その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2016年04月

「俺の名前なんか憶えてないだろ?」
 なんかかなり自虐的な人だな。
「佐津間君、バスで学校行くんだ」
「?」
「あんまりバスで行く人いないから……」
「もしかして、お前、何も見ていないの?」
 ところどころ聞き取れない。
 ガラガラという音のせいで、私も佐津間も、お互い大きな声で言い合わなければならなかった。
「何のこと?」
「今朝の連絡メールだよ」
「えっ、なんて?」
「うるせーぞ!」
「うるさいから、話すなら隣にいけよ!」
 その声の方がうるさい、と思ったが、言い返さなかった。
 すると、佐津間は私の隣に移動してきた。
「ほら、見てみろ」
 タブレットを出すと、メールを表示して見せた。そういえば今朝は授業出る気がなかったからまだ見てなかったな……
 佐津間のメールには〈鳥の巣〉の事故の影響で、指示があるまで、歩きや自転車の登下校を禁止する、と書かれていた。
「これ、マジ?」
 昨日の〈転送者〉が現れる事故は、私と鬼塚刑事で片付けたんだけど、まだ影響があるんだろうか。
「部活でこのメールを見ずにチャリで行ったヤツが〈転送者〉が出るのを見たって」
「けど、これで移動したって出る時は出るんじゃない?」
「このバスは平気さ」
「何言ってるの。〈転送者〉が扉があれば……」
 佐津間は、待て、と言わんばかりに手を挙げた。
「なんで転校したての俺の方が良く知ってるんだ。このバスは対〈転送者〉装備しているんだぞ。それに……」
「お前ら仲いいな」
「木場田(こばた)」
「もう付き合っちゃってるのか?」
「鶴田までなに言ってるの? 名前すら……ごめん」
 後ろのシートから二人が顔をのぞかせていた。
 木場田と鶴田が揃っていることに気づき、マミが言っていたことを思い出した。
 隣の佐津間が言う。
「やっぱり憶えてなかったんだ…… 別にいいよ。転校したばかりだし」
 木場田が急に語り始めた。
「俺が代わりに言ってやろう。あの運転手さんは別名百葉の戦鬼(せんき)と呼ばれる方でな。某システムダウンの時にこのバスを作って〈転送者〉をバカスカやっつけたんだ」
「けれど、ある強力な〈転送者〉の集団に襲われ、このバスから放りだされた。その時の怪我で、少し足を引きずっているというわけ」
 と、鶴田が締めくくった。
 なるほど、あの時も運転手さん、なんかやけに落ち着いていた。百葉の戦鬼か、なるほど。
「信じたのか?」
 佐津間がボソリと言った。
「え? ウソなの?」
 信憑性があるのかないのか、微妙過ぎて分からない。
 木場田が言った。
「そういうウワサだよウワサ。それより、なんでお前の周りでばかり、〈転送者〉の事件が起きるんだ?」
「……」
 私にだってなぜだかは分からない。
「お前が何回もあったんなら、俺たちだって〈転送者〉と一回ぐらい会っても良さそうだもんだが」
 そうなのだ。理由がわからない。わかっていればそれを避けることだって出来た。マミを危険な目にあわせなくて済んだ。
「木場田、そのへんにしとけよ」
「なんだよ。鶴田。そうくるのかよ」
 木場田はつまらなそうな顔をしたが、何かを思い出したようにまた喋りはじめた。
「白井、そういえば良い情報があるぞ」
「また変なことじゃないの?」
「佐津間の女の好みだよ」
 ニヤついた木場田の顔をみると、げんなりする。佐津間? 私は全く興味ないんですけど。
「それがどうしたのよ」
「その話、やめろよ木場田」
 佐津間が立ち上がると、鶴田が佐津間の頭を抑えた。
「どうも年上というか、ババア好みなんだよ。だから、初日にお前の声ババア声だって言ったろ、あれ、どうやら」
「やめろって言ってんだろ。こいつは声だけババアなんだから違う、って」
 こ、声だけ。
 ってことは年増好みというところは認めるということなのか。
「ほら、白井が赤くなってる」
 アホらしい。
 見ると佐津間の顔は確かに少し、赤くなっている。完全に興味がないわけでもないんじゃないか。いやぁ、面倒くさいな。男、興味ないんだけど。

 真琴はその先を神田の顔に向けた。
『アシッド・レイン』
『ちょっとまって、酸をまくの?』
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 本来、昨晩のボランティア活動の為、今日は学校を休むつもりで申請していた。だが〈転送者〉が現れ、マミが倒れてしまった為、〈鳥の巣〉には予定の半分もいることができなかった。
 もう少し空港にいれば、記憶ももっと思い出せたに違いない。
 ご飯を食べたら、適当に部屋で時間を潰して、マミのお見舞いに行こう。
 もうあまり食事をとっている人はいなかった。今から食事だと、着替えたり支度を整える時間はない。食堂にいる連中も私以外は皆制服を着ている。
 私は食事を受け取り、食堂の端でご飯を食べていると、寮監がテーブルの向かいに立った。
「白井さんね?」
「はい」
 寮監は、エプロンの下に手をいれ、もぞもぞした後、スマフォを出して電話した。
「先生、白井さん来ました」
 何かまた一言二言いった後、そのスマフォを私に差し出した。
「はい。佐藤先生。あんたに用があるって」
 私は受け取ると、口の中のご飯を慌てて飲み込んだ。
「はい、白井です」
『体調に問題なければ学校に来い』
「はい。ただ、まだ着替えてないので」
『授業じゃないから、一時限目に遅れてもかまわん。警察が来る十時までに着けばいい』
「けっ……」
 人が少なく、自分の声が響きそうだったのに、躊躇した。
「(警察が来るんですか)」
 寮監が変な顔でこっちを見ている。
『木更津とお前の仕事について、ボランティア受け入れ先からも連絡があったからな』
「え、だって、昨日は……」
『いいから十時だ。必ず学校に来い』
「はい」
 私はスマフォを寮監に渡した。
 何か寮監と先生が話していたが、それも終わり通話を切った。
「白井さん…… あっ、食べてていいのよ。先生がね、学校のシャトルバスで来いって」
「何故です? いつもの通り歩いていっちゃだめないんですか?」
「必ずシャトルバスで来いって。運転手のyyyさんにも言っとくから」
 そう言ってエプロンで拭くと、スマフォをしまった。
 なんだろう。私はバスで行くことの意味が分からなかった。
 私に言えばいいことを、寮監に指示するのも解せない。
 何かあるのだろうか。
 とにかく、学校に行かなければならなくなった。昨日のような事件があれば、もちろんしかたないことではあるが、こう非日常的なことばかりが続くと、ご飯を食べに食堂に来ずに、のんびりと寝ていればよかったと思った。
 いや、そんなことをしたって寮監が部屋に呼びに来ただけか……
 何かこれからのことを考えて食欲が失せていた。
 一通りの皿と鉢に手をつけたが、殆どは残してトレイを片付けた。
 寮監は「バスで行くんだよ」と念を押してきた。
 私はうなずいて食堂を出た。

