その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2014年12月

 あかねはふらっと電車から下り、地上へ出るエスカレータを登った。どうやら住んでいるところより、都心方向へ来ていたようだった。車通りの多い道沿いを歩くと、川があった。古い橋が掛かっていて、川沿いには古いレンガで作られた建物があった。あかねがぼんやり川面を見ていると、そのレンガの建物の上を電車が通り過ぎた。
 何本かその電車を見ていたが、自分がどうしたらいいのか、どこへ歩いたらいいのか、答えは出なかった。もう何も考えない方がいいのかも知れない。そうでないと、また何か、人の見えないものや、聞こえないことを聞いてしまい、気味悪がられてしまう、そんな気がする。
 あかねは、なんとなくここがどこかを知っていた。わざと、どこか分からない、と思い込みたかった。だからあかねは走り出した。何も分からない道にたどり着くまで、息が切れて倒れるまで、走ってどこかに消えたかった。
 けれど、気がつくと着いた先も知っている場所だった。人通りが全く違ったが、記憶の中の景色では、ミチがメイドの格好歩いていた通りと一致していた。
 あかねは思った。
 ミチと同じになろう、と。
 あかねの中には、暗黙のうちに、ミチが悪いことをしている、という意識があった。実際、ミチが何の為にメイドの格好をし、どんなところで働いているのか、確証もないのに。それどころか、あの子自体がミチであったことすら怪しい。しかし、あかねの中では、ミチが悪いことをしているような気になっていた。
 そんなことをさんざん考えて、あかねは、自分が嫌になった。もう自分はどうなってもいい、そんな気持ちだった。どうせ自分の見えているものは他人には見えない。自分の聞こえているものは他人には聞こえないのだ。自分の価値なんかない、あかねはそう思った。
 あかねは、小さなビルの入り口に入ると、名刺ぐらいの大きさのチラシを一枚手にとり、そこに書いてあるフロアへそのまま階段で上がった。金属製の扉の前にはチラシと同じ会社の名前が書いてあった。
 ここを入れば、もう家族とは合えない、そんな気がした。家以外に、自分の居場所を見付けなければならない、そう感じた。
 あかねは、インターフォンを鳴らした。
 扉の奥で小さな物音がし、インターフォンのランプが付いた。
「ご用件は?」
 女の人の声だった。
「あ、あの」
「?」
「あの、私」
「開けます、お待ちください」
 また小さな物音が聞こえ、鍵をあける音がした。扉は小さく開いた。チェーンがかかったままだった。
 扉の向こうから少し覗く顔は、あかねの母よりは、少し若い感じの女性だった。
「お仕事したいの?」
 あかねは頷いた。
「お金に困ってるの?」
 あかねは首を振った。相手の反応を見て、間違ったような気がした。
 扉の向こうの女性は、つま先から頭まで、あかねのことをじっくりと見ていった。
「う〜ん。なんかピンとこないのよね。こっちも地雷は踏みたくないの。他のところに探してもらえる?」
 あかねは、こんなところでも自分は役に立たない、不良品なのか、と勝手に思った。そして涙が出てきた。声を出して泣きたいような感情の高ぶりはないのに、ただ頬を涙がつたった。
 あかねは階下に向き直ると、一段一段階段を下りていった。
 悲しいのか、悔しいのかもわからなかった。感情が乱気流に巻き込まれたように、ガタガタと震えているのかもしれない。
 あかねが階段を下りてくると、無精髭を生やした、太り気味の男が上がってくるのが見えた。すれ違うように、あかねが踊り場でまっていると、男はじっとあかねの顔を見てきた。あかねがすれ違おうとした時に、声をかけられた。
「君、セーヌの子?」
 あかねは一瞬反応したが、無視して階下に降りようとした。
「待ちなよ」
 あかねは男に腕を取られた。
 瞬間、体がビクッと痙攣したように反応し、心の中でも何かが動いたような気がした。
 あかねは無理やり振りほどくことをせず、男の言うことを待った。
「……店の子だろうと、そうじゃなくても、どっちでもいいや。デートしない? いつものように、そこら辺を歩くだけさ。店とは関係ないんだろ? 直接君のお金になるからさ、ね?」
 あかねの腕を離し、懐から財布をだした。
「なんなら、先に半額渡そうか」
 あかねはうなずいた。
「決まり!」
 急に声の調子が違って聞こえた。
 あかねの中で何度もその声が繰り替えされた。


 
ーーー
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六話です
 

あらすじ

主人公真琴は頭痛持ちの女子高校生。真琴は、頭痛の度に夢でヒカリに出会い、聞かされていた話があった。そして、高二になったある日、ヒカリから聞いていた敵と遭遇する。敵を倒すには、敵の保有者と接触状態で夢を共有し、その夢の中で敵を打ち負かさねばならない。同級生の友人『薫』と協力し、目の前に現れる敵と戦うことになるのだが……

