私は道路に座りこんでしまった。
「滑って落ちたよぉ」
自分がドジなせいだとはいえ、涙が出そうだ。
濡れたお尻と背中が冷たい。
おそらく雨水が溜まっていたのだ。だから穴を隠しておけ、ということだったのかも知れない。
「我慢し……」
鬼塚はそう言いかけてから、スマフォを取り出し、何かを探し始めた。
「あいつに頼りたくは……」
「……」
「分かった、そういう目でみるな」
鬼塚は誰かに電話しているようだった。
『ああ…… 頼みがある…… 女性ものの服を借りたい…… 当たり前だが俺じゃないぞ…… お前よりひと回り小さいかな…… わかった、わかった……』
スマフォを切ると、車のドアを開けた。
「とにかく乗れ。服を借りにいく」
「ありがとうございます」
濡れた服のまま座席に座る。お尻と背中が気持ち悪かった。
新しく買ったばかりの服なのに……
泥だらけになったら、繊維も痛むし、染みになってしまうかも知れない。
「ちょっと変わった奴だからな。持っている服も変な服かもしれん。我慢しろよ」
ルームミラー越しにうなずいた。
「よし。行くぞ」
車が加速した。
学校のマイクロバスが通る道ではなく、〈鳥の巣〉から遠い側、一本西側の道を走った。
学校付近の人気(ひとけ)のなさとは違い、店の灯りも時々見え、生活可能なエリアであることがわかる。
小さな門があり、何軒かの家が集合しているのが見えた。
鬼塚が電話すると門が開き、車をそのエリアに入れた。
「ここだ。急げよ」
「はい」
インターフォンを押すと、いきなり玄関ドアが開いた。
「急いでるんでしょ? 早く入って」
「?」
聞いた声だった。
「ああ、この子だ」
私は中に入ると無意識に頭を下げていた。
「すみません。服を貸してください」
「うちの生徒じゃない」
その声…… まさか……
顔を上げると、思わず声が出た。
「保健室の……」
舐めてDNAが分かるという、あの先生だった。
さすがに部屋着は露出度は低めだったが、体のラインが分かる、薄手のものを身に着けていた。
「本当に、泥だらけ。上げる訳にいかないから、ここで脱いで」
私は鬼塚刑事を見た。
「お、俺は車に戻ってる。いいか、早くしろよ」
指揮棒のように指を何度も振りながらそう言うと、鬼塚は扉をくぐるようにして出ていく。
「あの感じだと、お風呂に入る時間はなさそうね」
「そこまではいいです」
「じゃあ、そこで脱いじゃって。今、着替えとタオルと服を入れビニール袋持ってくるから」
保健の先生が戻ってくると、脱いだ服をビニールにいれ、汚れた手足の汚れを軽くはらってからタオルで拭いた。
「えっ?」
「服、そこに置いてあるよ」
「そうじゃなくて」
「何?」
「先生何故服を脱いでいるんですか?」
うすい布の、体にピッタリした部屋着をまくり上げていた。
「何って、着替えてるのよ」
「……どこか出かけられるところだったんですね?」
「違うわよ。引き継ぎしなきゃって。そう思ったの」
……引き継ぎ? 何のことだ、何か考えようと思った矢先に、先生は着替えを再開した。
私の意識は先生の体に集中してしまった。
部屋着を脱ぐと、上半身には下着などつけていなかった。
きれいな形の胸が、柔らかそうに揺れる。
「ほら、手が止まってるよ。早く行かないとトラちゃんに怒鳴られるよ」
先生は水着のような色と素材のブラを付け始めた。
「と、トラちゃん? 鬼塚刑事が?」
「あなたは分かるでしょ?」
虎。鬼塚刑事の変身した姿…… そうか。停まっていた思考が動き出した。引き継ぎという言葉もつながる。この人も私や鬼塚刑事のように変身する、ということか。