その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2015年05月

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 女バスの顧問なのだから、これくらい当然、ということをやってのけただけだったが、歓声と拍手が巻き起こった。
 あかねはほっと胸をなで下ろすと同時に、先生のシュートがちゃんと見えてなかったような気がして、目をこすった。
 シュートというか、笹崎先生のゴール近くでのジャンプが、何かふつうのジャンプとは違って、何かフワっとしたジャンプにみえたのだ。
 あかねの脳内で補正されただけではなく、何か本当にそういう要素があるような気がする。体が落ちてくる時の空気抵抗というか、体重がありえないくらい軽いとか。
 部長は落ちてきたボールを拾うと、今度は反対にいる先生にパスした。
 先生は逆から走り込んできて、逆手でレイアップした。そしてまたシュートが決まった。
 いや、フワっとしているというか、ジャンプ力がすごいのだ、とあかねは思った。単純に対空時間が長いのだ。だからフワっと見えるのだ。これは、遠山美樹先輩の動画をみた時に感じた事だった。
 橋本部長も期待以上に先生が出来るからか、もう一度先生にボールを渡すと、ディフェンスの動きを始めた。先生と部長の1ON1だ。
 笹崎先生がドリブルから、横へ動いて前を塞いだ部長をかわすようにくるりと方向を変えたかと思うと、またすぐにゴールへ向きを変えた。部長が一瞬対応が遅れたところで、強引にジャンプシュートを打った。
 ボールは高い弧を描いてスッポリとリングを通過した。
 着地と同時にもう一度ふわりと、先生の肩で長い髪がはねる。部長は驚いたような顔の後、ニッコリとほほえんだ。
 部員の歓声と拍手はさっきの倍どころか、三倍、四倍になっていた。
 ヤバい。
 あかねは興奮していた。
 美樹先輩のプレイを見て以来の気持ちだった。
 あくまで女の子らしく、かつ、バスケットのプレイとしても成立するレベル。
 もともと女バスの連中は、あかねと同じように遠山美樹先輩のプレイにひかれてここにいる連中が多いのだろう、と思っていたのだが、それが今日のこの笹崎先生のプレイへの歓声や拍手で確信に変わった。
「はぁ……はぁ……」
 呼吸が乱れている笹崎先生は手をあげてから、言葉を繋いだ。
「はぁ……ちょっと……休憩。休憩したら説明するから」
 体を屈め、手を膝について息を切らしている。
「先生やりますね。すこし油断してました」
 部長が近づいて、そう言った。
「油断しててもらわないと、現役じゃないんだから、二度とあんなの出来ないわ」
 先生は少し顔を上げてそう言うと、微笑んだ。
 あかねはドキドキした気持ちが止まらなかった。これから笹崎が説明することで部員がどういう反応を示すか、とかそういうことは頭の片隅にも残っていない。
 あかねの視線は、笹崎先生に釘付けだった。
 うっすらと汗をかいた肌と、深く呼吸する度に見える体の起伏を飽きることなく見続けていた。いっそ近づいてその息づかいそのものを唇ですくい取ってしまいたい気持ちになった。


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 笹崎先生は、まず自らが女バスの顧問にどういう経緯でなったか、ということと、どうしてしばらく部活にこれなかったかを流暢に説明していた。あかねはその経緯やこれなかった理由は初めて知ったが、部活に顔を出せない理由はよく理解出来なかった。それは良くある大人の言い訳のようにしか思えなかった。
 反対に先生が顧問になった理由には興味を惹かれた。
 過去のクラス対抗の球技大会の際、あまりに強いクラスがあった為、球技大会の時間が余ってしまい、余興として急遽やることになった教師対優勝クラスのエキシビションマッチで、当時教員になったばかりの笹崎先生が活躍した為、直後の職員会議で顧問になってしまったということだ。試合は、教師チームのぼろ負けだったようだが。
「先生、バスケやるとこ見せてください」
 先生の話が終わっていない内に、麻子が言った。
「私もみたい」
「見た~い」
