2016年03月31日 僕の頭痛、君のめまい(94) クスリが切れたのだ。おそらく剣道部員を救急車が連れて行った、あの騒ぎで遅れたせいだ。 急速に覚醒していくボクの感覚は、どう考えてもコントロール出来ない程の激しい運動だった。『まさか、リレーの途中?』続きを読む
2016年03月30日 ツインテールはババア声(33) 「お前が連れて避難させろ。一番近い施設に」 一人がうなずく。 残りの男たちは背負っていたライフルのようなものを確認しながら、持ち替えた。「お前も銃を構えろ」 私の横にいた迷彩服の男も、銃を構えた。「早く逃げろ」 そう言って、四人は私が行こうと迷っていた通路へと歩き始めた。 横にいた男が後ろに周り、私の手錠を外して言った。「さ、こっちだ」 私達は最初に入った入り口へ、階段を降りた。 二十四番のカウンター脇から外に出ると、馬が繋がっていた。「馬乗ったことある?」 私は首をふった。「そりゃそうか。だが、今は非常事態だから、乗ってもらうよ。誘導はこっちがするから、君は手綱を持ってさえいれば大丈夫」 馬の鞍にしがみつき、迷彩服の男の膝を足がかりにしながら、乗り込む。 指示されたように手綱を握ると、男は軽々ともう一頭の馬へ乗り込む。 コツコツと音がして男の馬が回り込むと、私の馬の横っ腹を蹴った。 弾かれたように馬が走りだした。 跳ねるように激しく馬が上下に動く。 私は痛くてまともに座っていられなくて、怖かったけれど、片手で鞍の出っ張りを握って腰を浮かせた。 しばらくすると、男の乗った馬が追いついてきた。「!」 滑走路を叩く蹄の音の合間に、銃声が聞こえた。 男は後ろを振り返る。「君は振り向かずに真っ直ぐ施設に逃げろ」 男の馬は旋回し、空港施設へ戻っていくようだった。 それを見たせいなのか、自分の馬も速度を落した。 鞍におしりを付けて、両手で手綱を取り直すと更に走るスピードが緩くなった。 私は恐る恐るうしろを振り返った。 もう遠過ぎて、何も見えなかった。日中であればもしかしたら何か見えたかもしれないが、真夜中近くの時間帯であり、灯りも一切ない〈鳥の巣〉の中では、月と星の光で建物の輪郭が分るぐらいだった。 そのまま入ってきた方へと進むと、金網沿いに空港の外へ出れる場所を探した。 馬は完全に歩きはじめていた。 どうすれば馬を再び走らせれるだろう、と思い手綱を引いたが、逆に止まってしまった。 私は馬に話しかけた。「君と一緒に空港の外へ逃げれないけど…… 多分、空港内の雑草を食べればしばらく生きてられるよね?」 首のあたりをポンポンと叩くと、完全に止ってしまった馬から飛び降りる。 少し走って、跳躍した。 金網を飛び越え、空港脇の道へ戻ると、そのまま道をマミがいる建物へ駆け戻った。 最初に入った出入口から中に入ると職員が目の前に飛びだしてきた。「どこに行ってた! 緊急事態が起ったぞ」「空港施設の件ですか?」「場所までは連絡がないが、近くで〈転送者〉が出た。地下駐車場にバスがあるから乗って待機して」 うなずいて、職員の後ろについて早足でついて行くと、男が一人やってきた。「すんません、大変なことが!」 男は慌てた様子だった。確か、私達がここについた時にいた業者の人。「なんですか、もう大変な事になっているのは連絡済みの筈ですが」「違う違う。そうじゃなくて、納品したサーバーラックに……」 業者の人は、職員と私を追いかけてくる。「君といい、あの業者といい…… そうだまだもう一人いたぞ。君と一緒に来た女の子、その子も駐車場に来てないし」 私は職員の腕をひっぱって止めた。「ちょっと待ってください。マミが? マミがいないんですか?」「だから、大変なことがあるって、こっちの話を聞け」「あなたは何なんですか?」 業者の人が、ため息をついてから、話しはじめた。「……女の子がサーバーラックを見に来たんだよ。そうしたら、こっちが頑張って組み立てたサーバーラックを壊しやがって」「壊す…… マミがですか? マミの事?」「名前なんか知らねぇよ。折角付けたサーバーラックの扉を端から外していきやがんだよ」『なんだと/なんですって』 職員と私は同時に絶叫した。 この業者には、ここが〈鳥の巣〉内だという感覚がないのだ。あるいは建物内だから関係がないと思ったか、なにかそんな安易な誤解なのだろう。「とにかくサーバールームに行こう」「君は駐車場に避難して」「マミがいるなら、私も行きます」「言うことを聞いてくれ」「サーバーラックはセキュリティ上コイツが必要だって、いつも親方から言われてんだよ。付けて当然だ」
2016年03月28日 ツインテールはババア声(32) 車の通った道を進んでいくと、滑走路が見え始めた。 ようやくここまできた。 道なりに進んで、滑走路を見下ろせる位置に立ち、跳んだ。 暗闇への跳躍で、最初のころに感じた恐怖が蘇ったが、一瞬の後、何事もなく滑走路に降りていた。 空港なのは間違いないが、空港の建物まではまだ遠い。 もう誰も見ていない。 思い切って何度か跳躍を行い、次第に空港施設が近づいてきた。 どの建物だったのか、記憶にはない。 順番に端から見て、思い出していくしかない。 建物は扉という扉が壊れていた。 某システムダウンの際に〈転送者〉が行ったものか、〈鳥の巣〉を維持するために、後から入った人が壊したのかそれは分からなかった。 私は、ガラスが砕け散っている入り口から空港の建物内に入る。 入るとすぐ横に、二十四番、と書かれた受付カウンターがあった。天井から下がっている表示用のディスプレイは、下半分が吹き飛んだように壊れている。受付カウンターは電気を入れれば動きそうなほど綺麗だったが、待合いの椅子は壊れ、つないでいた金属もねじ曲がっていた。 どこかで小さなLEDが光った気がした。 何者かがいるのか、と思って少し体をかがめ、辺りを見回すが何もない。 慎重に階段を上がっていくと、長い通路が奥の建物へと繋がっている。ちいさな売店があったが、店員用のドア部分を中心に破壊されていた。 通路にそって同じようにおみやげなどの店舗が並んでいた。やはりドア付近から壊されていて、一部の商品はそのまま床に転がっていた。 最初は暗くてよく見えなかったが、何件か通り過ぎたところの店の床に、小さな帽子が落ちているのに気がついた。 私は帽子に対して、何かモヤモヤと感じ始めて、足を止めた。 