2016年01月29日 僕の頭痛、君のめまい(75) 「気にしないでいいよ、メラニー。ボクだって毎回、そんなところまで注意しない」 メラニーの場合は『厳重注意』で多分、それどころではなかったのだろう。内容がそれなりに変だったり、タイトルとかに違和感を感じればそこまで見てみるだろうが、今回はそういう部分が薫からくるものと思わせるだけの内容だった、ということだ。続きを読む
2016年01月28日 ツインテールはババア声(8) 校門にいる警備員が普段の弛んだ表情ではなく、いつになく厳しい表情で車を見つめている。 私はその二百の意味が理解できなかった。車の最高速度とかを聞かれたと勘違いしているのだろうか。それとも身長と間違えて答えているだろうか。お相撲さんだって平均体重は百五十キロといったところか、そう考えれば、この体のバランスで二百キロはありえない。「あの、体重」「二百」「ですから」「聞こえてる」 声の調子は変わらないのに、鳥肌がたつような獣の気を感じた。「すみません」「分かってくれればいい」「君だって体重を聞かれたくないだろう」「はい」 本当に体重を聞かれたくない。体重のことを聞くのはセクハラとか、そういう意味だけではない。 そんなことを話している間に、車は現場についた。 現場には鑑識課員が数名いて、盛んに記録をつけていた。「君は車から降りなくていい。その代わり、番号非通知でここに電話して」 電話を掛けた。 刑事はすぐに電話を取り、車から降りると、ヘッドセットを接続して、話しかけてきた。『〈転送者〉が現れたのは? どこ?』「そこの側溝の蓋です」 刑事が道を進んでいく。『そっちから見えるか?』「見えます。もう少し左です」『これか? ここも蓋が吹き飛んでる』 〈転送者〉が竜巻になった時、周りにあった様々なものを巻き上げてしまったのか。 マミのことで周りの様子までみえていなかったが、確かに様々なものが削りとられたようになっている。 マンホールの蓋や、家のガラス類も粉々だ。『(出現箇所がここ、という証言があるんだが)』 私にではなく、刑事が周りの誰かに何か説明しているらしい。『ありがとう。後は〈転送者〉が倒れたのはどこになる?』 もう一度マミと一緒に戦った時の事を思い出した。 〈転送者〉の竜巻に飲まれた状態になってからは、辺りの風景はまともに見えていない。 巻き上げられたマミが落ちてくるところを捕まえた以外、ほとんど記憶に残っていない。 いや…… あると言えばあるのだが。『どうだ?』「ここからじゃ分からないです」『どういうことだ?』「……」 しまった。 余計な言葉に気づかれたのかもしれない。『……わかった。ちょっとまってろ』 通話が切れた。 刑事はまた周りの人と話しをしながら、タブレットを持って車に戻ってきた。「このタブレットで現場周辺を俯瞰出来る」「なんの映像ですか、これ」「ドローンだよ」 警察もドローンのようなマルチコプターを使った空撮をするんだ、と感心してしまった。「このあたり? 右とか左とかは?」「ちょっと左をみたいです」 刑事が車の無線機を取って話す。「左に振って」 映像が変わる。 そう、ここだ。この裏側あたりだった。「ここです」「そこで静止して」 刑事はタブレットを引き取ると、指をさした。「この辺り?」 私は頷いた。「わかった。もうちょっとだけ待ってて」 車から出て行くと、刑事の持っているタブレットに人が集まってくる。 鑑識の人が、タブレットで指示した場所へ小走りに向かった。 しばらくすると、何かを見つけたらしく、刑事が誰かに指で丸の形をつくった。 刑事は車の方に戻ってきて、乗り込んだ。 例によって車は凄く沈む。「ありがとう。助かった。今から学校に送っていく」「この道、しばらく通れないんですか?」「学校が終わるころには通れるようになっている予定だ」 車がバックすると、方向を変えた。 学校の方に向くと、モーターから急にガソリンエンジンに切り替わったのか、音を立てて加速を始めた。
