その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2016年02月

 痛くないように、そっとなでるように上下に動かす。
「にゃははは…… 公子、くすぐったいよ。もう少し強くしないと汚れ落ちないんじゃない?」
 思いもよらぬ反応に、気持がたかぶった。
「ちょっと変った洗いかたしてもいい?」
「えっ?」
 私は少し手順を飛してしまった。
 自らの体にボディソープを塗りたくって、マミの背中に押し付けていた。
「ちょっと…… それ何のつもり?」
 すぐに冷静さを取り戻したが、してしまったことは元に戻らない。
「気持いいけど、それってやばくない?」
「そ、そうだよね」
 気持いいことは、いいんだ。『キモイ』って言われるかと思ってた。
 急にマミが振り返った。
「ほら!」
 振り向いたマミは、私の胸のぽっちを触ってきた。
「あっ…… ん」
「公子の、立っちゃってるし、擦れて赤くなってるよ。あんなことしちゃだめ」
 他人(ひと)に触られるの初めてだけど…… 気持いい。
「(もっとさわって)」
 私の声はたぶん、聞こえないくらい小さい声だったのだろう。
「普通にボディタオルで擦っていいからね」
 マミは再びもとの向きに戻った。
 私は悪ふざけをすることなく、しっかりと背中を洗った。
 何度となく『おっと手が滑った』と言いかけたが、言葉も手も、必死に抑え込んだ。
「ありがとう。今度は私がしたげる」
 ああ…… この言葉が違う意味だったら……
 そう思いながら、小さくうなずく。
 調子に乗って『痛くしないでね』と言いかけた言葉を飲み込む。
 背中をマミに向けた瞬間、大きな問題に気付いた。
「ご、ごめん!」
 私は慌てて立ち上った。
「痛っ…… ど、どうしたの? 公子」
「マミ! 大丈夫?」
 マミは椅子から落ちてしまって、仰向けに倒れている。
「頭打たなかった?」
 私はひっぱり起そうとして片膝をついて、マミの脇に手を差し入れた。
「うん、頭は打たなかったよ…… 公子…… 何をしようとしているの?」
「え? 何って起してあげようとしてるんだよ?」
「抱きかかえては起せないんじゃない?」
「そうかな…… もう少しやってみてもいい」
「あっ…… ん…… ちょっ…… ちょっと」
「えっ、あれ?」
「当ってる…… あんっ! ねぇ、公子、わざと……」
「えっ、え?」
 いや、わざとだ。
 無意識のエロがマミのおまたにふとももを擦り付けろ、と命令したのだ。
「あっ、ほんとだ。ごめん」
 私は少し体を離して、マミの腕を引っぱった。
「本当に何? 背中洗わなくていいの?」
 うなずいた。
「代りに」
「かわりに?」
「代わりに前を洗って」
「?」
 あれ、言葉に出してしまった……
「いいけど、前は自分で洗えるんじゃない?」
「そ、そうだよね」
「?」
「どういうこと?」
「だから、いいけど」
 洗ってくれるということか。私は気持をあらためた。
「じゃあ、お願い……」
「うん。じゃあ、座って」
 ヤバすぎる。ちょっとじゃすまない。半分、いや、完全に変態の域だ。
 言ってしまった自分と、最後の最後にお願いしてしまった自分。
 どちらの自分も最低だ……
 マミは私が頼んだ通り、前を首筋から胸、脇腹、お腹、そして下腹部へと、順番に、丁寧に洗っていった。
「あっ……」
「あ、強かった? ごめん」
「違うの、そういうんじゃなくて、なんか変な気分……」
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「そうだね。この前の道路の清掃はあんまり喜ばれなかったもんね」
「また一緒にやろう?」
「もちろんだよ。もっといいのを探そうね」
「そうだね」
 学校では問題解決する能力を重視している。本当に様々な課題がある。通常の数学、英語、国語、社会という区分けではなく、それらをミックスして課題を出してくる。ボランティアはその一環ということらしい。
 問題を解決する為の数学であり、英語、国語、社会、化学、物理なのだ。
 大抵の課題は何教科かがミックスされている。
 それらを解きながら、基礎的な教科を学んでいくというスタイルだ。教科自体は、ほぼ自習するに等しい。もちろん、質問をすれば普通の学校のように教えてはくれるのだが。
「やっぱりさっきの神代さんがやってたような、学校の為のボランティアが手軽に出来て手堅いよね」
「けど皆考えてるから、アイディア勝負だよー 公子なんか良いの思いついたの?」
「全然ダメだけど」
「そっか。気長に考えようか。それより、そろそろお風呂いこうかー」
 マミが体を起こしてそう言った。
 小さいバッグに下着とタオルを入れて廊下にでる。しばらくするとマミも同じような小さいバッグを持って部屋を出てきた。
「鍵持ってる?」
「うん」
 私が鍵をかけ、それから寮のお風呂へ向かった。
 後ろからマミの歩く姿をじっとみていた。
 ゆらゆらとお尻を振るように歩くのをみるのが好きだった。自分もこんなにおしりを振って歩いているのか分からないが、他の人の姿をみてもこんなに極端に左右にひねる感じの娘(こ)はいない。