 制服に着替えて、部屋の窓から外を眺めていると大きなエンジン音が聞こえてきた。
 寮の前の車回しにおんぼろのマイクロバスが入ってきて、止まり、中から足を引きずったおじさんが出てきた。
 時計をみたがまだ十分歩いていける時間だった。バスに乗ったら学校で三十分も四十分も待たされることになる。
 スマフォに入れていたスクールバスの時刻表を眺め、もう一本後のものがあったので、そっちで行こうと思った。
「こら! 白井、白井公子。他の生徒が遅れるから早く出てこい」
 窓から離れようと思った瞬間、おじさんがそうわめき始めた。
 寮監も出てきて何か大声でやりあっている。
「白井公子、早くバスに乗れ!」
 私は諦めて正面口に降りた。
 靴を履き替えている時に館内放送が入った。
『白井公子、白井公子。正面口のバスに乗車のこと。繰り返す正面口のバスに乗車のこと』
 寮内のスピーカーが一斉にそう言った。
 顔が熱くなるのを感じた。
 慌てておじさんに駆け寄ると、自分が白井であることを告げた。
「出発するぞ、早くのれ」
 私の後からおじさんが足をひきずりながら乗り込むと、扉がしまった。
「出発!」
 ガラガラという音が更に大きくなると、ガツンと音がして車が進み始めた。
 ガラガラとずっとエンジンの音がしている。
「大丈夫だったのか?」
 反対側の窓の方に座っていた男が、そう言った。この前の転校生だ。名前は…… えっと……
「佐津間(さつま)だよ」
 何故こっちの心理が読めたのか。
 ちょっと怖くなった。

 それが運命。
 それまでに神田さんを救わなければならない。
 以前の十字架の時も、ヒカリはいなかった。
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 そんなことを言われたら…… 私は黙るしかなかった。
 これ以上刑事を刺激してもいけない。
 車がゲートに着くと、沢山のドアなし車両の隙間を探して停車した。
 ストレッチャーが運ばれてきて、鬼塚が一人でマミをその上の運んだ。私がマミの状態を話すと、マミを乗せたストレッチャーは救急隊員に運ばれていってしまった。
「それじゃ、僕はここで」
 運転をしてくれた若い警察官は軽く手を上げた。「ありがとう」と言うと、鬼塚は軽く私の背中を叩き、ゲートの建物へ歩きだした。
 私はゲートの建物に入って、自分とマミの分の退出手続きをした。
 ゲートを出ると、マミの運ばれる病院へは鬼塚の乗ってきた車でいくことになった。
 例によって鬼塚が乗ると、車は地面に擦りそうなほど沈み込む。
「勝手に入るな、という理由を話そう」
 鬼塚が車を動かすと同時に、話し始めた。
「軍は被害が出ている。本来なら死者が出れば報道されるはずだ。しかしさっきの無線でもあったように、おそらくそういった情報は出さない」
「え?」
「軍隊は戦争をするように訓練されているが、〈転送者〉を倒すようにはできていない。空港からあそこまで出てきているということは、死ななくともそれに近い状況になったと考えるべきだ」
 そんな…… 軍の人は、私を守って、私を逃がしてくれたのに。
「お前が勝手に入れば、また軍に被害が出る」
 いや、空港はそうなのかもしれないけれど、データセンターの方は人災だ。
「ちょっと待ってください。私のせいで〈転送者〉がでたわけじゃないと思います」
 刑事は何も言葉を返さなかった。
「今日、作業で入ったデータセンター側にも〈転送者〉が出たんですが、そっちは完全に人災ですよ。だって扉を持ってきて、それを設置しちゃったんですから」
「データセンター? そっちにも〈転送者〉が出たのか?」
 やっぱり。
「私とマミがボランティア申請したデータセンターで、サーバーラックが付いたんですが、そこに業者の人が扉をつけてしまって」
「……おかしいな」
「センターの人も呆れてましたけど」
 鬼塚は急にハザードランプをつけ、空き地に車を止めた。
 急にスマフォを取り出し、電話を始めた。
「鬼塚だ」
 相手の声は小さすぎて聞こえない。
「調べて欲しいことがある。空港の奥のデータセンターにサーバーラックを納品した業者」
 そんなものを調べてどうするのだろう。
「そう。データセンターでも事故があったみたいだ。そっちは軍は出動していないから、お前が調べてみろ」
 さっき車を運転していた人だろうか。
「あの、さっきの人ですか?」
 鬼塚はスマフォを少し離し、私に言った。
「そうだ」
 再びスマフォを持ち直すと、
「すまん。こっちはこっちで調べてみるから、結果は…… 頼む。また連絡する」
 スマフォを切った。
「ますます勝手に入って欲しくない状況になった。どうしても入るなら、俺に電話してからにしろ」
 私はスマフォを取り出して、刑事の言う番号を入力して、電話をかけた。鬼塚は大きな指で器用に登録していた。
「そういえば、鬼塚刑事、カチューシャは調べてもらえてますか?」
「カチューシャ?」
「砂倉(さくら)署に持っていったんです」
「俺は百葉東(ひゃくようひがし)署だからな」
 私はスマフォにメモをいれた。
「そうだったんですね。こんどはそちらに伺います」
「そのカチューシャというのは何だ?」
「カチューシャというのは、髪止めですよ」
 刑事はイラついたように言い換えた。
「カチューシャはわかる。なんで調べようとしているんだ?」
「マミが操られたんです」
「?」
 私は新交通で襲われた後から寮の風呂であったことを、刑事に詳しく話した。
「……覚えておく」
 刑事はハザードを消して、車を動かした。

 私は寮の部屋で一人で起きた。
 マミのベッドは空だった。
 担当医の判断は今日一日の入院だったためだ。
 病院に泊まるわけにはいかず、私は鬼塚刑事に送ってもらって寮に戻った。寮の戸締まりは学生証をかざすと錠があくようになっていて、寮監を起こすことなく部屋に戻ることが出来る。
 ただ、夜中の操作の記録は目立つから夜遊びしたい人には向かなかい。
 ぼんやりと昨日のことを考えながら食堂に向かった。