2016年01月26日 ツインテールはババア声(7) 「白井公子(きみこ)いるか」 そう言って、体育教師の東(あずま)が教室に入ってきた。 私は黙って手を上げると、東が言った。「一応、カバンももってこい」 静かになった教室が、少しざわついた。 クラスの連中の、冷たい視線を感じがら、私は先生の後ろに追いつくよう早足で歩いた。「強い竜巻だったようだな」「……はい」「周囲の家のガラスが割れて、トタン屋根が吹き飛んでいる。お前は本当になんともないのか?」「ええ。体勢を低くして、家の影を利用したので、幸い怪我もなく」 校舎の端のエレベータに来ていた。 生徒は乗ってはいけない、とされている。 というか、呼び出しボタンを押しても反応しないから、生徒は使えないのだが。 体育教師がエレベータの呼び出しボタンに、首からぶら下げていた身分証をかざした。 扉が開くと、さきほどのブラックスーツの男がエレベータ内に体を曲げて立っていた。「刑事さん……」「エレベータが閉まりかけたので、慌てて乗ってしまったのですが…… どこにも降りれなくて困っていたんです」「そうなんですよ、このエレベータは職員専用になってましてね。……ちょうど、白井を連れてきたところです」 エレベータに乗れと手招きをした。 私が片足を入れたところでブザーが鳴った。 小さいエレベータとは言え、三人で、というか私が載っていないのだから二人で重量が超過するなんてことはありえない。「ああ、私と荷物で三人分ぐらいはあるので…… 先生が載っていないと動かないですよね。私が降りますから」 刑事が一歩あるくと、エレベータがグラグラと揺れ、またブザーが鳴った。「……い、いえ私が歩いていきます」「一階の応接室に」 すっと頭を下げて、刑事は音もなくエレベータを抜け出た。「?」「一緒に階段でいこう」 私が案内しながら、階段を一緒に降りた。 刑事が階段を歩くと、踊り場についている灯りに頭がつきそうになる。「マミは大丈夫なんでしょうか」「大丈夫。意識もはっきりした、と連絡があったよ」「そうですか。やけに学校にくるのが早いので、何もしてくれなかったのか、と心配になりました」「恐れなくても大丈夫」 私はムカっとして刑事を睨みつけてしまった。「(君が〈転送者〉を始末したんだろう?)」 さっきまでの声とはまるで違う、小さく、細い声だった。この大きな体でどうやって発声しているのか、構造が知りたくなる。「……」「気にするな。そのことを聞きたいのではない。周辺の家が破損しているから、どれくらいの竜巻だったのか、詳しく話しを聞けと言われただけだ。〈鳥の巣〉側の監視カメラの映像を貰えば、簡単に分かることなのにな」「!」 しまった。 まさかあの近辺にあったカメラに映っていたのだろうか。 この情報の伝わり方の早さを考えると、通学路のカメラは学校側でモニタリングしているのかも知れない。「大丈夫、こっちは〈鳥の巣〉が管轄じゃない。〈鳥の巣〉(あっち)はあっちで別の組織さ。本当だよ」 なんだろう、この刑事は私が何者かを知っているように話してくる。 ありえない。「竜巻の状況と、家とかの破損状況をもう一度見てもらって、動きを説明してもらえばいいだけさ。怖がらなくていい」 やっと一階に降りると、体育教師が応接室の前で待っていた。「刑事さん、なんで急に降りたんです」「いや、一番重い私がエレベータに乗ってるなんて悪い気がしたんで」「白井、調書を取るのに協力してくれ」「大体話しは聞いたので、白井さんを現場に連れて行っていいでしょうか」「え?」「校長先生には話しは通してあります」「……そうですか。白井、どうだ?」「ホームルームはいいんですか」「話は通してあるそうだ」 刑事の後をついていった。 竜巻の現場にきていた車が置いてあり、私は案内されるまま、運転席とは反対の後部座席に座った。 刑事が乗り込むなり、いきなり車が沈んだ。「……あの失礼ですが体重って」「二百」「へ?」 言うと同時に車が走りだした。