もう一度その帽子を良く見て、手に取ってみる。 店の売り物ではないようだ。 帽子は黒いキャップで、つばの上の正面だけが白く、そこにピンク色の文字が書かれている。『帽子、帽子落としちゃった』『あっ、さっきのお店じゃない?』『危ないから早く逃げるのよ』 何もかもがぼんやりとした人物がそう言った。お友達の名前も、そのお母さんの顔も思い出せない。『じゃあ、私が取ってくる!』 長い廊下を走り出す。 後ろから父がものすごい勢いで追ってくる。『公子(きみこ)! ダメだ、公子! お前も言っちゃダメだ』 腕をつかまれて、足が浮く勢いで引き戻される。『さっきの化物がまだいるんだぞ』 ものすごい形相の父。 頭が痛い。 そうか。多分、これが探していた友達の帽子。 この廊下の先を進んでいった先に、私の求めている答えがあるに違いない。 行けば五年前の記憶が蘇えってくるのだろうか。 この先になにがあるのか、考えるのが怖くなっていた。 暗闇に対しての恐怖ではない。恐らく、消えた記憶を取り戻すのが怖いのだ。怖くて忘れたんだ。 自らその記憶に触れに行っても、再び記憶を失わないだろうか…… ここまで来て、その先に踏み出す決心が出来ずに、私は通路の向こうを睨みつづけていた。「誰だ!」 どこかにセンサーか、あるいはカメラがあったらしい。私は誰かに誰何(すいか)された。 背後から照らされた光りで、正面に自分の影が現われる。と同時に、廊下の先の様子が映しだされた。 壁には弾痕や血の跡が、床にも同じように跡が複数ついている。 あの時。 某システムダウンの日。 大量虐殺(ジェノサイド)がここであったのだ。 床を直視して、息が止まりそうだった。「手を上げろ」 ゆっくりと手を上げてじっと待つ。 不法侵入がバレてしまった。ああ、これで二度と〈鳥の巣〉の中には入れなくなってしまうだろう。どれだけ言い訳をしても、危険人物は二度とゲートをくぐれない。ならば、いっそこの先に踏み込んでおくべきだった。自分の覚悟のなさが悔しい。「よーし、そのまま、ゆっくりと振り向け」 男の声の方に、足先を少しずつ左へ回し、振り向いた。「女の子じゃないか……」 こちらを照らしているせいで、男たちの様子があまり見えない。「ここでなにをしていた?」 ライトを少し下げ気味にすると、迷彩服の男達が取り囲むように近づいてくる。「IDを下げている。スキャンしろ」「道に迷ってしまって」「悪いがその言い訳は通用しないぞ。立ち入り可能区域から相当踏みこんだ場所だからな」「何を持っている? 渡せ」「大事な帽子なんです。これを探しに来たんです!」「取り上げるわけじゃない」 帽子をツバを後ろにして、私の頭にかぶせた。 その後、腕を後ろに取られて、カチャリと音がして固定された。手錠のようなものだろう。「すまんな、〈鳥の巣(ここ)〉を出るまで……」「!」 一人の男が手を横にして全員を制した。 無線に何か情報が入ったようだった。「近くで〈転送者〉が出たらしい。こんなに経っているのに。まだ空港施設内の扉が全部処理出来てないってことか」「この娘(こ)はどうする」
2016年03月25日 ツインテールはババア声(31) 「うん。割とついてないところ多いよね」「そうじゃなくて」「けど、トイレするのには関係ないじゃん」「ここドアがないのよ?」 私はつながりが分からなかった。「丸聞こえになっちゃうじゃない」「いいよ、あれ時々酷い音がするもん。あんな音を出してオシッコしてるって思われたらやだよ!、ってぐらいバッシャーって感じでさ。あと、擬音装置がないなら、本当に流せばいいじゃん」「あ、そうか」「何事も基本は大事ね」「うん分かった」 マミがジーンズを下げようと手を掛けて止まった。「どうしたの。まだ何か足らないの?」「あっちむいて」 マミに押し戻され、外方向へ向き直った。 とにかくドアやら蓋がないのは、大変だった。 しかし、こうやって中では〈転送者〉から身を守っているのだ。かえって〈鳥の巣〉の外の方が、ドアや蓋が放置されていて危険かもしれない。 マミはさっき言っていた通り、水を流しながらトイレをしていた。ただ、トイレの流れる音はそれほど大きくなく、小をしている音がしっかりと聞き取れてしまった。 何か、その音を聞き分けてしまうことが申し訳ないような気持ちになってきた。 水の流れがとまっても、まだ続いているようだった。慌ててもう一度水を流していた。まさかマミが泣きそうになっていないかしら、と少し心配になった。 その水の流れの音が終わって、しばらくするとマミが言った。「ありがとう、それじゃ交代ね」 マミの表情は、あの音で他人には聞こえなかった、と信じているような風だった。 自分が変わりにその便座に座る段になって、何か妙にその音に敏感になっていた。 どうしよう。 スカートを捲くってから下着を下ろし、便座に座ると、マミの温もりを感じた。「あったかい……」「しょうがないでしょっ!」 少しこっちを向きかけたマミ。「見てもいいよ」「見ないっ!」 マミはそう言うと、ぎゅっと手を結んで手足を伸ばす。絶対振り向くもんか、という気合が見えるかのようだ。 しかし、出ない。 おしっこの音に対して過剰に反応してしまっている。 寸前まではしたかったのだから、絶対に出るはずたった。「私も水流してみる」「ほら、やっぱり」 水が流れる音がすると、何か少し気持ちが楽になって、おしっこが出た。 しかし、水がだいぶ流れた後から始まったせいか、次第に自分のしている音の方が大きくなってしまった。「……もうヤダ。早く終わって」 もう一度水を流そうとするが、なかなか流れ出ない。妙に自分のしている音が部屋に響きわたっている。「ヤダヤダ…… これ、早く水流れてよ!」 なんとかトイレを終わって、拭き終わったペーパーを流し終えると、涙がこぼれた。 さっきまで平気だったはずなのに。「マミ、聞こえた?」 マミは首を振った。 ウソだ。私はマミのが聞こえた。ということは変な感じにズレてしまった私の音は、聞こえたに違いない。「本当?」 マミは振り返った。「うん。大丈夫だった。心配しないで」 やさしい表情に救われた気がした。 最初はあんなにトイレ用擬音装置をバカにしていたのに。本当に自分は弱いクセに意気がってバカみたいだ。 トイレを出た後、マミに抱きしめられた。 やさしくされると、よけいに涙が出てしまう。 