 歩きながら腰をひねると、部屋着の裾が大きく揺れる。
 お尻のあたりは、サイズがキツイのか、下着のラインが見えてしまっている。制服の時はスカートがフリフリして、下着が見えそうになる。下着を見たい気もするが、他人にも見られてしまうから、ヒヤヒヤしてしまう。だから、どちらかというとこの部屋着の方が、安心して見ていられるのだ。
「公子、私、今日、何にもしてないけど、なんか色々疲れたねー」
「あんなに何回も〈転送者〉にあうことはないもん。疲れて当然だよ。私もくたびれた」
「あ、公子、誰もいないみたいよ。今日は本当に最後の最後になった!」
 脱衣場のカゴは全部ひっくり返っていた。
 少しだけすけて見える浴場の中に人影は見えない。
 私は確認する為に開けてみたが、本当に誰もいない。着替えを置いていないのだから、中に誰も居ないのは当然なのだが。
「時間ずらしてよかったね」
「ほんとー。転校してきて初めてだよー」
 私も本当にそう思う。
 これなら、少しぐらい間違いが合っても問題ない。手が滑って胸を触ってしまったり、あんなことやこんなことが起こっても、誰も咎める者はいない。私もこんな日がくるのを待っていた。
 マミはあっという間に部屋着を脱いで浴場へ入った。
 私も急いでその後を追った。

『今日は丁寧に洗わないとね』
『え、何で?』
 私はわざとマミに尋ねる。
『えー もうわかってるくせに』
『私が洗ったげるよ』
 マミのボディタオルを奪うと、感触が伝わるように薄く重ねて持ち、そっと肌に重ねる。
 丁寧に動かしながら、ボディタオルとは逆のい手でもマミの敏感な肌に触れる。
『えっ、公子、ちょっと……』
『ここはどうかな?』
 わざとその手で胸の突起をいじってみる。
『あん…… ちょっと、公子ぉ……』
 敏感過ぎる反応にこっちの気持ちもどんどん上がっていく。
『本当にスタイルいいよね』
『あ…… ちょっと…… ああ……ん』
『気持ちいい?』
 奥の方へ手を伸ばすと、急に体をそらすようにマミの体が反応した。

「どうしたの? 公子。寒いから扉早くしめて」
「……」
 慌ててよだれを拭う。
「ごめんごめん」
 扉を閉めて、マミの横に座って体を洗う。
 本当にこの妄想癖はなんとかしないと…… そのうちバレてしまいそうだ。
「提案があるんだけど」
「なに? 公子。急に『提案』だなんて」
 ここまで言っておきながら、私は少しためらった。
「『提案』なんて、ちょっとおおげさだったね。あのさ…… 背中洗いっこしよ?」
「おたがいの背中を洗うのね。いいわよ」
「じゃ、私があらったげる。マミのボディタオル貸して」
 手渡されたボディタオルを薄くなるように持ち替えた。
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 今、薫ともめたくない。ボクは母が見た事実を告げることで貫き通すことに決めた。
「メラニーのこととか、何か話してなかった」
 そっちのことが聞きたかったのだろうか。
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「なに? 二人とも妙に気があうじゃん」
 マミの顔をみると、少し赤くなっているような気がした。
「さっき泣いてたのと関係あるでしょ? ねぇ、何で公子泣いてたの?」
「いいじゃない」
「秘密よ、秘密」
 そう言うので、私はマミの顔を見た。
「ねぇ〜 公子、秘密よね?」
 マミは顔をかしげ、て同意を得ようとしていた。
「そうだよ、秘密だよ」
 そう返すと、マミは笑顔になった。
 私はそれを見て、もう何もかもを投げ出してマミに抱きつきたくなった。
「なによ、それ。あんまり秘密秘密いうなら、二人の関係、調べちゃうから」
 スマフォを引っ込めると、神代は立ち上がった。
「ま、とにかく佐津間も悪い奴じゃないってことで、よろしく」
「そんだけ?」
「そんだけだよ。それに仲の良い二人の部屋に長居しても悪いし帰るね」
「神代さんありがとう」
「気にしないで」
 ドアから頭を出して、去っていく神代に手を振った。
 向こうも一度振り返って手を振り返した。
 部屋に戻ると、マミが言った。
「転校生ってその一人だけ?」
「今回は一人だったね」
「さっきの写真だと、背は高いって感じじゃないね。どれくらい?」
 妙に転校生のことを聞くな、と思った。
 趣味じゃないんじゃなかったのかな。
「私よりは大きいけど、マミよりは小さいんじゃない?」
「鶴田よりは大きいんだ」
「うん、そうだね。鶴田は私ぐらいでしょ?」
「ふぅーん」
 なんだろう、何を考えているんだろう。
「確かに木場田達に囲まれてたよ。仲良くやれそうな感じ」
「スクールカーストの上位の方なのか」
 私はこのスクールカーストというヤツが良く分からない。カーストの下だからといって、別にクラスの奴隷のように働かされているわけでもない。単に発言の影響力が弱いだけだ。それに、カーストの下の人間は別にクラスへ影響を与えられなくとも、やっていっていける。どちらかというと『クラス』という集団に依存しているのはカーストの上の方の連中なような気がしてならない。