2016年01月25日 僕の頭痛、君のめまい(73) 「何すんのよ! あたしだって怒るよ」 立ち上がった涼子は、右手、左手と交互に真琴の肩を突いた。 体重の軽い薫の姿をした真琴は、突かれる度によろよろと後ずさりした。続きを読む
2016年01月21日 ツインテールはババア声(6) それにしても、あの威圧感のようなものは、警察官という職業が出すものだったか。「安心してくれた?」「……わかりました。マミのこと、お願いします」 その大きな警察官にマミと、自分の生徒手帳を見せると、男はスマフォで記録していた。「君は学校へ行った方がいい」「でも……」「現場の記録をするとなると、君もずっと拘束されることになるけど」 何か、獣のような、最初の印象とはまた違う、気迫というか、オーラが発せられている。そうとしか思いようのない、何か、と言うべきなのか。 ずっと私の頭に描かれているイメージ。それは虎だ。 なんだろう。 直感的に伝わってくる。「あの……」「君がどうやってE体の〈転送者〉を追い払ったか…… いや、倒したかを、根掘り葉掘り聞いて良いのかな?」 いや、聞かれたらまずい。 何故私達が〈転送者〉と戦ったか、とか、私がどうやって倒したのか、とか…… なんだろう、この人は何もかもお見通し、というのだろうか。 スマフォを何か操作して近くの救急車を向かわせたらしい。もう救急車の音が近づいてきている。「救急車もくるが、他の警察の車もくる。あのバスに乗って学校に行ったらどうかな?」 ガリガリ…… と音が聞こえる。「このボロバスは一度寮に戻るんだから。乗ったらもっと遅れるぞ。ここからなら、歩いて学校に行きな」「おじいさん、あんた何者?」 よく見ると、引きずっている足には、金属性のカバーがついている。それがガリガリと音を立ているのだ。「あのボロバスの運転手だ。この件は誰も見てないんだから、この娘(こ)になにを聞いても何も分からんぞ」「分かったよ、おじいさん」 スーツの大男は私の方に向き直る。「ほら、他の人の証言も取れた。この娘(こ)を救急車に引き渡したり、後の事は俺がやる。連絡するから、とにかく君は学校に行くんだ」 私はうなずいて、学校へ向かって小走りに移動を始めた。 マミに助かって欲しい。 もう一度あの笑顔を見せて欲しい。 一緒に病院に行けなくてゴメン…… 私は繰り返し繰り返し、何度も同じことを考えながら、学校についた。学校につくと、気づいてはいけないけれど、判ってしまったことがあった。 マミはとてもじゃないが、戦えない。 あの娘(こ)は普通の女の子だったんだ。 今日『二人でいこう』と言っていたところへは、多分二度と行かないだろう。 とても悲しい気持になっていた。 考えているうちに学校についた。 時間的に学校の門は閉まっている時間のはずだったが、開いていた。警備員も、とくに何も言わずに通してくれた。 そのまま急いで教室に入ると、教室はまだざわざわと雑談をしている状況だった。「公子」 アヤコが呼びかけてきた。「あれ、授業は?」「何言ってるの、マミが救急車で運ばれたんでしょ?」「う、うん。そうなの。〈転送者〉が出て」 急に教室がしん、と静まった。 自分に視線が向けられていた。「……なら、授業がはじまる訳ないでしょ?」 その小さい声は教室中に響いた。 確かに重大事だ。 しかし、それが伝わったとしても、つい二三分前のことのはずだ。ホームルームならもう少し早く始まっていてもおかしくない。