 軽いノリの声がちらほらわき上がり、先生は説明の途中だからと言って、押さえるような仕草をしたが、『活躍した』と自分で説明してしまっている流れで、なにも見せないというのは、部員達からすれば納得出来ないだろう。
 あかねも先生のバスケには興味があった。
 だから、先生の側に立ってこの騒ぎを治めようとは考えなかった。
「困ったな……」
 そう言って先生が弱っているところに、橋本部長が立ち上がって、言った。
「じゃ、私パス出ししますから、ドリブルシュート見せてください」
 部長は、人差し指を立てて、一回だけ、というような意味を付け加えていた。
「全然やってなくて…… だから、失敗しても笑わないでね」
 部員が一斉に拍手した。
 あかねは失敗しないでください、とだけ願っていた。いや、失敗してもいいから、ブザマに転んだり、つまずいたり、笑われるようなことにだけはならないで欲しいと願った。
 皆に笑われてももちろん先生のみかたです。けれど出来れば笑われないで……
 笹崎先生は、準備運動を始めた。
 あかねはそれを見て、ハードルが一つあがってしまった、と思った。
 これで出来ないと、時間を取った上に大したプレーでもない、という印象になってしまう。
 失敗したり、転んだり、足をくじくなら、準備運動などをせず、時間を空けずにプレーした方がましだ。言い訳が出来る。
「先生」
 部長が何気なくパスを出した。
 あかねは息をのんだ。
 素人を試すようなボールのスピードだった。
「おお……」
 先生は、しっかりとキャッチして、両足で着地した。
 あかねは、静かに息を吐いた。
 あかねが気にするほど、下手ではないかもしれない。運動下手な疑いが晴れたわけではないが、なんとなくそう思わせるような捕球だった。
 チェストパスで部長にボールを戻すと、先生は後ろ向きに走りながら手を上げてボールを要求した。
 部長が的確にパスを出すと、キャッチしてすぐドリブルが始まった。そして、そのままゴールへ入っていくと、レイアップシュートし、ボールはボードに当たってネットを揺らした。



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 体育館に入ると、いつも通りに部活が始まった。笹崎先生が来るか、それを待っているのかと思って緊張していたあかねは、そんな調子で始まった部活に拍子抜けしていた。
 体育館を軽く走りながら、皆でいつもの掛け声を出していた。
 町田と神林、山川も普通に部活に参加しているし、あかねに対して睨みつける訳でも、顔を合わさないようにするでもなく、普通に笑い、普通に接していることが不思議だった。
 あかねは、町田、神林、山川とは、もっと、憎しみあって当然だと思っていた。だから、私が部活に出るなら休むだろうし、逆に参加したいなら私を休ませるだろう、と思っていた。それなのに、まるで昨日の暴行はなかったかのように、平然と部活を続けている。
 こんな皆がいるところで、あからさまに敵対しているような姿勢でいては、怪しまれるだろうし、それは彼女たちの本意ではないのはわかる。
 彼女達のその態度が、あかねの方が、返って腹立たしく感じていた。
 アップが終わると、部長が何かに気づいたらしく、手を上げて集合を掛けた。
 部員全員がすぐに気づいた。
 笹崎先生が体育館に入ってきたのだった。
「練習止めてしまってゴメンナサイ」
 笹崎先生が話し始めた。
「まず挨拶した方がいいかしらね。普段顔を出していないし」
 橋本部長が号令を掛けた。
「気をつけ!」
「あ、そういう意味じゃないのよ」
 部長が笹崎先生に振り向くと、笹崎先生が言った。
「ごめんなさい。続けて」
「礼!」
「よろしくお願いします!」
 全員が頭を下げた。
「はい、じゃあ、みんな座って」
「……」
 橋本部長が何か言いたげに先生の方を振り返ったが、何も言わないまま、体育座りした。
「まずは私が誰か、皆に説明しないといけないかな、と思ってね」
 笹崎先生は話し始めた。
「正直に答えて。私が誰か知ってるひと。名前とか、担当学科とかじゃなくて。どうしてここに来ているのかということ」
 先生が部員を見渡した。
 あかねが見たところ、半分は手を上げているようだった。それのほとんどは、先輩方だった。