「まだわからないよ。第一印象、そんなに明るい感じでもないしさ」
「ふぅーん」
 なんだろう。何が知りたかったのだろう……
 もしかしたら、マミは木場田や鶴田あたりに興味があるのかも知れない。妙に彼らの行動を見ている感じだ。
 マミはそのままベッドに横になった。
 私は机の上に置いてある時計を見た。
 お風呂までには時間がある。
 今日、何もなければどうなっていたかを考えていた。
 私とマミは、今日〈鳥の巣〉の中へと入るつもりだった。
 避難区域にしていされている〈鳥の巣〉の中の市町村は、全員が避難しているが、人が完全に住んでいなくなったわけではない。某システムダウンを復旧する為に、日々人が入り、そして交代の為、人が出ていっている。
 普通なら、遠隔業務で対応するIT業務でさえ、某システムダウンのせいで〈鳥の巣〉内のコンピュータシステムまで直接作業者が足を運ばないといけないのだ。もうかれこれ5年もやっているから、遠隔地から出きてもよさそうなのだが。
 恐らく外部ネットに接続出来ない、特殊な理由があるに違いない。
 某システムダウンの中心にそびえ立つタワー。
 避難区域にある、今は使えない国際空港。
 逃げ遅れた人がいるに違いない。
 何が起ったからすら判らなかった。遠くに煙が立ちのぼっていた。
 線量だの、発光があったとか、きのこ雲だとか、大人達は恐れていた。
 私はまだ子供だった。それに空港についたばかりで、何が起こったか全く理解できていなかった。いや、今でも報道は制限され、ごく一部を除いて映像は流れない。ネットで探してもないのだから、本当になかったと勘違いするひともいるだろう。逃げ遅れた人が何人いるかも、正しい発表はない。
 一緒に空港に降りたはずの友達。
 なのに、いなくなってしまった友達。
 完全にその部分の記憶を失っている。私を私じゃなくしているような、何か、とても大事なものが欠落している。それが〈鳥の巣〉にあるはずだった。
 加えて、某システムダウンと同時に出現し始めた〈転送者〉のことや、自分に起こった異変。それらすべてが原因がこの〈鳥の巣〉の中心にある気がしていた。
「公子…… どうしたの?」
「えっ、なんでもないよ。次のボランティアのこと考えておかないとな、って」
 全くこころにもないことを話してしまった。
 けれど、それはそれで考えなければならないのは本当だった。百葉高校では、ボランティア活動が成績に影響するのだ。
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 ボクはうなだれた。
「朝昼晩と同じもの食べるボクの身にもなってよ……」
「朝食も同じだったのね」
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「入っていい?」
「ちょっとまって」
 マミがタオルを手渡してくれた。
 私は慌てて涙を拭った。
 それでもすぐに溢れてくる。
「入るよ?」
「まってよ!」
 ドアが開いた。
 私はまだタオルを顔に当てて涙を拭っているところだった。
「どうしたの公子、木更津になにかされたの」
 神代(こうじろ)さんだった。神代佳代(かよ)。クラスで委員長をしている。
「何もしてないって」
「なんでもないよ、大丈夫」
「いいや、なんかあったっしょ。絶対なんかあった」
 いつも思うのだが、神代さんは委員長って柄じゃない。漫画でいうところの、五月蝿い新聞部の部員という感じだ。
「何のようですか?」
 神代さんは部屋に入ってきて、ドアを閉めた。
「そうそう。そうでした。伝えたいことがあるんでした」
「私に?」
 神代さんはうなずくと、マミの椅子をひっぱってきて、私の正面に座った。
「今日転校してきた佐津間(さつま)君ね、公子(きみこ)に悪いことしたって言ってたよ」
 はぁ? こっちがどれだけ傷ついたと思ってんだ。悪い事、だと思った時に言うのを止めろよ。
「ちょっと待って」
 私はこのタイミングでマミに説明したいと思って切り出した。
「マミに話したいから、その話ちょっとまってくれる?」
「いいけど」
 私はマミに向き直って、言った。
「今日私が倒れた話なの。マミが居ない状況でホームルームになったの。転校生が紹介されて、その転校生がドライな奴で。皆は質問したがってるから、佐藤が適当に三人選んで質問させたの。私、この佐津間って転校生に質問しなきゃならなくなったの」
 出来る限り省略しようとしていた。
「転校生は先に教室に入って色々話ししてたんよ。そこから担任と公子が入ってきてホームルームになったわけ。半ば話しを聞いていたから、他のクラスの連中からしたら改めて紹介ってのも変だなぁ、って感じだったのね」
 神代さんがそう付け加えた。
「その時、私なんかアガっちゃって。本当に頭んなか空っぽになってみたいで。なんだっけ、そう、学校の印象は? とか質問したの。転校生は『別に』とか言っちゃってさ」
「そうなのよ、佐藤がフォローするつもりで『なんかあるだろう』とか言ったせいでさ、公子が」