2016年01月19日 ツインテールはババア声(5) 「マミ、起きて」 道に体を寝かせ、目を閉じているマミの意識を確認する。「ヤバイ、救命救急処置をしないと……」 ついこの前、学校で説明を受けたばかりだった。いきなり実践しなければならない、と思うと急にドキドキしはじめた。実際は、それだけでない、モヤモヤとした感情もある。だけど…… だけど、躊躇っている時間はない。「マミ、起きて」 ダメだ、反応がない。「誰か助けて!」 もう登校時刻をかなり過ぎてしまっている。 誰かが通りかかる可能性が下っているということだ…… このままじゃ、助けも期待できない。 マミが呼吸をしているか確認し、背中にカバンを差し入れ、気道を確保した。 口を開け、息を吹き込む。 続けて、胸骨を圧迫する。 回数を数えながら、繰り返し、繰り返し、圧迫を続ける。「っはッ!」 マミの呼吸が戻った。 よかった…… ホッとすると、いきなり、大きなエンジン音が聞こえてきた。ボロエンジンの音。さっき学校へ行ったバスが学校から戻ってきたのだ。 道の真ん中に立って手を振り、『助けて』と叫んだ。 ボロバスが、車体を軋ませながら停車した。 運転手が足を引きずりながら、ゆっくりと歩いててくる。「お嬢さん。早く救急車を呼びな。このバスじゃ助けられない」 ガリガリとアスファルトを擦る音が聞こえる。右足がそんな調子で引きずっていて、まともに運転ができるのだろうか。「どうした」 背後から急に呼びかけられた。 振り向くと、自分の倍はあるかと思う、大きな男が立っていた。「……えっと。マミが、〈転送者〉にやられた」 言いながらも、私は男の体格の大きさに怯んでしまった。「どんな形だ」 〈転送者〉と聞いた途端、男から強烈な威圧感を感じる。 着ている服はシンプルなブラックスーツだったが、普通の会社員とか、そういう人間じゃないことが、自分にもわかる。ヤバい感じの暴力系な団体構成員かなにか。 気迫で空気を変えるような類の人間。その筋の、と表現される人間のように思える。「どんな形って?」「〈転送者〉だ」「E体だったんですが、途中でガス状になって、竜巻を作りました」「この娘(こ)は」「その竜巻に巻き込まれて」 見かけによらず素早い動きでマミの呼吸を確かめると、男は言った。「救急処置は?」 私はうなずいた。「おかげで助かったようだ、こっちの無線で救急車を呼ぶから、後は任せて」「!」 やばい、マミが連れていかれる。そんな、すごく嫌な予感がした。「警察だよ」 男が手帳を見せた。 こちらの気持を読み取られた? いや、多分、怒ったような顔をしたせいだ。
2016年01月18日 僕の頭痛、君のめまい(70) 確かに、薫も変身解除が重要とは言わなかった。『私の姿されていると困る』とは言った。だから、バトンの問題は残るとしても、姿を自分に戻せば少なくとも一つ目の問題はクリアになる。「……やってみよう」続きを読む
2016年01月14日 ツインテールはババア声(4) 二人は現れた〈転送者〉に向き直った。「これってE体?」「そんな感じ」「ナックルダスターを試させて」「油断しないでね」 マミはうなずく。 と、同時にダッシュを決め、左のフェイントから右のボディを決める。『ぬぉ』 中の気体が抜けるように音がする。 〈転送者〉と会話をしたり、声を聞いたものはいない。死体を回収出来たものもいない。 引き抜いた右手をもう一度中心にぶち込もうとするのをフェイントにして、左手で腕と腕の間のような小さな膨らみで光る、E体の『目』のような部分を狙った。 すばやい左ジャブがE体を貫いたと思った瞬間。「あっ……」 ガス状に体が広がったかと思うと、マミを包み込むような体勢で物体化した。「マミ! しゃがんで」 力いっぱいのハイキック、〈転送者〉のない『首』の下にヒットする。 振り抜いた右足を軸に、後ろから左足を突き出す。 これも〈転送者〉を捉える。「ふぉっ」 そんな、空気が抜けたような音。 と、同時に急に動きが止まった。 