「そうよね。三年生はギリギリ知ってるかな。二年生、一年生は知らない人の方が多いよね。もちろん、部活に来ない私が悪いんだけど」
 笹崎先生は少しすまなそうに頭を下げた。
 あかねは、笹崎先生の一挙手一投足に注意を払った。
 単に投票の事をどう話すのか、だけではなく一対一の時には出来なかった、第三者視点から、先生の色んな所作やパーツを見ることが出来るからだった。
 笹崎先生は、あかねが朝着替えを覗き見していた時と同じで、ジョギングをするようなスポーツタイプのレギンスにショートパンツ、ピッタリ目のスポーティな上着を着ていた。
 いずれもフェミニンな色使いであかねはそういうファッションセンスと担当科目やスマフォ知識のギャップで萌えてしまいそうだった。


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 あかねは、先生にやさしく諭されて、とにかく部活にでる為に、一人で部室へ行った。更衣室で着替える娘(こ)も多かったが、あかねと同じように部室で着替える娘も多かった。
 あかねは部室に入るなり、部長に声を掛けられた。
「どう? 意見まとまった?」
 それは、あかねにだけ話しかけるような声の大きさではなかった。明らかに部室にいる全員の気持を代弁する為に声を掛けたようだった。
「あ…… それなんですが」
 あかねが話し始めると、途端に部室の中から話し声が消えた。
 自分の声も、部長にだけでなく、部室の娘全員に聞こえるように言っていた。
「今日、笹崎先生が部活が始まる前におな話してくれます」
「?」
 あかねは、自分が『笹崎』という名を聞いた時の印象と同じことを、この部室全員の人が思っていると感じた。
 お互いの顔を見合わせたり、思い出すような仕草をしている姿が見えた。
「女バスの、『もう一人の顧問』の笹崎先生が話してくれます」
 ようやく、全員、あかねの言った意味が判ったようだった。
「少なくとも、笹崎先生には川西のことが伝わったんだな」
 あかねは、笹崎先生預かりになっている事実を、この場で説明したくなかった。
「いえ…… まだ信用してもらえていないというか……」
「え、どういうことなの?」
 あかねは慌てて手を振った。
 今話してはいけない。
 今話したら大変なことになる。
「先生から話してもらうことになったんです。笹崎先生がくるので、そこで話します」
 あかねはそう言ってうつむいた。
「わかった。それならそうと早く言ってくれれば済むのに」
 橋本部長は、そう言って事態を収束させてくれた。
「岩波も早く着替えて集合ね」
 部長についていくように、何人か部員が体育館へ向かった。
「あかねお疲れ」
「ありがと」
 あかねはそう言って微笑み返そうとしたが、頬が引きつったように固くなっていて、笑えなかった。何か嫌な緊張感が高まって、しばらくの間、シャツのボタンが上手く外せなかった。
 部員が次々に体育館へ移動していく中、あかねはそうやって着替えをしていると、最後の一人が出ていった。
 そして入れ替わるように香坂が部室に入って来た。
 香坂は、だまってあかねを見つめていた。
「どうしたの? そろそろ準備終わるから私も行くよ」
「あの」
 あかねはその声を聞いて、バッグを担ぐのを止めた。
「先輩、私のスマフォのこと、最初から笹崎先生に話そうと思っていたのですか?」
「……そうだけど」
「そうですか。それなら良いんです」
 香坂が目を伏せるようにしてうつむいた。
 あかねは慌てた。
「ま、まずかったかな。誰に相談するか始めに言っておけばよかったね」
 香坂は首を振った。
「いえ。気にしないでください。さあ、部活に行きましょう」
 あかねはバッグを担いで部室の鍵を手にした。
 二人が一緒に体育館への通路を歩いていると、香坂が言った。
「なんとなく……なんですが。笹崎先生って信用できるんでしょうか……」
 声が小さく、あかねはどう返事してい良いか分からなかった。
「なんかあったの?」
「いえ、特に何も。ただの気のせいです」
 あかねは本当に答えに詰まってしまって、そのまま体育館まで香坂に声をかけられなくなってしまった。