 私は神代さんがその先を言いかけたところを止めた。
「ごめん。そこは私が言うね」
 深呼吸した。
 動悸は激しくなって、また倒れてしまうかと心配になる。
「……転校生、私の声、ババアみたいだって」
「その転校生、酷いこと言うね」
 苦しい。実際、あの時は、その先がショックだったのだ。
 神代さんが椅子から立ち上がって、私の横に座った。
 そして背中をさすられた。
「そ、その一言でクラス中が笑って」
 息が止りそうな感じがする。
「大丈夫、公子」
 マミに倒れるようによりかかってしまった。
「ごめんね。委員長の私も、フォローできてなくて。あとさあ、あんときは佐藤先生もなんかフォローして欲しいよね」
 フォローがあればなんとかなったろうか。
 そういう状況じゃなかったかもしれない。単に私が弱いのだ。弱いから、そんなことで倒れてしまった。
「本当に大丈夫? ね、公子?」
「ごめんね、変な話蒸し返しちゃって」
「いいの、どのみちマミに説明するんだったから」
「でさ、その佐津間くんね。謝ってたから。『委員長、誰か白井の知り合い知らねえか』って聞いてくるからさ。私で大丈夫だよ、って言ったら『謝っておいてくれ』だってさ。あれだよ、ほら、小学校の時に男子が好きな女子にちょっかいだしてくるやつ。あんな印象なんだけど」
 ふん。私はあんな男は趣味じゃないし、小学生レベルの求愛方法も知らないし興味もない。
「結構イケ面だし、付き合っちゃえば」
「え? どんな奴なの?」
 マミは私の前に差し出された神代さんのスマフォを覗き込む。
「へぇ。一般的にはイケ面なんだろうね」
「マミは興味ないの?」
「ちょっと趣味と違うかな」
「私も趣味じゃない」
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「連絡はしたけどね。多分こないから」
「そうなんだ。私の両親も来ないから連絡しなかった…… あ、いや、ごめん連絡した。来なくていいからって」
「一緒だね」
「うん」
 たぶん、こんな某システムダウン発生場所に近い、しかも全寮制の学校へ、娘を入れてしまう親には何か共通点があるのだろう。自分の子供に干渉したくないとか、独立心を育む為に放任主義であるとか、どんな考えかは良く分からないけれど。
 私達が寮の食堂で食事をしていると、同じクラスの娘(こ)と何人か合った。今日、クラスで私が倒れたことには触れなかった。別に、触れられたらそこでマミに話してしまおう、と思っていた。
 食事の間には、話すきっかけがなかった。
 寮はお風呂の時間が区切られており、部屋割で時間がシフトしていた。そうやって一定時間に集中しないようにコントロールされていた。
 それがイヤな生徒は、学校にいるうちにシャワーを使ってしまう。部活とかの生徒はそっちで済ませてしまう人も多いようだ。
 私もマミも部活に入っていない為に、学校のシャワーを使うことは滅多になかった。大きくてゆっくりつかれるという理由で、私は寮の風呂の方が好きだった。
 部屋にぶら下がっているお風呂のシフト表を眺めながら、私はマミに言った。
「そろそろお風呂の時間だね」
 マミはベッドの上に腰掛け、自身の足先をみつめていた。
「……うん。今日は時間帯の終わりの方ではいろうか」
 いつも時間の幅で、早い時刻ばかりをみていたから、終わり側の時間を気にしてことがなかった。表を改めてみてみると、今回、私達の部屋は最後の時間帯だった。それの終わりの方の時間帯ということは、本当に最後の最後ということだ。
 私はシフト表を元に戻した。
「マミがそれでいいなら」
「ありがとう」
 このタイミングで話すべきか、と私は思った。
「今日、私が教室で倒れた理由(わけ)、話してなかったよね」
「……」
 マミが聞きたいのか、拒否しているのかが分からなかった。
「ちょっと、こっちにきて」
 マミが手を置いた、ベッドに腰掛けた。
「一度、話し変えてもいい?」
 私はうなずいた。
「今日やろうとしていたこと、公子はおぼえているよね?」
 マミと計画していたことだった。
 あの壁の向こうへ行く計画。
 私はうなずいた。
「あれ、さ」
 また、マミは自身の足先を見ていた。
 伸ばしたり、曲げたり、重ねたりしながら、時間が過ぎた。
「あれのことだけど、怖くなっちゃった」
 急にこっちを向いて、手を合わせた。
「本当にゴメン。無期限延期ってことで」
 たぶん朝の〈転送者〉の件だ。
 実際、私もマミはもっとやれる、と思っていた。マミにも能力があると思っていた。
 しかし実際は違った。
 そうだとすると、無理に〈鳥の巣〉の中に連れて行くことは出来ない。某システムダウンの中心部で〈鳥の巣〉の内側には〈転送者〉がもっと高確率で発生する、と考えられるからだ。
 私はまた一人になったような気がして、悲しくなってきた。
 どうしてこう一日に何度も泣いてしまうのだろう。涙もろくなってしまったのかな……
「公子、ごめん。けど、私。私には無理だよ」
「うん。こっちこそ、ごめん。そうだよね、怖いよね、いいよ、大丈夫」
 私、大丈夫だって言った?