再びガス化し、二人の周りを回り始めた。 試しにそのガス体に蹴りを入れると、公子は勢いで足が取られて転んでしまった。 覆うように回り続けるガス体は、頭の上にも広がり始め、光りを遮り始めた。「やばい。無理にでも抜けないと!」 マミは速度の遅い頭の上の方に拳を叩き込むが、何も反応がない。「じゃあ、やっぱりこっち」 一番流れの早い正面に拳を打ち込む。「ダメ!」 マミが吸い込まれるように流れるガス飲まれ、螺旋を描きながら上空へと巻き上げられていく。この〈転送者〉の弱点…… ガス状態でも本体という部分があるはず。 竜巻は、中心を大胆に動かして、その渦に巻き込もうとしている。右左、動きを見ながら、調整しながら、細かく移動して避ける。 ダメだ…… 避けているだけではマミを助けられない。 何も仕掛けてこないと思われたか、ガスが竜巻の真ん中をくの字に曲げきた。「うわっ!」 体を同じように曲げ、ガスを避けたが、スカートの裾が巻き込まれ、ちぎれてしまった。「待っているだけ、じゃないってことね」 きっと一番流れが速いところの、その先にいるはず…… 渾身の力を込めて、流れと同じ方向に蹴りを叩き込む。 そのまま、体を浮かせて足だけをガスの外へ外へと押し出す。 竜巻の中にケリ足を差し込んだ状態で、その内側をグルグルと回りながら昇っていった。 けれど、この空気の壁の向こうにいるはず。「ここ!」 ガスの流れより速く、足場のない空中で蹴り込む。 ドン、と鈍い音がした。 赤く光った〈転送者〉の本体の目が、一瞬足先に見えて、消えた。「勝った……」 あっという間に竜巻になっていたガスの流れが緩み、今度は高みから落とされていく。 空中で体勢を整えると、羽根のように静かに着地し、上空を見上げた。「マミ!」 すっと蹴り上がると、更に上空から落ちてきたマミの体にしがみつき、クルクルと回りながら、ゆっくりと地上に着地した。
2016年01月12日 ツインテールはババア声(3) 「遅いね」「……」 マミの方が頭一つ背が高い。 そのせいか、左右を見渡すと、マミの肩が視界に入る。 合わせた背中に、ジワリと汗が流れる。 来ない。 チラリ、と〈鳥の巣〉に視線をおく。 某システムダウンの影響を、少しでも抑える為の壁。 ガラクタを芯材に、即席で作ったコンクリート壁(へき)。 本体を覆い隠す為の、一定の距離に建造した円形の壁だ。 実際は、山がある所には、壁はない。 百葉のあたりは平野部だから、この〈鳥の巣〉の壁があるのだ。「少しずつ、学校の方へ移動しよう。このままじっと待ってると、遅刻しちゃう」「そうだね」 少し背中の間を開け、様子をうかがいながら学校の方へ歩き始めた。 首を少し左右に振ると、マミが手にはめている、ナックルダスター(=メリケン・サック)が目に入る。「さすがに、ここら辺は某システムダウンの影響が強いね」「マミは結構慣れてきたね。それ、どう?」 お互い、半身の姿勢で学校を向き、少し早歩きを始めた。「結構重いのよね。もっと体を鍛えないと」「効くの?」「まだ〈転送者〉に使ったことはないの。公子(きみこ)で試させてくれる?」 マミが拳を振り上げる。「やっ、やめてよ……」 恐怖に体が震える。 それがバレたのか、マミがこっちを見て言う。「かわいい」「やめてよ」「しないわよ」 マミの笑顔、この屈託のない表情に、気持ちが高ぶる。「泣いてるの?」「泣いてないよ」 マミとエッチしたい。 何でこんなタイミングで、と自分でも思う。 けれどマミを見ていると、突然抱きしめたいという強烈な感情が湧き上がってくる。 付け加えて言えば、私自身、女性だし、マミも女性であることは理解している。そしてそう言う女性同士が求め合うのは、普通ではない、という認識はある。 けれど友達以上の関係になりたい。 男の人には抱いたことのない感情が、女性に対してあることに気付いたのは、実際、つい最近のことだ。 