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 初老に見えたとはいえ、現役の学校の教師であるから、定年前の年齢のはずだった。
「聞こえんか?」
 あかねと香坂が反応出来ずにいると、更に響くような声でそう言った。
 これは脅しだ、とあかねは思った。
「輪島先生。すみません。私の生徒が迷惑をかけてしまって」
「い、いや。笹崎先生、急に前を塞がれたもので。こちらこそ失礼した」
 あかねは、笹崎先生の言葉で、この初老の男が、朝理科準備室に声をかけてきた輪島先生であることを知った。
 輪島先生は、笹崎先生が話した途端、あかね達への態度を急に変えた。
 さすがに揉み手をするまでには行かなかったが、声の調子はそんな雰囲気だった。
「輪島先生、すみませんでした」
「いいんだよ。君たち、笹崎先生の知り合いだったんだよね」
「岩波さん。先生が通りますよ」
 そう言われて、あかねと香坂が慌てて輪島先生の前を空けると、笹崎先生が続けて言った。
「廊下では周りを良く見ていないとね。輪島先生、すみませんでした」
「いやいや、いいんだよ。今度から気をつけてくれれば」
 なんだろう。
「すみませんでした。笹崎先生」
 あかね達の前を通り過ぎる時、輪島先生がそう言った。
 なんか鳥肌がたった。
「ありがとうございました。笹崎先生」
 輪島先生は振り返ってそんなことを言っている。
 あかねは、輪島先生に狂気のようなものを感じた。
 笹崎先生教、とでも言うべきか。何か信者のような雰囲気だった。
 あるいは、強いリーダーの下で動く部下というか。
 それが笹崎先生が好き、という意味だとしたら、あかねも同じなのだが、そういうレベルのものではない、何か狂った印象を受けたのだ。
「失礼します」
 香坂はそう言って、自分の教室へ帰っていった。
 あかねは、輪島の後ろ姿を見ながら、笹崎先生の後について、理科準備室へと入っていった。
 朝と同じようにあかねが椅子に座り、笹崎先生は机の椅子に座った。
「休み時間とかでノートを一通り見させてもらったわ」
「先生、やっぱり、投票して決めてはダメでしょうか」
「知り合いの先生にも、相談したけれど…… もちろん、川西先生の名前は伏せて。けれど、同じような結論だったわ。ちゃんとその行為をこの目でみないとちょっと信じられない。この書き方だと、全員が被害を受けているようなことになるもの……」
「けど本当なんです」
 どう言えば真実が伝わるのだろう。あかねは頑張って、訴えるようにそう言ったが、先生は首を振った。
「今日、ちゃんと部活を見ます…… というか、最低でも今週は私も部活に行きます。ね? この感じだと、それくらい見れが、なんらか分かるんじゃないかと思うけど……」
 確かにあの川西が一週間何もなしで過ごせると思えない。あいつの変態性は手癖どころで収まる話しではない。
 確かにそれで良いような気もする。
 ただ、部員を納得させることが出来ない。
「そうなんですけど…… 部員が」
「そこは私が説明します」
 急に表情から優しさが消えた。
 大人の顔、とでも言うのだろうか。
 怒っている表情ではないのだが、あかねは少し怖くなった。
「……」
 あかねの表情がこわばったのか、急に笹崎先生は表情を崩して言い直した。
「ね。部員の皆には先生から説明します。納得できないのなら、何度でも、何人でも対応するから。岩波さん。心配しないで」
 先生があかねの頭を撫でててきたので、あかねは言葉の内容ではなく、その行為で何か気分が明るくなった。気持ちのなかではぐちゃぐちゃになりかけていたが、無理やり納得させようとする自分もいた。
 もう投票でなくともいい。
 先生が部活に来てくれて、先生が説明してくるんだから。
 この話をダシに、先生と近づけたんだから。



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 香坂は恐る恐る答えた。
「ドロイド…… です……」
「そう。私のはナップルなのよね。けど、ドロイドにも興味あるわ」
 あかねには詳しくはわからなかったが、何か話が違うことになっているように思えた。
「先生、それより『リンク』に……」
「変なメッセージが来るのよね」
 あかねの方に向いてそう言った。