しばらくそうしていた後、私は考えていたことを実行することにした。「マミ、私ちょっとやりたいことがある」 マミと分れ、私は建物の外へでた。 職員に見付からないように、走ってフェンスまで近付き、よじ登って乗り越えた。 恐らく〈転送者〉がこないように監視しているカメラには自分の姿が映ってしまっているだろう。けれど、外に逃げてく奴をおうような事はしないはずだ。フェンスの外は〈転送者〉がいるかもしれない。その上、人の住まなくなった〈鳥の巣〉ではフェンスの外は野生動物の世界なのだから。 くさむらをわけいるように入って、私は空港を目指した。 さっき車からみた感じだと、歩いても十分、十五分あればつくだろう。 建物の灯りが届かなくなると、途端に進むのが困難になった。道路沿いに進めば空港へ戻れると思っていたのに、どっちが道路の方向かわからなくなる。 やぶをかき分けて、建物から十分遠ざかったところで、道に戻った。ここまで離れれば監視映像には映らないだろう。
2016年03月23日 ツインテールはババア声(30) 言われた通りの部屋に入ると、各々が適当に席に座り、キーボードとタブレットを使って業務を始めていた。立っていた職員がこちらに寄ってきた。「君たちは説明が必要かな?」「はい。私達初めてなので説明してください」 中にいる数人がこちらをチラッと見やった。「えっと、久々に説明するからな…… タブレットとキーボードは受け取ったね。一応、中入っているか確認してね。で、タブレット起動させたらID読ませて」 タブレットのSWを押したら、カメラが起動したのでそこに合わせるように三次元バーコードのIDを読ませると、ピッと音がした。「で、起動してきたら指示内容が入っているんでその通り作業してね。指示内容が分からなかったら、指示出してるヤツに問い合わせるか、俺とか他の職員呼んで聞いてみて」 私はタブレットの中を見て、確認した。「あの、システムの構成とかは、このタブレットの中のドキュメントを見ろってことなんですか?」「その通り。ターゲットシステムの構成とか、コードの納品方法、某システム内での用語とかはドキュメントみて。後、知ってるとは思うけど、作業の進捗で支払いするから、ドキュメント読んでて過ぎてく時間は金にならないぜ」 なんとなく、要領は分かった。かなりの時間拘束されるから、ドキュメントを読む時間はいくらでもありそうだ。「何か質問は? それでは初めてくれたまえ」 そう言い残すと、職員は部屋の隅の椅子にさっさと戻って行った。「マミは大体わかった? 説明しようか?」「見ればいいとこだけ教えて」 マミはタブレットにIDを写してログインした。最低限読むべきドキュメントと、何をどこに置けば良いのかを説明した。「へぇ、タブレット内で全部実行まで確認できるのね。後はここに放りこめばいい、そういうことね」「そうそう」 マミはこういう事の飲み込みが早い。 ここに入るためのWEBスクリプトの資格も、本当に三四日で試験に挑んで合格している。普通は二三ヶ月きっちり準備する試験なのに、だ。結果はギリギリの点数だたそうだが、資格を取るのが目的なのだから、最高に効率がよいやり方と言える。 私はマミは、しばらくはドキュメントを読んでお互いに疑問点をぶつけ合いながら、理解を深めた。 ドキュメントにもない部分については、タブレットに入っているメッセンジャーで責任者へ質問した。この部屋に無線LANがあるのは間違いないのだが、なぜこれを〈鳥の巣〉の外部まで拡張しないのか分からない。 以前からの疑問だったので、業務とは関係なかったが、メッセンジャーでたずねてしまった『なぜ〈鳥の巣〉(ここ)ではLANが使えるのに、ネットを外に繋がないんですか?』すると答えが返ってきた。『余計な質問をするな』。本当に理由を誰も知らないか、触れてはいけない内容なのだ。「そろそろ私は設計入れるよ」「マミ早いね。私はもう少し読んでからにするよ。先始めてて」 私はタブレットを渡されたバッグに戻して部屋を離れた。「どこいくの?」「ちょっと化粧室」「あたしも」 マミは慌ててタブレットをバッグにしまった。 部屋を出ると、天井が高く、配線はむき出し、照明は直接金具からぶら下がっているのに気付いた。「公子危ない!」 急に腕を掴まれた。「うわっ! 何これ」 床に四角い穴が開いていた。 一応、回りに三角コーンが置かれていたが、天井に気を取られていた私は、床の穴に落ちるところだった。「ありがとう。助かったよ……」「要するにあれだね。点検口の類をつけると、そこが蓋やドアのようになって〈転送者〉が出てくる、という……」「あっ、分かった。マミ、早くトイレ行ってみよう!」 私は掴まれた手を引いて、トイレに急いだ。 トイレの入り口もドアがなく、中に入って個室にもドアが無かった。「やっぱり……」「え〜 落ち着かない〜」「大丈夫、一人づつ交代ですればいいじゃん」「えっ、それもそれで嫌な感じが……」「見ないよ。見ちゃダメって言われれば」 マミは睨んできた。「ウソだよ。見ない。ほら、バッグもってたげる」 マミは真ん中の個室に入っていった。 私も隠す為と見張りの為に一緒に行く。「あ…… あれがない」「えっ、ナニナニっ!」「なんでそんなにこっち見たがるの?」 私は手で目を押さえた。「ごめん」「まだしてないから見ていいよ。ほら、トイレ用擬音装置がないのよ……」
2016年03月21日 ツインテールはババア声(29) 私達の後に、四、五人が無言で乗り込んできてしばらくしたら、ドライバーの持っているタブレットの画面がフラッシュした。 するとドライバーは運転席から離れ、車内をタブレットを持って回り、乗客のバーコードをなれた手つきで撮影していった。「じゃ、出発します。初めて乗る人もいるようだから、説明するよ」 ドライバーはそう言ってもう一度運転席に回って、振り向いた。 指をさして言う。「こっから先はドアというドアがないから。車ではそことか、ここから落ちないよう、しっかりつかまっててくれ。あとドアがないから空調に関しての文句いわないでくれ。寒い熱いは自分で調節だ。じゃ、行くぞ」 そう言うとエンジンをかけた。 沢山のバスが合流しながら、一本の道を中心へと向って走っていく。 マミが前を見て言った。「まだそんなに夜も遅くないのに、向うは真っ暗だね」「灯りつける人が住んでないんだもん。