 
登場人物

新野 真琴 : ショートヘアの女生徒で東堂本高校の二年生。頭痛持ち。頭痛の時に見る夢の中のヒカリと協力して精神侵略から守ることになった。

浜松たまち :  真琴と同じクラスで【鍵穴】となってしまった女生徒。真琴と友達になることで救い出された。

渋谷 涼子 : 同級生でモデル。偶然、ロケ先で真琴と知り合いになる。

品川 優花 : 陸上部で真琴と同じクラス。最初に【鍵穴】として発見された。

上野 陽子 : 剣道部の三年生。【鍵穴】となってしまい、別の意識体に入り込まれて騒動になる。

北御堂 薫 : 真琴の親友で同級生、真琴のことが好き。冷静で優秀な女の子。休学中。

メラニー・フェアファクス : 北御堂の養育係、黒髪、褐色の肌のもつイギリス人



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 昼休みに美沙と話しながら、あかねはその書き込みのことを話した。
「実際にその書き込みを見たいね」
 美沙は、神林の方を見ているようだった。
「(いや、あの子は容疑者だから)」
「いいじゃん、何か判るかもしれないし」
「(私が声掛けるんだよ)」
「大丈夫だよ」
 美沙は神林と目があったのか、手を振った。
 あかねは慌てて言った。
「(なんでそんなことするの)」
「あかね、なんか用? 呼んだでしょ?」
「あ、あのさ、私スマフォがなくてさ」
「ああ、そうだったよね」
 神林は続きを待つような相槌をうった。
「でさ、なんか昨日部活の『リンク』に変な書き込みあったらしいじゃん」
「あったね」
 神林はまだ何がしたいのか分からないようだった。
「それ、見せてくれない?」
「なんだ、言ってよ」
 神林は、ようやく合点がいった、という表情になった。そしてスマフォを取り出すと、しばらくページを送ってから二人に見せた。
「ほら、ここ」
 確かに書いてある。
 あかねはメッセージを読んだ。
『一度触られた者は、触られ続けないと死ぬ』
 ばかばかしいにも程がある。
「みくは、これ、誰がやったんだと思う?」
「多分、女バスの人じゃあない」
「え? だって女バスの連絡用じゃん」
「誰かが、あの変なWiFiに繋いだんだよ」
 もしかして、私の事? あかねは思った。
「あ、あたしのは壊れてるから」
「あ、そうか、あかねの!」
 神林があかねを指差した。全くやましいところはないのに、何か、背筋にゾクっとくるものを感じた。
「え? だから壊れてるから」
「じゃあ、他の誰か。誰かいるの。誰かいるのよ。あれには繋いじゃいけないのに」
「うん。そうだよね」
 あかねは怖くなった。
 盲信的にそう信じる神林が怖いのではなく、本当に何かあのWiFiから何かが侵入して、誰かの携帯を乗っ取っているのかもしれない。
 全ての通話を聞かれているのかもしれない。
「あかね?」
 美沙が呼びかけた。
「あかねどうしたの?」
「え、どうかしてた?」
「神林さん行っちゃったよ」
「なんか怖くなってきた」
 美沙がキョトンとした顔で聞き返してきた。
「怖い?」
「さっき、みくが言ってたこと」
「?」
 美沙は良く分からない風だった。そしてあかねに言った。
「携帯のメッセージを見せただけでしょ?」
「?」
 今度はあかねの頭に『?』がついた。
 携帯のメッセージを見せただけ。携帯のメッセージを見ただけだったのだろうか? いや、自分がたずねて、みくが答えたのだ、単なる幻聴じゃないだろう。
「私がさ、みくにきいたよね? みく、どう思うって?」
「……」
 美沙は腕を組んで考えているようすだった。しばらくして、口を開いた。
「一度言おうと思ってたんだけど」
 あかねは何を言われるのか、全く想像が出来なかった。だから、わざわざこんなに間を空けて言う意味が分からなかった。
「何か、霊感というか」
「れいかん?」
「私の聞こえない声というか、お告げというか、幻聴というか……」
「げ、幻聴?」
 あかねは、急にさっき神林が言ったであろうことが、現実ではなくあかねにだけ聞こえた声なのか、と考え始めた。
 いや、はっきり言ったよね? 聞こえないのは美沙がおかしいんじゃ? だってこの前パソコンで検索した時だって、あんなに明確に指を差して教えているのに、『呪われる』という時が見えなかったし……
 それとも、美沙はずっとそう思ってたの? あかねは右から左から重力を感じるような感じがした。まともに立っていられない……
「そんな……」
「あ、そんな、た、たまにあるよね。大丈夫だよ、あかね、しっかりして」
 美沙があかねのことを気遣うように、腕をとってしっかりするように、と言った。
 あかねはまだ何かの力でふらふらと動かされているような感じがしていた。
 もう何か、何も信じれるものがない。どうすればいいんだろう。本当に呪われたのだろうか、このまま美沙に迷惑をかけちゃいけない。
「ごめん」
 あかねは、美沙を振り払って教室に戻り、教科書やら持ち帰るものをすべて鞄に入れると、また教室を出た。職員室に入り、担任に今日は家の都合で早退すると告げ、なにも連絡がないぞ、と引き止められるのを振り切って学校を出た。
 自分がいやになった。
 どうしてそんな声が聞こえたり、変なものが見えたりするんだろう。
 いつからそんなことがあると思われてたんだろう。
 どうしたら普通になるの。
 どうしたら美沙にあんな事言われなくなるの。
 自分はどうしてしまったのだろう。
 もうダメなのかも。
 今まで、皆黙ってたのかも。
 あかねは、どこを歩いているのか、意識もないまま駅についていた。
 そして、家に帰るでもなく、電車に乗った。考えることは同じことの繰り返し。自分が見たものが正しいのか、自分が聞いたことが正しいのか。幻影や幻聴の世界にいたら、自分はどれを信じて、どうやってそれを確認したらいいんだろう。
 私はどうしたらいいの……
 

ーーー
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つい見たり感じたまま書こうとしてしまうので、お話し中の季節と実際の季節が狂ってくると、非常につらいです。もっと優秀な頭脳を持っていれば良いんですが。
年末年始になりますが、土日だけ掲載おやすみ、という形のまま進行します。(※ ユーガトウのストックがないので悩んでいますけど)よろしくお願いいたします。