 違うよ。大丈夫じゃない。
 めちゃくちゃ寂しいのに。
「公子」
 マミが肩を抱いてくれた。
 私はそのまま抱きついてしまった。
 ぎゅっとされると、悲しみが紛れるだろうか。
 抱きしめられると、寂しさが消えるだろうか。
 いつのまにか声をだして泣いていた。
 朝は〈鳥の巣〉に入ることを、半分忘れかけていたのに。元々、一人でも入る気でいたのに、断られると、涙がでてしまう。
「公子?」
 ドアが叩かれた。
「公子いる?」
「いるけど、ちょっとまって」
 マミが答えた。
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『じゃあ、ヒカリが食べたいものじゃないじゃない。いいの? それで』
『いいよ。ボクは真琴を通じて感じるからね』
 そういうことなのか。
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 マミが頭をこちらに倒しているせいで、襟元から胸がチラっと見えた。綺麗な肌がやわらかそうなカーブを描いている。マミが寝ている無防備さも手伝って、のぞき見てしまう自分への罪悪感がひどかった。けれど、そこから視線を外すことができないでいた。
 〈転送者〉が破壊された後も、鬼塚は私達に何も質問しなかった。そのまま高架下に停めてあった、刑事の車に私達を乗せてくれただけだ。
 私は、さっき刑事に言われたことを思い出した。
『今、〈転送者〉がモノ、なのか動物なのかもわかっていない。所有者も分かっていない。都心であればともかく、こんな田舎じゃ、正当防衛を証明するのも難しい』
 つまり、〈転送者〉を倒すことは罪になってしまうというのだ。
『モノでも動物でも、まずは器物破損の罪になるだろう、と言われている。所有者のあるものを壊してしまったような場合に相当する。道路を走っている、あるいは停車している車を壊した、傷つけたのと同じ罪だ』
 猪や熊を撃つような行為にならないのかとも聞いたが、だめだった。
『現状はそうはいかない。そもそも害獣として認めようににもあまりに情報が少ない』
 法整備なんかをまっていたら、国が滅ぶのではないか、と私は言ったが『それは俺らが考えることじゃない』と一蹴されてしまった。
 それにしても、いままで〈転送者〉に出会ったことがない私が、同じ日に二度、合計で三体に遭遇することになるなんて。何かが変わり始めているのだろうか。
 再び、ぼんやりと外の光景を眺めていると、鬼塚刑事が車に戻ってきた。
「ほら、制服の上着忘れてた」
 鬼塚は運転席に乗り込み、窮屈そうにからだを捻ると、制服を渡された。
「寮まで送ってく」
 そう言ってエンジンをかけた。
「ありがとうございます。そうだ…… 暑くて上着脱いだんでした。すみません。忘れてました」
 いや、そんな理由で脱いだんじゃない。
 あの時だ。マミが隠れているそばのドアから、転送が始まった時。
「とにかく気をつけるんだ。上着を忘れたりすることにも注意が必要だが、その前に、お前は好戦的過ぎる」
「そんなことありません」
「〈転送者〉は〈転送者〉を呼ぶ性質がある。知らなかったのか?」
 鬼塚はシートベルトをしめて、車のエンジンをかけた。
「電車のドアというドアから出てくる可能性があったんですか?」
「可能性はあった。友達がいたのだから、まず逃げることを考えてくれ」
「最初、逃げようと思いました。けど乗車口は開かなくて」
「……」
「鬼塚さんほど力があれば、開いたかもしれ」
「誰かが」
 鬼塚はいいかけて、話すのを止めた。
 こっちは話しの途中で止めて、話し出しを待っていたのに、刑事は黙々と運転を続けるだけで、何も言葉をつなげない。
「どうしたんですか?」
「……いや」
 再びだまってしまった。
 私もぼんやりと外の風景をみるだけだった。
 あたりが完全に闇になった頃、寮の灯りが見えてきた。
 人の住まない地域に近いせいで、建物があっても灯りがつくのは寮ぐらいしかない。
 寮の警備の人に言って車の中に回してもらった。
 その間に私はマミを起こした。
 鬼塚刑事が車を止めて、車を降りた。私とマミも車を降りた。
「じゃあ、気をつけて」
「ありがとうございました」
 私とマミは頭を下げて、刑事が帰るのをまっていた。
「白井さん、ちょっと」
 刑事は後ろに回りこんできた。
 両肩を抑えられてしまった。
「なんですか、なにするんですか?」
 鬼塚はしばらく背中を見つめている。
 まさか…… あれが見えてる?