「OSの話なんて、一見無関係に聞こえたかもしれないけど」
 笹崎先生は、人差し指をピン、と立てて、行ったり来たりしながら話し始めた。
「このメッセージを送りつけることが出来るのは、OSの機能が関係しているかもしれないわ。ドロイドなら、ナップルのOSとは違って、アプリごとにもっと細かい権限が設定できるはずだし。それを見直して動きがどうなるとか、変わらないなら、OS全体の設定を変更してみるとか。色々やってみるべきよ。もちろん、最終的にアプリ原因ということもあるけど」
 あかねは聞いていたが、訳がわからず、頭の中が混乱しただけだった。
 笹崎先生は、香坂のスマフォを一緒に見ながら、さらに色々と話しを始めてしまった。香坂の表情を見る限り、彼女も良く理解していないようだった。
 あかねは、先生を見ながら、またひとつ自分が先生に惹かれていることに気づいた。
 笹崎先生は美沙のように何かオタクな感じがする。
 どうも、何かに妙に詳しい、とか見た目とのギャップとか、そういうものが好きなのかもしれない。
 見た目の女性らしさと、この携帯とか電子機器への知識が何か違和感を感じ、そこに惹かれている。
 理科の先生なのだから、そういう知識や興味があって当然なのかもしれないが、今までの経験でそういう人は、化粧もしないような少し野暮ったい人だった。
 逆に笹崎先生のような、見栄えのする人は、そういう事には詳しくなく、なんというか流行りのことが大好きなタイプのはずだった。話していることも、そんなにこだわりや細かいところまでの話にはならない。
 そういう意味では、笹崎先生は美沙に通じるものをもっている。あかねがいかにも惚れそうな女性なのだ。
「そう…… これは酷い内容ね。気をつけてね。友達とかにも注意するように言って」
 笹崎先生は香坂にそう言った。
「あ、香坂さん、まだ教室に戻ってないのよね。ちょっとすぐには分かりそうにないけれど、絶対なんとかするから」
 香坂は無言でうなずいた。
「部活、出るわよね。今日私も出ますから。本当にたまにしか部活に出れなくてごめんなさい」
 香坂は、もう一度笹崎先生に会釈をしてあかねの所に来た。あかねの腕を両手でつかむと、笹崎先生から離れるように引っ張った。
「……先輩も部活出ますよね」
「うん。ちょっと先生と話しをしたら行くから」
「よかったです」
 香坂はあかねに微笑んだ。
 あかねにはその言葉の意味は分からなかったが、香坂の笑顔は素敵だった。
「どいてもらえますか」
 低い声とともに、急に目の前が暗くなった。
 そこには初老の男が立っていた。


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すみません……
内容はちゃんと続きになっていると思います。
すみませんでした。 
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 香坂を送っていき、クラスに戻ると間もなく授業が始まった。休み時間に美沙に聞いてみるが、やっぱり同じ答えしかなかった。なんであのWiFiにつなぐんだろう、とあかねと同じ疑問をもったようだった。
 美沙には、二人でまとめたノートを笹崎先生が一旦預かることになった話はしなかった。笹崎先生の話を美沙にするのは、何か気がひけたからだ。
 ただ、美沙と話している間にも、女バスの連中が声を掛けてきた。それらは多かれ少なかれ、投票の話だった。どうまとまったのか、とか、どうなるんだ、という話だ。あかねは、笹崎先生の名を出さずに、放課後話すから、と行って追い返した。
 聞き耳を立てていいるのか、見張っているのか、休み時間になると神林達が常にあかねの視界にいた。そのせいもあり、余計に女バスの子達に話が出来なくなっていた。
 放課後になって、あかねは急いで理科準備室へ向かった。
 理科室での授業がまだ終わっていなかったようで、笹崎先生はまだ理科室の方にいた。生徒も残っていて、実験器具を洗ったり、しまったりとバタバタしていた。
 授業はどうやら下の学年らしく、香坂の姿が見えた。あかねが手を振ると、香坂は小さく会釈をした。
 授業が終わると、笹崎先生があかねに気づいたようで、理科準備室で待つように手で合図された。