しかたないよね」 〈鳥の巣〉の中心部へ向けて車が走り出した。 道路は外の世界とは逆向きにガードレールがしかれていた。人が住まなくなって、動物だけになってしまった〈鳥の巣〉内では、車から人を守るというより、動物から道を守らなければならないのだ。 ガードレールもそうだが、一定感覚で黒くぽっかりと開いた穴が見える。たぶん、これはマンホールだ。蓋をすれば〈転送者〉が出てきてしまう。だから蓋が出来ず、よって道の脇に作るしかないということだろう。「さっき並んでいる時にWEBスクリプトって言ったらおじさんに笑われたじゃん? 学校のあの資格じゃだめなのかな」 私は首を振った。「大丈夫だよ。学校でやっていた試験だって充分だし、WEBスクリプトだって必要なんだよ。ほら適材適所ってやつ」「公子は他のも出来るんでしょ?」「少し読めるくらいだよ。書けるところまではいかない。今日は同じ配属だし、同じWEBスクリプト使うんだから気にしないで」「うん」 二十分ほど走っていると、道の先が分岐していた。殆どのバスは某システムダウンの中心である、タワー側へまっすぐ進んでいった。 私達のマイクロバスは、左へ曲がりながら坂を上がっていった。高架になった道を進んでいると、左手に巨大な空き地が見えた。 マミが言った。「何、ここ? なんにもないけどひたすら広いね」「本当だ…… あっ、あれ、管制塔……」「かんせいとう?」「……」「どうしたの、公子?」 管制塔は空港にあるものだ。 ここが私が友達と降り立った空港。そして、某システムダウンが発生した。 頭が痛い。 何か、何かあったはずだ。 そもそも、某システムダウンとはなんだったのか。何が発生したことを言うのだろう。「公子?」「あっ、管制塔っていうのはね、飛行機の離発着を指示したりする建物のことだよ。飛行場の要だよ」「あ、その管制塔ね。知ってる」 ここだ。 ここでの記憶がないのだ。 道は急に坂を下り、空港の様子は見えなくなってしまった。もっと見ていれば、何か思い出したかもしれない、そう思うと悔しかった。 マイクロバスが到着すると、そこには一台先にトラックが止まっていた。大きな板状のものを多数下ろしていた。 私は建物に入る時、受け付けしていた職員にたずねた。「あれは何を運び込んでいるんですか?」「あ、あれか。足りなくなったサーバー用のラックを運び込んでるんだ。業者が〈鳥の巣〉(こっち)に慣れてなくて、危うく扉の付いたトラックで乗り込むところだったんだ」「へぇ。扉があったら〈転送者〉がきてしまいますよね」 職員はこっちを変な目でみた。「私、何か変なこと言いました?」「いや、別に。あんた、〈鳥の巣〉(なか)入るの初めて?」「はい。友達と一緒で、初めてです。よろしくお願いします」 頭を下げると、職員は言った。「お辞儀なんかいいから。さっさと中で仕事の指示受けてね」 手で追い払われるようにされ、私とマミは中へ急いだ。 仕切りがあって、それをグルグルと歩いて抜けていく。建物に入る直前、職員が手提げバッグを一人一人に渡している。受け取って中を見ると、キーボードとタブレットが入っていた。「それもって右に入って」 右にあった入口から建物に入った。 殆どがコンクリート剥き出しの殺風景というか、化粧板のようなものはなにもなかった。マイクロバスと同様に、建物内にもドアや扉の類はなかった。部屋の仕切りはあるのだが、扉がない分目隠し目的で立てられた板を避けるように遠回りして歩かなければならない。
2016年03月18日 ツインテールはババア声(28) 小さなバスがやってきて、また何人か降車し私達の後ろへ並んだ。 マミの後ろに並んだおじさんが言った。「珍しいな、女の子がいるよ」 言うなり、口元がニヤけたせいか、何か身の危険を感じてぞっとした。 確かに、並んでいる人の列を見ていたが、女性はゼロではないものの、割合としては九対一かそれ以下だった。〈鳥の巣〉の中の事件は全く報道されない。やはりマミを誘うべきではなかった、と後悔した。 マミはそんな気にしていないように、おじさんに話しかけた。「女の子はそんなに珍しいですか?」「女性はいるけどね。君らみたいに若いのは初めてみたかな」「ちゃんと資格もってますよ」 学校から出してもらったコーディング資格のことだった。 正直、あまり胸を張って言うほどのレベルではない。「へぇ。言語は何やんだい?」「WEBスクリプト」 後ろのおじさんだけではなく、やり取りを立ち聞きしていた周りの人達が爆笑した。 マミの顔が真っ赤になってしまった。「制御系言語ばかりが偉いみたいなのやめてください。おじさんたちは他人の気持がわからないんですか」 私の声の大きさのせいか、一瞬警備の隊員が一斉にこっちを向いた。「あっ、いや、すまんそういうつもりはないんだ」「いえ、わかってくれればそれで結構です」 それから、プレハブにつくまで周囲は静かになってしまった。私はマミにどう声をかけていいのかわからず、マミもうつむいてしまっていた。 プレハブ小屋にはいると、持ち込み物を検査された。中に持ち込めないものを持ってきている人は、宅配で送り返すか、ここで捨てるしかなかった。私達のバッグの中身のチェックは女性の担当員がやってくれた。 プレハブ小屋を抜けると、ゲート内に進んだ。 〈鳥の巣〉の中だ。 七年。 入りたくても何も出来なかった七年前。某システムダウンの時は、小学生だった。高校生になって、やっとこの内側に入れた。 きっとこの中に答えがある。 一人ひとり、小さな紙切れを渡された。 3Dバーコードが書かれていて、フォルダーに入れて首からぶら下げる。スキャンする度に行き先のバスの位置を指示される。 私とマミの行き先に止まっていたのは、学校のマイクロバス程度の小さいバスだった。 中にはドライバーと、乗客のおじさんが一人座って寝ていた。 ドライバーに「よろしくお願いします」と告げて、奥の並びの席に座る。 窓の外には田舎町の小さな駅前の光景があった。ただ、街のドアというドア、入り口という入り口には土のうやら廃材が積まれていた。そして窓からの灯りは一切ない。 廃墟。 避難地域に指定された内側では、誰も住むことが出来ない。住むことが出来ない中に入って、誰かが作業しなければならないのが不思議な感じだ。これだけの人が必要なのに、中では人は暮らせない、というのだから。