「やめてください!」
「あ、ごめんごめん。セクハラとかで訴えないでくれよな」
 私は慌てて手に持っていた上着を羽織った。
 鬼塚は何もなかったかのように笑顔で言った。
「じゃあ、二人共気をつけて」
 車は寮を出ていった。
「さあ、戻ろう」
「公子、最後の、何だったの?」
「わかんない、ただのエロ刑事が女子高生の体を見たかった、ってことじゃない?」
 そういうことにさせておいてください。鬼塚刑事、と心の中で謝った。
「そんなことより、今日はいろいろありすぎて整理がつかないよ」
「そうだね〜 本当に怖いことばっかりだった」
「病院にはマミのご両親きたの?」
 家の親は『来て』と連絡しても来なかったろう。
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「それじゃ、食事終わるまでにどっちか決めといてね」
 薫はそう言って居間へ行ってしまった。
 真琴は泣き続ける涼子をお腹に抱き寄せた。
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『僕の頭痛、君のめまい(72)』が抜けてました。
今頃気づきました。
完全にアップしたつもりになっていました。
すみませんでした。 
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 なんか違うのだ。
 全く別の理由だったと思う。何かちゃんと答えになっていないけれど、昨日したことはきっと間違えではなかった。そう思えるはずだ。
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 と、同時に、全力で声を張り上げた。
 マミに音が聞こえないように、ずっと声を出し続けた。
 きっとこれは、ガラガラで、ババアみたいな声なんだろう。興奮したなかで、ふと冷静な自分がそう言った。
 転送されかけたE体の半身に、繰り出した蹴りが突き刺さった。
 マミは耳を抑えて丸くなっている。
 そのまま、そのままでいて……
 さらに強く右足を突き刺す。
 息を継ぎながら、声を出し続ける。
 すると、E体の目のような場所の光が弱まった。
「ふぁ〜」
 通学路に出た〈転送者〉を倒した時に聞いた、空気が抜けるような音がした。
 E体の腕がダラリとさがり、目の光りが消える。
 足先に合った手応えがなくなった。
 慌てて足を引きぬく。
 ドアが閉まり、時間が逆に動いていくかのようにE体が消え去った。
 パタン。
 やった。とりあえず、勝った。
「マミ、マミ! 大丈夫?」
 私はマミの肩に手を置いて、そう言った。
「!」
 目を閉じて震えていたマミがようやく目を開いて、耳から手を離した。
「〈転送者〉は?」
「大丈夫、ドアに押し込んだら戻って行った」
 私はウソをついた。
「ありがとう」
 マミは立ち上がるなり、抱きついてきた。
 救えた、と思う安堵に、見られなかった、という気持ちが加わって、まだ車両の継ぎ目にいる〈転送者〉のことを忘れてしまいそうになる。
 ぎゅっと、抱き返すと更に体が密着して、気持ちが良かった。
「!」
「どうしたの?」
「ドアが……」
 マミが見ている方向を振り向くと、乗車口がゆっくりと開き始めていた。
「まさか、こっちからも……」
 マミをまた同じ後部のコの字のスペースに押し戻すと、乗車口の前で構えた。
 もう、同じ手は通じない。
 こんどこそ見られてしまう。
 その時、ガツン、と大きな音がした。
 音は先頭車両からで間違いなく、その音の意味は間違いなく嫌なものだった。
「ふ〜〜」
 横たわったE体が、両手をついて立ち上がってくるところだった。もちろん、そこは後部車両の床だった。
「まずい」
 今度は正面の乗車口が音を立てて開いた。
「!」
「呼び方が下手だな」
「……」
 そこには鬼塚刑事の姿があった。
「お前は隠れて、目をつぶっていろ」
 いそいでマミのいるところに逃げ込み、マミのことを抱きしめた。
「それでいい」
 E体が滑るように走りだすと、鬼塚はその巨体を軽々と跳躍させて乗り込んできた。
 と、同時に刑事はE体を蹴った。
 蹴られたE体が乗車口にぶつかったせいか、鬼塚が乗り込んだせいか、車両は大きく揺れる。
「うらぁ!」
 刑事が叫ぶと、強烈なオーラが車両を包み込んだ。
 鼻も口もないE体が、怯んだように見える。
 残像すら見えないような手と足が、流れるようにE体に注がれた。
 すぐに、大きな破裂音。
 私が倒した時のような、あの抜けるような音ではなく、爆発したような、突然臨界を迎えたような、激しい音だった。
 影が実体化したようなものがヒラヒラと舞い、床に撒かれた。
 鬼塚の圧倒的な強さだけが印象に残ってしまった。

 マミと二人で車の後部座席に座り、私はぼんやりと外を見ていた。
 マミは私の肩に頭をのせて、すやすやと眠っている。綺麗な黒い髪に、赤黒でラインの入ったカチューシャがあることに気付いた。これ、朝はしていなかったような…… けれど、今日ずっとマミと一緒にいたわけではない。どこか途中でつけたのかもしれない。
 マミの髪を撫でながら、こんな安らかな時間が永遠に続いたらいいのに、と思って、次の瞬間には否定した。いやいや、どうせ永遠に続くならもっとエロい関係になってから、そんな甘い時間が延々と続いて欲しい、と思い直した。
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 E体はまだ車両の継ぎ目を通れなくてもがいていた。
 まずは、こちらの車両にこさせなければ一つ目の目標に近づく。
 E体はこっち側の車両に手を掛け、無理やり体を抜こうとしている。私はその〈転送者〉の腕を蹴り上げた。
 そして、前方車両へ戻す為、体ごとぶつかった。
 体をぶつける度、〈転送者〉の赤黒い、目のようなものが、暗く光る。
 何度目かに体をぶつけようとすると、今度はE体の腕のようなものを突き出して妨害した。