「お前は手で抑えないから、落ちるなよ」
 刑事の首に手を回す。
「はい」
 私が返事をすると同時に、鬼塚は走り出した。
 力いっぱいつかまっていないと、振り落とされそうな勢いだった。
 まるで二人を背負っても負荷にならないぐらいのスピードで走る。
 原付きバイクだって、この重量になれば軽快に走るとは行かないだろう。なのに、この刑事は軽々とそれをやってのける。
「刑事さん。この姿でも力が出るんですか?」
「ああ?」
「あの姿じゃなくても、力が出ますか?」
「お前もそのうちわかる」
 少なくともまだ私は翼を出さない限り、超人的な力が出ない。普通の人か、それ以下だ。刑事も体を変身することが出来るが、しなくとも力が出せるのだ。
 新交通の車両内で〈転送者〉を殴り倒したのも、この力を使ったからで、やはり、普通の肉体の者が〈転送者〉を素手で倒すことは出来ないのだ。
 空港が見えなくなってしばらくすると、道の先にハザードランプが点滅しているのが見えた。あれが乗ってきた車だろうか。
 鬼塚は立ち止まった。
「お前は降りろ、さすがに二人を背負って走っているのは見られたくない」
「はい」
 さすがの鬼塚も息が荒かった。
 こちらもしがみつくのに必死で、かなり疲れてしまっている。
 車に近づくと、運転席から男が一人近づいてきた。
 若くて、すこしおどおどした感じだった。
「鬼塚刑事、何してたんです」
「人が倒れていた。すぐ引き返して病院へ連れて行く」
「は、はい。そっちの娘(こ)は誰ですか?」
「倒れていた娘(こ)の知り合いだ。一緒に連れて行ってくれ」
「わかりました。けど、もう勝手なことしないでください」
「ああ、わかったから、早く車をだしてくれ」
 鬼塚が助手席に乗り込むと、そっちがギュッと沈む。私とマミは運転席の後ろの方へ寄ってバランスをとる。
 行きに乗ったマイクロバスと同じで、ドアがない車両だった。私はマミが振り落とされないように、体に手を回した。
「いいですか?」
 そう言って振り返る。
「はい」
 急に背もたれに押し付けられるほど加速を始める。
 男はなにか左手でレバーを操作している。
 エンジンの音がうるさい。
「何なんですか、この車」
 運転している男は必死で聞こえていないようだった。鬼塚が振り返って言う。
「昔の、ハイブリッドじゃない、ガソリンエンジンオンリーの車だよ。しかもマニュアルだ」
「?」
「マニュアル車もわからないか。こいつでギアを手動でコントロールするのさ」
 何かは分からなかったが、アクセルを踏むだけではなく、色々操作する必要があるようだ。
 こんな音の大きい車に乗るのは、学校の通学バスぐらいだった。もしかすると、学校のバスもガソリンエンジンオンリーなのかもしれない。
「〈鳥の巣〉にはガラクタばかりを送り込んでくるですよ。ドアを取っ払わなきゃいけないですからね」
「お前は運転に集中しろ」
「鬼塚刑事、運転いただいている方はどなたですか?」
「|〈鳥の巣〉(ここ)の警察だ」
「こっちは軍だけじゃないんですか?」
「軍隊は泥棒をつかまえない。交通違反と取り締まらない。ここは外国じゃないしな」
 なるほど、所轄が違うが警察は警察なのか。
 車についている無線機が呼び出しているようだった。鬼塚が車両の番号を告げた。
『発生した〈転送者〉は片付けたようだ。今、軍から連絡が入った』
 何か聞こえないような声で鬼塚が話しかける。
 ボタンを押したり、話したりする時のノイズが聞こえた後、車両の無線が言った。
『被害状況の連絡はない。また向こうで処理するんだろう』
 向こうで処理? なんのことだろう。
 刑事は無線を切った。
「今後、お前は勝手に〈鳥の巣〉に入るな」
「刑事だからってそんな勝手なこと言えるですか! 私の自由じゃないですか」
 横暴すぎる。
 私は逆上した。
「よく聞け。入るな、とは言わん。勝手に入るな、と言っているんだ。とにかくこのことは学校に連絡する」
「そんな。警察にそんなことできるわけ……」
「ここは避難区域なんだぞ。なんとでも理由はつけられる」

 いつもならマスターが注文をとりにくるのだが、なかなかやってこない。
 薫はスマフォに着信があったようで、何か画面を見つめている。
「電話、出ないの?」
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 もうだめだ……
 立ち上がってきた〈転送者〉に気付かれてしまった。
 ハサミの付いた腕を高く振り上げ、一歩一歩近づいてくる。
「諦めるな」
 まさか!?
「鬼塚刑事!」
「本当に呼ぶのが下手だな」
 刑事は〈転送者〉の足を持ち上げて、ひっくり返してしまった。
「こっちは足止めしておくから、トドメをさせ」
 手の力で、頭の亀裂を開くと、身体を入れ背中と足の力でさらに亀裂を広げた。
 ビュウビュウと、亀裂の奥から気体が抜けていく。
 ハサミのような片腕が、がっくりと地面にたたきつけられた。
「早く始末しろ、そして、こっちを手伝え」
 乱暴な声がする。
 亀裂を広げるのをやめ、一度大きく上昇して、スピードをつけて下降して裂け目に足先を引っ掛ける。
 大声を出して気合を入れると、足を踏ん張って裂け目から〈転送者〉を縦に真っ二つに切り裂く。
 バリバリと、殻が割れていく音がするとともに、もっと激しく気体が抜ける音がして、〈転送者〉の体は散り散りに砕けた。
「やった……」
 振り返ると、そこには〈転送者〉と|虎がいた(・・・・)。
「鬼塚刑事?」
 虎はハサミのある腕の根本に噛み付いていた。
 引き剥がそうと揺らすと、噛み付いたところが避けて、気体が抜けていく。
 〈転送者〉が体を振り回しすぎて、転びかけると、虎は腕を離して地面に着地した。
 着地した虎は、みるみるうちに人に変わっていった。
「倒したみたいだな。さあ、こっちも片付けちまおう」
 あの時に感じた虎のイメージはこれだったのだ。
 私が感じたように、もしかするとこちらのこともバレていたのかもしれない。
 刑事は転んだ〈転送者〉の腹の上に飛び乗った。
 〈転送者〉はハサミのある腕を振り上げる。
 自分の腹に乗った異物を振り落とそうとしている。
 私は上空から隙をみて、刑事が噛み付いていた腕の付け根に降下する。
 悲鳴のように、中の気体が漏れでて、腕がバタンと倒れた。
「とどめを!」
 刑事の方を振り向くと、既に拳で〈転送者〉の体を割っていた。
 そのまま腕力で切り開くようにそこを開けると、両足を開くように張って立った。
「さっきのように君の爪で切り裂け」
 うなずいて、飛び上がるとスピードを上げて刑事目掛けて降下する。
 足の先が刑事をかすめながら、〈転送者〉の腹の裂け目を捉えた。
 そのまま私は滑るように殻を割っていく。
 ドンという爆発的に気体が抜ける音がして、二体目の〈転送者〉破裂した。
 私は翼とともに自分の力を体の中に収めた。
 散り散りになった〈転送者〉の体が紙吹雪のように降ってくる中、刑事はゆっくりと歩いてくる。
「ありがとうございます」
 頭を下げた。
 刑事が無言なのが気になって、顔を見上げる。
「何故何も言わずにここに入った」
「……えっ」
「やる気なのは知っていた。だから俺を呼べと言った」
 刑事の言うことが理解できない。
「俺も今、かなり際どい方法でこの中に入っている。次も同じことは出来ない」
 話していることは良く理解できないが、物凄い形相で、怒っているようだった。
「ごめんなさい」
「|〈鳥の巣〉(なか)に何があるんだ?」
「それは……」
 大切な思い出、とか、友達の記憶、とか、そんな言葉で説明したところで『命を投げ出してまで取り戻さなければならないのか』と言われてしまいそうで言葉につまった。
 そうだ。それこそ、大切な思い出、なんて場合ではなかった。
「ちょっとまってください! そんなことより、マミが」
「友達も|〈鳥の巣〉(なか)に入れたのか」
「危険な目には……」
「あってないとでもいうのか」
 倒れたままのマミに駆け寄る。
 もう馬はいない。どうやって病院へ連れて言ったら良いのか。
「俺が背負ってこの先の車のところまで行く。お前も乗れ」
「はい」
 マミが背中に背負われると、鬼塚刑事は立っている私に向かって言った。
「|お前もだ(・・・・)」
「乗れって、背中に?」
「早くしろ」
 二人も背負えるのだろうか疑問に思いながらも、後ろに回って肩にしがみついた。