みなさん良いお年を 
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 体育館の明かりのスイッチが入り、天井のライトが薄っすらと着いた。体育館は暗いままだったが、数秒経つと、ライトが完全に明るくなり、体育館全体が見渡せるようになった。
「誰かいるのか!」
 川西の声だった。
 あかねと美沙は、ギリギリのところで体育館から出ていた。
 体育館の脇の下部に細長く開く換気用の窓から出たのだった。通常は格子状に鉄線があって出られないのだが、修理予定の場所があり、そこには鉄格子がなかった。あかねは、たまたまその位置を知っていたのだ。
「美沙、なんで分かったの?」
 小さな声であかねはきいた。
二人は音を立てないようにやまとのいる場所へ移動している最中だった。
「分かったわけじゃないんだ。本当に勘。あそこの部屋から出たら絶対見つかる、ってそんな気がしてた」
 体育館の中から、川西が誰何している声がまだ聞こえる。
「ヤバイね」
「早く出ないと」
 二人は急いで準備室側にいるやまとと合流すると、体を低くして校内を走った。
 やまとと美沙の二人は息が切れて、何度も立ち止まった。学校に教師が残っている為、警備は入っていないらしく、侵入した扉はまだ開いていた。三人は音を立てないようにゆっくりと開け、そっと出た。
 出てから美沙は気がついたように言った。
「あ! ちょっとまって」
 美沙は扉に戻り、念の為、ハンカチでドアノブをクルリと拭き取った。
「いくらなんでも指紋なんて取らないよ」
「念の為」
 三人は学校から見えなくなる曲がり道まで、とにかく走った。
 美沙とあかねは、いつもの分かれ道に来て手を振って別れた。
 あかねとやまとも無事家に戻った。
「姉貴、今日のは高くつくぜ」
「何言ってんの、学校の生徒でもないあんたが入った方がよっぼど怒られんだから。これ以上払えっていうなら母さんに言いつける」
「……」
 母に言う、と言ったのが効いたようで、やまとは以降黙ってしまった。
「それより美沙に協力してあげてね」
 うなずくと自分の部屋に帰っていった。
 やまとの後ろ姿に、あかねは少し不安を感じた。
 あかねが学校につくと、クラスに女バスの連中が集まってきていた。あかねに気づいた町田が言った。
「あかね、意見書書いてきた」
 すると、後ろの集団から上条が町田の横に出て、言った。
「愛理のは、みくと一緒だから受け取らなくてもいいんだよ。あかね、こっちは川西反対派のやつだから。賛同する全員の名前も書いてる」
 今は、意見をまとめることであって、署名されても困るんだけど、とあかねは思った。まぁ、そんな署名の紙は無視するだけなのだが。
「う、うん」
「あかね、こっちも」
 町田ももう一度封筒を差し出し、受け取れとばかりに振った。
「うん、愛理。もちろん受け取るよ」
「けどさ、なんでこんなに集まってるの?」
「『リンク』で変なやつからメッセージ入って」
「?」
 あかねはまだ代わりのスマフォを持っていない。だから『リンク』で何かあっても全く分からないのだった。
 上条があかねに近づいて、耳元で言った。
「学校で言ったらだめだよ。『川西に触られ続けないと呪われて死ぬぞ』って書いてあったんだと」
「え?」
 え? とあかねは思った。呪われるとか、稚拙だし。なんかでも、あのWiFiといい、何故呪われる、なんて表現をするんだろう。それはそうとして、万一本当だとして、触れないと死ぬから、川西は、まんべんなく部員全員を被害者にしたのだろうか、とか、あかねは考えてしまった。
 今度は、町田が耳をかせとばかりに顔を近づけてきた。
「なに? 愛理」
「聞いたでしょ? 今のは川西先生処分派た仕掛けたのよ。こっちが、わざわざそんな小細工する必要ないじゃない」
 町田さんは親川西派なのだ、と改めて思ったが、確かにわざわざそんな事は書かないだろう。そんな事を書くのは、反対派にしろ賛成派にしろ、馬鹿だけだ。
 あかねは少しだけ、神林のことが頭に浮かんだ。
「まぁ、そうだよね」
 あかねは鞄を開けて、女バスの連中に言った。
「確かに意見書は預かったから」
 全員の視線が集まって、ちょっと緊張したが、あかねは二つの意見書をそのまま鞄にいれると、教室の中に入った。
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 あかねと美沙は、準備室を抜け体育館に入り、舞台袖のあたりで靴を脱いだ。あかね達は、泥棒のようなマネをしているにも関わらず、体育館を土足で歩くような神経は持ち合わせていなかった。
 二人は靴を手で持ったまま体育館の中を歩き回った。舞台裏の、直にコンクリートが出ている床は、履物なしで歩くには冷たかった。
 パソコンをやまとに渡したままだったので、アンテナ状況の確認は、美沙のスマフォで行った。やっぱり準備室の反対側でないと電波が届かないようだった。
 あかねが言った。
「けど、やっぱり何もなかったよね?」
「放送室みたいのがあったと思うんだけど」
「電気をつけないと、暗くて分からないよ」
 美沙は上を向いて何か探していた。
「上だよね、きっと」
「放送室なんてあったっけ? それって職員室の隣じゃないの?」
「それは放送部とかが昼休みの番組とかをやるところね。体育館で音楽流したりするじゃん。そういう設備の部屋があるはず」
 あかねは周りを見回しながら言った。
「ここには、そのWiFi設備はないの?」
「電源はあるけど、何も刺さってないでしょ? 見る限りここにはないと思うよ」
