「……マミ」
時間的に暗くなってきた上に雨が降ってきた。
立ち並ぶ店は、おじさんの喜びそうな、女の子のいる飲み屋ばかりだった。
こんなところで位置情報が止まるなんて、さらわれたとか、スマフォを落としたとか、あるいはここからいきなり県外や電池切れになったとか……
とにかくトラブルしか浮かばなかった。
場所が場所の為、それは色んな危険をともなう。
「ばあさん。道に迷ったとか、落し物かい?」
鬼塚刑事ほどではないにしろ、大きな男だった。半袖のシャツから見える腕には、縫ってつけたような傷がいくつも残っていた。
薄い色のサングラスをしていて、目から表情は感じ取れない。ただ、声から感じるやさしい印象と見かけは正反対だった。
「……」
声を出していいものか迷った。
佐津間にはババア声だとは言われているが、客観的に自分の声を判断出来なかった。メイクがこれなんだから、声がどうあれ年寄りだと思ってもらえるとは思うが……
「ビックリさせちまったかな? ばあさんが、もう何度もここを歩いているからさ。気になっちまってよ…… それに傘いるかい?」
ボロボロのビニール傘を差し出してくる。おじぎをして受け取る。
男の口元が微笑んだ。
口に出して『誰かを探している』と正直に告げるべきなのだろうか。
その場合、誰を探していることにする?
マミ? ミハル? 佐津間? 木場田?
スマフォに写真があるとしたらマミかミハル。
マミが何か事故に巻き込まれたとして、この男が関係者だったら?
ミハルがここらへんで悪いことをしていたとして、この男がミハルと関わりがあったら?
どっちも可能性が同じなら、最も救いたい人を先に探そう、と私は思った。
「孫を探しているんじゃよ」
テレビのコントや、コメディを思い出しながら、出来る限りお年寄りのようなくちぶりを真似たつもりだった。
「それでグルグル回っているって訳かい。で、顔とか分かるかい? 知ってるかも知れねぇし」
スマフォでさっき撮った写真を表示させた。
「へぇ…… ばあちゃん似てねぇな」
「!」
なんて答えていいのか分からない。
「ちょっと見せてくれ」
スマフォではなく、手を取られた。
「ばあさん、随分手とか肌が随分綺麗じゃねぇか……」
これは…… ヤバイ。
「お兄さん、痛いよ…… 離しとくれ」
「あっ、ごめん」
男はパッと手を離し、頭を下げた。
バレてる? バレてない??
「……そういえば、ここらへんを歩いていたような気がするな。どこで見たっけ」
この感じなら、バレていない方にかけるしかない。
「孫なら、電話番号わかんねぇの? かけてみりゃいいじゃん。かけかたわかんなければ、かけてやろうか?」
「ほう。そうじゃった。さっそくやってみよう」
何が『ほう』だ、と思いながらも、スマフォを操作して、マミに電話をしてみた。
そうだ。この男に言われる前に、どうして気付かなかったのだろう。
ほどなく、答えがでた。
『電波のとどかないところか、電源を……』
「だめじゃ、電波が届かないんだと」
「圏外か…… ここらへんにいるのは違いないんか? ここらへんで圏外って……」
大男は頭をかいて何か考えているようだった。
「地下だな、ここらへんの店は、わざと圏外にしている店多いんだよ」
「なんでじゃ」
「しらねぇよ。騒ぎたいときに携帯はじゃまなんじゃね?」
「じゃあ、地下がある店はどれかわかるかのぅ?」
「この通りなら、あのビルと、この店。もう一本向こうなら、赤い看板でFOXって書いてある店だな。知っている限り、だけど」
「ありがとうね。そのお店、探してみっからね」
「役に立てて良かったよ。じゃあ、な」
私はゆっくりと手を振った。
その手を見て、この手でバレるところだったのに、と思った。
こういう素直な人間ばかりではない。手足にもメイクをしないと変装がバレてしまう。今度からは気をつけないとヤバイ。
私はもう一度スマフォでマミに連絡をした。
さっきと同じ。電波の届かないところか、電源を切って、と流れてくる。
位置が動かなくなって、だいぶ時間が経っている。
一つ目の店の階段を下りていくと、さっきの大男が言っていた通り圏外になった。
「クラブ・ヴェトロ……」
「まだ開かないぜ」
入り口のところに、べったりとおしりを付けて座っている男がいた。