「(神田さんの中にはまだエントーシアンがいるの)」
「(えっ!)」
 ボクの言葉に、薫は驚いた様子だった。
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 けれど今は、この〈転送者〉が倒せるチャンス……
 いや、ダメだ!
 思いとどまって、そのまま急上昇する。
 猛烈に追いかけてくる逆方向の腕。
 上昇が追いつかない。足が引っ掛けられ、その勢いにやられ、向きが変わる。
 自ら地面に向かって羽ばたいてしまった。
 その天地が逆になった瞬間、何が起こったか、ようやく理解した。
 この歪(いびつ)なシオマネキの腕は、反対側から振り回されたものだった。
 つまり、|もう一体いる(・・・・・・)。
 地面に叩きつけられる前に、体勢を戻し着地した。
 この大きな翼は、地上では邪魔になる。私の体は人間の姿をしていて、翼を畳むような体にはなっていない。翼を消すか、畳んでしまうとまともに歩けなくなる。
 地上では|無能力者(いっぱんじん)か、それ以下か、どちらにせよ勝てる要因はない。
 翼を収めずに、一、二歩足を着いてから、再び飛び上がる。
 飛び続け、どうにかして空中から二体倒すしかない。地上に降りたら、逃げまわることも出来ず、死を待つのみだ。
 けれど上から見ると、闇の暗さに、黒い〈転送者〉の体が溶けてしまい、うまく判別できない。下から見上げれば、星明かりに黒い影が浮かぶのだが、だからといって地上に降りたら勝ち目はない。
 後ろからのハサミに注意していると、前から別の〈転送者〉が突いてくるのをケアできない。高く、低く、右へ左へと飛び回るだけで、疲弊していく。
 スピードで翻弄できるはずだが、それは一体の時の話だ。どちらかが見失っても、もう一体がこちらを捉えている。
 どうすればいい……
 ふと、ホバーリングしていると両方の〈転送者〉に気づかれた。
 慌てて上空に舞い上がる。
 互いのハサミが激しくぶつかり合い、大きな音が響いた。
 二体同時によろめいて、フラフラとバランスを崩している。
「これだ」
 こっちの蹴りが効かないなら、お互いを誘導してやり合わせればいいのだ。
 すぐに実践することにした。
 一方の〈転送者〉の頭上でホバーリングし、ハサミが振りかざされるとよける。勢いでハサミが〈転送者〉の頭に落とされる。叩かれた〈転送者〉はハサミを使って振り払う。
 ケンカになるのか、と上空から観察するが、そんなことにならなかった。こちらをみつけると、仲良く追いかけてくる。
「もう一度」
 同じ〈転送者〉の後方へ周り込む。
 同じ硬度のものをぶつけているのだから、その内頭かハサミかどちらかが割れてくるだろう。
 グルグルと〈転送者〉の周りを飛び回りながら、何度もハサミを誘導する。
 大きな音がして、ハサミで振り払う。
「!」
 繰り返す内、その大きな音が変わってくるのが分かった。
 〈転送者〉の頭上を飛び回って、よく見てみると、かすかに亀裂がみえる。
「もう片方もやってやる」
 一方の〈転送者〉の後ろに飛び込もうとした瞬間、頭スレスレにハサミを振り回してきた。
「!」
 下方に避けると、ハサミはかわせたがもう一度上昇しようとすると、再び水平にハサミが振り回される。
 動きを読まれた。
 ハサミを頭上で回しながら、体も回してこっちを探している。
 もう一体は、じっくりと一か所で待っている。このまま背中が待っている〈転送者〉に向けられたら終わりだ。
 タイミングをよく合わせて、避けてすぐ上昇し、ハサミをかわすしかない。
「ここだ!」
 頭上で回しているハサミをかわした。
 タイミングをずらされて、不規則にハサミを頭上で振り回した〈転送者〉はよろけて転んでしまった。このチャンスで一体を倒すしかない。
 そのまま高く上昇してから、亀裂の入った〈転送者〉の頭へ急降下した。
「まず一体!」
 両足を伸ばして突き立てるように亀裂にぶつけると、気体が抜けるような音がして足先が食い込んだ。
「やった!」
 そこまでは良かった。
 差し込んだ足は奥へと突き通るわけでもなく、引いて抜けることもなかった。
 つまり、〈転送者〉の頭に突き刺さってしまった。
 羽ばたいても抜けず、押し込もうとしても進まない。
 自らのハサミで、私を取り除こうとするが、私の足が突き刺さっているせいか、上手く手を動かすことができない。
 このまま突き通せば、こっちの〈転送者〉は倒せる。
 早く突き通さないと。
 しかし、倒れていた〈転送者〉が立ち上がってきた。
 この足が抜けないと、立ち上がってきた〈転送者〉に叩き潰されて終わってしまう。
 翼を羽ばたかせるが、突き通せもせず、まして引き抜くことも出来なかった。