 確かにこういう、何もないところに電子機器があったらなんだろう、ということになる。放送室のような電子機器の集まる場所ならポンとそこにあっても気づかないかも知れない、とあかねは思った。
 上を見ながら、あかねは言った。
「あるなら上だよね? どうやって上に上がるんだっけ?」
「そうなのよね。さっきからそれを探してるの。一度、放送部の友達と機材を置くのに付き合って入ったことがあったはずなんだけど……」
 美沙は何か思い出したようだった。
「そうか、ここから上がったんじゃないかも……」
「体育館の上側の窓沿いに通路があるけど、そっちから入るってこと?」
 あかねは体育館での練習を思い出した。
 小窓があるはずだが、そこに扉は無かったはずだ。
「違うと思うけど、一度体育館内から見てみる?」
 二人は舞台を抜けて体育館の中へ出た。
 靴下だけだと、体育館の床は良く滑った。
「……ほんとだ、あかねの言ったとおりだね」
「うーん。あの小窓の中の部屋なんだよね」
「アンテナからの推測ではね」
「げて……」
「え?」
 二人は顔を見合わせた。
「逃げて……」
「聞こえた?」
「うん」
 あかねは暗がりのせいで、どちらから声が聞こえてくるのかがわからなかった。
「誰かに見つかった?」
「だって、誰もいないでしょ? 私にはあかねしか見えないけど……」
「!」
 あかねは、放送室の小窓に人の顔のようなものが浮かび上がったのを見た。
「美沙、あれ」
「え?」
 美沙が振り返って、放送室の小窓をみるが、何も映っていなかった。
「いないじゃん」
 美沙があかねの方を向くと、再び放送室の小窓に顔のような影が見えた。
「ひっ……」
 あかねが指さすと、もう一度美沙は振り返った。やはりその影は消えてしまった。
「確かめよう。やっぱり。なんとしても」
 美沙は怒ったような口調で、あかねの手を取り、もう一度舞台袖の扉へ向かった。
「私怖いよ、もういいよ、やっぱりやめようよ」
「絶対誰かが脅かしてるんだよ」
 小声だったが本当に怒りを感じる口調だった。あかねはしばらく考えてから言った。
「人だったら、こっちが見つかって、とか騒ぎになったら余計にヤバイことになるんじゃない?」
「けど、相手も多分、今学校にいるのは不自然なんだから、私達だけが悪いわけじゃないよね」
「逆に人じゃなかったら、本当に呪われるんじゃない? だからどっちだったとしても分が悪いよ。やめようよ」
 そう言って、あかねは美沙を引っ張り返した。
「うーん」
 美沙は何か悩んでいるようだった。
「とりあえず、あそこの下に行ってみよう。それからもう一度考える」
 美沙はあかねの手を振り切って、舞台袖の扉に入って行った。あかねはしばらくそれを見ていたが、再び小窓から人影が見えたら怖いと思い、走って美沙の後を追った。
「あかね! ほら」
「階段だ」
「そうよ。誰かやっぱりいるんだわ」
「上がるの?」
「この階段は折り畳み出来るのね。ということは、やっぱり『人が下りた』ということよ。呪いなんかじゃないよ」
 美沙は階段を上がって行った。そして上がりきると放送室の扉があった。あかねも続いて上がると、美沙は、静かに、と口に指を当てるしぐさをした。
 美沙が放送室を開けると、そこは本当に真っ暗なだけだった。
 目が慣れてくると、放送用の機材、ツマミのいっぱいついたものや、スライダーがついた機械が見えてきた。しかし、電源の入っている機械はひとつも無かった。
 そして、重要なのは、人もいないということだった。
「やっぱり階段をおろして逃げたのよ」
「もしそうだったら、私達がこの下からいなくなって、ちょっと体育館内を見ていた間だよ? そんなに早くこの階段って下ろせるの?」
「う〜ん。階段の出し入れ方法も分からないし、そこは後で考える」
 あかねはWiFiの事を思い出した。
「あ、WiFiは?」
「そうか!」
 美沙は思い出したようにスマフォを取り出し、明かりを付けた。
「見た感じないね…… WiFiスポット自体もないけど。ほら」
 あかねは美沙のスマフォを見た。確かにWiFiの表示の中にさっきまであったBITCHが無くなっている。
「そんなのなくなるもんなの?」
「あかね、ヤバイかも。急いで出よう。準備室以外から出る方法ある?」
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 あかねと美沙とやまとの三人は、まず学校の裏通りにあるWiFiスポットに向かった。学校が発信源なのか、それとも他にあるのか、を確かめないといけなかったのだ。
 美沙が家によった時、もうあまり使わない古いパソコンを持って来たので、それを使って、WiFiの電波を調べていった。
 ノートパソコンとはいえ、持って歩くには重いので、あかねがやまとに持たせていた。
「やまと君、ごめんね」
「大丈夫です」
「いいのよ、気にしなくて。帰宅部は運動不足なんだから」
 それを聞いて、やまとはあかねの方をキッと睨んだ。
 あかねは、ノートに位置ごとの電波強度を書き込んでいた。
「こんな感じだけど」
 あかねは美沙にノートを見せた。
「うん。確かにこの体育館の端っこを中心にしている、ように思うね」
「何なの? このWiFi。繋いでもいいの?」
 やまとは、パソコンを置いて、自分のスマフォに、その調べているWiFiの名前が出ることを確認していたようだった。
「あ! やまと、やめなさい。呪われるわよ!」
「呪われる? 姉貴、正気かよ」
「いや、わたしのスマフォ壊れたの、実はこのWiFiが原因じゃないかって思ってる」