『あぶない』私は気持のなかで叫び、体当たりを一度諦め、E体のその腕を、動かない方向にキメて、全身のちからを込めることにした。
 このまま腕を折ってやる。
 再び、継ぎ目の奥にある、赤い部分が暗く光った。
 私の体ごと、ぐるっと腕をひねったかと思うと、そのまま前の車両に引きずり込まれた。
 反対の腕が私の顔をめがけて飛んでくる。
『まずい!』
 横にかわした、と思った瞬間、腕は私の腹に打ち込まれていた。
 フェイントかますのかよ。
「ゔっ……」
 体が『く』の字に曲がる。
 苦痛と恐怖が、頭を支配していく。
『……迷わず俺を呼べ』
 馬鹿でかい刑事が言った言葉が蘇ってくる。
 どうやってあんたを呼べばいいんだよ。叫べとでもいうのか。
 呼んで欲しかったら、そこまで教えておいてくれ。
「(はっ)」
 息を吐きながら、無理やり体を動かす。
 すれすれで〈転送者〉が振り回す腕を避けながら、窓やドアが壊れることを願った。
 しかしE体の攻撃は正確で、振り回し過ぎて窓ガラスやドアを打ち壊すような真似はしない。
 どれだけ窓の寸前で避けても、窓やドアを叩く前に止めてしまうし、ギリギリのところを振りぬいていく。
 いや…… ドアを叩いたとしても壊れないか…… ドアが壊れる程の力だったら、私のお腹は破裂していたに違いない。
 止まって反転すると動きをよんだはずなのに、〈転送者〉はそのままの方向にグルリと回転した。
「しまった!」
 人間なら裏拳に相当するものをもろに食らってしまった。
 床に叩きつけられ、前後左右がわからなくなる。
 車両の継ぎ目にある手すりにしがみついて立ち上がる。
「ひゅ〜っ」
 〈転送者〉が空気を押し出したような音をたてた。
 気味の悪い音。
 もしかすると、コレが奴の声なのかもしれない。
「公子! 大丈夫?」
「……だいじょうぶ」
 自分の力でこの敵を倒さないと。
「ナックルダスター、つかう?」
 急に〈転送者〉が走りだし、体当たりしてくる。
 挟まれないよう、慌てて手すりから手を離し、後部車両に逃げる。
 〈転送者〉は大きな音をたて、継ぎ目の部分に体をぶつける。
 やはり体が大きすぎて、通過出来ないのだ。
「ふぅ……」
「公子、使う?」
 ナックルダスターを投げてよこそうかというマミの後ろに、奇妙な影が。
「……マミ、逃げて!」
 先頭車両の〈転送者〉が連結部分でハマっている間に、別の〈転送者〉が後部車両のドアから転送が始まったようだ。マミもすぐに異変に気付く。
「いやぁ〜〜 助けて、助けてキミコ!」
 やばい……
「とにかく立ち上がって」
「立てな……」
 そこにいたらマミに見られてしまう。
 それだけは避けたかった。
『……迷わず俺を呼べ』頭の中の鬼塚刑事が言う。
「だからどうやって……」
 私は天を仰いだ。
「助けて……」
 完全に転送が終わったらアウトだ。
 いや、多分、体力的に二体は倒せない。どうする。
「マミ、目を閉じて、耳を塞いで!」
「なんで」
「いいから、お願い!」
「分かった」
 私は全力で最後部のドアへ跳んだ。
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「(ねぇ、じゃあ、キスはしないから、ちょっと体をさわらせて)」
「(やだよ……)」
「(じゃあ、ちょっと裸をみるだけ。みるだけだから)」
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『私と戦いとどっちを取るの』
 振り向くと、マミの胸元は大きく開いていて、白い肌の膨らみが丸見えになっている。
『いかきゃ誰が倒すの、警察は現場検証しかしてくれない』
『そんなの言い訳よ、私のことが嫌いになったのね……』
 マミの美しい瞳に、涙が溜まっていく。
『違うよ、大好きだよマミ』
『じゃあ、キスして』
 目を閉じてキスを求めてくる。
 どうしよう……
 ここでやらないと一生マミとキスできない気がする。
『じゃ、じゃあ、いたただきます』

『何かありましたか?』
 男の声だった。
『何かありましたか?』
 続けて同じことを聞いてくる。
「公子、何してるのよ」
「え?」
 目を開けてはいたが、現実が見えていなかった。私は声のする先を探した。
「公子、これって、どこに向かって返事すればいいのかな?」
 マミがそう言った。
「あれじゃない?」
 車両のつなぎ部分の上部に、小さいディスプレイがついていて、駅員の顔が映っていた。
『何かありましたか?』
「わからないです。とにかく、急に停止しました」
『こちらには、車両の緊急通報ボタンが押されたと表示されてますが』
「緊急通報ボタン??」
 マミの方を向くがマミも同じ気持ちだったようで首を振った。
「押してません」
『車両先頭部にある、1番の緊急通報ボタン……』
 新交通の職員が何かを確認するような様子していたと思うと、突然、映像が途切れた。
 同時に、ガチャン、と大きな音がした。
 鍵が開いた音。
「キミコ! あれ!」
 先頭車両の先頭部分のドアが開いた。
 そこから、真っ黒な首無しーーE体が出てきた。
 ドアを過ぎた部分から大きくなっていった。それはまるで、風船のように膨らんでくる。もうこのドアから戻れる大きさではなっていた。
「いぃやぁーーーー!」
 耳が潰れるかと思うほどの絶叫に目をつぶった。目をつぶっても音は遮れないというのに、何故こんな反応をするのか、自分の行動が不思議だった。
「マミ、落ち着いて。とにかく後ろに行こう」
 震えてしまって、歩けそうにないマミの背中を押しながら、〈転送者〉と反対の方向へ進む。
 さっきE体が入ってきたのと同じドアが見える。
 違う…… あそこは開かない。
 普通の乗車用ドアを緊急レバーで開放して、そこから逃さないと……
「マミ、電車を降りよう」
 赤い印がしてある箇所の、開放レバーを、説明の通りに操作する。これでドアが開閉するはず。
