゃん?」
 え、なんでそんなことをこの状態から聞いてくるの、とあかねは思った。悪いけどひきまくってますよ、と言いかけた。
「だけど、そんなのさ、誰に教わるわけにもいかないじゃん。だから、お散歩の女の子達って、仲間同士で練習するって聞いたことあるんだけど」
「え? 女の子同士で、ってことですか?」
「そう。あのさ。女の子どうしでする時ってさ。どんな感じなの?」
 え、もうそんなことをしているって決めつけてるの? あかねは頭を押して、ベンチから落としてやろうかと思った。
「私はそんなこと」
 言いかけたところを、男は遮るように言った。
「だってさ、君、土谷高校だろ? だったら知ってんじゃないの?」
「土谷高校?」
「判るよ。だって制服知ってるもん」
「……」
「誤魔化そうとしても無駄だよ。だって君と同じ制服の子とお散歩してるし」
 あかねはどうしていいかわからなくなった。同じ高校の子が、この男と散歩している。この男は、その子達が過激な『オプション』をすることを知っている。
 この男が、あかねに対し、過激な『オプション』を要求してきたらどうしよう、そんなことを考えて何もしゃべれなくなってしまった。
「赤くなった」
 男はあかねの顔を見て『にや』っとした。
「君かわいいね」
 背筋がゾッとした。
 これまでの人生を振り返っても、これだけ気持ちの悪い声と言葉を聞いたことがない。
 加えて、あかねはその男の顔を見すぎて、なにかそれが人の顔に見えなくなってきていた。ブヨブヨとうごめく、肉色のシートを被せたキャベツのような、そういう何か人ではない物体に思えた。あかねは、頭に、ゲシュタルト崩壊、という言葉が浮かんだが、意味は思い出せなかった。
「あのさ。君がさ。お友達と、そういう練習しているところをさ。写真にとってきてくれないかな? カメラも渡すし、前金も出すからさ」
「いや!」
 あかねは男の頭を押し退けた。
 男は頭だけでなく、体もベンチから落ちてしまった。
「こいつ!」
 あかねは立ち上がってカバンを取ると、思いっきり走った。ただ人のいる方へと走った為に、それがどこに向かっているかわからなかった。
 男の声が続けて聞こえたような気がしたが、もう何を言っているかわからなかった。息がきれてきて、走ってきた方を振り返ったが、そこには知らないひとが歩いでいるばかりで、その男はいなかった。
 それでも怖くて、何度かおなじように苦しくなるまで走り、振り返ってから再び走った。
 あかねは、本当に初めての街を歩き始めた。


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