 あかねは理科準備室に回ろうとするところで、香坂が出てきた。
「先輩、何か判ったんですか?」
「あ、ごめん。まだなんだ」
「そうですか……」
 香坂は沈んだ顔になった。
 あかねは、悪いことをしたなと思った。私が顔を出したことで、期待させてしまったのだ。
 肩を落とした姿に、本当に申し訳ない気分になったあかねは、軽く体を寄せて、香坂の頭を撫でた。
「ごめんね」
「いいんです先輩」
 香坂は自然とあかねに抱きついていた。
 年齢は離れていないのに、まるで自分が母親のような雰囲気になっている。
「ほら、授業終わったんでしょ」
「もう少しこうしていたいです」
「あれ、岩波さん?」
 後ろから、笹崎先生の声がした。
 あかねは振り返らずに答えた。
「笹崎先生」
「どうしたの、香坂さん」
 香坂は顔を上げて、あかねから離れた。
 そして、あかねも笹崎先生の方に向き直った。
「岩波先輩に相談に乗ってもらっていたんです」
「そうだったの。そういえば二人ともバスケ部だったわね」
 今ここで笹崎先生に聞こうと思っていたことを話そう、とあかねは思った。
「先生、相談というのは、香坂さんの『リンク』に変なメッセージが来るように……」
 急に香坂はあかねの後ろに隠れるように回った。
 なんだろう、と思いながらも、言葉をつないだ。
「……なってしまって、なんとかならないかって」
 笹崎先生は、後ろに回った香坂の顔を見るように体を傾けて言った。
「そう。難しいわね。スマフォのOS分かるかしら?」


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 あかねは香坂の両肩にそれぞれ手を掛け、少し体を離した。
「美々ちゃん、もしかして、変なWiFiにつないだ?」
 急に声の調子が変になったのを敏感に感じ取っていた。香坂は怯えたような感じだった。
「確かにつなぎました。なんかバスケ部の伝説の先輩の動画が見れるとかで」
 私と同じ理由だ。
 何故、どうしてこの娘(こ)まで同じ目に会うのだろう。
 誰がこんなことをさせているのか……
「WiFiの設定ってまだある? ちょっと見せて」
 香坂はスマフォを取り出して設定画面を出した。
 bitchとある。
 あかねはその画面をみて確信した。
「同じだ。私と同じ」
「え?」
「私もそんなメッセージがどんどんくるようになって…… 結局、スマフォは壊れててしまったから今はなんともないのだけど」
「え、そんな。買い換えるしかないんですか?」
「買い換えても同じメアドで設定すれば同じことよ。買い替えるのではなくて、メアドも『リンク』IDも作り直さないと」
 香坂はうつむいた。
 あかねはその気持が良くわかった。
 メアドだけならともかく『リンク』のIDを作り直しは痛い。
 複数作っていたら、全部もう一度作り直しだ。スマフォ内で設定していたIDというIDの再作成が必要なのだ。
 再作成してしまえば、今までの『リンク』はすべて消える。思い出も、写真も。
「ID作り直しなんて酷いですよ」
「けど、さっきのWiFiだと私と同じことになっているに違いないもの」
 香坂は泣き出してしまった。
 やたらと男子生徒が二人の方をジロジロみているようだった。あかねは気にしすぎているかとも思ったが、このままここで話しを続けてはいけないと思った。
「ちょっと渡り廊下まで行こうか」
 香坂が泣きながらうなずいた。
 あかねは香坂の小さい肩を抱きながら、渡り廊下まで連れて行った。
 窓が少し開いているせいか、ひんやりした空気が流れていた。
「どうしたらいいですか。いろんなスタンプとか買っちゃってるんです」
「……けどそれを使うにはこの変なメッセージを我慢しないといけなくなるよ」
「ブロックできないんですか?」
 香坂は、あきらめがつかなさそうにそう言った。
 あかねは自分もそうだったから、香坂が何を確かめたいか知っていた。
「もう、ブロックしてみたでしょ?」
 香坂は返事をしなかった。
「ダメだったから、私のところに来たんでしょ?」
 香坂はやっとうなずいた。
「私もスマフォとか詳しい友達に色々みてもらったけど、どうにもならなかった。新しい携帯にしただけでもダメで、ID全部作り直しだった」