「公子、この車もそうだけど、あのバスとかも変じゃない?」 マミが指差す方向を目で追った。「えっ、なに? 分からない」「よく見ると、ドアがないでしょ?」 じっとバスの様子をみる。確かに乗り込む人の流れで気付かなかったが、よくみると戸袋の中にもドアがない。「ほら、あっちのタイプのバスならもっとよく分かるよ」 扉が車両の外側に出てくるタイプのドアがあるはずだった。ドアらしい出入口がまったくない。「このバスも?」「ほら。ドライバーさんのところも無くなってる」 〈転送者〉の侵入経路をすべて絶っているということなのか。〈転送者〉が単純に何もない空間から出現しないことを考えれば、ドアや扉の類を排除すれば出てこない、そういうことなのだ。 私はもう一度逆側の、廃墟となった駅前の様子をみた。 すべての出入口は、もうドアや扉として機能しないようになっている。見るとマンホールも側溝の蓋も、全くなくなっている。「そうか。そうやって〈転送者〉が出てこないようになっているんだね」 マミはバスの後ろをみた。「あ、ここにも小さいドアがあったのね」「本当だ…… どうりで寒いと思った」 マミが後ろを見ながら、ポツリと話した。「この〈鳥の巣〉のゲート自体はドアじゃないのかしら」「……」 まさか、そんな間抜けなことをやる訳ないよね。 そう思いながら私はゲートの大きさを目で追った。
2016年03月16日 ツインテールはババア声(27) 「だって、同じ人を襲うって。あれ、本当なの?」「本当のはずないよ。そんな噂だって今初めて聞いたし。大丈夫、そんなに〈転送者〉が出るなら学校だって大変なことになっているから」「……そうだよね。学校に出たっていうのはないんだもんね」「あれだけドアやら扉の類がいっぱいあるんだから」 向き合って寝ていると、マミは私の太ももの間に足を差し入れてきた。「な、なに?」 マミが私の部屋着のズボンを引っ張り下げてきた。「え? なんなの?」「直接肌をくっつけた方が、あったかいよ」 私は一方の足を引いて、マミの足に重ならないようにした。 マミは太ももをすりつけてくる。「すべすべして気持ちいいね」 私も布団の奥に手を伸ばして、マミのふとももに触れる。「ひゃっ!」「マミの足の方がつるつるだよ」「手で触るなんてズルいぞ」 お返しとばかりにマミの手がふとももを撫で回す。他人に触られたことのない部分に手が触れると、反応が過敏になってしまう。「ね、ちょっと…… や、やめない?」 差し込んでくる足のせいで、マミの手があそこに押しあたっていた。気持ちが悪いのか、良いのかと言われれば…… 良いのだが、興奮してしまって寝れなくなってしまう。 ふとももを触っていた、と思っていたマミの手が、あからさまにパンティを撫でるようになっていた。「ね、ねぇ。本当、どこ触ってるの?」「公子怒っちゃった?」「怒ってないけど」「けど怒ったみたいな口調じゃん」「怒ってないから」 横を向いて寝ているせいか、少しからだが痛くなったので、仰向けになった。「マミ、もう止めにして、さあ、寝ようか」「え〜 もうちょっといいでしょ」「寝よ寝よ」「ほら、どう?」 マミは私の上に覆いかぶさるようになり、私の足を挟み込むように擦りつけてきた。 また、あそこが刺激される。「あっ…… マミ」 マミ自身もおまたの敏感な部分を私にすりつけているようだった。 互いの吐息や喘ぎが、さらに二人を興奮させていく。『そ、そこ気持いい……』『私の胸、触りたかったんでしょう?』 マミは上体を起し、裾をまくって部屋着を抜いだ。 かわいいブラから大きなバストがはみでそうだった。『私の視線に気付いてたの?』『お風呂に行くとき、後ろからお尻を見ているのも知ってるよ』 私は恥しくて顔が熱くなった。『公子に触られたい、って思ってた』 マミの胸が顔の前に近付いてくる。興奮しきった手が慌ててマミの胸を傷つけないように、そっと手をのばす。「公子、公子、起きて、アラームなってるよ」「えっ!」 いつもの妄想ではなかった。完全に寝ていたようだ。「早くしたくしないと」 私は急いでバッグを用意した。 寮を出るとき、神代さんが不思議そうな顔でこっちを見ていた。 何も問い掛けてこないから、手を振ったら、ぼんやり手を振り返してきた。 私とマミは、学校の南側へ少し行ったところにある、〈鳥の巣〉のゲートへ向かった。 十五分ほどで学校の辺り、さらに十五分進んでゲートにたどりついた。 ゲートの脇には何台かのバスが止り、人が降りてきていた。 降りた人々は、ぐるぐると折り返しながら受付をしているプレハブへと続いている。「凄い人の数だね」「そうだね。大体の出入り人数は知っていたけど、実際こんな列になるとは思わなかった」「意外に学校から近いし」 ネットとか、地図では学校とゲートの距離は知っていたが、リアルにこれだけ近い場所だったのか、とか、こんな行列になるのか、頭で想像していたのと随分印象が違ってきた。 少し先に見えるゲート内の警備は、どうやら軍が行なっているらしい。 目の前の人の列を警戒しているのは、警察の隊員だった。けれど今日行った警察署の外に立っているような棒を持っているだけではなく、盾もヘルメットも装備していた。列の後ろに並ぶと、あっちこっちから変な目で見られているような気がする。
2016年03月14日 ツインテールはババア声(26) 振り返って、山咲の顔をみると、ニヤリと笑みがこぼれた。「本当にごめんね。別に何かしようとしたわけじゃないんだよ。すまなかった」 信じられない。 本当にすまない、と思っているのだろうか。 山咲は警察署のオートドアのところまで付いてきて、私達が出ていくところを見送った。 警察署を出て、棒を持って立っている警察官に会釈をすると、急に汗が出てきた。「なんかすごい緊張した」「そう? 最初に部屋に通された時はビックリしたけど。大声だして公務執行妨害だ〜とか怒られるのかと思ったから」「いや、なんかあの山咲ってひとの雰囲気が怖い」「別に普通だったけどなぁ。ずっと笑顔だったし。公子、気にしすぎだよ」「けど、いきなり〈転送者〉の事件のこと聞いてくるしさ」「ああ、鬼塚さんに口止めされてたことだもんね。あの時は少し思った」 二人でまた新交通の駅へ戻り、百葉行きの新交通に乗った。 乗った時は乗客が多かったのだが、やはり次第に人が降りて行き、残り二駅になると二人きりになっしまった。