その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2014年11月

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 美沙とあかねは、青葉に遊びに来ていた。たまたま、練習のない土曜日と、美沙が買い物に行きたい、と言っていた日がかさなったのだ。
 美沙は、好きなアニメのグッズを買うのと、パソコン用の新しいモニタを買う、ということらしかった。あかねは青葉には特に興味はなかったが、そこにあるラーメン屋さんとアイドルの劇場と、そこで売られているものを見てみたかった。
 美沙が言うままにあかねも店に入り、商品を見たり、行き交う人の格好を見ていた。青葉は、店の呼び込みの為に、奇抜な格好をした人が多く歩いていた。
 あかねは言った。
「メイドだけじゃないんだね」
「そうだね、イメージ悪いからね」
「え? メイドが?」
 あかねには、美沙の言ったことが良く分かっていなかった。
 美沙は少し口ごもりながら言った。
「あ、あれだよ。ふ、風俗とかさ、そういうイメージついちゃったでしょ?」
「そうかなぁ」
「特に男の人たちにね。だからもっとアニメ調に変えるんじゃない?」
「ふーん」
 あかねにとっては、衣装がカラフルで華やかだから、別にメイドでなくても楽しめるから関係ないや、と思っていた。しかし、こういうものに負のイメージがついたりすることがあるんだ、と意外に感じていた。
 あかねは、そんなふうに、歩きながらボンヤリとビラを配っている人たちをみていると、ふと、知っている顔を見つけた。
「あれ? ミチ?」
 すぐに小さなビルの入り口に入ってしまって、しっかりと顔は見れなかったが、ミチのようだった。山川道子、あかねと同じ女バス。
「美沙、ちょっとまって」
 袖を引いて引き止めると、ミチが入って行った小さなビルの入り口に向かった。
「どうしたの、そのビルには何も店入ってないよ」
 美沙はスマフォを見ながら言った。
「ちょっと友達がいたような」
「女バスの娘?」
「うん」
「なんか店とかあるなら、郵便受けに書いてあるんじゃない?」
 美沙が進んでビルの入り口に入ると、あかねも入った。そして壁に張り付いている小さいカードを見て、すぐにその建物がどういうものか分かった。
 それぞれのカードには、メールアドレスや電話番号、サイトのURL、そして、女の子の写真があった。写真も、服からちらりと胸やふとももを見せているようなもの。
 美沙がさっき言っていたようなこと。
「あかね、出よ」
「うん」
 ミチ、このビルに入ったんだったよね? まさか、違うよね。あかねは祈るような気持ちだった。
「ちょっと隣だったかも」
 あかねは隣のビルに入った。そっちにも多少同じようなものが貼ってあったが、メイド喫茶やコスプレ衣装制作・販売の店とかが入っていた。
「こっちだったかも」
「行ってみる?」
 あかねは答えに迷った。
「ど、どう思う?」
「自分がバイトしてて、ましてや、そういうことを言ってないんだったら…… 突然知り合いが来たらヤだな」
「そうだよね…… うん。やめとく」

 その後、二人は、あかねが行きたがっていたラーメン屋に入り、午後はアイドルの劇場を外からみたり、アニメのグッズを探したりして過ごした。ミチのことは全く頭から消えていた。
 美沙は買い物が一通り終わり、あかねも満足した頃だった。
「あかね、疲れたよ」
 美沙が肩に寄りかかったきた。
「バクバクでもよる?」
「え? カフェにしようよ、カフェ」
「良いとこあるの?」
 美沙は歩きまわっている最中に気になるところがあったらしく、そこに行こうということになった。
 カフェに向かう途中、あかねは暗い表情の、メイド服の女の子を見かけた。
 その子は別に知り合いではなかったが、あかねはミチのことを思い出してしまった。 
 カフェにつくと、美沙はキャラメル・ラテで、あかねはアイスココアを注文した。
 窓際の席につくと、美沙は満足気に今日買ったものを取り出しては説明し、次のものを取り出しては説明を繰り返した。
「……そうなのよ、そこがポイントなのよ」
「なるほどね」
 あかねには、一つ一つの細かいところは、良く理解出来ていなかったが、相槌を打つことに決めていた。
 美沙の話が尽きたころ、あかねは話を切り出した。
「美沙にね、ちょっと相談したいことがあって」