「公子、なに? あれ」
「迷彩服着てるってことは、もしかしてあの人軍のひとじゃないかな」
「!」
 手綱を左右両方、ぐいっと引いて、馬を止めた。
 急いで腰のロープを外し、私は馬を降りて、その人の近くに寄っていった。
 近づくに従い、その人が怪我を負っているのがわかる。
 ヘルメットについたライトが、フラフラとこっちを照らし、目を細める。
「君っ、に、逃げるんだ……」
「公子!」
 何か、強い気を感じた。視線のような、それでいて強い悪意を伴うもの。
 昨日今日で会った〈転送者〉から感じたような……
 目の前で迷彩服の男がうつ伏せに倒れた。
 ヘルメットが外れて落ち床で回った。ライトはその周囲をクルクルと照らす。
「て、〈転送者〉!」
 明らかに闇の黒ではない、照らされる物体が持つ黒が見えた。
 闇に赤い二つの目のようなものが浮かび上がる。
「公子逃げて!」
 ドン、と鈍い音がした。
 体の芯を伝わってくる音。空気を伝わってくる音も同時に聞こえた。
 次の瞬間には、体が飛ばされていた。
 降りた馬の足元に戻っていた。
 じっとしていたら踏まれてしまう。
 けど動けない。痛みと苦しさで声がでない。呼吸が止まった気がする。
「公子!」
 馬には〈転送者〉が見えていないのか、マミを載せたままじっと立っている。
 赤い目を閉じて、〈転送者〉は完全に闇に紛れてしまった。
「くっ……」
 胸を抑えながら、なんとか立ち上がろうとした時、〈転送者〉の足が見えた。
 避けることも逃げる間もなかった。
「うわっ!」
 二股にわかれたハサミのような〈転送者〉の腕に、首を挟まれ持ち上げられた。
「苦しい……」
 私は喉元に手を挟んで、締まらないよう抵抗するのが精一杯だった。
「誰か……」
 馬がいななき、マミを振り落とした。
「マミ!」
 マミを助けに行きたいが自分も振り落とされそうで、こんどは必死にその〈転送者〉の腕にしがみついていた。
 大きく揺すられる度、地面が見える。
 振り落とされたマミは突っ伏したまま動かない。馬は〈転送者〉の異様な姿に驚いたのか、いないた後に逃げ出した。
「マミ! 大丈夫?」
 マミ、すぐに助けるから…… ゴメン。そのまま待ってて。
 〈転送者〉が更に腕を伸ばして、私を高く持ち上げると、そのまま振り回し始めた。
 投げ飛ばされる。
 叩き付けられたら逃げようがなかったが、投げ飛ばされるのならこっちのものだ。
 こちらの思った通り、〈転送者〉は私はを投げ飛ばした。
 ある程度、身を任せて飛ばされた後、私は|自らの翼を広げた(・・・・・・・・)。
 そう。これが私の姿。
 翼の生えた、人間なのか、鳥なのか、どう呼べばいいのか分からない奇形の者。
 キマイラとでも言うべき、異質な生物。
 この姿をマミに見られるわけにはいかない。
 けれど、マミが見ていない今なら、他に人のいない〈鳥の巣〉の中でなら、自分の力を発揮出来る。
 翼の力で滑空し、羽ばたき、上空に舞い上がったら、思い切り降下して、〈転送者〉つま先を突き立てた。
 ガツンと音がして、弾き返されてしまう。
 硬い。
 今まで戦った〈転送者〉の硬さではない。
 どうする?
 再び舞い上がると、〈転送者〉は長い方の片腕を振り回して、叩き落とそうとしてくる。
 素早く〈転送者〉の前を飛ぶと、ワンテンポ遅れて体をひねって追いかける。
 私のスピードについてこれない。
 そうか、これだ。
 あいつの目の前を、左から右、右から左に飛び回って攪乱する。
 シオマネキの様な歪(いびつ)なハサミを持った〈転送者〉は、突然、こっちを追いかけるのを止めた。
「今だ!」
 こっちの姿を見失っている。
 ここしかない、というタイミングで方向を切り替え、バレルロールしながら転送者に切り込んだ。
 その刹那。
 何か強い殺気が気持ちにブレーキをかける。
 逃げろ、と直感が叫ぶ。

『ほら、もっと絞めてきなさい。ゆるく絞めても無駄よ』
 これだけきつく首をしめているはずなのに、神田は平然と言葉を発することができた。ボクは腕十字に交差させて、絞るように引っ張った。
続きを読む

「そうか、だから」
 自分達がついた時、サーバーラックの納品業者が地上階にいた理由が分かった。
 高さのある車は地下駐車場へは入れないのだ。
 馬から降りて、手綱を引いて歩くことにした。
 これでどうやってマミを馬に乗せて運ぶ、とか、ちょっと考えただけでも難しかった。
 どう考えても馬車なんてないから、普通のバイクの二人乗りのようにして、馬にまたがるしかない。
 駐車場に入ると、蹄の音が更に響いた。
「マミ、大丈夫? 早く〈鳥の巣〉の外に出よう」
「君、どこに行っていた。化粧室に行くといってずっと帰ってこないから、心配したぞ」
 職員の人が駆け寄ってきた。
「マミは大丈夫ですか? 早く医者に連れて行かないと」
「き、公子」
 マミはフラフラと立ち上がる。
 私は慌てて手綱の職員に渡し、マミのところへ駆け寄る。
「まさか馬でゲートまで戻ろうという気じゃないだろうな」
「まだ空港の〈転送者〉がいなくなったという確認が出来ていないんですよね」
「そうだ。だから……」
「まだ空港から出ていない、ということでしょう? それなら道をいっきに抜けてしまった方が安全です。このままマミの治療をせずにいて、体調が悪化したらあなた達のせいですよ」
 職員は決断が出来ないようだった。
 馬に乗せて運べば私の責任になる、そこまで言おう。
「私が馬に乗せて勝手に出て行った、ということにしてください。それならいいでしょう?」
「……」
 私はもう待てなかった。
「勝手にさせてもらいます」
 職員から手綱を奪うようにとった。
 マミは私に引かれて、よろよろと馬のお腹に寄りかかった。
「マミ、馬に乗って。天井の配管に当たるかもしれないから、乗ったら上体を寝かせて」
 私はマミの足をもって、鐙(あぶみ)に足をかけさせた。具合が悪いせいで、バランス感覚がマヒしているよのか、フラフラとして馬の上に載せるだけでかなり時間がかかった。
 乗せると、手を馬の背につかせ、寝そべるようにさせた。
 手綱を引いて歩かせると、左右にブレて落ちそうになる。
 なんとかスロープをのぼり、高さ制限の看板を過ぎた。
「マミ、私も乗るから、少しだけ頑張って体を起して」
 マミがなんとか背筋をピンとさせる。
 マミを蹴飛ばさないように、内側を足を曲げてまたがった。
「これで縛(しば)るか?」
 さっきの職員がここまでロープを持ってきてくれていた。
「マミ、もっと近寄って」
 背中側にマミを載せ、腰をロープで縛った。
 肩に手をそえたようにして寄りかかるマミ。この状況で走ったら落馬してしまう。
 職員が言う。
「〈転送者〉がいたら絶対に逃げるんだ。絶対だぞ」
 私はうなずいた。
「それじゃ、行きます」
 ゆっくりと馬を歩かせた。
 マミが慣れてくれば、少し走らせてみてもいい。
 ウエスト・データセンターの敷地を出ると、マミが言った。
「公子、眠い……」
「マミ、寝たら落馬しちゃうよ、ゲートに着くまでは眠らないで。お願い」
 ただ眠いだけなら、少しスピードを上げた方がマミには良いのかもしれない。
 脅し気味に大きな声で言う。
「少しスピード上げるよ!」
「わ、分かった!」
 肩にかけていた手を、私の腰に回して、体を密着させてきた。
 いつもの妄想が始まりそうなくらい、暖かくて柔らかい身体。
 けれど、普段のような力強さはない。
「頑張って」
 馬が速歩(はやあし)を始めると、うまくタイミングを合わせられずに鞍がおしりを叩いてくる。
 マミの目は覚めるだろうが、お尻は腫れてしまうだろう。
 馬とともにゲートに向けて道を進んでいくと、空港が見えてきた。
 軍の人たちは〈転送者〉を殲滅出来ているのだろうか。
 空港建物は暗く、静かだった。ここまでは銃声は聞こえないのだろうか。
 空港の柵が開いていたあたりに差し掛かると、ゲート方向から緊急車両の音が小さく聞こえた。
 警察車両だろう。
「〈鳥の巣〉の中にも警察いるのかな」
「公子、そんなことより、お尻が痛い……」
「!」
 フラフラと藪(やぶ)から人が飛び出してきた。
 ヘルメットのライトがゆらゆらとデタラメに道を照らす。