「そんな馬鹿な」
「マジよ」
 やまとが騙されるか試すつもりで、真剣な表情を作って言った。けど、あながちウソでもないし、とあかねは思っていた。
「じゃ、やめとく」
「呪われるとか、信じたの?」
「いや、普通にパスワード掛かってないところはヤバイって言うし」
「やまと君偉い!」
 美沙が言った。
「やっぱり最初の予想通り、体育館ってことになったわね」
「じゃ、学校入ってみようか」
「いや〜 入れないでしょ?」
「こっちからはね。けど、正門って開くのよね」
 美沙が不思議そうな顔をした。
「え? この時間に?」
「まだ警備が入っていない時間は、正門の小さい扉も開いてるのよ。部活とかで遅くなった時に出入りしたもん」
「こんなに遅くまで練習するの?」
「試合の前とかに、たまにだけどね」
 あかね達は学校の正門に向かった。
 問題は職員室に残っている先生だ。先生が全員いなくなると、警備の機械をセットしてしまう。そうなるとセンサーが働くし、鍵も掛かって、出れなくなる。
 あかねはやまとを押し上げて、塀の上から職員室の様子を見させた。
「何人いるか数えるだけでいいから」
「え、どこが職員室……」
「明かりのついてる部屋よ、重いんだから早く数えて!」
「あれか。5人、5人はいるよ」
 あかねはやまとを下ろした。
「5人いればまだ大丈夫ね。カメラの位置を教えるから、そこだけ下向いて歩いた方がいいわ。後で何か言われるのやだから」
 あかね達はさっと正門の小扉から入り、体育館に行くまでに二箇所あるカメラのところで下を向いて顔が映らないようにした。
 体育館の入り口は、鍵か掛かっていて開かなかった。しかたなく、脇の細いところを通って、パソコンのWiFi強度を調べ始めた。
「やっぱり、こっち側に中心があるね」
「体育館の中で間違いないね」
「けどさ、この裏ってなにがあるの?」
「こっちだと舞台側だよね。準備室は反対側だし、なんだろ?」
 あかねには分からなかった。
「内側に小窓があって、確か、放送室っぽいのがあるんじゃなかったっけ?」
 その放送室に入るには、体育館の中に入らなければならなかった。あかねは決心した。
「やっぱり中入るか」
「あかね、そんなこと出来るの?」
「川西がまだいれば入れると思うけど」
「え? そんなことしたら、入っているのバレちゃうじゃん」
「そこはうまくやるんだけど…… ま、万一見つかったって、こっちも川西の弱みは握ってるし」
「いやいやいや」
 美沙がたしなめるように言った。
「あかね、部員の中にはそれをバラされたくない人もいるんでしょ?」
「そうだった。その為に私がまとめをやらされているんだった……」
 あかねは取り敢えず体育館沿いに回って体育準備室へ向かった。
「明かりがついてる。川西がまだいるってことだ」
「やまと、あっちの木の茂みまで行って、中に人がいるか見てきて。いなければ手でマルをつくるのよ」
 やまとは準備室から見えないように塀ぞいを歩いて、中が見える位置へ回った。
 コソコソと態勢を変えながら、あかね達の脇にある体育準備室の中の様子を見ていたが、何か分かったように塀側に来て、手でバツを作った。
「ダメか……」
 あかねが言ったとたん、大きな音がして準備室の扉が開いた。
 川西が出てくると、何か書類を持って職員室の方へ歩いていった。
「この隙に入っちゃおう」
 あかねは美沙の手を引っ張って、体育準備室に入り、体育館の中へと入ってしまった。やまとはどうしていいかわからず、そのまま外の茂みに隠れて動かなかった。
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 あかねは塾の授業が終わり、塾で合流してバクバクバーガーへ向かった。あかねは塾の宿題をしていたが、弟はゲーム機で遊んでいた。
 やまとはゲーム機を閉じると言った。
「姉貴腹減った」
「利子付けて返してくれるなら、お金貸そうか?」
「利子いくら?」
「週100円」
「じゃ、いい。今回の、行き帰りの護衛の金を先にもらうのは?」
「今支払うなら値段下げさせてもらうよ。だって帰りの分、どうなるか分からないんだから」
「ちゃんとやるよ」
 やまとは、うざったいな、という顔をしている。けれどまあ、これがいつもの会話だ。
「じゃ、やった分を払おうか、500円」
 やまとは店に貼ってある、季節メニューのポスターを見ながら何かブツブツつぶやいた。
「それでいい。じゃあ頂戴」
 あかねは500円を渡すと、やまとはカウンターに言って何か注文してきた。どうやら直ぐには出来ないものらしく、番号札を立てたトレイを持って戻ってきた。
「何頼んだの?」
「バクバク・クラムチャウダー」
 この時期にクラムチャウダーやってるのもビックリだが、頼む方もビックリだった。頼む人間がいるから提供している、というのもあるのだろうが。
 やまとが椅子に座ると、その影の先に、美沙が店内に入ってくるのが見えた。
「美沙! こっち」
「ちょっとチキン買ってくる」
 美沙はそう言って、席にカバンを置くと、そのまま下のカウンターに行った。
 美沙がチキンを持って帰ってくると、その後ろに店員も歩いてきて、やまとのクラムチャウダーを置いていった。
「クラムチャウダー?」
 弟はうなずいた。
「やってるんだよ、こんな暑い時期から」
「そういえば、コンビニの『おでん』も始まるもんね」
「美味しい?」
 弟はうなずいた。
「美沙、ちょっと相談が」
「うん、良いよ」
 あかねは、小さい具を一つ一つ確かめるように食べている弟をみて考えた。
「弟がいるからな……」