マミは手を握ってきた。「また出たりしないよね」「出ないよ」 手を包むように握り返す。 私だって確信なんてない。 昨日の今日で、同じように一人も乗っていない。この雰囲気はまた出るのではないか、というには十分なものだった。 いつもなら肩が触れ合い、手と手を握りあえば妄想が始まるのだが、緊張が強く、全くそういう気になれなかった。 触れている場所全てから、マミの怯えようが伝わってくる。「大丈夫」 何度もそう言った。 今日こそは、無事に寮に帰って、外泊届けを出さなければならない。 外泊の学校側への申請は、以前からしていたのだが、昨日は事故でいけなかった。〈鳥の巣〉へ行く話のことだ。 今日の放課後、担任に外泊になる日付を更新した上で、承認してもらっている。 ただ、寮に帰るのは、それだけのためではない。 夜間作業になるため、仮眠を取る必要があるのだ。 普通、何も用のない人は〈鳥の巣〉内に立ち入ることは出来ない。 しかし、〈鳥の巣〉内に入る人間もいる。それは某システムダウンの復旧に関わる人だ。 現状、物理的な復旧も、ソフトウェアの復旧も、すべては〈鳥の巣〉の中で行われる。 物理的な復旧はともかく、ソフトウェアの復旧もなかでやらなければならいない理由は一つ。某システム内から、外部と接続出来ないためだ。これだけの時間が経っても、外部と接続出来ないというのは、よほど物理的な復旧が難しいか、迂闊に接続できないほど、内部システムの重要度が高いのだろう。 マミは昨日、事件の起きた区間を通り過ぎると、安心したのか横に座ったまま寝てしまった。 私も少し緊張がとけてきた。 まぶたを閉じて、手を椅子につけた。 日差しで暖めれたのか、椅子は温かくて気持ちが良かった。『お客様、終点です』 新交通の車両から呼びだされた。 私もマミと一緒で、いつのまにか寝ていたようだ。 終点の百葉駅には、駅員がいない。 だからこの声は、車載のカメラで車内を確認し遠隔監視をしている人からの声だった。 どこか遠くになる監視施設からの音声が再び車内に流れた。『お客様、終点です』「マミ、起きて」 目を擦りながら、小さくあくびをした。寝ぼけた感じのマミがかわいい。 二人は駅を出ると、寮までの道を歩いてもどった。 寮監が外泊届をチェックすると、その用紙をタブレットで撮影した。「けど〈鳥の巣〉へ入るなんて、あぶなくないのかい?」「平気ですよ、何人も入っているじゃないですか」「だいたいあんたら二人、昨日、〈転送者〉に襲われたんだろう。あれは同じ者を襲うっていうじゃないか」「そんなことないですよ。昨日襲われたところを今日も通りましたけど、なんともなかったですから」 外泊届とタブレットを机の引き出しにしまうと、寮監はそこに鍵をかけた。「そう…… とにかく気を付けてね」「気をつけます」 会釈をすると、私達はそのまま部屋に戻った。 先にマミがベッドに横になると、灯りを消してベッドに戻ろうとする私の手をひっぱった。「さっきみたいにして」「?」「公子が隣にいてくれないと、今日は寝れない」 新交通で寝たように、くっついて寝たいということらしい。「うん、いいよ」「実はね、さっき寮監が言ったことで怖くなっちゃった」 横に滑りこむとマミが布団をかけてくれた。
2016年03月11日 ツインテールはババア声(25) 「遺失物で預けちゃえばいいじゃん」 マミが言う。「だめだよ、すぐに調べて欲しいし、一旦遺失物ってことになったら、それを鬼塚さんに渡すのって、手続き面倒になっちゃうんじゃない?」「なんでもいいから、持ち帰るならそうして。そんなカチューシャ、持ち主も探してないよ」 対応もそうだが、そう言う署員の言い方にも腹が立ってきた。「そうですねっ! 持って帰ります」「公子、そんな怪しげなもの、部屋に入れないでよ!」「けど、警察の人が」「ここは署内なんですから、大声で騒がないで」 受付の制服の署員の後ろから、スーツの男がやってきた。「まあ、落ち着いて」 そう言って、こっちに向かっては優しげな笑みを浮かべ、受付てくれていた署員となにやら話し始めた。すると、受付の署員は自分の席に戻っていった。 スーツの男はカウンターの端を回ると、こちらに出てきて、私達を小さい部屋へ案内した。 三、四人座れそうな大きな方へ私達が座って、男はテーブル反対側の、一人用ソファーが並んだところへ座った。 男は手帳を開いてみせた。手帳の写真は、呆然としたような、変な表情だった。 マミが名前を口にした。「山咲良樹(やまざきよしき)」「君は、確か、しら……」「白井公子です」「木更津麻実といいます」「そうだ。やっぱり。二人とも、この前の新交通の事件の電車に乗り合わせてたってらしいけど」 鬼塚の言葉が蘇った。『いいか、〈転送者〉の事件のことは誰にも言うな。他の警察官にもだ』 マミが手を握ってきた。「どうだった、怖かった?」「……」「そうだよね。怖いよねぇ。うん、いやゴメンね。変なこと思い出させちゃって」 何かこちらを探るような感じがあったものの、山咲はあっさり引き下がった。「で、誰に渡せばいいの?」「えっ?」「さっきもめてたでしょ。ボクが渡しとくよ」「……」 言っていいものなのか迷った。 しかし、さっきの署員に聞けば分かることだし、この話を言わないのは変だ。「公子、何してんの」「あ、ごめんなさい。鬼塚刑事にこれを渡してください」「……これって。髪飾り?」「カチューシャっていうんです」「これがどうしたの?」「……調べてくださいって伝えてください」「そういえば分かる?」 うなずいた。 何か、妙に緊張する。 変な部屋に入れられたせいなのか。 天井や壁紙の模様からすれば、おそらくどれか一つの黒い部分に、隠しカメラとか、隠しマイクがついていてモニタリングされているのだろう。だから署内の部屋としては、きっと安全な方なのだ。 ただ、この男から発せられる雰囲気に、体中が警戒していた。「わかった」 手袋をして、カチューシャを取り出すと、持っていたビニール袋へ入れ替えた。「袋は持って帰る? 捨てとくならボクが捨てとくけど」「……」「どうしたの、緊張してるのかな? いきなり警察の部屋に入ったら何だ、と思うよね。きっと逆の立場だったら、ボクだってそうおもうよ」「公子、なんとか言ったら?」 何か話せる状態ではなかった。「いいんだ、さあ、ちゃんと預かったから、心配しないで。けど、調べたからって何も分からないかもしれないし、何かの手がかりになるかもしれない。とにかく、期待しないでまってて」「ありがとうございます」「よろしくおねがいします」 山咲は立ち上がって、ドア開けた。 マミが先に部屋を出て、私が出ようとした時、肩を掴まれた。「何するんです」 振り返ろうとしたが、握力と腕の力が強くて体を回せなかった。マミは気づかずに廊下の角を曲がってしまった。「いや、今、何か見えたような気がしたんだ」「い、痛い」「すまない」 やっと手を離した。
