冗談ですまそうと思っていたあかねは、唇への感触で目を開けた。
目の前には、まぶたを閉じた香坂の顔があった。
そう。
間違いなく唇を重ねている。
舌は入れていないが、あかねは香坂のした唇を少し吸うような、噛むような感じにはさんでいた。重ねながら、すり合わせて、少し美々の様子を伺った。
香坂の手があかねの頬を撫で回している。
「ちょっと……」
あかねは香坂の顔を引き離した。
「鼻血がでちゃうかもよ?」
「もう止まっていますから、大丈夫ですよ」
「もう一回してもいい?」
美々が目を閉じたのを、合意と受け取って、そのままあかねは唇を重ねた。
唇どころか、舌を差し入れていた。美々も、積極的にからめてきていた。
あかねは椅子から腰を上げて、美々の体を引き寄せていた。華奢なからだの割には、女性らしい柔らかさが手と体で感じられ、気持ちが上がっていった。
あかねは、そのまま美々を抱き上げるようにして、そのまま後ろのベッドの方へと歩いていた。あかねの唇は美々の細くて白い首筋に吸い付いていた。
「!」
押されるばかりだった香坂の足がとまった。
「(誰か来ます)」
あかねはその言葉に反応して美々のお尻から手を離した。
二人は少し距離をとって、それぞれが別の方向を向いていた。あかねは何度か鼻を抑えて、血が出ていないかを確認する仕草をした。
扉が開く音がして、保健室の先生が入ってきた。
「あ、香坂さん…… 何か探しているの?」
「先輩が顔をぶつけてしまって鼻血が出たんです。止血の方法がないかと」
「? それ、どれくらい前?」
香坂は時計をを振り返って、時間を告げた。
「岩波さん、ちょっと見せて」
先生はあかねの様子をみると言った。
「もう大丈夫じゃない? 岩波さん、しばらくは暴れないことね。塞がって血は出ないけど、傷口が治ってるわけじゃないから」
「はい」
「大丈夫でしょうか?」
「そうね。いいんじゃない?」
「先輩、それでは教室に戻りましょう」
二人は会釈して保健室を出た。
廊下には誰もいない、それを確認するように前後を見回すと、美々があかねの手を握ってきた。
「先輩」
香坂が微笑んだ。
あかねは微笑みに対して、何が返せるのか、ふと考えてしまった。自分の好きな人は美沙であって、香坂ではない。確かに容姿は好みで、香坂も自分を好いてくれる。
ただ、キスは出来ても、あかねの中で美沙への気持ちを変えることは出来ない。
「どうしたんですか、先輩」
この微笑みにどう応えるべきなのか。
むっとしたり、怒った顔で反応することは出来ない。普通の顔でいるしかない。気持ちは変えられない……
「美々ちゃん……」
あかねは言いかけてやめてしまった。
その上に下手くそな作り笑いを返してしまった。変に引きつったような、いびつな笑顔。
ごめんね。
あかねは心の中で何度もそう言っていた。
土曜の練習は、何かとても静かに進んでいた。全員の声が出ていないとか、そういう静かさではない。何か、自らが動いて部員をたきつける笹崎先生が、やたらテンションが低いというか、低い声で叱るばかりだった。いつもなら、盛り上げて、叱り、また上げていくように、練習を盛り上げていたのだが、今日の練習では盛り上げる方がひとつもない。盛り下げる方向ばかりなのだ。
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