感情が高ぶると、どうしても目に現れてしまうらしい。友達になってからのこの一週間で、もう何度かこの姿を見られてしまっている。「ごめんね」 マミが自然と私を抱き寄せる。 スイッチが入ったように頭の中では妄想が暴走を始める。マミの息遣いを感じ、胸の感触を頭に叩き込む。首筋にキスをしそうになる自分を抑え、スカートの下に手を差し込もうとする欲求を投げ飛ばす。 頭の中に快楽を促す物質が充満しはじめている気がする。「公子(きみこ)!」 甘くとろけるような、ここまでの流れを断ち切るような声。 緊急を感じとった筋肉の緊張。「出たの?」 さっきと同じように背中を合わせた隊形に戻る。 今度はマミが学校側を向き、私が寮側を向いている。「マンホールは……」「まさか、真下?」「違う! 右の側溝の蓋から来た!」 右足のかかとを上げ、すぐに蹴り出せるように準備する。 側溝の蓋がゆっくりと持ち上がった。 コンクリートと隙間の砂がこすれる音がする。 黒いガス状のものが這い出てきて、中で小さい火花が散る。 ゴォーっと音がしたかと思うと、広がったガス体が収束して首のない人型を作り出す。
2016年01月08日 僕の頭痛、君のめまい(66) 「……って、あんたがかけた魔法の時の話しをしているのよ。その光が世界に飛び散ったような様子はないの? それなら飛び火してフランシーヌとロズリーヌの姿が入れ替わった、というのも信じるけど」「正しい姿に戻れるように、想像を強くしていたから、魔法が別のところへもかかったようなことはないはずなんだけど」続きを読む
2016年01月07日 ツインテールはババア声(2) 私はそのまま肩紐を撫でるようにずらして、マミの胸を見た。『きれい』 待ちきれずにそのまま指先から、手のひらへと押し付けていき、その感触に震えた。『やっぱりおっきいね』 触っているうちに、マミが快楽のままに声をあげる。 こんな…… こんな通学路の真ん中で……「?」 胸を触ろうというふうにかまえていた手を、私は慌てて下げた。 しまった…… やっちまった。「ど、どうかした?」「なんか、本気を感じる」「ハハ…… いや、そんなことないから」「そうだよね〜」 良かった。 無かったことに出来た? かな。 これがこれから寮の部屋に戻るタイミングだったら最悪だ。部屋に戻ってから必要以上に警戒されただろう。幸い、今は学校に行く途中。さっきのことなど、部屋にもどるころには忘れいるだろう。「それよりさ、今日は転校生くるって話でしょ」「そうだね、転校生なんて久しぶりだね」「二週間も転校生いなかったって、久々だからね」 しかし、寮もこうやって相部屋になってきている関係で、そろそろ転校生も打ち止めか、という話がウワサになっている。「ま、私も一年前は転校生だったんだけどね」「後何人受け入れるんだろうね。三人部屋とかになったらどうする?」 確かに構造上は二段ベッドが二つなので四人まで入れるのだが、当初の説明では一人部屋だった。それが途中で改定されて二人部屋まで、というのが現状だ。再々の改定も考えられる。「さすがにこれ以上増えるんだったら、寮の裏に立てているのを使うんじゃない?」「あれ、寮なのかな?」「新しい子をそっちに入れるのはずるいよね。私達から移りたい」「新しい寮でも一緒の部屋になれるといいね」 うっかり本音を言ってしまった。「え、新しい寮は一人一部屋なんじゃないかな?」「そうだよねぇ、いくらなんでも…… ハハ」 何か、妙だった。 さっきまで歩いていた生徒が、全く見当たらない。 全員が敵を察知して逃げたか、獲物を見つけて追いかけて行ったか。 つまり、とにかく、やばい。 おそらく、〈転送者〉が来る。「ねぇ、〈転送者〉(あれ)が来るの?」「そうみたい……ね」 〈転送者〉(やつら)の出てきそうなところを重点的に、しかし、一点を凝視しないように注意した。 