『神田さんの奪回は諦めるということ? 次は倍、その次は倍々だぞ。ここで逃したら、後はない』
 しかし、ずっと更衣室にいたら先生がやってくる。これだけの人数をこの部屋に閉じ込めておくことは出来ない。
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 職員はうなずいて、スマフォで連絡をしてくれた。
「……だから、ウエストのデータセンターに救急車を出してくれ」
「?」
 何か、職員の人がスマフォで怒っている。
「病人が出たんだから、救急用に車を」
 急に声が小さくなった。
「……はい。……はい」
 何か事態が悪化しているような気がした。
「どうしたんですか、救急車は来ないんですか」
「警報が出たままなんだ。警報が解除されなければ誰も動けない。それが規則だ」
「この警報はどこから出てるんですか、〈転送者〉はいなくなっています。電話で言って警報を解除してもらえば……」
「ここの警報はとっくに解除されている。警報は、他の場所だ」
 私は立ち上がった。
 じゃあ、もしかして……
「空港? 空港ですか?」
 職員はうなずいた。
「空港の警報領域はこのウエスト・データセンターへ出入りする道に掛かっている。だからここへ車を移動させることはできないんだ」
「じゃあ、私がマミをその道の向こうへ連れて行きます」
「空港の周囲一キロとなると、ほとんどゲート周辺まで連れていかなければならないぞ。今、空港には軍が入って〈転送者〉を処理している。待つしかない」
「……馬、空港に馬がいた」
「何を言ってる。空港には入れんぞ。軍が使う武器は、さっきの拳銃どころじゃないからな。間違えて君が撃たられたらどうする」
 このまま睨まれてもまずい。
 マミのひたいに手をあて、髪を後ろに撫であげる。
 苦しそうな表情は変わらない。
「マミ……」
 軍が〈転送者〉を処理し終わるのを待つしかないのか。
 あの迷彩服の男たちが軍だとしたら、もうすでにやられてしまっているだろう。援軍が向かっていなければ〈転送者〉はどこかに行ってしまうだろう。向かう先は…… まさか、このデータセンターに?
「すみません、私、化粧室に」
「あっ、ああ…… すぐもどってくるように」
 職員には女性がいないようで、誰もついてくる様子はなかった。
 そのままもう一つ上のサーバールームにあがり、サーバールームを通り過ぎ、突き当りまで廊下を進んだ。はめごろしのガラスから、外の様子を眺めた。暗く、空港まですこし距離がある上、高い木が何本かあるせいで良く見えない。
 通路を回ると、冷たい風が入ってくる階段が上へ伸びていた。
 迷わずその階段を上がって屋上へでた。
 少し遠かったが、自分が乗った馬がいるのがみえる。
 今、ここからなら、飛べる。
 私は思い切り飛び出していた。
 一気に闇の中を通りすぎて、空港へ降り立った。
 私は馬の姿を探すと、急いで駆け寄った。手綱を取ろうとすると、馬が怖がって反対を向く。
 後ろ足で蹴られてしまう。
 私も同じ方向に回りこむが、なかなか手綱をとれない。
「もう! おとなしくして」
 さっきまでは大人しかったのだから、こっちが慌てなければいいのだ。
 冷静に、自分の心を落ち着けた。
 馬も急にこちらの様子を見るようになった。
 ゆっくりと、馬を脅かさないように進む。
 手綱が取れた、と思いそのまま足を掛けて鞍にまたがると、馬は驚いたように上体を跳ね上げた。
 無理もない、と思いながらも、手綱を握って、空港を走る。
 軍が空港に馬を入れた場所を探す。
 迷彩服の男たちは空港へ、馬を通せる大きさの入口があるはずだ。
 ということは、馬もこちら側から入れたはずだ。だからどこかにこの柵の切れ目か、出入り口があるに違いない。
 ウエスト・データセンターとは逆の方向だったが、飛行場のフェンス沿いに馬を走らせる。
「あった!」
 おそらく最初はゲートのように開閉するような『扉』になっていたところを、二重にフェンスを重ねて、直進出来ないようにしてあった。こうなっていれば車は通れないだろうが、そのまま人が来たり、動物であれば、好きに出入り出来てしまうだろう。ここからは車両が入れない為、迷彩服の男たちは馬でやってきたのだ。
 私は手綱を引きながら、そこを通って空港を出た。
 道は小さいループを経て私達を運んだマイクロバスが通った道に繋がる。
 舗装された道に入ると、馬の蹄はコツコツと小気味いい音をたてた。
 そのままウエスト・データセンターにつくと、スロープを降りかけた。
 危ない!
 手綱をギュッと引いて、馬を止めた。
 高さ制限の黄色と黒の看板が目の前にある。