「開かない?」
 もう一度、取っ手に力を込めて、引く。
「どうして!」
 開放用の赤い装置をもう一度書いてある通りに順番に動かす。きっちりと手応えがある。これで開かないなんて…… 車両メーカーを恨むべきなのか、鉄道会社の整備員を恨むべきなのか……
「開いて!」
 E体がゆっくりと近づいてくる。
 私達を獲物、と認識している。
 しかし、E体は、車両の継ぎ目で引っかかって体を曲げたり、向きを変えたりしている。
「マミ、とりあえずそこに隠れて」
 私は運転席横のコの字になったスペースにマミを連れて行った。
「けど、き、公子はどうするの」
 そう言うマミは足が震えて、まともに立ち上がれそうになかった。
「戦う」
「危ないよ! 今度こそ死んじゃうよ、ね、一緒に隠れて」
 確かに…… 少し、いやな予感がした。
「二人隠れることができるほど広くないから。私が囮になる。多分、戦っていれば、窓なり扉なり、どこか開くから、そこから逃げて、約束だよ」
 マミは小さくうなずいた。
 その仕草があまりに可愛くて、頭にキスをした。
「じゃ、行ってくる」
 とにかく、時間を稼ぐことと、脱出ルートをつくることが肝心だ。
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 美容室や理容室にいけば、そんなことは誰でもしてもらえるのだが、小さいころ、母が自分にそう言ったことを思い出したのだった。
「大げさだね」
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「制服はそこに畳んであるから、着替えたら病衣はこっちのカゴにいれといて」
「わかりました」
「ほら、いいわよ」
 看護の人がカーテンを開くと、マミが病室へ入ってきた。
「びっくりしたよ、公子、どうしたの」
「うん…… 貧血だって」
「急に?」
「詳しいことは寮に戻ったら話すね」
「一緒に帰ろ」
 カーテンをもう一度戻し、私は制服に着替えた。先生がやってきて軽く状態を確認されて、そのまま手続きをした。両親へは連絡をしてくれているそうだ。
 スマフォに両親から連絡があったが『来なくても大丈夫』と返信した。来て、と言ったところで両親には何か理由があって、どのみち来れないに決まっている。
 マミと二人で近くの駅まで行き、百葉への新交通に乗った。無人運転の二両編成。途中駅までは多くの人が乗っていたが、百葉に近くなるにつれ、多くの人が下り、乗り込む人が減っていった。
 後二駅過ぎれば次は百葉、というところで車内は私とマミだけになってしまった。
「あれ、本当に私達だけになっちゃったね」
「まあ、この先は全部駅も無人だし」
「座り放題、寝放題だね」
 カバンを枕にして、長い椅子に横になってみせた。
「私もやってみよう」
 マミも向かいの椅子で同じような格好になった。
「なんか変な感じ」
「そうだね」
 某システムダウンが起こってから、それを中心とした街や村は避難地域に指定された。そこに住む人たちの意思にかかわらず、強制的に退去させられ、避難したのだ。
 それに伴い、他の人も怖くなって移動を始めた。自主避難と呼ばれたが、それもしかたがないことだった。
 避難地域の近くでは、民間のサービスはもちろん、行政サービスですら受けられなくなり、治安も悪化していったからだ。
 だから今〈鳥の巣〉へ近づけば近づく程、人がいなくなる。そういう構造になっていた。
「〈転送者〉って今日初めて見た」
「私もだよ」
 クラスの仲間から目撃談は聞いたことがある。
 出現を予測出来る人もいるようだ。
 そういう人のネットワークを使って、スマフォに知らせるような仕組みを作っている人もいるらしい。まぁ、それが正確ならば、私もつかいたい。
「もっと弱いんだと思ってた」
「確かに」
 〈転送者〉で死人がでたとは聞かない。
 必ず逃げてこれていることから推測して、そんなに強い生物ではないのだと考えても不思議はない。
「マミは怖かった?」
「……うん」
 マミの表情をみた。
 これは結構深刻な状況だ。
 やっぱりマミには、〈転送者〉を打ち倒す適正がない。
「あ、そうだ。今なら話せない?」
 マミが体を起こした。
「なんだっけ?」
 私も体を起こした。
「貧血になった理由(わけ)」
「そうだね……」
 誰が乗ってくる訳でもないし。
 監視カメラはあるかもしれないけど、それは寮だって同じ。
「!」
 急にブザーがなった。
「緊急停止します 緊急停止します」
 急ブレーキのせいで、マミは椅子の上で倒れてしまった。
 立ち上がって、手すりに捕まる。
 進行方向のガラスを凝視するが、何も見えない。
「何、何だっていうの?」
「見えない。別に何もないけど」
 そう言っているうちに、列車は完全に停止した。
「なんだろう…… 私、前の車両にいってみる」
 マミは椅子に座りながら震えている。
 やはり朝の出来事がショックだったのだ。
 もしかしたらこれも〈転送者〉の仕業、と考えてしまうのだろう。
 しかたないことだ。
 正直言えば、私だって怖い。
「行かないで」
「えっ……」
 マミに腕を握られた。
 二つの胸の膨らみに、挟まれた腕の感触が、私によこしまな考えをもたらす。
 
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先週末と状況は変わっていません。ギリギリな感じです。 
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ちょっと決めかねているのですが、『僕の頭痛、君のめまい』の方を休止するかもしれません。
そこまで行かなかったとしても、TTBを月・水・金にして、僕の…を火・木とします。
週末の具合によって変更します。
すみません。
よろしくお願いいたします。
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