 あかねは、部活にいるセクハラ教師の話、体育館で聞いた声の話、WiFiが体育館でも繋がった話、もやもやとしていた話をすべて、話してしまった。
「いやぁ……」
「どうしたの」
「お腹いっぱいって感じです」
 あかねは逆に、便秘が治ったような気分で、すっきりしていた。
「どうにかならないかな?」
「どうもこうも。まずは、エロ教師はさっさと退場してもらった方が良いんじゃない」
「あ〜 そう思う。ホント」
「体育館の声だけど…… これはもうちょっと検索しちゃうよ。どっかの掲示板に書き込みでもあるんじゃないかな〜 気になるね〜 誰だろうね〜 って感じね」
「分かったら教えて…… う〜ん。やっぱやめとく」
「あら。面白そうなのに…… WiFiの話だけど。あれはよっぽど壁がないかぎりはある程度広がりあるから、体育館の端なら届くわね。というより、体育館にWiFi機器がおいてある可能性はあるね」
「そうか…… なんか調べる機械とかもってる?」
「持ってないけど、盗聴器みたいな小さいものじゃないから、見れば分かるんじゃない?」
 あかねには良く理解出来なかったが、調べて欲しかった。
「分かるの?? じゃ見つけようよ。物騒だもん」
「うん。いいよ」
 あかねは、具体的な日を決めて、美沙と体育館を捜索することにした。
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 あかねと美沙は家の近所のバクバクバーガーに居た。
「本当にチキンでいいの?」
「うん。メガバクは食べ切れない」
「じゃ、買ってくるね」
 美沙に席を取ってもらって、あかねは買いに行った。今日は偶然、貯まっていたポイントに気がついて、メガバクを二つと、チキン、飲み物二つを頼んだ。
 フロアを上がると美沙が席から手を振った。
「メガバク二つって、私、チキンと飲み物で良いって……」
「あ、違う違う。私が食べるから大丈夫」
「今日って部活ないんでしょ? そんなに食べて大丈夫?」
「い、今のところ」
 そう言いながら、あかねは、少しだけ自分のお腹のあたりのことを思い浮かべた。
「そんで、昨日の件だけど」
「どうだった。実は私以外にもつなげてしまった人いてさ」
「うん。『リンク』はブロックするだけで大丈夫みたいだよ」
 あかねは安心した。安心したせいか、バクバクバーガーの匂いに改めて気がついた。
「美沙、チキンどうぞ。私もいただきます」

 美沙がチキンを食べ終わる頃には、あかねはメガバクを二つ食べ終わって、カウンターで水をもらってきて飲んでいた。美沙はカバンに入れていたノートパソコンを出して、何やらスマフォを操作していた。
「美沙のパソコン、外でもネット出来るの?」
 美沙は首を振った。
「テザリングっていうの。スマフォを使ってインターネットに接続するんだよ」
「見ていい?」
「いいよ。じゃ、そっち行こうか?」
 美沙があかねの隣に移動して、パソコンの向きを変えた。
 美沙のパソコンに『美沙のスマフォ』という表示があった。
「あれ? パソコンに」
「そう、テザリングするから」
 あかねは水を口に含んで、美沙が操作するのを眺めていた。
 パッと画面が切り替わって、ブラウザで検索サイトを開いていた。
「ちょっとだけ気になるからさ、調べてみたいんだよね。つないだWiFiってなんて名前だったっけ。噂は知ってるんだけど」
「確かね。ビッチ」
「酷い名前ね。ちょっとまって、それ、綴りが分からないから」
 なにやら何回かページを開くと、今度はまた別のキーワードを入れて調べはじめた。
「ありゃ。あんまりよろしくない噂が」
「えっ、やめてよ」
「もう繋がないんだから大丈夫よね」
「実は、今朝試しちゃった」
「! あ、ごめん。WiFiのリストから削除してなかったかも!! あかね、スマフォ貸して」
 あかねはスマフォを美沙に渡すと、なにか必死にやってくれた。
「よかった。何も検出されてないみたい。後、WiFiのリストからも消しといたから。今度は近寄っても自動接続されないからね。また繋がないでよ」
「そんで噂って」
「ここみて。身内に不幸なことが起きたり。スマフォが動かなくなったり、だって。ここには、皮膚病に掛かったり、するってのもあるね」
「え、これ本当にウワサ、だね。なんか全然真実味ないじゃん。これなんて、呪われる、ってあるもん」
「え? どこ? ちょっと興味あるな」
「ココ、ココ」
「え? そんなこと書いてないじゃん」
「?」
 あかねは美沙の顔をじっとみた。
「マジで言ってる?」
「そっちこそ」