 急いで戻ってマミの列に入るが、〈転送者〉は思い出したように、マミを握った手を引き戻し始めた。
「マミ!」
「公子…… 助けて」
 目を開けているのが辛そうにみえる。
 引き戻す腕がサーバーラックの間に挟まって、上手く抜けない。
 ようやく、マミのところへ追い付いた。
 〈転送者〉の手を狙って、蹴ったり、突いたりするのだが、全く反応がない。無数のヒモ状の部分が柔らかすぎるのだ。
 今度はマミの身体を抱え、引き剥がすように力を入れる。
 こっちの手足にも触手が絡まってくるばかりで、マミの身体は全く動かない。
「どうしたら」
 一つ一つの黒いひも状のものを強く引くと、簡単にちぎれていく。
 しかし、二つ三つと同時に引っ張ろうとすると、複雑に絡まって抜けにくくなる。
 何度か絡んでいるところを梳いている内に、新しい触手が出てきてしまう。
「ダメだ……」
 サーバーラック越しに転送者の目が見えた。
「!」
 後ろに気配を感じた時は遅かった。
「うっ……」
 背後からもう一方の黒い腕が、ムチのように襲ってきた。
 〈転送者〉はサーバーラックの列を一つ丸抱えするような格好で、もう一方の手を伸ばしてきたのだ。だから本体の目がラック越しの隣の列に見えたというわけだ。
 奥の方から、腕が大きく揺れ、先端がまたムチのように弾かれた。
 私は避けようとした瞬間、背後のマミが目に入った。
「ダメッ!」
 しなった腕が振り下ろされるところを、身体を張って迎えにいった。
 そのまま〈転送者〉の腕を捕まえると、私はサーバーラックを通って、そのまま別の列へ抜けた。
 〈転送者〉の腕を思い切り引き、もう一度別のラックを通して腕を縛りつけた。
 腕を伸ばし過ぎたせいか、本体が薄っぺらく伸びてしまった。これでしばらく動けまい。
「マミ、大丈夫?」
 マミのところに戻って、再び触手をほどきながらちぎることを繰り返した。同じ理由で次の触手が生えてくるスピートが遅くなっていた。
 〈転送者〉はシューシューと音を立てていたが、次の策はないようだった。
 マミの上体部分が触手から解放され、苦しそうなマミが、倒れるように寄りかかった。
「頑張って、もう少しだから」
 マミの身体を引っ張り、触手の部分を蹴りつけると、触手がひるんだように収縮していった。
 触手とともに、腕も本体側へ戻っていく。
 一人では立っていられない様子のマミには、サーバーラックの中に入ってもらった。
「ごめん、しばらくここにいて」
 マミは目を閉じたままうなずいたが、力なくラックに寄りかかった。
「ここからは全力よ」
 背中が疼いたが、狭いこの場所では動けなくだけだ。
 姿をそのままに、力だけを発揮させる。
 いままで一度もしたことがないが、できるはずだ。
 ラックの中をすり抜けて、本体の赤い部分めがけて蹴り込んだ。
 ビューという気体が抜けていく音がして、赤い光りが鈍っていく。私は背中をラックにつけて、足先を思い切り〈転送者〉に突き立てる。
 〈転送者(やつ)〉は腕を戻そうともがくが、ラックがギシギシと音を立てるだけで、結ばれた腕は戻ってこない。
 シュー、シューと眉間が割れて気体が吐き出された。
「トドメ!」
 その眉間に、身体をねじりながら全身のちからを込めて拳を叩き込む。
 〈転送者〉の身体に亀裂が走った。
 そして亀裂から見えない気体が弾けるように飛び出し、何かの科学反応があったかのように、光りを放った。
 光る亀裂から、〈転送者〉は再び転送されるように無に帰っていく。
「やった……」
 身体の疲れが一度に意識に飛び込んできて、足が震えると、そのまま尻もちをついてしまった。

 〈転送者〉を倒したにもかかわらず、マミの具合が一向に良くならなかった。
 触手に触れいたところが、細かい擦り傷になってたぐらいで、他には外傷はなかった。
 毛布にくるまって、横になっているのだが、息は荒いし、時折苦しそうに顔を歪める。
 〈転送者〉が変なガスを吐いていたふうでもなかったし、一体どうしてマミの体調が戻らないのかわからなかった。〈転送者〉を倒したのに〈鳥の巣〉からの警報は出たままで、仕事をしていた人たちも、職員も、建物にいた全員が地下の駐車場で次の指示をまっていた。
「体温計を持ってきたから、計って」
 職員から渡されると、私はマミの耳に当ててスイッチを押した。
「37.1ですね。平熱は知らないんですけど、少し熱があるかな」
 マミの体を触ってみたが、熱があるのかはわからなかった。
 しかし、苦しそうな表情はおさまる様子がない。何か手当をしてもらわないと、取り返しのつかないことになる。
「とにかく、こんなに具合が悪いんだから救急車を呼んでください」

「真琴、右のドア!」
 薫に言われた方を見ると、神田がドアを開けて逃げようとしていた。しかし、鍵が掛かっているのかなかなか開かない。
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「おかしい、床の一部に蓋をされている!」
「何、何の事」
「この部屋はフリーアクセスじゃないんです。普通サーバールームはフリーアクセスにしますけど。〈鳥の巣〉の中なので、蓋とか扉はなくすから。だから床に一定間隔で穴が開いていたはずなんです」
 職員の一人が、ラックの扉を外しながら、大声でそう言った。
「けど、今みるとそれがない。さっきの業者かもしれないが、誰かが蓋をしてしまった」
「〈転送者〉がくるまえにそれも取ってしまってください」
「まず床を開ける吸盤を探せ、指じゃ開けられん」
「こっちにそれっぽいのあります」
 マミが言った。
「分かったすぐいく」
「後一列ほどだ、そっちはどうなってる」
 黒い壁がギュッと密度を増した。
 融解したように接近した体が溶け、互いの境界を埋めていく。
「まずい」
 一枚の黒い壁になっていく〈転送者〉に殴りかかるが、手応えがまるで違う。密度を増して固くなっている。
 個々にあった赤い目のような部分も、黒く塗り替わってしまって、巨大な壁の上に赤い部分が集まり始めた。
「巨大な〈転送者〉が出来てしまう」
「床ももうすぐ開け終わる」
「公子、こっちも終わった!」
「マミ早く逃げて!」
 もう追加の〈転送者〉は来ないが、一体の大きな〈転送者〉が出来上がってしまった。
「公子、公子も早く」
 さすがにこんなにでかいのは相手に出来ない。
 逃げる以外の選択肢はない。
 後ろの床が何枚か抜けているのを確認し、それを飛び越えて走った。
 その時、叫び声が聞こえた。
 マミの声だ。
 〈転送者〉は後ろにいる。
 マミは前にいて、もう逃げているはずだ。
「マミ! どうしたの!」
「〈転送者〉の手のようなものが伸びてきて」
 空(から)のサーバーラック越しに、〈転送者〉の手のようなものが、マミを握りしめ、ズルズルと本体へ引きずられるのが見えた。
「今助けるから!」
 再び〈転送者〉本体の方へと床を飛びならが戻る。長く伸びた腕は一本で、もう反対側は短く縮んでいる。
「公子、助けて……」
 黒くて太いロープのようなものが、その手から生えており、その動くロープに絡まって動くことも逃げることも出来なくなっているようだった。
「どうすれば」
 もがけばもがくほど、黒いロープ状のものに絡まり、奥へと入り込んでしまう。何か切り取るような硬いものが必要だ。
 外して積み上げてあるフリーアクセスの床パネルに足があたって転びそうになる。
「これだ」
 その床パネルを手に取って、思い切って〈転送者〉の本体に投げつける。
 集合して融合した大きな〈転送者〉の身体に、傷をつけてから床に落ちた。
 一瞬、動きが止まった。ダメージがあるようだ。
 これは使える。
 マミはサーバーラックとサーバーラックに挟まれていて、すぐに本体に引き込まれる恐れはない。その間に〈転送者〉の本体を壊してしまえば。
 もう一枚の床パネルを拾い上げ、渾身の力で投げつける。
 クルクルと回りながら〈転送者〉の身体めがけて飛ぶ。
「えっ?」
 殆ど何も無かった逆の手が急に伸び、投げた床パネルを叩き落とした。
 シューと不愉快に気体が抜ける音がした。
 淀んだ赤い目のような部分が一瞬鮮やかに光った。
 マミの方を見ると、逆の側に〈転送者〉の意識がいったせいか、手が縮退して拘束がゆるくなっていた。
「マミ、逃げれる?」
 マミは必死に手足を動かすが首を振った。絡みつく黒い触手から逃れることが出来るほどではないようだ。
 私は列を周りこんで、別の床パネルを拾い上げた。
 パネルは重かったが、〈転送者〉にぶつけることで、マミを掴んでいる方の手の注意力が下がれば、マミが逃げやすくなるはずだ。
 何度か投げ込むが、全て手で叩き落とされた。
 横目でマミを確認するが、逃げれていない。
 それどころか、段々苦しそうな表情になってしまている。
「マミ、どうしたの、大丈夫なの」
「公子(きみこ)……」
 何か、あの黒い触手のようなものが何かしているに違いない。
「そっちいくから、頑張って」
 出入口方向に戻って、後ろから入るしかない。
 もう一方は〈転送者〉の本体が塞いでいるからだ。

