その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2015年05月

 笹崎先生が、あかねの後ろに回り、肩に手を掛けた。
 そして背もたれのない、丸椅子の方へそっと導かれた。
「時間はあるから、座らない?」
「は、ハイ」
 あかねは座るなり、持ってきていたノートを開いた。
 笹崎先生は、そのままあかねの後ろに立ち、右肩越しに見ているようだった。
「……そう。そういう投票をするのね」
 あかねは少し興奮気味になり、声が上ずった。
「そうなんです川西先生はセク」
「ちょっとまって」
 笹崎先生は、あかねとは反対に冷静に反応した。
「私は部員のことは信じたいけど、これをそのまま信じることは出来ないわ」
「どうして」
「先生の人生がかかっているから」
 笹崎先生は、あかねの肩越しにノートを指差した。
「この人の意見にもあるように、川西先生の人生を変えてしまうほどのことなのよ。間違っていた、では済まない。正しく指摘しないから、何がセクハラなのか認識していないのかも知れない」
「そんな……」
「私も」
「笹崎先生?」
 あかねは振り返った。
「私自身も、ちゃんとこの事実を確認出来ないうちは、このまま部員の投票を行ったり、教育委員に申告したり、というのはまずいと思うの」
「先生……」
 あかねは泣きたくなった。
 また振り出しだ。
 これが解決しない限り、私は部活には戻れないのに。
「岩波さん。あなた信じていない訳じゃないの。確認する必要がある、ということなの。お互いにね。川西先生の、ここがセクハラです、直してください。直ったか確認する。それでも正さないなら部員で投票して決めましょう」
 笹崎先生は、あかねを背中から抱きしめた。
「大丈夫。怖いことはないから」
 囁くように言葉を続けた。
「岩波さんが言っていたように、一度、部活を見ないとダメみたいね。今日の放課後の練習には私も行くから、このノート、私に預からせてくれない?」
 あかねはうなずいた。
「そう、ありがとう」
 笹崎先生はそういうと、ぎゅっと、強く抱きしめた。
 あかねの先生の体が触れた箇所に、全神経が注がれた。暖かさ、匂い、柔らかな胸、白衣の袖からのぞく手首から手先の所作、耳に聞こえる、息づかい。
 服の上から抱きしめられるだけで、何故こんなに興奮しているのか、理由がわからなかった。美沙とのことを想像する時のように、アソコがダイレクトに感じている気がした。
「先生……」
 あかねは、自分の右耳近くにある、先生の唇を求めるように頭をかしげた。
「今日は職員会議ですよ」
 と、準備室の外から声がした。
 男性の声だった。
 先生は飛び退くように体を離した。
 振り返るように後ろの扉を見たが、そこには誰もいなかった。
「岩波さん。じゃあ、放課後ね」
「今の、誰ですか?」
「輪島先生ね」
 笹崎先生は、机の書類をまとめながら、言った。
「あの先生が一番職員室から遠いところにいるから、職員会議とか、集合を掛けるときは、あの人に内線して、私とかに声を掛けていく役回りをさせるみたいなのよ」
 だからあんなに面倒そうな声なのだ、とあかねは納得した。
 二人は準備室、理科室と順番に扉に鍵をかけながら移動し、廊下に出た。階段を降りた所で、二人は別れなければならなかった。先生は手を振りながら、ニッコリと笑顔を見せると、階段を降りて行ってしまった。
 あかねはその笑顔を見て、しばらくその場から動けなかった。


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