「とにかくココ、クリックしてみてよ」
 美沙が訝しげにカーソルをそこにあてて、タップした。
「え?」
「何? 何があったの?」
「システムエラーみたいね」
「もっとわかりやすく言って」
「ブラウザがクラッシュしたみたい」
「余計わからないよ〜」
「もう一回やってみる」
 美沙は何かパソコンを操作して、さっきと同じようにインターネットの画面を出した。じっと画面を読んでいた。
 しばらくすると美沙は言った。
「やっぱり分からない、どれをクリックするの?」
「これだよ」
 あかねはリンク先の要約に『呪われる』と書かれたところを見付けて指差した。
「……」
「これ、読めない?」
「うん」
 美沙は目薬を出して、右、左と順番に差してから、ハンカチで目を押さえた。
「疲れてるのかな……」
 あかねは、こんなにハッキリ見えるのに、とちょっと怖くなってきた。
「冗談じゃないよね」
「ごめん。本当に見えない」
「ちょっと操作していい」
 美沙がうなずいたので、あかねは恐る恐るそこにカーソルを持っていき、トラックパッドでタップした。
「え、どういうこと……」
「え、え、なんか変なとこ押しちゃった???」
「いや、大丈夫だと思うよ。なんでだろう、このリンク先見れないね」
「やめよう。忘れよう。ちょっと怖い」
 あかねは気晴らしにメガバクをもう一つ買ってくる、と言ってカウンターに行った。戻ってくると、美沙は集めていた楽しい動画のリンクから動画を見せてくれた。二人はイヤホンを共有し、動画をずっと見ていた。
 言葉には出さなかったが、二人はさっきのリンクや、WiFiの噂を忘れようとしていた…… 必死なほどに。
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 道子は朝練が始まるまでの間、ずっと体育館の入り口で座っていた。
 体調でも悪いのか、と聞くとそうじゃない、と言った。
「わかるでしょ?」
 あかねには良く分からなかったが、例の体育館裏での出来事で、少々のぼせてしまったのだ、と解釈し、なんとなくうなずいて放っておいた。
 やがて部員が揃い、朝練が始まろうか、という時に道子はやってきて、なにか笑っているような表情をした。それが何を意味するのかは分からなかったが、ちょっと気味が悪かった。
 あかねは道子にたずねた。
「ミチ、なんでずっと入り口にいたの?」
「えっ、ああ」
 あかねは走りながら、道子をつっついた。
「本当に、なんでもないよ」
「教えてよ」
「なんでもないことだから」
「ソコ! うるさいぞ」
 先頭を走る橋本部長から注意を受けた。
 どうせ大したことでもないのだろう、と思い、あかねはそれ以上追求するのを止めた。
 ただでさえ、体育館でエッチしていた、であろう声の事があり、さらにミチから話を聞くと、話してはいけない事のレベルが数ランク上がってしまう気がしたからだった。
 あかね達が練習していると、顧問の川西がいつのまにか体育館に入っていて、レギュラー陣に何か指導していた。先生は学生時代からバスケをやっていたらしく、体育教師である為か、今でもバリバリに動けるし、テクニックもあった。
 もう一人の顧問は、体育館に顔を出すのが稀で、まったくバスケの指導という面ではなにも出来ない人だった。真剣にバスケに打ち込む部員からすると、多少セクハラがあっても、川西先生がやめると部活がどうなるんだろう、という危機感があるようだ。
 逆に、あかねのように、遠山美樹というカリスマ選手に惹かれて女バスに入ったような連中には、まったくもってただのセクハラ教師でしかなかった。
 そういえば上手くなろう、と思った時期があったな、とあかねは思い出した。
「どうしたの?」
 突然、町田さんが話かけてきた。
「ん、どうもしないよ」
「なんかぼーっとしてる」
「あ、ちょっとね。思い出していた」
「昨日、あのネットにつないだけど、スマフォなんともない?」
「それが『リンク』に変なメッセージ来たんだよ!!」
「マジ?」
 あかねは、驚きかたがなんか変だ、と思った。
「あの後さ。私もスマフォでつないじゃった」
「あ、そういえば、『リンク』を起動しっぱなしだと、変なメッセージくるって。起動してた?」
「してないと思うけど」
 あかねは少し考えてから言った。
「私の友達に詳しい人いるから、ちょっと話してみるね」
「ありがと」
 あかねは、朝のことを思いだし、昨日のWiFiがすぐそこの体育館外だということを思いだして、ちょっとチェックしてみようと思った。

