真琴は緑川の家の前に行き、ブザーを鳴らした。扉が開くと待ち構えていたが、いつまで経っても開かなかった。
「誰?」
 いきなり後ろから声をかけられた。
 振り返ると、自転車にまたがった男がいた。
「緑川勇気? くん?」
「……さっき倒れてた子?」
 睨みつけるような表情に、真琴はムカッとしたが、たまちの手が背中に当たったのを感じて、気持ちが静まった。
「あなたに聞きたいことが」
「……」
「待って!」
 瞬間、自転車をこぎはじめて、どこかへ行ってしまった。
「どうしよう」
「しかたないよ。もう顔も覚えたでしょ? 話ししたかったら学校の方が良いよ。その方が安全だし」
 たまちはそう言うが、今までの経験から学校に最も多くの【鍵穴】が存在し、一番危険な場所だった。
 こういう同世代人口密度が低い場所の方が、安全なことが多かった。だが、そういう経緯はたまちの意識にはない。確かに今までの話しはしているが、不自然にも同じ学校の生徒に敵が集中している、という感覚にはならないだろう。
「とにかく、話しを聞きそびれてしまったね。とりあえず、家でお茶する?」
「うん」
 二人はたまちの家で紅茶を飲んだ後、別れた。
 翌日、真琴は休憩時間を利用して、緑川のクラスへ行った。
「緑川くん」
 教科書とノートを鞄に戻しているようだったが、それを終えると、真琴のところにやってきた。
「……」
 真琴は少し戸惑いながらも話しを始めた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「……」
「お兄さんが薬で事故を起こしてるでしょ?」
 言い終わる頃には緑川は自席に戻っていた。真琴はそれを追って教室に入って緑川の横に立った。
「それを聞きたいわけじゃなくて、薬を手に入れる方法を知っているか聞きたいの」
 緑川は、一言も聞こえていないかのような、完全な無視を続けていた。
「……」
「言い方が悪かったかも。何かあの薬について知っていることない?」
「……」
「え?」
 緑川が急に立ち上がって、両手で真琴の両肩を掴んだ。そしてそのまま教室の外まで押し出すと、緑川は教室に戻って扉を締めた。
 真琴は数秒間、呆然としたが、全く相手にしてくれない相手に苛立ちながら、言った。
「なによ!」
 放課後、真琴とたまちは緑川が帰るのを待って、横に並んで歩いた。まったく真琴達の方を気に留める様子もないまま、駅のホームまで来てしまった。
 真琴は耐えきれなくなって、緑川に話しかけた。
「緑川くん、お兄さんのことか、お兄さんがどうやって薬を手に入れたか知らない?」
「……」
 緑川は一瞬真琴の方を睨み、また正面を向いて無視を続けた。
 真琴もずっと緑川を見ら見続けていた。
 電車がホームに入ってくると、真琴とたまちが電車に乗った。
「あ!」
 緑川は、電車に乗らずに、ホームに残っていた。乗るものだと思っていた真琴とたまちは呆然と見送るしか無かった。
 次の駅で真琴とたまちは下りて、ホームの一番端、すなわち先頭車両から最後尾の車両までを見渡せる位置に立って次の電車がくるのを待った。
「あきらめたと思っているはずだから、きっと上手くいく」
 真琴はそう言うと、次の電車を待った。
「真琴! 来たよ」
 たまちが言うと真琴は目を凝らして車両の中の見た。
 思ったより先頭車両の通過スピードが早く、そして思っているよりも乗客の数が多く、中に緑川がいるかを確認するのは困難だった。
 結局その電車に緑川を見つける事が出来ず、その次の電車も同様だった。通過していく電車の乗客が徐々に増えて行き、夕方近くまでそうやって見張っていた。
 あきらめ顔のたまちに、真琴は言った。
「完全にやられた」
 たまちは頷いた。 



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