東堂本高校では、ある噂が広まっていた。帰ろうする生徒に、校舎の陰から名前を問う者がでるというのだ。
名前を言えば助かるのだが、名前を言わないと、竹刀を振り下ろしてくる。それは名前を言うまで、追いかけられ、続けられるというのだ。
竹刀だけではなく、剣道の防具をつけている為、顔をはっきりみたものがなく、誰とは判らなかったが、剣道部の連中にはその犯人の察しはついていた。
犯人はおそらく上野だった。
先日の頭痛で帰った時以来、部活には休部願いが出されていた。上野の才能を知っている顧問の先生は、の休部願いを保留していたが、その噂が耳にはいると、本格的に問題が起こる前に何か解決策はないかと考えはじめた。
問題が学校ないにとどまっている為に、うかつに警察ごとにも出来ず、怪我をしたりなどの具体的な被害と犯人の特定が出来ていないことから、いきなり上野を処分することも出来なかった。
噂、というレベルで教員会議で口にされた後、生徒会長と副会長が剣道部の顧問のところにやって来た。
「上野さんのことは私達に任せてください」
「何のことだ」
「上野さんが竹刀を振り回しているかもしれないんでしょう?」
生徒会長である女子生徒は言った。
「京町。憶測でそういうことを言うんじゃない」
メガネを掛けた男子生徒が言った。
「確証はまだなくても、それしか考えられませんからね」
「佐藤もだ」
そして教師は扉を指し示し、
「そういうのは憶測だ。いいからこの件に生徒会は関係ない。余計なことも言うな。生徒が混乱する」
と言った。そして立ち上がって、
「さあ、こっちも会議があるから、そろそろ下校してくれ」
と言って京町と佐藤に迫った。
二人は教師にぶつからないように、そろそろと後ずさりした。
「本当にくだらないことを詮索している間があるんなら、勉強してくれ。学生の本分ってやつだ」
と職員室の外まででると、教師は一歩さがり、
「気を付けて帰れよ」
とだけ言って戸を閉めた。
二人は職員室の方を向いたまま話し出した。
「会長。どうしましょう」
「まぁ、予想通りね。どうせ解決なんて出来ないんだから、こちらの考え通りすすめるだけよ」
「北御堂を呼びますか」
「話は早い方がいい。呼ぶなら二人共呼んで」
と言って、生徒会長は踵を返した。
佐々木は、スマフォの操作に悩んでいた。地図を表示させたことはあったが、位置を他人に送ったことがなかったのだ。こまっていると、肩を叩かれた。
「位置情報を送ろう、としているのかしら?」
佐々木は右に目線を動かすと、スマフォを覗き込んでいる東堂本の女生徒が目に入った。
見覚えのある姿。自分が尾行していたターゲットの姿だった。
「え、え、え、え…」
「動揺しずぎです。何をしていたのかを認めるようなものですよ、ミキさん」
「私はサキですサキ。ミキは姉」
「ごめんなさい。サキさん。それで私になんのようかしら」
結局、薫が操作して姉に位置情報を送り、合流した姉と妹、薫は寂れた喫茶店に入った。
「そういう訳なの」
薫は言った。
「状況はどんどん悪化しています」
おそらく上野は、真琴を探し、竹刀を持って放課後の学校をさまよっているのだ。先に真琴を帰しておいて良かった、と薫は思った。ただし、上野が【鍵穴】だった場合だ。そうでなかったら、竹刀を持った狂人に、無力の女子生徒を立ち向かわせることになる。
「協力出来るかもしれませんが」
「かもしれない?」
と、身を乗り出してきた双子は、言葉だけでなく、その動きもシンクロしていた。
「出来ないかもしれません」
「どういうことです?」
エコーしたかのように双子がそう言った。
「品川さんの話と同じとは限らないでしょう! だいたい、どんな根拠でそんなことを頼んでいるんです?」
薫は興奮気味にそう言った。無駄に真琴を危険な目に合わせることは出来ない。
「頭痛、異常行動。今私達が考えられる解答は新野さんと品川さんの話しぐらいなんです。助けてください」
「品川さんの話は、半分夢ですよね…」
薫は、少し事実を捻じ曲げて言った。
「確認する為、皆さんに協力をお願いするかもしれません。結果がこちらの範囲外のものであれば、それ以上の対応はこちらには無理です」
双子は顔を見合わせた。
その場で判断のつかないことがあったら、連絡しろ、と言われていた事態だ、と二人は確信し、ある人物に連絡をとった。