 朝練が終わると、あかねはスマフォを取り出して、例のWiFi近くと思われる、体育館隅に行った。顧問の川西がめずらしく声をかけて来た。
「どうした岩波、彼氏からのメールか?」
「そういう発言もセクハラですよ!」
 あかね自身はそんな発言、大したことない、と思っているが、川西にとっては一大事のはずだ。
「あっ、すまん。悪かった」
 土下座をしようとしたのか、膝立ちになったので、あかねは慌てて言った。
「気にしてませんから。一人にしてください!」
 すっと立ち上がって、川西は体育準備室の方へ走っていった。
「まったく、クズ教師」
 あかねは聞こえないよう小声で言った。
 スマフォの設定画面を見ると、電波マークは非常に弱かったが、WiFiに例のBITCHが表示された。
「体育館内でも入るんだ……」
「あれ、あかね? どうしたの? 早く教室行こうよ」
 あかねは声の主が、神林みく、であることに少々驚いた。同じクラスだが、そんなに親しくはない。こんな場面で声をかけられるなんて。普段と違うことばかりで、あかねは少し面倒くさくなってきた。
「あ、うん。行く行く」
 美沙に全部話して、整理してもらおう、とあかねは思った。
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 あかねは朝練の為に早めに学校にきていた。体育館は各部活でシェアするので、午後取れない時に優先的に朝体育館が取れることになっていた。
 規定の時刻になるまで鍵を渡してもらえず、体育館に入れない決まりだった。体育館前まで来てから、開く時間にはまだ早いことに気付いてしまい、あかねは暇つぶしに体育館の周りを歩いてみることした。
 静かだ、と思った。常に日陰になるせいか、土に苔がついていて、早く歩くと滑りそうだった。あかねは、ちょっとした探検気分もあり、その土の上をゆっくりと歩いていった。
「あかね!」
 学校の外の壁と体育館で挟まれた細い場所を歩いていると、急に声を掛けられた。
「えっ!」
 びっくりして振り返ると、そこには山川道子がいた。
「何やってるの?」
「早く来ちゃったから、体育館の外ぐるっと回って見ようと思って」
「ミチは?」
「あかねを脅かしてやろうと思って」
 あかねはここで進むべきか、戻るべきか悩んだ。道子に、戻ろうか、と言えば一緒に戻ってくれそうな感じではある。
「もど……」
「面白そうだから、もっと行ってみようよ」
「えっ!?」
 道子がこの体育館の周りに何を求めているのか分からなかったが、とりあえず一人でなければそれなりに楽しいかもしれない、とあかねは思った。
「う、うん」
 二人になって、景色が変わるわけでもなかった。壁から放り込まれるのか、カラスや小動物が持ち込むのかわからなかったが、ゴミがあちこちに放置されていた。
「これ、拾おうか?」
「ゴミ袋もないし、今度にしよ」
 ゴミには感心がない感じだった。ゴミを見たのになにも対応しない、というのもなんか心に引っかかるものがあったが、トングとゴミ袋でも持ってればともかく、今の状況ではやめておいた方が無難そうではあった。
「へぇ、こうなってるんだ」
 ちょうど歩いているところが、体育用具室や、小さな小部屋の外側にあたり、普段見ない風景だけに、こんな風景なのか、と感じてしまうのだろう。
 道子が言った。
「この壁の向こうは何なんだろ?」
 あかねはジャンプして見えるか試してみた。体育館の壁を蹴って上がれば、少しは見えるかもしれない。
「いけるかも」
 あかねは下が苔で滑るので、体育館の壁を蹴ってジャンプすると、壁の外が見えた。
 その風景に見覚えがあった。
「あれ?」
「なんかあったの?」
 ただ、いつ見た風景なのか、思い出せないでいた。毎日見るようなものではないのだが…… どっかでみたような。
 道子も、同じように壁を蹴ってジャンプした。壁より高く上がって、壁の外を見てから落ちてきた。
「ああ、ここが体育館裏なんだ」
「知ってるの?」
「変なWiFiがあるって」
「ああ! ああ……」
 あかねは記憶が繋がるとともに、少し気分が落ち込んだ。
「あかね、どうしたの?」
「いや、別に」
 あかねは昨日そのWiFiにつないでしまって、『リンク』に変なメッセージが表示されたことを話した。
「それくらいいいじゃん」
「それくらいですめばね……」
「え? まだなんかあるの?」
「まだないけど。ちょっと怖くて」
「気にしすぎ。大丈夫だと思うけどな」