「なんだよ、じゃあっち行ってるよ」
 やまとは、トレーを持って、姿は見えるけれど声は聞こえない位置に移動した。
「やさしいのね」
「そうなのかもね。それより美沙、聞いてよ」
 あかねは、女バスの意見のまとめ役になったこと、神林みくのこと、変なおじさんのことを話した。
 最後に、付け加えた。
「何度も言ってるけど、川西の事は他の人や親に言ったらだめよ」
「うん」
 あかねは言うだけ言って、多少気持ちが落ち着いた。
「その神林さんはヤバイね」
 美沙はそう言った。
「何か、共生関係というか、そういうのが先生とあるのかもね」
「きょうせいかんけい?」
「助け合い、みたいなものね。先生が顧問でいるとか、学校の先生を続けていることで、神林さんが特をしているとか。だから多少面倒くさくても、顧問であってほしいとか、そういうことなんじゃないかと」
 あかねにはメリットがあるように思えなかった。ただ『どんなメリットなのか』が人それぞれ違うだろうから、本当にそういう関係なのかも知れない。
 あかねは言った。
「そこが知りたいね!」
「え? そこって?」
「神林さんにとってのメリットみたいなもの」
 美沙はあごに手をつけ、少し考えたようだった。
「先生を監視するか、神林さんを監視するか、って問題があるね」
「美沙が先生、私がみく、でどう?」
 美沙の顔が強張ったのが分かった。
「あ、えと……」
 美沙は口ごもっていた。
 あかねは閃いた。今日の塾の行き帰りと同じだ。
「じゃ」
 あかねが手招きをして弟を呼んだ。
「やまとと一緒ならどう?」
『え?』
 二人が一斉にあかねの顔を見た。
「どういう組み合わせ?」
「おね、あ、姉貴?」
 あかねは言った。
「土日どっちかの1日だけいいから。平日はいいからさ」
「えっと? 今週末?」
「お、俺だって」
「やまとは帰宅部でしょ?」
「帰宅部だって土日は関係ねぇだろ」 
「うん、土日。用事があるだろうから、どっちかでお願いできないかな?」
 弟は思い出したように言った。
「あ、バイト代出る?」
「美沙と一緒に行動出来るのよ? デートなら、あんたがお金ださなきゃいけないところよ?」
 自分で言っていて、いろいろ問題発言だ、と思ったが、やまとも美沙もそこはスルーした。
「だから、いいでしょ?」
「やだよ」
 やまとはチラっと美沙の顔を見てから、
「あ、その、美沙さんがイヤとか、そういうことじゃないですから」
 と言った。
「じゃあ、千円出すから」
「えぇ〜〜」
 たぶん、これでやってくれるだろう。中学生なんてチョロい。こっちも今月の金曜にお小遣いももらえるから、今回の報酬を払っても問題はない。
 あかねは手を合わせて頼んだ。
「美沙、やまと、本当にお願いね」
「そう言えば、WiFiの調査は?」
「あ、同じ日だっけ…… やまとと一緒にやってもらえる?」
 美沙があからさまにイヤそうな表情をした。
「あ、ごめん。私が頼んだんもんね。じゃあさ、今日やる? 今日?」
「いいよ」
 あかねはまさかの答えが返ってきてしまい、どうするかを考えた。
「やまと、今日これから何にも用事ない?」
「ないけど……」
「行けるってことね」
「……」
 あかねはやまとの返事がOKだと判断し、美沙に言った。
「じゃ、行こう。美沙、本当に今日やって問題ないの?」
 美沙は頬に手をあてて少し考えているようだった。そして言った。
「一度家に寄れば大丈夫。パソコン取ってくる」
「じゃ、決まりね」
「やまと、携帯かして」
 あかねはやまとの携帯から母の携帯に電話をかけた。ちょっと学校に忘れ物をとりに行く、やまとも一緒だ、と説明した。
「よし、じゃ、美沙の家に寄ってから学校ね」
 三人は同時に立ち上がった。
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 あかねは、家に帰ってお弁当を受け取ったのだが、何かもう家の外に出たくなくなっていた。また、さっきのおじさんが駅前をウロウロしてたりしたら、と思うと怖かったのだ。けれど、もう塾が始まるまでそんなに時間がない。
「姉貴、どうした?」
 中学生の弟が、様子をみかねてか、声をかけてきた。
 この『姉貴』だが、弟が小学校を卒業すると同じ頃『お姉ちゃん』からアップグレードしたのだ。中学でそういう呼び方が流行っているか、お姉ちゃんと呼ぶと格好悪いと思ったのか、そんなとこなんだろう。
「なんでもないよ」
「……」
 何か言いたげな表情だった。
 しばらくして、弟が部屋に戻ろうとした時に、あかねは考えを改めた。
「あ、やっぱりなんでもなくない」
「やっぱりね」
「どういうことよ」
「何かある感じだったんだよ。姉貴が困ってる時はすぐ判るよ」
 弟は自慢げに語った。
「で、何すればいい」
「塾の行き帰り付き合ってよ」
「え? なんだよそれ」
 もっと弟の興味を引くような言い方にするべきだ、とあかねは思った。
「お姉ちゃんさ、さっきヤバイ人に絡まれたんだよ。だから護衛をして。ボディーガードね。ぴったり近くに居なくてもいいから」
「ああ、いいよ。いくら出す?」
 またゲームか何か買ったのか。金欠か、そうか、どうりでこっちの様子を良くみている訳だ。
「行き、帰りで500円」
「じゃあ、行きだけ」
「ダメ、行き帰り」
「それなら千円」
「たった五分、行き帰りで10分だよ」
「けど、おねぇちゃんヤバイんでしょ?」
 あ、いい間違えた、とあかねは、指摘したかったが、ぐっとこらえた。今日だけ、こんなことは今日だけだ、と思いなら、あかねは決断した。
「分かった、出すから」