 ヒカリの嫉妬を感じた。
 痛みに負けて、意識を奪えないでいるヒカリが、消えてしまいそうな姿をボクに見せようとしている。
『ヒカリ、その通りよ。ヒカリが頑張っただけ。ボクは何も出来なかった』
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「判った、早く出てこい」
「!」
 振り返ると、マミの後ろに〈転送者〉が立っていた。
「マミ!」
 マミは〈転送者〉に抱きかかえられてしまった。
 それを守るように別の〈転送者〉が前を塞ぐ。
 思い切り拳を叩き込むと、小さく空気が漏れるような音がして、その〈転送者〉は倒れた。
「君達、早く出てきなさい」
「待ってください! 友達が〈転送者〉にさらわれました」
「いいから、君だけでも出てこないと助からないぞ!」
「皆さんこそ逃げてください。私はマミを助けますっ!」
 そう叫ぶと、マミを連れていった〈転送者〉を追った。
 〈転送者〉が〈転送者〉を呼びこむように、別の列のサーバーラックからも把手が上り、扉が開いた。
「助けてキミコ!」
 新しく転送されてくる奴を無視して、奥へと進む。前を塞ぐ〈転送者〉の暗く赤い目が立ちふさがる。そいつの目と目の間に拳を叩き込むと、さっきと同じように小さな音がして、倒れてしまう。
「弱い!? もしかしてこいつら弱いの!?」
 マミは後ろから首を締められ、掴まえられている。
「マミ! こいつら弱いみたいよ!? なんとかして逃げられない?」
 マミが手足をバタバタと振り回すと、〈転送者〉は抑えこむのに必死なのか、動きが遅くなった。
 近くに来た〈転送者〉をサーバーラックへ押し当てるようにぶつけると、シューと空気が抜けたように倒れてしまった。そんな風に、一体一体は弱いのだが、なにしろ数が多すぎた。
「いったい何体いるの……」
 再びサーバーラックから〈転送者〉が出てきた。
 見ていると、ラックから出てきた直後、通路を塞いでしまう為、〈転送者〉は自分の出た扉を自ら閉めていた。
 つまり、再びその扉から〈転送者〉が出てくる。
「まずい…… この扉を全部外さない限り、いくらでも転送されてくる」
 私は手足のすべてを使って、寄り集まってくる〈転送者〉を蹴散らした。
 そして、ようやくマミを掴まえている〈転送者〉のところへ辿りついた。
「マミ、一本背負してみて?」
「えっ?」
「相手は弱いの。いいからやってみて?」
 そんなに格好の良い一本背負ではなかったものの、柔道の授業でやった通りに技をかけると、〈転送者〉はきれいに投げ飛ばされた。
「マジ!? 私、投げ飛ばした??」
「マミやるじゃん!」
 私は親指を立てた。
「弱いね」
「けど、サーバーラックの扉を外さないと、どんどん出てくるんだよ。私が〈転送者〉を倒すから、マミはラックの扉を外して」
 マミはうなずいた。
「大丈夫か」
 出入口の方から声がする。
「大丈夫です〜 それより、ラックの扉外すの手伝ってください!」
「何だって!?」
 そう言っている間にもマミはラックの扉を外し、私は〈転送者〉を二体倒した。
「大丈夫なのか?」
 ああ、もどかしい。
「早く手伝ってください!」
 職員が恐る恐る出入口から顔を出した。
 私が投げ飛ばした〈転送者〉に少し驚いたようだが、すぐにこの〈転送者〉が数以外に有利な部分を持たないことを理解したようだ。
「よし俺たちも分担しよう」
 彼らも〈転送者〉を殴る役とラックをバラす役に分かれた。
 数が減ったのか、作戦があるのか、〈転送者〉がラックをバラしている方へ近寄らなくなってきた。
「〈転送者〉(やつら)なんか企んでる?」
「見てくる」
 私はマミの周りの警戒を止め、〈転送者〉がどこに向かっているのか追いかけた。
 出入口から逃げているのかと思ったがそうではない。
 長手方向に伸びる壁沿いに、〈転送者〉が集まっていた。
 〈転送者〉同士が肩車(E体は首がない為、肩なのかは不明だが)をしたように重なっていった。
「なんか、奴ら重なってる」
 肩車した〈転送者〉が前後に並び、左右の間隔も詰め始めた。
「まさか…… 後何枚残ってる?」
「まだ四、五列以上残ってる!」
 私は〈転送者〉の固まりに殴り込んだ。
 一つ一つは破裂するように倒れてしまうが、すぐに別の〈転送者〉がそれを埋めてしまう。
 黒い〈転送者〉が壁のようになって迫ってくる。
 集まろうと寄ってくる方にも蹴りを入れて倒す。

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