2016年03月09日 ツインテールはババア声(24) いや、教えていないが、多分、鬼塚刑事は知っている。 というか、刑事も同じ能力があるに違いない。だから『呼べ』と言ったのだ。 明日はカチューシャを調べてもらおう。 カチューシャをつけたマミが最後に言った言葉『もっと強くなれ』がどういう意味なのか、考えても分からない。カチューシャを調べるとしたら、頼れるのは鬼塚刑事しかいない。どうやって『呼べ』ばいいのか、やり方は分かっていないが、刑事なのだから渡すことぐらい出来るだろう。 そんなことを思っているうちに眠気がきて、そのまま寝てしまった。 マミと歩いて学校につくと、教室から男が出てきて、前を塞いだ。「何か用?」「佐津間(さつま)くんだよね」「ああ、あの、転校生の。私は昨日休んでいた、木更津麻実(きさらずまみ)。私も何週間か前は転校生って言われてたのよ。よろしく」 佐津間は会釈した。 何も言い出さないから、私が切り出した。「何でしょう?」「すまない」「……昨日のことはもういいです」「佐津間! ここに居たのか。お、ババアも来たか?」 マミが怒った。「木場田(こばた)なんて言い方すんのよ!」「佐津間が言ったんだよ。それよりお前体大丈夫なのか」「ごらんの通り大丈夫よ」「ババアも病院行ったけど大丈夫か?」 やばい、なんでこんなことになるんだろう。「佐津間とババアはなにやってんだ?」「佐津間がババアにコクってるぞ」「転向していきなり告白かよ、ほら、皆見に来い」「おーい。皆。告白大会だぞ」 ぞろぞろと教室から出てきて、また視線を集めてしまった。何でこんなことになるの。 視界がどんどん霞んでいく。 また、昨日と同じだ。「やめろ。お前ら教室に入れ!」 佐津間が教室から出てくる連中を追い返していく。「いじめるなら俺にしろよ、白井は関係ねぇだろ」「お前コクったの?」「いいから、黙って、教室戻れよ」 良く見えないが、佐津間が何か一生懸命やっているのは分かった。 けれど、私は立っていられなくて、マミにすがりついた。目を閉じると、マミがしっかり抱きしめてくれた。だから、聞こえる音はマミの鼓動だけになった。 何か、眠っているような気分だ。 遠くから教室の会話の声が聞こえてくる。「大丈夫だから、安心して」 そしてポンポン、と肩を叩かれる。 教室の中に入って、椅子を並べ、私とマミは並んで座った。甘えるようにマミに抱きついていた。起立も礼も、そのままにしてくれた。 気がつくと、マミが自分のタブに何か書き込んでいるようだった。もう授業が始まっているのだ。 私がマミの邪魔をしているのは明らかだった。「ごめん……」「いいのよ。公子が具合が良くなるまで、こうしてていいの」 ありがとう。 勝手に涙が流れてきて、マミの服を濡らしてしまった。 マミと友達で良かった。 安心したせいか、先生の声も聞こえなくなった。マミの鼓動の音だけになって、そのまま眠ってしまった。 一時間目を殆ど寝て過ごしたが、二時間目と三時間目は普通に授業を受けることができた。 四時間目が始まる時、マミがぽつりと言った。「昨日言ったこと、撤回する。私も一緒に〈鳥の巣〉の中に行く」「えっ?」 マミはうなずいた。 きっと私のせい、だよね。 私が弱いせいだ。 そういう思いと、一緒に行ける喜びとが、複雑に混じり合っていた。 思わず抱きしめた。「ありがとう、マミ」 その上から、抱きしめられた。 温かかった。 一緒だよ、マミ。一緒に行こう。 何があっても私がマミを守るから。 放課後、カチューシャを高校近くの警察署に持っていった。しかし、そこでは『鬼塚(おにつか)』はいないと言われた。『よその署かもしれないから調べてもらって、鬼塚刑事に渡してくれ』とお願いした。「だから、署員の情報を君たちに話すわけにはいかないんだ。だから直接渡してもらうか、遺失物としてあずかるしかない」「けど、どうやって鬼塚さんと会えるか分からないんです」「だから、そいつが刑事かどうかも分からないんだから、警察署で教えられる話じゃない」「確かに警察手帳をみせてくれてました」
2016年03月07日 ツインテールはババア声(23) 「ありがとう、公子。すっごく気持ちよかった。今すぐにでも美容師さんになれるよ」「そう? そんなに上手かった?」 頭や髪以外へ手を伸ばしたくなる欲求を抑えるので必死だったのが、逆に良かったのかもしれない。 だが、今、ニヤけた顔になってしまっただろう。 その後は、二人で湯船につかり、学校のことを話したり、今日の刑事のことを話したりした。他にも多少体が触れ合うことはあったが、そうやって楽しいお風呂の時間は終わった。 着替え終わって、寮の廊下を歩いているとき、手提げの中に手を伸ばすと、さっきのカチューシャが手に触れた。 これをどうするのか。 学校で、私達が調べる? 警察へ渡すのか。だとして、なんと言って渡す? マミが振り返った。「どうしたの公子」「え? 別に、なんでもないよ」「そういえば、公子、ツインテールじゃない髪型も、似合うじゃない」 髪型というものではない。梳かして、乾かしたまま、ただ垂らしていただけだった。「……もしかして、さっきのカチューシャ? 気持ち悪いから捨てちゃって。そんなの置いてたら、盗撮されるかもしれないよ」「けど、誰が何のために……」「えっ、そのカチューシャ、まさか部屋の中に入れるつもり?」「……」「捨てないんだったら、どっか別のところにおいといてよ、私それに操られてたかも知れないんでしょ?」 確かに気味悪がるのも無理のないことだった。 私とマミが廊下で話し合った結果、寮監のところで保管してもらうようことにした。 寮監は分かったような分からないような返事だったが、とりあえず預かってくれた。 部屋に戻って、明日の学校の支度をすると、『今日はもう寝よう』ということになった。