 あかねは香坂の力になってあげたい、と思った。
 けれどこれ以上専門的なことはあかねにには出来ない。初期化してやり直すしかしらない。
 どうすればいいんだろう。
 美沙に相談しても同じ結果になることは分かっている。もっと詳しい人に聞かないと。
 そうだ。笹崎先生は理科の先生だし、もしかしたら詳しいかもしれない。
「心当たりのある人に聞いてみるから。もう少し我慢してね」
 香坂は小さくうなずいた。


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 あかねは教室に戻りながら考えた。
 美沙に好きと言った自分と、今、笹崎先生を好きだという自分。
 どうしてこんなことになっているのだろう。どちらかだけが好きでないとイケナイ気がしているのに、今も美沙の事が好きだ。かといって笹崎先生はどうでもいいわけではない。先生にも惹かれている。
 同時に好きではダメなのだろうか。
 辺りで話している女生徒の顔をみても、美沙や笹崎先生と会う時のような気持ちにならない。
 だから少なくも無差別に欲情しているわけではなく、何かちゃんと理由があるからだ。あかねは必死に言葉を選んだ。
 美沙は同世代でもあるし、やわらかな雰囲気が好きだ。
 笹崎先生は、大人の魅力があり、透き通るような肌や、スタイル抜群なところが好きだ。
 自分の選んだ言葉をもう一度考え直し、美沙に対しては感情的な好きがあるが、笹崎先生に対しては、肉欲的な好きしかない。ただエッチな感情だけの、ある意味不順で、純粋な気持だった。
 そんなことで人を好きになるのだろうか、そんな自分は異常なのだろうか。
 あかねは誰かに確認したかったが、それを相談出来る相手がいなかった。
 こんなことを美沙に言ったら……
 美沙のことをそういう目で見ていると思われてもイヤだし、正直にすべてを話してしまえば、同時に二人を好きな自分を知られてしまう。
 だから適当に関係が薄い相手で、かつ、口の硬い人に相談するべきだ。あかねはそんな人物が思い浮かばなかった。
 考えごとをしながら歩いていると、目の前に青葉系アイドルのような娘(こ)が目の前を通り過ぎた。
 あかねは考えを止め、その姿を目で追った。
「岩波先輩!」
 その美少女が振り返って、自分を呼んだ。
「?」
 誰という意識の外から呼びかけられ、それが香坂美々という名の後輩で、自分を探しにここに来ていることを把握するのに時間が掛かってしまった。
「香坂さん。どうしたの?」
「先輩!」
 いつかのように、香坂は体を預けるようにあかねに飛び込んできた。
 あかねは彼女の迎え入れるように抱きしめた。
 既視感があった。
「ねぇ、いったいどうしたの?」
 走ってきたのか、香坂の息づかいは荒かった。
「先輩……」
「さっきから先輩としか言ってないよ。何があったの?」
 通りかかった同じクラスの男子が、奇異な目でこっちを見ていた。
 少しでも目立たないように、廊下の端に寄るように体の位置を変えた。
「先輩…… あの…… あのですね……」
 大きく息をする香坂の体を感じ、何気なく視線を落としているそのうなじから、上がってくる湯気のような空気の香りに、あかねは欲情していた。
 さっきまで二人を好きでいいのか、と悩んでいたのに。
 これじゃ、ただのスケベ女だ。
「うん。落ち着いて話して」
「前に相談した、変なメッセージが届くようになって」
「内容から紗英しかいない、って言ってたメッセージのこと?」
「もっと酷いものが来るようになったんです」
 香坂はそう言った。
 あかねに抱かれている香坂は、目を伏せ、まるでキスを待っているかのようだった。あかねはまともに相談に乗れるのか、不安になった。
 今すぐにもキスをしてしまいそうだったからだ。
「どういうこと」
「なんか……」
 声がどんどん小さくなった。
「耳かしてください」
 あかねが右耳を香坂の方に向けると、小さな声で囁いた。
「エロいバイトの誘いとか、エンコーとか」
「!」
 あかねは過去、自分のスマフォにそういうメッセージが来たことを思い出していた。


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