「ミチ、ありがとう」
 道子は笑って返した。
 あかねは、気を使ってくれる友人に感謝した。
「あれ?」
「なに」
「静かに。声が大きい」
 道子には何かが聞こえたらしく、その方向を指さした。
「あっちっぽい」
 二人は壁沿いにしばらく進むと、確かに何か声が聞こえてきた。
「え……これって」
「……」
 その声は…… その、あの声…… いやらしい声。
 あかねは、妙に興奮してしまう自分に気づく。
「アレだよね」
「コレ?」
「こんな声出るの?」
「し、知らないよ」
「って、この声……」
 道子が何か分かったようなそぶりをみせた。
 声の調子テンポがドンドン速くなり、ああ、気持ちイイことしてるんだなぁ、という感じだった。あまりに凄くて少し気持ちが引いた。窓には手が届きそうで、手が届けば懸垂で見えるかもしれなかったが、そうまでして覗こうとは思わなかった。
 道子が本当に小さい声で言った。
「やばいから、戻ろう」
 もと来た方を指さした。
 あかねは、前の方を見て言う。
「そっちに行った方が早いけど」
「ダメ。戻るよ」
「なんで?」
「いいから」
 あかねは道子が言うまま、静かに壁沿いに来たところを戻った。
 体育館の入り口に出ると、道子は言った。
「ヤバイよね。これ黙っとこうね」
「何か分かったの?」
「とにかく黙っとこうね」
 確かに、誰が、誰とエッチなことをしていたにしろ、場所が場所だけにヤバイだろう。生徒同士、生徒と教師、教師と教師。どんな組み合わせでも聞こえては行けない場所であることは間違いなかった。
 あかねは、スマフォに続いて、また面倒なことが舞い込んできた、と思った。
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4月から始めて、11月も半ば過ぎ……
13
100回掲載し
大体、1回1000字はある(はず)なのでこれでやっと10万字。 
一冊本を書くには…… 10万字って良く言われますが…… いやぁ…… これ仕事でやれって言われたらヘコタレてしまいますな。8ヶ月かかってんだもんなー
 
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 弁当の後の、眠たい授業も終わり、あかねは塾を出て、隣の隣のビルにあるバクバクバーガーへと移動した。母親には、美沙に勉強教えてもらう、とだけメールしておいた。あれこれ理由を並べるより、これが一番信用されるからだ。
 あかねはバーガーにかじりつきながら、学校の宿題をこなしていた。本当にここでやらないと、家に帰ってからでは集中して勉強する時間はなかった。母の家事の残りが回って来るし、弟からなんだかんか言われると、それにも手間が掛かる。
 宿題を終えると、少しスマフォで気晴らしにパズルゲームをし、靴底が傷んできたので新しいバッシュをネットでチェックしたりした。まだ美沙が来ないので、更に塾の宿題を解いていると、ようやく美沙がトレイを持ってやってきた。
「私もお腹すいちゃった」
 美沙のトレイには、チキンと赤茶色の飲み物が載っていた。
「そうだよね〜 私もチキン買ってこようかな」
「一つあげるよ」
「悪いよ」
「平気平気」
 美沙は一欠片をあかねのトレイに乗せ、チキンを食べ始めた。
「もうちょっとだから、宿題やっちゃうね」
「うん」
 少しばかり、お互いが黙ったままの時間を過ごすと、宿題を終えたあかねが切り出した。
「……美沙、スマフォとか詳しいよね?」
「まぁ、多少。スマフォがどうしたの?」
「学校の近所に、変んなWiFiがあってさ」
「あっ、あれだ。知ってる知ってる。パスワードの掛かってないやつ。噂になってたよ。あ、つないじゃだめだよ。何か通信覗かれてるかもよ」
「えっ」
 美沙が急に表情を暗くした。よっぽど自分の顔が動揺したのだ、とあかねは思った。
「あっ…… うん。あかねの相談、分かった。つないじゃったのね?」
 あかねはうなずいた。
「たしか、無料でウィルススキャンするソフト、あったんじゃないかな。ちょっとまてね。こっちで調べてみる」
 美沙が自分のスマフォを取り出して、調べ始めた。調べながら、あかねに訊ねた。
「変なメールとか来た?」
 あかねは、念のため確認してから答えた。
「来てない」
「『リンク』は使ってないよね?」
「つないでる時は使ってないけど……」
 あれ? ダウンロードする前に使ったのかな??? あかねは分からなくなった。
「あかね携帯会社どこだっけ」