 弟は嫌がったが、弟を前に歩かせ、その真後ろをついていくことにした。最初に提案したように距離を置かれてしまうと、威嚇的な意味がない。ああいう輩が寄ってこないことが一番肝心で、対処はやっぱりヤバくなってからの話しになる。男の人が付いていると、たとえそれが頼りなく思える弟であっても、社会的には違うのだ、とあかねは思った。
「ちょっと、引っ張るなよ」
「ちゃっちゃか先に行かないでよ」
「バスケ部だろ?」
「歩くのはバスケ関係ないでしょ」
 塾に近づくと、偶然美沙を見つけた。
 あかねが呼びかけると振り返った。
「え? あれ? あかね?」
「あ? 弟よ、弟のやまと」
「え? やまとくん、なの?」
 弟は会釈をした。
「彼氏、なのかとおもっちゃった。お久しぶり。覚えてるかな?」
 弟は頷いた。
「どうしてやまとくんといるの?」
「塾まで送ってもらうの」
「え?」
「話しは後で」
 取り敢えず塾に入ってしまえば、セキュリティが確保される。駅前の雑踏の中では、どこにあのおじさんがいるか分からない。さっきカバンで押したことで絡んでくるかもしれない。
 美沙とあかねは弟のやまとの後ろに並んで歩いた。何事もなく塾につくと、あかねはやまとに言った。
「帰りもよろしくね」
「ああ」
 美沙はそれを見て、言った。
「頼もしいね」
 やまとの顔が少し赤くなった気がした。
 その赤い顔を見て、あかねは『金の為だもんな』と言うのを止めた。弟は格好つけたい年頃なのだ。
 やまとが帰ると、美沙が言った。
「わざわざ弟くんと一緒に塾にくる事情ってなに?」
「……」
 結構同じ学校の人も出入りしている塾で、神林の件を話すのはどうか、とあかねは考えた。
「ごめん。帰りまたバクバク寄ってかない? 待ってるから」
「うん。私はいいけど、待つの大変じゃない?」
「弟もいるし。平気よ。じゃ、帰りにバクバクで」
 手を振って別れると、二人はそれぞれの教室へ入っていった。
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「それはお父さん、可哀想だね」
 あかねは、みくの父の話を聞き同情した。
「わからないよね! あかねに分かる訳ないよね! 何『可哀想』とか上から目線なの?」
 神林は、急にキレた。
「……ごめん、でも、みく辛いよね」
「いいの! 違うの! 同情してほしくないの!」
 キレたと同時に泣きそうな表情でもあった。
 そんなみくに対し、あかねは言葉が出なかった。
「最悪なのは『痴漢』とか言っちゃうバカ女なの」
 神林はキッと正面を睨みつけたまま歩いている。すれ違う人がびっくりしたような目で見ていた。あかねは、すれ違う人と顔を合わせないように下を見るようにして歩いた。
「だから、川西なんか関係ないの」
 あかねの方を向かずに、歩きながら言った。
「私の気持ちとして悲劇を繰り返したくない」
「川西に家族いたっけ」
「奥さんや子供がいないとしても、親兄弟や親戚はいるでしょう。全部親族に痴漢が出たってなって大騒ぎになるわよ」
 いや、『痴漢』は、みくのお父さんがかけられた嫌疑であって、川西は『セクハラ』なんだよ、と思い、あかねはみくの相手をするのに疲れてきた。
 みくは言った。
「私、意見を書いてくるから。ちゃんとそれを投票にかけてね」
「私がやらなきゃいけないのは、意見のまとめだから、そういう意見が多かったらってことになるけど……」
 あかねと神林はもう駅までの坂を登りきっていた。
 駅に近づいたせいか、人通りも多くなっていた。
 それなのに、というか。
 あえてここで、なのか。
 みくは泣きだした。
 あかねの前で。しかも大声を上げて。
「ちょっと、どうしたの、みく」
 買い物で行き交うおばさん達、家路を急ぐサラリーマン、店頭の品を並べなおすドラッグストアの店員、様々な人々がこっちを見た。
「泣かないで、意見として一人からしか出されていないものを、投票にかける訳にはいかないのよ」
 神林はしゃがみ込んで泣き続けた。短いスカートから下着が見えた。
 あかねはそれに気がつくと、慌てて自分のバッグをみくの前に置いて、周りの人から見られないようにした。それから傍にしゃがんで、みくの背中をさすった。
「みく一人の意見じゃないと思うから、きっと大丈夫だよ、ね?」
 神林は、あかねの言葉を聞いているのか怪しい状態だった。神林は、ずっと泣き続けている。
「ね? 他にも同じ意見の子がいるよ、だから心配しないで」
「あれ? 君」
 不意に声をかけられた。見上げると、サラリーマン風のおじさんだった。
 あかねは答えた。
「私ですか?」
「違うよ、そっちの子。どっかで見たことある……」
 急に泣き止んだかと思うと、神林は立ち上がって、あかねの背中を蹴った。
「わっ!」
 蹴られたあかねが、よろけながらおじさんに捕まろうとしたが、おじさんも予想外のことだったらしく、おしりをついて倒れた。
「すみません、おじさん」
 あかねはなんとか立ち上がったが、振り返るとすでに神林はどこかにいなくなっていた。
 あかねはおじさんに手を貸した。
 立ち上がるなり、おじさんは言った。
「よく見ると君もカワイイね。これからどう?」
 そしてニヤリ、と笑った。
 あかねは、ゾッとして、カバンを持ち上げるなり、それでおじさんを押した。そして反対方向へとにかく走った。
