その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

2016年09月

 ミハル…… あなたひょっとしてここで稼いでいたの?
 私は声を出して尋ねるしかない、と思った。
「お嬢ちゃん、あんたまさかここで働いているの?」
「違うよ」
「じゃあ……」
「あ、同性愛でもないから」
「どういうことなんだい?」
「人を探している…… の。あれ?」
 ミハルが近寄ってきた。
 じっと私の顔をみている。私は光が当たらないように少し反対を向いた。
「キミコ?」
「……」
「変装しているのね。そういえば、昨日も」
 バレたか。
「そうよ。ミハルこそこんなところで何をしてるの?」
「人を探しているって言った」
「誰?」
「キミコは何をしているの? 私を尾行しているの?」
「違う。マミを探してる」
「えっ…… 私もマミを見かけたからここへ」
「そんな!」
 私はこの変な店のボックス席でミハルが目撃した内容を聞いた。男にフラフラと手を引かれながらマミがあるいているのを見て、佐津間らと別れて追ってきたのだという。
「何か薬物か、お酒かしらないけど。とにかくフラフラしていた」
「そんな。マミはそんなことしないよ」
「しかも赤青の派手な服装だよ」
「……」
 それはあなたをつける為、とは言えなかった。
「とにかく、この中にいるなら探そう」
「うん」
 しかし、通路にはさっきの赤黒い服の店員がしきりに歩いている。よそのボックスを覗くようなことをすればつまみ出されそうだ。
「ミハル、けど。どうやって他のボックスを見る?」
「ここを辿って」
 ミハルはボックスの仕切りを通っている梁を指さした。
「へ?」
「ぶら下がるなり、上を歩くなり」
 ボックスの上をつたって移動するというわけだった。
「真面目に言ってる?」
「他にアイディアあるの?」
 他にアイディア、と言われてても…… 何も考えてない。考えていたとしても、それしかなさそうだった。
「やるしかないでしょ?」
 私はうなずいた。
 店員に見つかったらまずい。
 見つからないためには通路を使わずに見て回るのが良さそうだ。
「どっかあたりはついてる?」
 ミハルは首を振った。
「どっちから行く?」
 ミハルは指をさした。
「じゃ、私は反対側で…… 良いわね?」
 コクリとうなずく。
 私は椅子の背もたれに足を掛けて、カーテンやボックスの壁を支えている梁に手をかけた。
 振り返ると、ミハルはもう梁の上に乗って、進んでいた。上り棒を登るときのように、足を開いて梁を挟んでいるせいで、ミハルの下着がもろに見えていた。
「お客様? ご注文はお決まりですか?」
 下から声がした。
 今カーテンを開けられるとまずい。
 私はいそいで椅子に戻り、返事をした。
「なんじゃね?」
 少しカーテンから顔を出してみせた。
「ドリンクの注文をお願いします」
「いらんがね」
「待合室にも書いてあったと思いますが、必ず頼んでもらうことになっていますんで」
「……」
 ミハルはこのことは知っていたのだろうか?
 私はもう一度顔を出して言った。
「何があるかの?」
「中にメニューがあるはず……」
 店員が中を覗こうとしたので、私は慌てて言った。
「おう、あったあった。何も言わんで覗こうというのは失礼じゃろが」
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 視線はどこか虚ろな感じで、どこをみているわけでもなさそうだった。
「うちの孫見なかったかね?」
「ばあさん?」
「赤青の服着た」
「知らねぇ。来てねぇよ」
「そうかい。じゃ、ここへいてもしかたないねぇ」
 私は踵を返した。
「俺の言うことを信じるのかい?」
「時間がないんじゃ、悪いのぉ」
 そう言うと、私はひとつ飛ばしで階段を上がった。
「……」
 同じ通りのもう一件の店もクラブだったが、扉が開けると中はまだ清掃の業者が掃除をしていた。支配人もまだこないから出ていってくれと言われてそのまま出てきた。
 怪しいかもしれないが、清掃の作業はまねごとには思えなかった。
 通りを一本超えて、FOXという赤い看板を探した。
 ほどなくその看板を見つけることが出来た。
 赤い看板に黒い字でFOX。
 形も何も違うのだが、色の感じが、どことなくミハルのカチューシャを連想させた。
 何の店かは表からは分からず、とにかく階段を下りていった。ここも携帯の電波は届かない。
 店のドアにも何の店かは書いていない。
 どうしたものか悩んでいると、中から店員が出てきた。
 赤いチョッキに黒いネクタイ。赤黒の目の細かいチェックのスラックス。
 私を見つけると、店員は目を細めてこっちをみた。
「お客様…… どうぞ」
 中は真っ暗で何も見えなかった。
 仕切りにカーテンが何重にもあるようで、そこを抜けると小さな灯りで照らされている部屋についた。
「お一人様ですか?」
 灯りに照らされ、手が見えないように手を後ろに組んで隠した。
「そうじゃよ」
 店員は仕切りの向こう側に声をかけていた。
 小さくその声が聞こえる。
「(こちら様もお一人とのことですが……)」
 店員はしばらく仕切りの向こうにいたが、一人出ててきた。
「このお客様が、あなたとご一緒したい、とのことですがどうなさいますか?」
 小さいスマフォのようなものを見せた。
 そこには若い女性が映っていた。
 赤黒のカチューシャ。
 暗いし、かなり画素が荒くてはっきりとはわからないが、おそらく……
「あっ、ああ、大丈夫じゃよ」
「それではご案内します」
「(へっ? いきなり? それだけ?)」
 薄暗い店内にはスローな雰囲気のある曲がかかっていたが、それよりボックス上に座席が仕切られていて、寝台列車の廊下のようだった。