「白い猫のところ」
「ああ、あそこね。分かった。どうしよう。いやじゃなかったら、私のやつからアクセスしてみる?」
「携帯会社に?」
「他に何か通販サイトとかアクセスしてる?」
「うーん。それはないけど」
「じゃ、可能性があるのは携帯会社かな。『リンク』で変なメッセージは?」
「ない…… えっ!」
 画面に『リンク』の通知が入った。
「えっ? 今の?」
「怖い。一緒に見てよ」
「うん。あかねが良ければ」
「いいよ、怖いもん」
 あかねはスマフォのロックを解除し、テーブルに置いて、美沙を隣に座らせた。
 『リンク』の画面が表示されている。
 下には見慣れぬスタンプ。
 そして、バイト募集のメッセージ。
「これ、やばい?」
「う〜〜ん。ブロックすれば大丈夫じゃない? たしか、これ、プロモーション用の仕組みで、ああいうWiFiアクセスで回数制限付きでメッセージ送れるやつだったはずだよ。明日までに調べてくるよ」
「ブロックってどうするんだっけ」
「やってあげる」
 美沙が目の前で一つ一つ確認しながら、操作をしてくれた。とりあえずメッセージは大した問題ではないらしい。
 そして変なことになっていないかのチェックをしてもらって、特に問題点はないらしいことが分かった。あのWiFiに接続する時に、裏で『リンク』を起動したままだったのはまずかったらしい。
 色々と話ながら、時間が遅くなったので店を出て、大通りまで歩きながら話していった。美沙との別れ道にくると、 
「あかね、ブロックだけで足りるのかは今晩調べておくからね」
「色々、ありがとう。私、明日、部活ないから、一緒に帰ろう? 私がメガバクバクバーガーおごるよ」
「メガは食べ切れないから、チキンがいいな。とにかく明日」
「ああ、そうか。うんチキンね。じゃね」
 美沙が、大通りの奥へと去っていくと、あかねは手を振ってから、小道の方へ入って自宅へと帰った。
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 安田美沙は、学校からの帰りに図書館に寄ってから塾へと行く途中だった。長い髪は校則もあって、おさげ髪にしていた。歩く度に、手に持っている鞄と同じように、ゆらゆら揺れた。
 歩いていると、目の前の角から、見覚えのある女性が出てきた。あれ、と思って少し思い出すと、声を掛けた。
「あかねのお母さん!」
「ああ、美沙ちゃん、こんばんは」
「こんばんは。あ、それ、あかねのお弁当ですか?」
「うん、なんか今日はちょっと遅れちゃったから、駅で渡してって言うんだけど…… こっちも買い物とか時間ないのよね」
「それなら、私が預かりましょうか?」
「美沙ちゃんも塾だもんね…… けど、どれくらい遅れるんだかわからないからさ。あんまり遅れたら、一緒に塾遅刻しちゃうでしょ、悪いわ」
「ちょっとまってください」
 美沙はそう言うと、すぐに『リンク』であかねにメッセージを入れてみた。
『坂登ったから、もう少し』
「お母さん、もう学校からの坂は登ったみたいなんで、2〜3分ですよ。私が渡しときます」
 美沙は受け取るように手のひらを上にした。
「そお? ごめんなさいね。じゃ、お願いね」
 そして、大きいお弁当の包みを美沙の手に載せた。ずしりとくるサイズと、重さに、思わずびっくりしてしまった。
「あ、大丈夫? 部活のある日は昼もこれくらい食べるのよ……」
「大丈夫です。渡しておきますね」
 美沙がそう言うと、あかねの母は、ありがとうね、と言い、来た角を曲がって帰っていった。
 美沙は、お弁当が大きくて重い為、お腹の前で両手で持って歩くことにした。自分がこの量を食べたら動けなくなってしまうんじゃないか、と思った。そして、これを二食食べて太ってないんだから、あかね、というかバスケ部って凄い練習量なんだな、と感心してしまった。
 駅近くまでくると、学校方向の道に、あかねの姿が見えた。どうやら美沙に気付いたらしく、手振って合図し、走り寄ってきた。
「あれ、お弁当持たされちゃったの?」
「違うの。私が持っていきますって言っただけ」
「ありがと〜。重かったでしょ」
 あかねは、両手で差し出したお弁当を、ひょい、と片手で拾い上げた。
「びっくりしたよ。これ鞄に入れてるの?」
「うん。恥ずかしいけど、これくらい食べないとお腹すいちゃうんだよ」
 歩きながら、そんなことを話しているうちに、塾のあるビルについた。
「あ、美沙。今日帰るの何時?」
「いつもだと九時ぐらいだけど」
「じゃ、下で待ってる。じゃね」