 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
 声には出さなかったが、あかねはもうそれで頭がいっぱいになった。みくは何をしたの? なんであんなキモいおじさんに声かけられるの? とにかく、振り返らず、あかねは家に向かって走り続けた。
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 あかねは、練習が終わると部室でボールの手入れをしていた。帰っていく先輩達が、チラ、っと自分をみて『お気の毒に』というような顔をするのがイヤだった。
 『お気の毒』なのは単に手入れの当番だから、という訳ではない。今日の部活の時に、来週の月曜までに、全員の意見をまとめ、部員が投票出来るようにしなければならないのだ。一方的に、反『川西』派の意見をまとめるのは簡単だし、怖くもないが、どう考えても少なくない数の、親『川西』派がいる。こんな役をすれば、いろんな厄介事が舞い込んできそうな予感がする、だから『お気の毒に』なのだ。
 上級生が着替え終わると、最後に部長の橋本さんがあかねのところに来た。
 耳元に小さい声で言った。
「あかね、ごめんね。なんかされたり、困ったことがあったら私に言ってね」
「はい、ありがとうございます」
 その言葉で、あかねは少し気持ちが楽になった。
「お先に」
「お先」
「おつかれさまでした」
「おつかれさまでした」
 上級生が部室を開けると、一年と二年が入って着替え始めた。部室が狭いため、女バスでは年功序列でこういうしきたりだった。
 あかねは、一二年の半分ぐらいが着替えて帰っていったころ、ようやく手入れが終わって、皆に合流した。
「あかね、困ったら相談してね」
「なんかあったら話して」
 着替えていると、皆がそんな風に声をかけてくれる。一人じゃないんだから、重苦しく考えることもないか、とあかねは思うことにした。
 着替えた後で、部室のベンチで少しぼんやりしていたら、皆は先に帰ってしまったようだった。誰もいない部室からボンヤリと校庭を見ていたら、廊下のドアが開いた。
「みく?」
「あかね、まだ残ってるの」
「うん、ちょっと考えごとしてた」
「そうだよね。ちょっと責任大きいよね」
「みくはどうしたの?」
「あかねと一緒に帰ろうかと思って」
 あかねは、なんとなく、川西をクビにするような意見を採用しないように、何か言ってくるんじゃないか、と思っていた。
 みくが来たのは、ある程度予想の範囲だった。
 一緒に帰るほど仲良くはなかったが、同じクラスだったし、断る理由もなかった。
「うん、一緒に帰ろ」
 あかねはバッグを背負って、部室を出た。鍵を締めて、用務員室の叔父さんに渡すと、校門へと走った。神林みくが、そこで待っていた。
「おまたせ」
「うん」
 あかねは、みくと少し距離をおきながら、なんとなく姿をながめていた。
 バスケをしている時も思っていたが、あらためて体つきをみると、みくは運動部には向かない感じがした。
 とにかく体が華奢な感じなのだ。太ももはそんなに細いわけではないが、膝から下は細くて、良くこれで練習についてこれているな、と思う感じだった。
 腕も細くて、やっぱりこれはシュートが打てないな、と思わせるほどだった。
 女子としてのルックスは確かに良いが、この子はバスケをする体型ではないのだ。
 二人で駅方向へ少し歩いていると、みくが話し始めた。
「私、皆から、川西先生をかばってる、ように思われてるよね。きっと」
 かばってるじゃん、事実、とあかねは思った。やっぱりこういう話しをしたかったんだ、これが毎日あるのかな、と思うとやっぱり気が重くなってきた。
「けどね。私は、川西はどうでもいいの」
「どういうこと?」
「私の気持ちなの」
 はぁ…… 本当に変わった子だ。
「私、パパいないんだよね」
 だから…… 唐突なんだよ、良く分からない。関連性も。なにもかも。
「皆に絶対黙ってるって約束してくれる?」
「う、うん」
 確かに、パパいない、ってのはキツイ話っぽい。話題にしずらいから、誰かに言うなんてことはないだろう。
 あかねは少し神林の方へ近寄った。
「パパ、自殺したの」
 え、重、重すぎる告白だよ。
「そ、そうなんだ」
「なんでだと思う」
「……わからないな」
「あ、そうだよね。うんとね、パパは普通のサラリーマンだったんだけど」
「うん」
「電車でね、痴漢にでっち上げられちゃって」
「え!」
「声大きいよ」
「ごめん」
「それで、会社をクビになっちゃって」
 ああ…… なんとなく、川西を庇う、というかその意味が分かった。
 それが理由だとすると、確かに川西も教師クビだろうし、新聞にも載るかもしれないし、雑誌の取材もくるだろう、自殺という可能性もあるよな。
 それが怖いんだ。きっと。
 もっとも身近な人の自殺で。
 けど、川西は冤罪じゃないんだよな。
 本当にやっちゃってる。認めてか、認めずか、土下座までしちゃってる。ちょっと状況は違う、と思った。それに、痴漢は明らかに狙って触ってるけど、川西のセクハラは教えるついでにタッチしたり、タッチ出来るような風に教えたりするところが厄介だ。
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