私が窓際のベッドで、マミは入り口側のベッド。 灯りを消す役は、後で横になる方が消すことになっていたが、マミはすでにベッドの中に入って、目を閉じていた。入り口側へ戻って、スイッチを消した。 自分のベッドに戻ろうとした時、マミに軽く足をつつかれた。「どうしたの?」「さっき、部屋の中で見つけたの」 ベッドの中から、ごそごそと手を出してきた。手には、鳥の羽根を持っていた。 部屋は入り口から漏れてくる微かな光りしかない。その羽根は黒く見えた。「鳥、なんて入ってきてないよね?」「……」 私は無言でうなずいた。「なんでこんなところにあるんだろう。公子持ってきた? それとも委員長が持ってきたかな?」「私のじゃないし、神代さんもそんなもの持ってこないと思うけど。なんか、そとで服にくっついて、入ったんじゃない? そんなに気になる?」「だって、この羽根、大きいじゃない」「そ、そうだね」 なんて言い訳すればいいんだろう。「ま、いっか。ごめんね。寝よう」「うん」 ベッドに戻って私は口元まで布団をかけた。 あの羽根は私の制服についたに違いない。 病院からの帰り、二人で新交通に乗っていた時、〈転送者〉が襲ってきた、あの時。 後方車両のドアから〈転送者〉が現れ、狭い車両の中を一気に跳躍する必要があった。『マミ、目を閉じて、耳を塞いで!』『なんで』『いいから、お願い!』『分かった』 制服の上着から腕を抜き、背中の翼を広げた。そして、全力で最後部のドアへ跳んだ。 と、同時に、全力で声を張り上げた。 この羽ばたきの音が、マミに音が聞こえないように、ずっと声を出し続けた。 転送されかけた、E体の半身に蹴りが突き刺さった。 マミは耳を抑えて丸くなっている。 そのまま、そのままでいて…… さらに強く右足を突き刺す。『ふぁ〜』 通学路の時に聞いたような、やっぱり空気が抜けるような音がした。 E体の腕がダラリとさがり、目の光りが消えた。 足先に合った手応えがなくなった。 この時、狭い車内で無理やり翼を広げた時に傷つけてしまったのだ。だから私の制服についていたに違いない。制服の上着を忘れていたのも、あの時翼をつかって、慌てて脱いだせいだった。羽根がどうやって部屋まで持ち込まれたのかは分からないが、大きさからしてあれは私のものだ。 この能力は、まだ誰にも教えていない。
2016年03月04日 ツインテールはババア声(22) このまま直接触ってみたい…… こんな時でも、エロい気持ちはなくならないなんて、どこまで変態なんだろう。「マミ。起きて」 朝の救急救命措置のことを思い出す。 今は息をしているから、別に必要ないよね。 けど、今ならしても気付かない。朝はこっちの気持ちが動転していて、とてもキスという感じじゃあなかった。 だから、今なら……「き、公子」「気がついた? 良かった」 どうして寸止めなの。 いや、そんなことを考えるべきではない。「私、寝ちゃったの?」「そうみたいね。何か、意識を乗っ取られたみたい。マミ、今日の出来事って、どこまで覚えてる?」「ここで着替え始めたのは覚えてるんだけど」「じゃ、じゃあ、私がマミの背中洗ったこととかは?」「……」 良かった。私が背中に胸を押し付けたことは、なかったことになっている。 そう考えると、都合が良かったとも言える。 考えている内、浴場の床に転がっているカチューシャに気付いた。「マミ、ちょっとまって。先にしなきゃいけないことがあった!」 マミを座らせて、赤黒でラインの入ったカチューシャを拾い上げた。 見た感じは電極らしいものもないし、軽さも本当にただのプラスチックのようだった。カメラのレンズのような部分もない。こんな程度のもので、脳をコントロールすることが出来るのだろうか。「どうしたの?」「これがマミの頭についていたのよ…… 確か、確か刑事さんの車に乗っていた時にはつけていた、はず」「赤黒の組み合せ好きじゃないから、私のじゃないわ。誰かにつけられたのね」 黒い部分は中がレンズになっていてもわかりにくいだろうから、とりあえず風呂場から出して置いた方がいいだろう。レンズがついてたとしたら、もうかなり色んなことが見られてしまっただろうけれど。 私は脱いだ服の中に押し込み、万一後から誰か入ってきてもその娘(こ)の裸が写されないようにした。「公子、さっきの機械で、私達の裸も、撮られちゃったのかな」「……」 カチューシャが機械のようじゃなければ、機械のようなものはまだマミの頭についているのかもしれない。「マミ、ちょっと頭洗ったげる」 乗っ取られているのだとしたら、更に色々とやっかいなことになる。頭を触って、他にないか調べてしまえばいいのだ。「うん。お願い」「?」「どうしたの?」「ううん。じゃあ、座って」 マミの持ってきたシャンプーを手に取り、頭皮を洗い始めた。「痛い」「ご、ごめん強かった?」 まずい。自分と同じような感覚でやってしまった。「違うの、シャンプーが目に入って」「洗い方は大丈夫?」「うん。大丈夫だよ。公子、さっきやってくれたみたいにしてくれない」「え?」 ドキドキし始めた。 さっきのこと、やっぱり覚えてるんじゃないのだろうか。 それとも救急救命措置的なキスが欲しいということなのか。「ど、どういうこと?」「シャンプーが目に入るから、公子の膝の上に頭乗せていい?」 おお! 神よ。 いや、私は無宗教なんだからこんな時だけ神に感謝するのも変だが。 さっきの乳揺らしが再び堪能できるとは……「いいよ。はい、どうぞ」 腿の上に頭を載せ、頭皮を丁寧に指でしごく。 微妙に体が震え、マミのふくよかな胸も揺れる。 綺麗なおっぱいだ……「気持ちいい……」 えっ、今なんておっしゃいましたか。「他人に洗ってもらうって気持ちいいね。子どもの頃、こうして洗ってもらったとこと思い出しちゃった」「……」 一気に気持ちが萎えた。 同時に自分も昔の、そういう小さな子どもの頃の記憶が蘇ってきた。 行方不明の友達のことも。 頭の隅々まで指を這わせたが、機械らしいものや電極、パッチのようなものが取り付けられていたりはしなかった。つまり、さっきの言動は正真正銘のマミの意識、マミの体なのだ。 シャワーで丹念にシャンプーを流し終えると、マミの体を起こし、リンスを塗りこむように髪につけた。 もう一度、綺麗に流し終えると、マミは笑顔で振り返った。