「うん」
 そういって教室に入っていった。
 あかねの受けている授業は、美沙とは違って一時間半ぐらい前に終わるはずだった。
「だいぶ時間待つよね? バクバクでも行って待ってて? 行くから」
「ああ、そう……ね。じゃ、メガバクバクバーガーでも食べて待ってる」
「そうして。じゃ、後で」
「うん」
 あれだけの弁当を手に持ちながら、塾の後にメガサイズのバーガーを食べるというのは凄い、と思った。ただ、明日でもなく今日会って話すというのは、何か特別な用件なのだ、と美沙は思った。 
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 あの声に応えてはいけない。
 応えた者は向こう岸。
 帰ってこれない、向こう岸。
 帰りたいなら……
 あの声に応えてはいけない。
 声がどんなに魅惑的であっても。

「ファイ、オー」
 体育館に声が響き渡る。
 そして、床を跳ねるボールの音。
 靴底が生み出す音が、鳥の声のように思える。
 今、ここでは、土谷高校女子バスケットボール部の練習が行われている。
 体育教師の川西祐介は、笹崎翔子と共に女バスの顧問をしていた。ただし、笹崎翔子は進学クラスの担当の為、実務というか、事務処理以外は、ほぼ川西祐介がやっていた。
 川西は体育教師だったが、髪は長かった。比較的若いこともあってか、前髪も適当に垂らしていて、染めている訳ではないが茶髪だった。染めている訳ではない、というのは初めての授業や、部活動での最初の挨拶の時に、必ず本人が入れてくるネタだったので、本当に髪が痛んで茶色めいているのか、染めているのかは判らなかった。
 川西が、何かディフェンスについて指導を始めたが、何かイヤな予感がした。
 顧問の手が、道子の胸に軽く触れた。
 ……というか、あからさまに触っている。あかねには、指まで動いたように見えた。
「だから、やめてください」
「いやいや、そういうつもりじゃ」
「そういうつもりがないなら触れるはずないじゃないですか。さっきも神林さんにしてたでしょ」
「……クズ教師」
 イヤな予感はこれか、とあかねは思った。
「やっぱり顧問変えねぇと」
「そうだね」
 部員は口々にそう言っていた。
 練習の途中だったが、道子と橋本部長はもう一人の顧問である笹崎先生に事情を話して、教師として退場してもらうか、少なくとも部活の顧問から退場してもらおう、と考えていた。それは部員全員の総意だった。
 あかねは今日も神林が、体育館の入り口で手を広げて皆を引き止めているのを見た。
「ね、だめだよ。先生反省してるじゃん」
「みく、今日だって触られて嫌がってたじゃん。忘れたの? みくの為にもなるんだよ」
 神林は首を振る。
「やめようよ。クビになるんだよ、収入がなくなったら、生活出来なくなるんだよ、そんなことあなた達が勝手に決めていいと思ってるの?」
 あかねはその理論が良く分からなかった。
 大体、もう何度も反省する機会はあった。それなのに未だに隙をみては体を触ってくる。根本的な人格に問題があるのだ。
「生徒の体を触るのは、人生を棒にふるようなことでしょ?」
「体を触れずに指導すること出来ないじゃん。暴力じゃないんだし」
 だんだん、みくも切れてきたようだ。あかねは思った。またみくが暴れて、川西先生が土下座して、また様子みることにする、ってなるので終わりだ。
 あかねは町田に言った。
「結局、いつも通りだね」
「そうね」
 町田も興味なさそうにそう答えた。

 練習の帰り、あかねは帰り道が一緒の友達と話しながら歩いていた。
「あかね、今日はスマフォもってきてる?」
「もってきてるよ」
 あかねは取り出してみせた。
「例の試合の動画アップしてあるらしいんだ。あかね、落としてないでしょ」
「うん。なんか今月もう容量がヤバくて」
「じゃあさ、ちょっとタダのWiFiスポットあるんだけど」
 上条がそう言い出した。
「あ、もしかしてあれ?」
「あれヤバイ、って話だよ」
「ビッチだっけ? そんな感じの変な名前のWiFiポイント」
「それそれ」
「つなぐとヤバイって話。パスワード掛けてないところはヤバイって」
「だいじょうぶだって」
「速いの?」
「私もあの試合見たいな〜」
 あの試合か、とあかねは思った。もう転校してしまったのだが、元土谷高のバスケ部にいた、超美人で、超バスケうまい先輩が出た試合のことだった。その先輩は遠山美樹と言って、うちらの代はその先輩に見蕩れてバスケ部に入った子も多いという、伝説的な部員だ。