〈転送者〉は蓋や扉のようなものを利用して出てくる。何故そういう場所を選ぶのかはわからない。能力的には何もない空間からポロッと出てきても不思議ではない。しかし、今まで一度として何もない『空』とかから降ってきたことはない。ドアから出てくるとか、マンホールの蓋が開くとか、そういうギミックからしか出てこない。 不思議といえば不思議だったが、本物を見たこともないから、信じるしかなかった。「ここらへん、何があったっけ?」「さっき15メートルぐらい後ろにマンホール。すぐ右の家のドアと窓」「じゃあ、その家だね」 マミと背中を合わせる。出来るだけ死角を減らし、一瞬でも先に把握し、撃破する為に。
2016年01月05日 ツインテールはババア声(1) 何もない、学校へと続く道を歩いていた。 この道を歩くのは、いつもの朝と同じだった。登校時は左手の〈鳥の巣〉の壁が、道に影を作っている。暖かくなってきたとはいえ、朝と日陰が重なると、まだ上着がいるだろう。 道には、百葉(ひゃくよう)高校の生徒がバラバラと学校への歩いていた。この壁沿いの一本道しかないし、全寮制なので全校生徒はここを通るしかない。寮と学校は一キロ程離れている。 私は歩きながら〈鳥の巣〉と呼ばれる壁を見つめていた。 壁の向こうには、某システムダウンの中心地があり、周りには旧国際空港、大きな貿易港もあった。 軍の基地も演習場も、美味しいお米の取れる田んぼも、牧畜の為の農場もあった。 今は〈鳥の巣〉の壁に囲まれたこの土地は、避難区域になってしまっている。 この壁の向こうに…… きっと。「やっと追いついた! 公子(きみこ)、何で黙って行っちゃうの。部屋にいないし、食堂にもいないから、急いで食べて、走って追いかけてきたのよ」「あれっ? ……もしかして」「え〜! 忘れてたの? 今日だよ」 マミが言いかけたその時、マイクロバスのクラクションが、その声をかき消した。 そして横を通りすぎる時も、ものすごいエンジン音をさせながら走っていく。音は非常に大きいが、速度は全く出ていない。たった一台の百葉高校の送迎バスだ。「あのおんぼろ、いつまで使うのかしら」「今日だったのね。全然気づかなかった」「そうだよ。頑張ろうね」 そう言って微笑んだ。 私もなんとか笑顔をつくった。「そうだね」 彼女は、友達になって一週間になる、木更津マミだった。 正確に言うと、友達らしくなって来たのがここ一週間ということだ。私と彼女は同部屋で、もう一ヶ月も一緒に暮らしているからだ。 自分が転入してきたころはまだ寮の部屋には空きがあり、一人で一部屋を割り当てていた。ある時、学校が有名になった頃から、突然転入してくる生徒が増え始め、それに伴い寮の部屋が足らなくなったのだ。 マイクロバスの音が聞こえなくなると、通りは一気に静かになった。「公子、ちょっと聞いていい? なんでいつもツインテールなの?」「……」 答えに詰まってしまった。 何か答えないと気まずいのは分かっている。 けれど、まだこの話を人に言えるほど、自分の中で整理がついていないのだ。「あ、いいよ。言えないこともあるもんね。公子、似合っているよ」「ありがとう」 マミは一度、後ろに下がって、また横に戻ってきた。「髪、少しこっちの位置が下がってきてるよ、直してあげようか……」 髪に触れられた。「イヤッ!」「えっ……」 ビクッとして手を引っ込めるのが分かる。 やってしまった。 こんなにすぐ、冷静になれるのに。 自分が嫌になる。「ごめん」「あ、ごめん、訳あるみたいだもん。触る方がどうかしているよね」「下がっちゃってる? ごめん、位置良いか見てもらえる?」 立ち止まって、髪をとき、髪をくくって、もう一度ゴムの位置を整える。「これでいい?」 マミはうなずく。「ありがとう……」 こういう時の関係の戻し方が二人のなかではまだできていない。 