 何をしているのか、ボックス席を下から覗き込むよう屈むと、即座に店員に肩を掴まれた。
「お客様。他の座席は覗かないでくださいね」
「ああ、ああ、わかりましたよ」
 そこを進んでいくと、店員が立ち止まった。
「こちらです。ごゆっくり」
 椅子の前にも少しカーテンが下がっていて、席の中は直接見えないようになっている。
 頭を下げてカーテンをくぐって中に入ると、そこには赤黒のカチューシャをした若い女性…… いや、はっきりミハルと分かる、私服の女性が座っていた。
 私服は、かなり短いスカートで、太ももがあらわになっている。上着の袖はなく、胸元も大胆にV字にカットされている。
 よ…… よだれが。
 そうではない。
 私の変装がバレているか、バレていないかだった。
 バレていないなら、バレないように声や顔をなるべく出さないで意思疎通しなければならない。
「おばあちゃん、ここどういう店か知ってる?」
 私は首を横にふる。
「あのね、好き合っている者が、いちゃいちゃするところだよ」
 えっ、確かに、妙に席と席が見えないようにしてあるとは思ったが。
「よーく聞いてみて」
 確かに音楽の音量が小さくなる瞬間に、喘ぎ声が聞こえてきた。
 やばい…… 本当にヤバいやつだ。
「知らなかったのね」
 ミハルは私の横に座り直してきた。
「座ってても料金掛かるけど…… どうする?」
 どう意味にとったら良いのだろう。
 本当に座っているだけで料金かかるから出ませんか、という意味か、それとも『私とエッチなことしないんですか?』という意味だろうか。
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「ここはサーバールームじゃないんですか?」
「そうよ」
 業者もうなずいた。
「え? カード装置の主装置ってなんですか?」
「サーバーパソコンになります」
「パソコン? そんなので……」
「大丈夫、ここは電源バックアップもされている。それこそカードでサーバーラックも制限してるのよ?」
「カード操作しないとサーバーラック開かないんですか?」
 業者と所長がうなずく。
 端のサーバーラックのところにくると業者が指差した。
「ここにカードリーダー装置をならべて、それぞれの許可されたカードが操作されたら、それに相当する場所のラックの鍵が開きます」
「なるほど」
 確かにここまで入ってしまえばやり放題になってしまう。ここでも時間稼ぐための防衛手段が必要だ。これだけしっかりしたラックを壊して操作しようというのは相当時間が掛かる。
「私はサーバーラック開けられますか?」
 タブレットを見ながら、自分の権限をみていたが、どこがこのサーバーラックについてなのかが分からなかった。
「えっと、坂井先生は、開けられますね。何個か権限がありますよ」
「このシステムのラックも開けられます?」
「開けたいなら、私にいいなさい。権限つけとくわ」
 所長がムッとして言った。
「あっ、お、お願いします」
「ということなので、お願いね」
「はい、承知しました」
 そう言いながら、業者は何かメモをとっていた。
 エレベータが作業で専有され、殆どこなかった。
 この棟を殆ど塗りつぶすように歩き回って疲れのせいか気分が悪くなっていた。
「所長、みなさん、私はここで」
 工事中の研究棟を出るなり、私はそう言うと、軽く会釈して構内の自動販売機で水を買い、ベンチに腰掛けた。
 ペットボトルを開けようとした瞬間、また背後に気配を感じた。
「!」
 何か鋭いものが首筋に突き立てられているような感覚。
 またあの甲冑男の幻覚か『読め』『読むな』の続きだろうか。幻覚ではないか、と疑いつつも、ベンチの背もたれに背中をつけるような行動はとれなかった。
 万一、幻覚ではなく本物なら、串刺しになって死んでしまう。
 私は恐る恐る後ろを振り返った。
『幻覚ではない』
 そう言うと甲冑の男は、私の首をつついていたと思われる長槍を、まっすぐ上向きに持ち替えた。
「なんなの? 何がしたくて私につきまとうの」
 こんなことを一人で話しているのを、誰かに見られたら気が狂ったと思われてしまうだろう。タクシーの時と同じだ。きっと私以外にはこの人の姿は見えない。
『私は女王の命令により貴殿を守っているだけだ』
「守っている? 私は病気なのよ? ほっておいても死ぬわ」
『……』
 表情を変えない甲冑の男に、私の中で何かが弾けた。
「守っているとか言って、私を|囮(おとり)にして馬に乗っていた男を倒そうと思っているんじゃないの?」
『違う』
「私の命なんて関係ないんでしょ? じゃあなんで私を刺そうとしたの?」
『あれは貴殿の意識下に、こちらの存在を感じてもらう為の方法にすぎない。脅したように感じるのなら、謝罪する』
 頭を下げた。同時に、ヘルメットの目隠しが下がった。
『くるぞ。私が相手をするから、貴殿は動かないでいい』
「死にたくなかったら動くけど」
『どうせ病気で死ぬ、というのであれば、度胸を決めてここを動くな』
 甲冑の男は姿を消した。
 研究所の中庭とは思えないほど、木々の葉が生い茂り、辺りに暗い影を落としていた。
 じっと見回すが、研究棟らしきものが見えなくなっていた。
「まさか……」
 慌ててスマフォの地図で確認すると、一面が緑で表されていた。
「どういうこと?」
 地図の縮小をどんどんかけていくと、研究所の住所とは全く違った。いわゆる別荘地と呼ばれる地域の地図だった。
 自分が座っていたベンチもよく見ると古めかしい装飾が付けられている。
 どこかの大金持ちの別荘の庭? だろうか。
 馬のいななく声が聞こえた。
「来た……」
 音ではどこに馬がいるのか全く判断がつかなかった。
 さっきまでと違い、少し寒い。
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