しかも、マミのベッドから聞こえてくる。
マミのベッドにマミはいない。チアキが寝ているのだ。
さらに悪いことに、チアキはこの目覚ましのけたたましい音に全く反応していなかった。
私がベッドの階段を登って、様子を確認しても耳を覆うわけでもなんでもなく、のんきに寝ていた。
私はマミの目覚ましを見つけ、それを止めた。
何故こんな朝早くに目覚ましがなるのかは分からなかった。
階段を下りて自分のベッドに戻ろうとすると、マミが起き上がった。
「今、目覚ましなった?」
「なったよ。けど、まだ暗いよ?」
「勉強しないとね」
勉強、マミから聞くのはかなり珍しい言葉だった。無論、私の口からも勉強、なんてことばは滅多に出てこない。
「……なら、私もしよう」
「そうだよ、合宿に選ばれるよう頑張らないと」
「合宿? ってなんだっけ?」
「えっ、この前イリイナ先生に合宿のこと聞いてたじゃん。もう忘れたの」
「あっ、そうだよ。そうそう。選抜に入らないとね」
この短期間に色んなことがありすぎた。
もう合宿までは時間がないのだ。合宿に行ければ、大手を振って〈鳥の巣〉に入れる。
マミと私はうなずいてそれぞれ机に向かった。
何故学生を連れて〈鳥の巣〉に入って合宿をしようと考えているのかは分からなかった。中が危険だというのは世間での常識だった。ボランティアをすすめる学校でも、なかなか〈鳥の巣〉で行うボランティアは勧めてこない。〈鳥の巣〉内が〈転送者〉が現れる中心だからだ。以前私が入ったときも何度も〈転送者〉に襲われた。
オレーシャ・イリイナが学生を連れて〈鳥の巣〉内のボランティアを勧めたいのは〈某データーセンタープロジェクト〉が遅々として進んでいないことが関係しているのかもしれない。国連が決定した〈某データーセンタープロジェクト〉は日本のセントラルデーターセンターが〈某システムダウン〉を起こしてしまった為に、各国が投資に及び腰になっているのが明らかなのだ。
最初にこの案を提案したのはロシアで、ロシア人のイリイナ先生が、なんとしても日本の〈某データーセンタープロジェクト〉を成功させたい、微力ながら強力したい、と思っても無理はない。
だが、これだけの規模のものに、優秀な学生を十数人入れたところで、プロジェクトが急に進み始めるわけでもないだろう。
それでも、私には〈鳥の巣〉で失ったものを取り返す、という意味でも、入る価値があるものだった。
〈某システムダウン〉が起こるまでは、〈鳥の巣〉などという隔離壁はなかったし、〈転送者〉なんていう怪物もいなかった。私はそいつらに母から記憶まで根こそぎ奪われた。マイナスのままじゃ、スタート地点にすら立ててない。少なくとも記憶を戻して……
「ふぅ……」
マミがため息をついていた。
時計を見ると、もう寮の食堂が始まる頃だった。
マミが言った。
「食事に行く?」
「おはよう」
振り返ると、ミハルが起きてきた。
「おはよう、ミハル」
「食べ行く」
「そうしようか」
私は親指でマミのベットの方を指して言った。
「これどうする?」
「食堂に連れてけないし」
「これって誰なの? そろそろ話して」
「食堂で話そうか」
「キミコ、ほら、ポーチ」
ミハルが私のベッドで見つけて、私に突きつけてきた。
「そうだった。忘れるところだった」
とにかく三人で食堂に向かうことになった。
そこで昨日のこと、チアキのことを話した。
ある程度は省略し、周りに聞こえても差し支えないよう、ヤバイところはぼかして話した。
何故か、赤黒のカチューシャを持ち歩いていることは言わなかった。
「そうなんだ」
「まあ、殆ど何も分かってないとも言えるけど」
「そうだ、キミコ。保健室の先生」
「えっ……」
舐められた感覚を思い出し、背筋がゾッとした。
「わかんないかな。チアキとミハルの遺伝子見てもらおうよ」
「マミ、あの先生の言ってること信じてるの?」
「半分は信じてる。(半分はおもしろそうだから)」
後半は私にだけ聞こえるよう耳元で話した。
「ミハル、保健室行く気ある?」
「別に」
「オッケイ。じゃ、チハルも連れて行こう」
「チアキにはたずねないの?」