何か、定番の笑い話でもあればいいのだが。 前の学校の時は、たいがい、美術の教師か音楽の教師の名前を上げると、そんなに考えないうちに面白いネタが浮かんでくるものだった。 まだ、二人の中ではそういうものがなかった。 学校につくまでの、きまずい時間が始まった。 車通りのほとんどないこの道では、わが校の生徒が歩いている以外に物音がほとんどない。 左手は〈鳥の巣〉の壁だし、右側に時折立っている家は空き家だ。もちろん、一軒一軒空き家かどうかなんて確認しているわけではない。 ただ、〈鳥の巣〉の壁側に面したガラスが全部、割れたままで直していないのだ。だとすれば泥棒だって入り放題だろう。それでも直していないということは、やはり、もう、中には何もない。誰もいないのだ。 たまに、おじいさんが出てきたりするが、どう考えても野宿の代わりにここらの空き家を使っているような感じで、元の住人といった感じではない。学校からも、周囲の住宅には注意するように、と言われている。「あのさ。公子って、木場田(こばた)と鶴田、知ってるよね?」「うん」 良かった。 良かったのは、木場田や鶴田のことではない。 自分からは何の話題を出していいのか分からず、どう考えてもこの静寂を破れなかったからだ。 木場田はめちゃくちゃ背が高くて、女子から人気があるだけでなく、話が面白いせいか、クラスの中で中心的な人物だった。「木場田の横にさ、いつも鶴田いるじゃん?」 そう、そっちはあまり記憶に残ってない。 多分、木場田の半分くらいの背しかない奴で、バカ、とか、殴るぞ、とかしか言わないような男だ。「いたような」「そうなのよ、聞いてみると、私の転校前からずっと横にいるようなのね」「へぇ……そうなのね」「……なんでみんな鈍感なのかな? 私転校初日に違和感もっちゃったかんね」「どういうこと」「出来てるでしょ、あの二人」「え? 男同士だし」「鶴田も乱暴な事言うけど、全部木場田の為の発言じゃん。びっくりするよ」 マミは細かいシチュエーションを持ち出して、全部鶴田が木場田に気があるせいだと結論づけた。 自分はといえば、楽しそうに話すマミの顔を見ているだけで良かった。自分の髪に、ツインテールに触れられた時には、喧嘩になってしまうのではないか、と思っていた。それがこうやって話を続けられているだけでも幸せだった。「……ね。これだけあると、出来てんの? って気になるよね」「すごいね。すごい良く見てるね」「見てないよ、私男嫌いだもん」 そう言って微笑んだ。 一瞬、さそっているのか、と思うくらいに魅力的な笑顔。 いつもこの場面で喉元まで出かかっている言葉を飲み込む。『私も男嫌いなんだ』「……そんなこと言ったって、マミは女性らしい体型だし、モテるでしょ」「え〜 それデブって言ってる?」「ちがうよ〜 ボンキュッボンって感じだよ」「だからデブってるって言いたいんだ」「そんなことないって」 この話題の時はいくらマミの体を眺めても不審に思われない。だから、なるだけ同じことを言って、話題を引っ張るようにしている。「?」「ほら、おっぱいなんか、もう揉んでくださいって感じで」 私が両手を構えるとマミが胸を隠して言う。「いやぁ〜 公子変態!」 このまま触ってしまいたい。『え?』 マミが私の手をとり、そっと胸の上に引き寄せる。引き寄せられた手にびっくりして、確認するように顔をみると、『いいの』 と、うなずくと同時に指を動かし、手のひらはその重量を確かめるかのように持ち上げたりおろした。ああ、触れたかったマミの胸がここにある……『やわらかいね』『あっ…… ねぇ、ちょ、直接触ってもいいよ』 簡単につけることが出来るようにホックで止めてあるタイをはずし、ブラウスの上のボタンから外していく。 外したことをきっかけに、内側にある二つの膨らみは、まるで出たがっているかのようにブラウスを押し開いた。