 たしか、あの試合の動画、めっちゃくちゃ容量が多いから家にWiFiがある子とか、パソコンある子しか見たことがない、という話だった。
「私以外にスマフォもってないんだっけ?」
「いやもってるけど…… あかねのが一番最新じゃん」
 最新というのは表現がいいのだが、買ってもらったのが一番後だ、というだけのことだ。あかねは、そのヤバイ、と言われているネットにつなぐのが引っ掛かっていた。
「えー、別に最新じゃなくてもよくね?」
「あかねは、美樹先輩の試合見たくないの?」
「……みたいけど」
「じゃキマリ!」
 ずるい、とあかねは思った。一対一では言わないのに、集団になると誰かが調子にのってこういうことを言ってくる。
「分かったよ」
 折れる自分もいけない、と思いながらも、あかねはしぶしぶ承諾した。
 そのWiFiは、ちょっと校舎をぐるっと回って体育館の裏手の方にあった。近所の民家のWiFiなのか、学校側にあるのか、細かい位置までは分からなかった。ただ、そこに行けば入る、という話が回っていた。
「確かここなんだよ」
「どうやんの?」
 あかねはいっそつなぎ方を知らないフリしてやろうか、と思った。
「あたし知ってる。貸して」
 チッ。
「あれ、そんなWiFi無いよ?」
「リストの更新って時間掛かるよ」
 クッソ!
「なんか言った?」
「何も」
 あかねは答えた。
 皆も自分のスマフォで繋ぐのがイヤだからあたしのにした、というのミエミエだった。
「出てきました…… これですこれ」
「BITCHって酷い名前つけるよね」
「つなぐよ? いい?」
 ここまで勝手にやっといて、最後の最後に聞いてくるなんて…… あかねはもうどうでも良くなっていたが、少し考えたフリをした。
「えっと……」
「もう! いいでしょ?」
「……分かった。いいよ」
「接続!」
 写真が流出したりとか、ウィルスとかが感染(うつ)っちゃったりとか、そんなことになりませんように。あかねは心のなかで手を合わせた。
「動画のURL知ってる?」
「えっと…… で…… はい」
 私の『リンク』からURLをコピペしていたようだ。
「あ、速いね!」
「いけるよ、あかね」
「めっちゃ速い」
 ダウンロードの進行を見てると、確かに速い。
「始まるよ。あかね! ほらほら」
 スマフォを横に倒して、皆でその試合を見始めた。ダウンロード終わったんだから、一回ネット切って欲しいんだけど、とは言えなかった。
 動画が始まると、美樹先輩の動く姿に感動してしまい、あかねはそんなことは忘れてしまった。
 当然、上手いのもあるのだが、単純にそれではない。男子顔負けのプレーとかも感動するだろう、けれどこの美樹先輩のものは違った。
 品というか、女性らしさというものまで昇華している気がする。あかねは思った。パス出しするフリをするだけのことなのに、妙に色っぽい。短髪なのだが、チラっと振り向く度に髪がなびいて、それが嫌味でないところが凄いのだ。
「いいねぇ」
「先輩、なのに、なんか、かわいいんだよ。これがたまらない」
「髪とハチマキだけで萌える」
「なんか懐かしい……」
 この姿を入学直後の説明会で見て、皆バスケ部に入ったのだ。あの馬鹿スケベ教師が顧問だとも知らず。
『応えてはいけない』
「え?」
 あかねは誰かが耳元でそう言った気がして振り返った。
「?」
 上条だけが少し反応したが、直ぐに動画に見入ってしまった。
「あ!」
 ブルブルとした振動とともに、画面に通知メッセージが入った。着信のようだった。
「あかね、電話」
 スマフォを受け取ると、みんなと反対を向いて電話に出た。
「何、お母さん」
「今日塾でしょ、これから、お弁当渡しに駅に行くから」
「あ! 少し遅くなる」
「じゃ、少し待ってから家でるね」
「ありがと」
 電話を切った。
「ごめん、今日塾だった」
「え〜 見れてないよ〜〜」
「残念だけどしかたないよね。こんど見せて」
「絶対だよ!!」
「うん。本当ごめん。ごめんね。先に帰るね! じゃね!」
 あかねはそのまま走りだした。
 
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ちょっと新しく別の話と交互に展開します。
月・水・金→「僕の頭痛、君のめまい」
火・木→ 「ユーガトウ」
よろしくお願いいたします。
 
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